人間の姿と犬の姿
「おお!ここは!!」
魔王城らしき城からケルベロスの一首と名乗る犬と一緒にワープゲートを抜けた俺はついに異世界らしい街へと入ることが出来た。
その街は昔のヨーロッパみたいなレンガでできた建造物。テレビでしか見たことのなかった教会。ファンタジーによく出てくる昔風な服装の人達。その中に混じって大剣を背負った鎧を着た大男やかなり際どい服を着た盗賊風な女の子。
おおおおお!!これこそ異世界!!夢にまで見た異世界だぁ!
と、あまりの素晴らしさに思わずガッツポーズをとっていると、足元の方からだれた声が聞こえてきた。
「ここは……タートス。私が門番している魔王城から最も離れた駆け出しの冒険者しかいない街だ……」
そう言いながら項垂れたように尻尾を地面に擦らせながら歩く犬。
ん、こいつがそう言うってことはたぶんそうなんだろう。
つまり冒険の始まりとしてはもってこいな場所ってことだな!
「おい貴様、お前に聞きたいことが山ほどある。まずはそこの宿屋にて話そうか」
「犬よ、お前はご主人様に命令するのか?え?」
「くっ……そのことについてもだ!お前の持っているその紐はくくりつけた者を無条件に従わせる神器だろう!」
「お、よくわかったな」
「元来からそういう神器を神から授かった者のことを人族や魔族の間でも『勇者』と呼ばれる。お前がその『勇者』であることは間違いないだろう。なんたってこの私を従えることが出来るのだからな」
ほう、この犬、中々賢いじゃないか。
よし、ご褒美に撫でてやろう。
「止めろ!撫でるな!この私を誰だと心得ている!?」
「犬」
「んきいぃぃ!!」
おっと、どうやら騒ぎすぎたようだ。道行く人がこちらをチラチラ見て耳打ちしてる。
なんかテンションが上がっていてさっきまで気にしなかったが、いざ気にすると街中で大声で話すなんてかなり恥ずかしい。
「よ、よし犬、もう夕方だし宿屋に泊まろう。明日早速ギルドにいって冒険者登録して旅に出よう!」
今日は色々あって疲れた。あんまり動いてないんだけどな……たぶん精神的な所で疲れたんだろう。
早くベットの上で横になりたい。
「え、お金?」
「?はい、ペットご同行で1000ネーカです。」
ど、どうしよう。金なんて1円たりとも持ってない。
勇気をだして漸く宿屋のおじさんに声をかけたってのに……あ、因みにネーカとはこの世界のお金のことで、1ネーカ=1円だ。
「はあ……30分近く宿屋の前でうろうろして漸く入ったと思えば……無一文とは何事か!」
と、足元から口煩い犬が説教してくる。
「あ、あの……すいません……また出直します」
そういって俺は宿屋から出ようとすると___
「はあ……仕方ない。ちょっと待ってろ」
そう犬が言う地面に足をペタペタと叩く。
するとその叩いた部分が青く光り、魔方陣のようなものが浮き出てきた。
「おお!貴方のペット、話すので何奴かと思いましたが『イベントリ』持ちでしたか!」
「『イベントリ』?」
「はい、イベントリとは異時限空間に物を収納できる希少価値の高い能力です!これを持っているのはこの世界の中でも一握りと言われています。
いやはや、まさか喋る犬がイベントリ能力を持っていたとは……」
「へぇ、以外と凄いんだな」
「ふん、怖れおののいたか」
そして犬が青い光から浮き出てきた1枚のコインを噛み、俺に渡すように差し出してきた。
これは1000ネーカ分のコイン……
「ありがとよ。犬」
犬に礼をいって1000ネーカを宿屋のおじさんに渡した。
さて、これからどうしようか。
「まずはお前の名前を決めなきゃな」
ふかふかの布団の上に座りつつ端の方で自分にくるまりながらぶつぶついってる犬に話しかける。
「お前に名前などつけられてたまるか。私はケルベロスの一首のアネルだ。気安く呼ぶでないぞ」
「なんだ、名前あんのか……んじゃ、これからはアネルな」
「気安くと呼ぶなと言った筈だ!」
ったく、なんだよこの犬は……
「なあ、そういえば貴様、名はなんというのか。とてつもなく嫌だとはいえ、これからは貴様に使役せねばならないのでな。一応教えてもらえないか?」
あんなに抵抗してたくせにもう諦めたのかアネルは。
「俺の名前は宮吉太次郎。女神に選ばれし勇者だ。」
少しカッコつけて顔を半分手で覆い、ポーズをとってみる。あ、これ駄目だ、中二っぽい。
「タジロウ……変な名前だな」
「変な名前とはなんだ変な名前とは!」
確かに太郎と次郎を掛け合わせたかのような名前は俺もどうかと思うけど!でもそれは今は亡き(俺も死んだが)母さんと父さんがつけてくれた名前なんだよ!
