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異世界の出会い

気が付くとそこは見知らぬ森だった。

そもそも新にはこの世界に見知った場所などないのだが。

「どこに飛ばされようとそこがどこかなんて判別は出来ないけど、これはどうなんだ?」

見渡す限りの木、木、木。紛う事なき深い森の中。そこで新は途方に暮れていた。

「人目を避けて人里離れた場所に転生させるというのはわからなくはないんだけど、それでもどっちに向かえば良いかくらいは教えてほしかったな……」

だが、仮にも神に適応力があると評されただ けはある。慌てても仕方ないと一つため息を 吐いてこれからどうするかを考える事にした。

「まあ、次会ったらとりあえず一発殴ろう」

そんな決意を固めながら新は辺りを観察した。

植物の種類などさして詳しくない新だが、見る限りでは地球の植物との違うはあまり見つけられない。葉っぱの形が独特だったり見た事のない実がなっていたりはするがそれだけだ。

歩き回っている訳でも襲いかかってくる訳でもない。

「空に太陽も一つか。あれが太陽と呼ぶのかは知らないけど」

木々の隙間から覗く太陽は燦々と輝き、まるで新を祝福するかのように照らしている。

「なんて思うのは自意識過剰かな?うん、もしかしたら異世界転生なんていう事態に少し舞い上がっているのかもしれないな」

そんは自分の心情に新は苦笑を浮かべた。

「そういえば、この世界にはレベルとかスキルがあるって言ってたな。どうにかして見れないのか?」

そう思った途端、新の目の前にステータスが浮かび上がった。

「あ、見れた。〈黙示録の剣──アポカリシス〉と同じで念じれば良いのか?」

突然現れたステータスに首を傾げながらも、そんなものなんだろうと深く考えずに目の前のステータスに改めて視線を向けた。




『名前:都築 新(16)

LV1

【生命力:573】【魔力:603】

【筋力:127】【敏捷:130】

【器用度:98】【運:???】』




「うーん……」

浮かび上がったステータスを眺め、新は首を傾げた。

この世界の常識がない新にはこのステータスが高いのかどうか判別が出来ないが、それでもこれがおかしいとわかるくらいには異常なものだった。

「生命力と魔力が飛び抜けて高いな。まあ、これについてはフィアがそんな事を言っていたから良いとして、【運:???】ってなんだよ……。いや、たぶんこれのせいなんだろうけど」

眉をひそめながらステータスに表示された保有スキルという欄に視線を向けた。

そこに表示されていたスキルは全部で四つ。

剣術LV1、異世界言語、偽装、そして凶運LV1だ。

「凶運ってなんだよ。あの時の会話がフラグになってたのか?しかも、LV1って2とか3に上がるのかよ?そんなレベルアップはいらねぇよ」

そもそも、この凶運ってスキルはなんなんだ?そう考えていると、スキルの詳細が表示された。



凶運……様々な事件、トラブルに巻き込まれやすくなる。



「呪いだろ、これはもはや。というか、元々持ってるって事は元の世界でもこの影響を受けていたりするのか?そう考えると心当たりが……」

前世であったトラブルの数々を思い出しては憂鬱になりかけていた思考を頭を振って振り払った。

「前向きに考えよう。俺の目的を考えればこのスキルも悪い事じゃないはずだ。トラブルに巻き込まれるって事はそれだけ〈紙片〉に近付けるって事なんだからな」

気を取り直して新は他のスキルも改めて確認する事にした。



剣術……剣の扱いに補正がかかる。

異世界言語……エスティアに存在するあらゆる言語を扱う事が出来る。

偽装……ステータスを書き換えられる。



「まあ、剣術とか異世界言語とかはそのままだな。ん?」

そこで新は偽装の詳細に続きがある事に気付いた。




『P.S.

説明し忘れていたけど、異世界言語と偽装のスキルは僕からのプレゼントだ。言葉が通じなければ苦労するだろうし、中には人のステータスを覗くスキルもあるから偽装はその対策だよ。君のステータスは将来的に人に見せられないようなものになるはずだからね。今でも見せられないけど。じゃあ、幸運を祈っているよ。あ、無理か(笑)君の親愛なる友フィアより』




「とりあえず、次会った時はやっぱり一発殴ろう。でもまあ、この二つのスキルはありがたいな。早速偽装を使ってみるか」

使い方に関しては頭に浮かび、迷う事なくステータスを書き換えていった。

「名前もこのままじゃあれだよな。職業も異界の剣士じゃ丸わかりだし。ステータスは、うーん……。あとスキルもだな」




『名前:アラタ(16)

