一首だけの使役魔
光の穴を潜った俺は辺りの光景に絶句する。
「ここ、魔王城じゃないのか?」
目の前に広がるのは赤い空、枯れた大地。そして天までとどくかの如くそびえ立つ紫色の城。
なんであの女神、俺をいきなり初期スポーン地を最終局面的な場所にしちゃってんの?馬鹿なの?死ぬよ?折角降りた勇者さん開始数秒で死んじゃうよ?
「普通、魔王から一番遠い村とか街だろ……」
そう思いつつ俺は辺りをキョロキョロと見渡す。
するとそこには_____
「ワープゲート?」
すぐ近くに、地面に円形に淡い光を放つワープゲートがあった。
女神が俺の脳内に基本知識を詰め込んだらしいのでこの世界のことは大体分かる。
このワープゲートは魔法ではなく、魔法道具という便利道具からできた物だ。
魔法道具とはその名の通り、魔法使いが魔力を込め、特別な効果を付属した道具のこと。
といってもこの世界では魔法使いも、攻撃型、補助型、回復型と色々な種類がある。たぶんこの魔法道具は補助系の魔法使いだろうな。しかも上級の。
「でも魔法道具って確か2~3回使うと効力無くなるんだよなぁ」
しかもこのワープゲート。ワープ場所がランダムという、ちょっと欠陥の入った1品だ。
たぶんこの道具を使った奴等も、魔王城を前にして怖じけづいたんだろう。
「んじゃ、早速入るか。こんな気味悪い所さっさと抜け出さないと死ぬ」
そういってワープゲートの所へと歩るきだす。
そうだ、仕方ない。魔王城に怖じけづいたわけじゃない。まずは装備を揃えなければならない。
だって今、黒のTシャツに半ズボンと頑丈な紐だけだよ?こんなところで野生の魔物にでもあえば死んでしまう。
そう自分で自分に言い訳をしながらワープゲートへと歩いていると_____
「グルルルル…………」
後ろの方から獰猛そうな声が聞こえてきた。
あ、あれ?ま、まさか……
と、背中に嫌な汗を掻きつつ、恐る恐る後ろを振り向くと_____
「グルルルル………………」
「(あ、あぶねぇー!?寝てんのかよ……)」
中型犬ぐらいの大きさの真っ黒な魔獣が城の門の前で寝ていた。
……なんだあの魔物……女神から貰った知識でもわからないぞ。
「なんか可愛いな」
この魔獣、おもいっきり犬じゃん。完全に犬じゃん。
……俺は犬好きだ。コミュ障な俺でもちゃんと話せるからな。
家では犬を買うことが出来なかったが、今は異世界、飼うことができる。こんな場所にいる犬なんて確実に滅茶苦茶強いだろうけども……もしそれを手懐けたのならば最大の戦力となる。
よし、寝ている今がチャンスだ!ついでにこの紐の性能を見ることができるし、一石二鳥じゃないか!
思い立った俺は早速、足音を極力たてないようにこっそり近づく。
「(よし、後少し!)」
紐を輪っかに結び、握る手に力が入る。犬との距離はもう1メートルもない。いける!
「グル……?」
あ、やば!犬が目を覚ました!
「なっ!?貴様!いつの間に……」
「うおりゃあ!!!」
「キャン!?」
なんか犬が喋ったような気がしたがお構いなしに紐をくくりつけた。
あ、あっぶねぇ……今見られた瞬間、あまりの怖さに腰が抜けそうになったが、無事紐をくくりつけることに成功した。
「フン、こんな紐程度、このケルベロスの一首が噛み千切って……あれ、切れぬぞ!?」
ケルベロス?ケルベロスってあの三つ首の犬の事か!?
なんで1つしか首がないんだよ!
……つーかこの犬、普通に喋ってんだけど……
「こら、早くこれをほどけ!さすれば命だけは助けてやる」
と、犬がじたばたするが余計に絡まり、どんどん抜け出せなくなっている。なにこれ可愛い。
「いつまで黙っている!!くそ!こやつに魔法を放とうにも何故か力がでん!何故だ!?まさかこの紐の効果か…………不覚!」
「ふっ……」
どうやら、この犬は抵抗を諦めたらしい。ぐったりと紐に絡まれながら地面に座り込む
「殺せ。こんな無様な姿、同士に見せられぬ。いっそのこと殺してくれ」
「なにいってんだお前。これからお前は俺の使役魔になるんだよ」
「……は?」
ぐったりとした犬が首だけを此方の方へ向いてなにいってんだといった表情で見つめてくる。
「はん、貴様程度がこの私を使役する?自惚れも大概にしておけ、この私を使役したいのならば勇者にでもなるのだな!」
「俺、勇者だよ」
「……へ?」
と、またもや腑抜けた声を出す犬。
取り敢えず紐を解いてやるか……別にほどいても効果は持続するようだし。
「お、お前メスか」
「な!?ちょっ、見るな!ていうかなぜ紐を解いてる!?貴様の行動が全然読めんぞ?!」
そして漸く紐を全部ほどいた。
「ふん、貴様。この私を解放した時点で負けは確定したぞ!
死ね!『ヒューマブレイ「おすわり」キャン!?」
「お、言うこと聞いた」
「な、なぜだ!?」
なんかの呪文を唱えようとしていたが俺の一言でそれを中断しおすわりをした。
「よし、よしよし。んじゃ、行くぞ」
「な、行くわけ……え?!足が勝手に……」
さっきからこの犬煩いな。
「おい、まさかあのワープゲートへ行くつもりか!?止めろ!あれは明日に魔王軍を派遣するためのワープゲートだ!それを勝手に使ったら私がどんな目に会うか……」
「なんだ、別に冒険者が使ったって訳じゃないのか。
……まあ、それなら好都合だ。有効活用してやる」
そして俺は一緒にワープゲートの中に足を踏み入れられるよう、犬を抱っこした。うん、ちょっと重いな。
「おう、中々もふもふじゃないか。」
「や、やめろー!!」
犬の言葉を無視して俺は犬と一緒にワープゲートの中へと入っていった。
「おお、なんか体が透けていくぞ。これがワープか!」
「……終わった……魔王様、同士……本当に申し訳ない……」
そんな犬の声とともに俺共々ワープゲートは消えてしまった。