第三章 Hit the ground running(4)
煙を吐き、大気に溶ける紫煙を目で追う。
「復讐なんて、やめておいた方がいいぞ」
続ける。肺一杯に煙を満たし、鼻から排する。
「お前さんの人生にはこれからがある。復讐なんて考えずに、穏やかな生き方を模索したらどうだ? 学だってあるだろ、恨みで自分の魂を焼くな。なんなら知り合いに頼んで、お前さんを養子として迎えてくれるようなヤツを探してやってもいい。その相手だって勿論裕福な奴だ」
黙すアンジェラを、オールドは観察する。激昂して反論するようには、今のところ見えなかった。
「見た感じ、ニコラスから当分のカネも受けたんだろ。それに加えて、俺からも世話になったよしみで香典をやる」
足元で転がっていた鞄に手を突っ込み、札束を二つ机上へ。計二百万円だ。
「これで復讐なんて忘れて、いい生活送る算段を立てろ。そんだけあれば、数年は働かなくて済む」
「お気遣いどうも。優しいのね」
オールドが置いた二百万円に、少女は手を伸ばす。手元にたぐり寄せたかと思えば、ニコラスから貰ったはずの封筒を二つの札束に載せた。
「じゃあ、これで殺しを依頼するわ」
オールドは沈黙する。マルボロも、きょとんとしたまま少女の続きを待つ。
アンジェラが、芯の通った瞳でオールドを見つめた。
「私の答えは変わらないわ。敵を討って頂戴」
男二人が顔を見合わせる。やがてどちらが先か分からないくらいのタイミングで吹き出した。
何がおかしいのかと首を傾げるアンジェラに、オールドが口の端を釣り上げながら尋ねる。
「お前本気か?」
「本気に決まっているわ」
「仮定の話をするぞ」
オールドが話す。
「もし俺が失敗したらどうするつもりだ?」
「プロが随分弱腰なのね」
アンジェラはニタリと笑った。
「パパが生前言ってたわ。『ここ一番の大勝負は大きく賭けろ』ってね。私にとってこの復讐はこれからの人生すべてを賭けた大一番、全力で勝ちに行く必要があるの」
「ニコラスの野郎、手堅そうな顔して結構勝負師なんだな」
呆れ半分でオールドが呟く。
「勿論、成功率の低い馬券を買うつもりなんてないわ。マルボロにここ――まあ“ルツボ”ね。ルツボで最も優れた殺し屋は誰か聞いたら貴方の名前が挙がったから、こうして貴方に依頼してるのよ」
笑みを崩さぬまま、アンジェラは推し量る目でオールドを見つめる。
「お褒めにあずかって、光栄の至りだぜ」
オールドが冗句を飛ばす。
「いいね、その心意気」
殺し屋がにやりと笑う。依頼の代金として出されたものを引き寄せる。推定では五百万円程度だろうか。それを見て、オールドは心底意地の悪い笑みを浮かべた。
この世に人間の尊厳を見下し、唾を吐き捨て泥を塗る男がいるのであれば、それは間違いなくオールドのことを指すだろう。そう言われても仕方ないくらいに口の両端を釣り上げ、目を細めた。
「悪い、これじゃ全然足りねえわ」