LV1

【生命力:573】【魔力:603】

【筋力:127】【敏捷:130】

【器用度:98】【運:100】

保有スキル:剣術LV1』




「こんなもんか」

書き換えたのは四つ。名前、職業、運のステータス、そしてスキル。

他のステータスについては基準がわからないからいじっていない。流石に運をあのままにしておく訳にはいかなかったからそれだけはいじったが。

他のステータスに関してはこの世界の住人のステータスを見る機会があればそれを基準に改めて書き換えようと考えていた。

「あとは持ち物の確認だけど、あるのはこの剣くらいなんだよな。あとはフィアがこの剣に収納した石が一つ。他は……」

そこでアラタは自分の服装が変わっている事に気付いた。

元々着ていたのは死ぬ前に着ていた高校の制服。フィアと話していた時も同じだったはずだが、今は足下まで隠すフード付きの黒いローブに変わっていた。

「まあ、制服のままだったら目立つしな。ありがたくもらっておくとしよう」

ちなみに元々着ていた制服はローブの下に着たままだった。

「よし、じゃあ行くか。いざ異世界の旅に」




◇◆◇◆◇◆




「ギィィ!」

鳴き声をあげ、飛びかかってくる緑色の肌を持つ醜悪な顔の魔物。体長は一メートル程で手には木でできた棍棒を持っている。その姿はファンタジーものの定番ゴブリンだ。

正面から棍棒を振りかぶってくて襲いかかってくるゴブリンをアラタは躊躇いなく〈黙示録の剣〉で持って切り捨てた。

袈裟斬りの一撃で両断されたゴブリンの後ろからさらに二匹のゴブリンが飛びかかってくる。

だが、それもアラタは横薙ぎに振るい、二匹纏めて切り裂く。

「ギギィ!」

ゴブリンは知能のある魔物として知られている。道具を用いる事もあるし、ゴブリン同士で連携を取る事もある。

それでも、それはせいぜい野生動物に毛が生えた程度でしかない。

背後からの奇襲にも関わらずわざわざ声を出して教えているのが知能の低さを表している。

半身になって危なげなく奇襲を躱したアラタはゴブリンの後頭部を鷲掴みにして地面に叩きつけた。

グシャッと頭の潰れる感触に顔をしかめながらもアラタは油断なく残った一匹のゴブリンに視線を向けた。

「ギィ!?」

瞬く間に仲間を殺されたゴブリンはアラタに背を向け、逃げ出した。

特別殺さなければならない理由もないのだが、逃す理由はさらにない。

ゴブリンの背中目掛け、アラタは〈黙示録の剣〉を投擲した。

風を切り、一直線に〈黙示録の剣〉がゴブリンへと向かう。

だが、常日頃から剣を投げる訓練などしていないアラタにはあいにくと正確なコントロールは持ち合わせていない。

ゴブリンを狙ったはずの〈黙示録の剣〉はわずかに外れ、ゴブリンの横に突き刺さった。

「ギィ!」

だが、ゴブリンはそれに驚き、思わずその動きを止めてしまう。

「ふっ」

その隙にゴブリンとの距離を一瞬で詰め、地面に突き刺さった剣を引き抜きざまに振り抜く。


斬ッ!


「ふぅ」

剣についた血糊を払い、短く息を吐いた。

「うへ、手が汚れたし」

ゴブリンを叩き潰した際についた血糊に顔をしかめ、ローブで拭った。

ここまで来る間に気付いた事だが、このローブには防御力のようなものはない代わりに汚れたりちょっとくらい破れてもすぐに綺麗になるのだ。

「洗濯いらずだな。それにしても、この肉を切る感触ってのは愉快な気分じゃないな。まあ、だいぶ慣れてきたけど」

移動を開始してから小一時間程経ったのだが、その間に三〜五匹のゴブリンの群れに五度遭遇していた。

個々の強さも大した事なく、一応ある連携も拙いものだから最初からそれほど苦もなかったのだが、平和な日本で暮らしていたアラタには命を奪うという感覚に慣れなかった。

「本当ならもっと苦労してたんだろうな。この体には感謝だな」

ここまで来るまでにわかった事だが、アラタのスペックはかなり高い。今ならリンゴも簡単に握り潰せそうだし、100m走で世界記録を狙えそうな程足も速い。しかも、歩きにくい道なき道を進んでいるのにまるで疲れを感じないところをみるに体力もかなりのものだ。