「なあ、束の事を聞くがタジロウ、お前……
コミュニケーション能力が低すぎないか?
何故私と話すときは普通なのにあの宿屋の店主にはあんなに途切れ途切れの話し方だったのだ?」
うっ、なんだこいつ……聞いてほしくないことを聞いてくるな。
「なんだ、その……俺はあまり話す方では無いんだよ。」
「ああ、つまり人と話すのが苦手なわけか。だから人型でない私を捕まえ、話し相手としているのだな?」
「うぐっ……そ、そんなわけないだろ!俺がそんなやつに見えるか?」
「見えるから言っているのだ」
くそ、なんだよ!おい、こっち見るな!その赤い眼なんか不気味で怖いから!
「くくっ、貴様の弱点がわかったぞ。つまりは私が人間の姿になれば貴様は私に指図することができなくなると言うことだな?」
「は、なにいってんのお前……いってる意味がわかんないんですけど」
こいつが人間の姿?この犬、そんな事までできんのか!?
「『フォーム・雌型』!!」
そう、唱えるとアネルの全体に目を覆いたくなるような閃光が走る。
ま、眩しい!?
………………
漸く光が収まり、薄く目を開けてみる。
そして目の前にいた美少女を見てまた目を手で覆った。
「なんだ?何故目を隠す?ほら、人間の姿だぞ?なにかいったらどうだ?」
「や、やめて、くれ。て、ていうか服を、着ろ!」
急にキョドった俺が面白いのかクスクスと笑い声が聞こえる。
くそ、なんだよこの犬!!
ほんのちょっとしか見なかったが顔はかなりの美少女だった。
整った顔立ちに紅色の瞳、薄紅色の唇の端には犬歯が少し飛び出ていている。
そして少しボサボサとした黒髪にまぎれて犬の耳が見えている。所謂獣耳美少女。
しかもSUPPADAKA。生まれたときの姿のままだ。
紳士な俺は肩から下は見ていないが裸だってことは分かる。
「くはははは!滑稽だな!さあ、先程までこの私を侮辱してきたタジロウにどんな罰を与えてやろうか!」
くそ、好き放題言いやがって……
「アネル、元の姿に戻れ……下さい」
「くくく、言うことを聞くわけがなかろ……キャン!?」ボフッ
ん?今ボフッて音がしたような……
何が起こったのか気になり、俺は恐る恐る手をどかしてみる。
「おい……」
「あ、えーと……すまぬ、さっきのは冗談だ。仲良くしようではないか」
そこには黒い毛を生やしたさっきまでの犬がいた。
「さて、さっきはよくも散々いってくれたな」
「いや、本当にすまなかった!
まじで、いや、お願いだ!……なんならこの私が人間の姿になってお前にサービスでもしてやっても……」
「う……い、いるか!」
「躊躇ったな!よし早速……『フォー「するなぁ!」く、くそ!」
このあと、俺は躾の悪い犬に罰として床で寝せた。
なんかこの世界に来てからの俺、全然勇者っぽいことしてないような……