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オールドファッション  作者: 僕と久保
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プロローグ1 Realize


 家の外で車のブレーキ音が響く中、少女は男に抱きしめられていた。あまりに強い力に、少女は思わず苦悶の表情を浮かべる。


「アンジェラ」


 惜しむように男が呟く。腕の力が緩み、解放される。端正な男の顔が、寂しげな色を滲ませていた。常に威厳を保ち、尊敬してやまないいつもの父とは違う顔だ。


「お前は生きろ。私たちの分まで」


 その一言を最後に、男は緩やかに微笑んだ。目尻に皺が寄り、顔が少しだけ幼く見える。いつもは生真面目で硬い雰囲気だが、時折異様に若々しく見える父の顔も大好きだった。

 男の唇が、少女の額に触れる。それと並行して、男は少女に一枚の封筒を握らせた。ただの封筒にしては異様に分厚く、中に何が入っているのか想像に難くない。


「『マルボロ』という男は変な奴だが、必ずお前の力になってくれる。そいつの所まで届けてもらうから、そうしたらパパの事を話すんだ。そいつとは仲が良かったから、きっと大丈夫」


 端的に告げて、男は立つ。右手にはショットガンが握られており、家に来た連中も含め、穏やかなことではないことくらい幼い少女でも見当がついた。


「母さんからも、何か言ってやってくれ」


 男が隣の女に話す。少女の母は膝をつき少女――アンジェラの額に自らの額を当てた。


「パパもママも、あなたの味方よ。私たちが例えどこか遠くに行っても、そのことだけは覚えててね」


 これはお守り。


 そう言い残し、女は少女にネックレスを譲る。大人を想定したサイズだからだろうか、少女にはまだ大きい。女は名残惜しそうに、少女の髪を梳く。母親譲りの柔らかく、波打つ亜麻色が揺れた。


「アンジェラを頼むぞ」


 部屋の奥にいた男に、少女の父親が声をかける。界隈では『優秀な運び屋』として名を馳せているらしい男が、素直に頷いた。


「金はたんまりもらったからな。無事に送り届けるさ」


 男が少女の背中を押す。裏口から出る直前、一度だけ振り向く。

 少女の父と母は、白い歯を見せて笑った。


「生きろ!」


 父の声が、少女の背を強く叩いた。その声に急かされるかのように、少女は足を速める。転がりこむような慌ただしさで、車に乗り込む。無事に座ったことを確認し、運び屋が車の鍵を捻った。

 その瞬間、乾いた発砲音が家から響く。立て続けに小規模な発砲音が数発。その音に、少女は不覚にも肩を跳ねさせた。


「ねえ」


 少女が、運び屋に問う。

「パパとママ、幸せだったかな?」


「どうだろうね」


 運び屋の男は素っ気ない。


「私に聞かれても困るよ」


 ただ――


「お二人が君の生存を願っていたのなら、君はそれに応えて然るべきだ」


 男は続ける。


「だから君がちゃんと生きていけるよう、私は頼まれたところまでは無事届ける」


 運び屋がアクセルを踏み込む。滑らかに加速し、あっという間に景色が流れる。


「パパとママを殺した男の正体、おじさんは知ってる?」


「君くらいの年だと、私はおじさんの扱いなのか」


 少々気落ちした声色で運び屋は呟く。


「全く知らない。仕事のこと以外は依頼主に干渉しないルールなんだ。“この世界”じゃ、詮索屋は嫌われる」


「パパの同僚で、親友なんだって。麻薬売買の手伝いをしてたんだけどパパが捜査してることを知って、殺すんだって」


「……ふうん」


 冴えたコメントが見つからないらしい男は、当たり障りのない言葉を投げる。「それは、随分大変だね」


「それでね、私分かったことがあるの」


 どろどろと、融解した鉄のごとき声色で少女が告げた。


「正義じゃ悪を滅ぼせない」



 ――悪を討つには、その悪を食らうことができるより大きな悪のみだと。

 

 

 


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