「これがこの世界の一般的なステータスって事はないよな。まあ、高い分には困らないし良いか」

アラタは抜いたままの〈黙示録の剣〉を足下のゴブリンの死体に触れさせた。

「吸収っと」

その途端、ゴブリンの死体が光の粒子に変わり、〈黙示録の剣〉に吸い込まれていく。

「うーん、結構吸収してるはずなんだけど、なかなかスキルを覚えれないな……あ、覚えた」



スキル【腕力強化LV1】を獲得しました。



「ゴブリンはあんな体格なのに意外と力強いんだよな。なんでかと思ってたらこのスキルがあったからか」

名前からこのスキルがどういうものかは想像がつくが、アラタは一応ステータスを確認してみた。




『名前:都築 新(16)

LV3

【生命力:598】【魔力:698】

【筋力:151(181)】【敏捷:155】

【器用度:107】【運:???】

保有スキル:剣術LV1・腕力強化LV1、異世界言語、偽装、凶運LV1』

腕力強化……筋力値に補正がかかる。




「151ってのが元の数値で(181)ってのが補正がかかった数値か。倍率は1.2倍ってとこか。スキルレベルが上がれば倍率も上がるのか?まあ、上がるんだろうな。じゃなきゃ、レベルがある意味がない。それにしても、他に比べて魔力の上がり方が以上だな。現時点じゃ使い道もないのに。これじゃ、単なる宝の持ち腐れだな」

ステータスの確認を終え、改めて一息吐いたところでアラタは首を傾げた。

気になっていたのはゴブリンとの遭遇頻度だ。小一時間で五度。だいたい十分に一回くらいゴブリンの襲撃を受けているのだ。

この世界の常識がないアラタにはそれが多いのか少ないのかわからないが、気になるのは今まで出会った魔物がゴブリンばかりという事だ。

「この近くにゴブリンの巣でもあるのか?」

だとしたらどうするか。少し考えてみたアラタだが、結論はすぐに出た。どうもしないだ。

「あったら今まで通り倒せばいい。それ以上こっちから探す必要はないな」

そもそも、今のアラタは見知らぬ土地で迷子になっているのだ。水も食料も野営の準備もない状況で野宿をしたいとは思わない。

出来れば日が暮れる前には人里に行きたいのに余計な手間をかける時間はない。

「まあ、問題があれば冒険者?かなんかが対処するだろ。今は自分の事だ」

残っていたゴブリンの死体を吸収し、アラタは再び歩き始めた。





「もう完全に日が暮れたな」

移動を開始してからアラタの体感ですでに半日近くが経過していた。

だが、いくら歩いても人里どころか人っ子一人いない。出会うのは時折現れる魔物ばかり。

今もまた茂みから飛び出した黒い狼のような魔物を一刀のもとに斬り伏せた。

「何も覚えないか」

慣れた手つきで物言わぬ死体と化した黒い狼を吸収するが、スキルを覚える事は出来なかった。

初めてスキルを覚えてからも数十分はゴブリンの襲撃が続いたが、その後は頻度こそ低いがそれ以外の魔物も現れるようになった。今襲われた狼のような魔物や角の生えたウサギ。二足歩行の豚、いわゆるオークと呼ばれる魔物と出会ったが【腕力強化】以外のスキルは得られなかった。

「相手が弱いとなかなかスキルを覚えられないって言ってたっけな。どうやら、この辺の魔物は弱い奴ばかりみたいだな。まあ、いきなりドラゴンとか現れてもどうしようもないけど」

暗い森の中を月明かりだけを頼りにアラタは愚痴をこぼしながら進んでいく。

「その辺は配慮してくれたのかもしれないけどもう少し考えてほしかったな」

半日近く歩いてはいるが、予想外に疲労も空腹も感じていなかった。自分の体のスペックに内心驚きながらも、このまま歩き続けていればそれもいつか限界が来る。

日の暮れる前に街か村に辿り着きたかったのだが、それもすでに叶わぬ事。ならばとどこか休める場所を探しているのだが、あるのは変わらぬ森ばかり。

「ん?」

その時、変わらなかった景色の中に灯りのような物が見えた。気のせいかと首を傾げたアラタだが、耳を澄ますとかすかに話し声が聞こえてくる。

「こんな所に誰かいるのか?なんにせよ運が良い。地獄に仏ってとこか?」

この世界に来てから初めての人の気配にテンションの上がったアラタは深く考える事なく駆け出した。運が良いという考え自体アラタのスキルの前にはあるはずないというのに。

「すいませ……ん」

茂みの奥に飛び出したアラタはそこにいた人物を見て言葉が尻窄みになる。いたのは二人。どちらも柄の悪い大柄の男。少なくともカタギの人間には見えない。

その後ろには崖があり、そこには灯りと笑い声の漏れ出る洞窟がある。おそらく、この二人は見張りなのだろう。

「あー……」

アラタは頭に手を当てて自分の迂闊さを嘆いた。

「こんな所にいる奴がまともな奴な訳ないよな。盗賊か山賊か。そんなところか」

「なんだテメェは!」

突然の登場に呆気に取られていた盗賊(山賊?)の一人がアラタに怒鳴り声をあげる。

「ここが盗賊団山嵐のアジトだって知ってやがんなのか!」

「知らないし、知りたくもなかったよ……。自分の凶運を忘れてた。あぁ、そういえば、この世界にいるのは仏じゃなくて神だったっけな」

「何ブツブツ言ってやがんだ!」

「いや、ちょっとした勘違いなんでこれで失礼します」

盗賊達に背を向けて立ち去ろうとするアラタだが、盗賊達がそれを許すはずもない。

「おいおい、なんの騒ぎだ」

さらに、洞窟の奥から続々も柄の悪い男達が姿を現す。

「なんだあいつはぁ?」

「いきなり現れて」

「鬱陶しい冒険者が嗅ぎつけやがったか?他に誰かいたか?」

「いえ、あいつだけです」

柄の悪い男達の中でも一際大柄で強面の男が盗賊のボスなのだろう。その背には両刃斧を背負っている。

さっきまで宴会でもしていたのか洞窟から出てきた盗賊達は揃って赤らんだ顔をしていた

。これなら逃げられるかと考えるアラタだが、首を振ってその考えを否定した。

慣れない夜の森。そんな場所で地の利のある盗賊を相手に鬼ごっこをする気にはなれない。

「男か。女なら色々使い道があるんだがな。まあいい。奴隷商にでも売ればそれなりの金になるだろ」

盗賊達の下卑た笑い声を聞きながらアラタは冷静に敵を観察していた。

数は全部で九人。洞窟の中に他にもいるかもしれないが、それは頭の隅に置いておくだけにとどめておく。

数の差はあるが、酒にも酔っていて油断もある。

「なんとかなるか」

アラタは腰から〈黙示録の剣〉を引き抜き、その切っ先を盗賊達に向ける。

「ギャハハハハハ!たった一人で俺達とやろうってのか!」

「とんだ馬鹿がいたもんだな!」

「遊んでやれ」

その言葉に三人の盗賊が剣や斧を構えて向かってくる。

「流石に三対一はキツイよな。でも、一対一なら……」

向かってくる盗賊達に自ら前に出る。

「なにっ」

予想外の速さに驚愕の表情を浮かべ、その動きを一瞬止める。その隙に躊躇なく〈黙示録の剣〉を振るい、切り捨てる。

「クソガキがよくも!」

背後に回った一人が怒声混じりに斧を振り下ろしてくる。

「わざわざ背後に回ってるのに声を出して位置を教えるとか……。ゴブリン並なのは顔だけじゃなくて知能もなんだな」

半身になって振り下ろされた斧を躱し、振り返りざまに胴を薙ぐ。

「まあ、それならそれで殺すのも気安く出来て良いけどな」

「オォォォォ!!」

雄叫びをあげながら振り下ろされた剣を〈黙示録の剣〉でもって受け止める。

鍔迫り合いの体勢から奥を窺い見れば盗賊の一人が弓を引き絞り、別の一人が杖をこちらに向けていた。

「魔術か?弓もだけど後衛がいると厄介だな。先に潰すか。ちょうど良い物もあるし」

〈黙示録の剣〉に収納されていたある物を取り出し、左手に握り締めた。

「ふっ」

力任せに盗賊の剣を振り払い、左手に握った物を投擲した。それはこの世界に来る前に説明のためにフィアが収納していた石ころ。

高い筋力値によって放たれた石は高速で突き進み、弓使いの肩に激突する。

「グハッ!」

激痛に肩を押さえ、弓を取り落とした。

「お、今度は当たったな。牽制にでもなればと思ったんだけどな」

弓使いの苦痛の声に一瞬意識が集まった隙にアラタは後衛との距離を詰めた。

「ファ、ファイアボール!」

咄嗟に魔術師の男は直径30cm程の火球を放つが、それをアラタは最小限の動きで躱し、魔術師の男を切り裂く。

さらに傍にいた男を続けざまに切り捨て、一旦後方に飛び退く。

「な、何者だテメェ!」

瞬く間に五人の仲間を倒された盗賊の頭は憤怒に顔を染め、だがそこに確かな動揺を浮かべてアラタを睨みつける。

「ここで時間を与えれば冷静になるか。なら、もう一押しだな」

アラタは左手に掴んでいた“それ”を盗賊達に見せるように掲げた。

「なっ」

それは盗賊の一人だった魔術師の死体。それを手を離して足下に転がし、〈黙示録の剣〉を突き刺した。そして、その死体を吸収した

光の粒子と化し、〈黙示録の剣〉に吸い込まれていく光景に盗賊達は驚愕の表情を浮かべる。

「また隙が出来たな」

再び距離を詰めたアラタは隙の出来た盗賊に剣を振るう。

「そう何度もやられるか!」

だが、その一振りは盗賊の剣によって受け止められてしまう。

「なら、さっき手に入れたスキルを試してみるか」

アラタは空いている左手を盗賊の顔に向けた。

「燃ゆる炎よ 形をなして敵を焼け」

体内を巡っていた魔力が左手に集まり、そこにさっき見た火球を生み出す。

「ファイアボール」

「ガッ!」

【火属性魔術LV1】それが魔術師を吸収した時に覚えたスキルだ。

至近距離から放たれた火球は盗賊の顔面に直

撃して破裂する。ふらりと後ろに倒れていくその体を後ろにいた別の盗賊の方に蹴り飛ば

す。そして、二人纏めて突き刺した。

「クソガキがぁ!!」

背後から襲い掛かる両刃斧を飛びのいて躱し、距離を取る。

「あと二人か」

すでに油断も酔いもないだろう。あるのは怒りと憎しみか。だが、感情に支配されようと不用意に向かってくるような事はしない。それをすれば返り討ちに合うとここまでで嫌という程理解させられたのだ。

「来ないか。まあ、それならそれでやりようはあるけどな」

素早く詠唱を唱え、唯一使える火球を手の平の上に生み出す。それに警戒をあらわにする盗賊達。だが、アラタはわずかに口の端を吊り上げ、その火球を地面に叩きつけた。

闇夜に音と光が轟き、土煙が舞い上がる。

「どこに行った!」

それによって視界が塞がれた一瞬の隙にアラタは視界から消える。

「グアッ!」

「あと一人だな」




◇◆◇◆◇◆




何が、起こってる……。

ボルグは目の前で繰り広げられた事が理解出来なかった。否、頭が理解する事を拒んでいるのだ。

盗賊団山嵐。ここら一帯ではそこそこ名の知れた盗賊団だ。人数こそさほど多くはないが、頭であるボルグを筆頭にそれなりの高レベルで構成され、討伐に訪れた冒険者や軍を返り討ちにしてきた。

だというのに、今たった一人の男に追い詰められていた。最初に見た時、その男を脅威になど微塵も思わなかった。剣こそ持っているが、まだ十代半ば。中肉中背でこの世界の基準に照らし合わせれば幼いとすら言える顔立ちは戦いに向いているようには見えない。

この辺りではあまり見る事のない黒髪黒目に異国風の顔立ちは捕らえれば高く売れるだろうと酒に酔った頭で考えていた。

だが、蓋を開けてみればどうだ?

仲間達は次々と地に伏せ、残るは自分ただ一人。弓使いはまだ生きてこそいるが、肩を完全に潰され逃げる事もままならない。自分との戦いが終われば殺されてしまうだろう。

「どこで間違った……」

人知れずボルグはつぶやいた。

男は息絶えた仲間の亡骸に一瞥する事なく剣を振るってその血糊を払い、その切っ先をボルグに向ける。

月明かりを受けて鈍く輝く刀身には一片の曇りもなく、どこか怪しげな雰囲気を立ち込める。改めて見ればその剣が派手さはないが、とんでもない業物であるとわかる。仮に売れば一生遊んで暮らせるだけの大金が手に入る

事だろう。

だが、ボルグには今さらそんな事を考えられる余裕はなかった。

憤怒と憎悪によって心を覆わなければ今すぐにでも恐怖で身動きが取れなくなりそうなのだ。ボルグは完全に目の前の相手に飲まれていた。

「一対一なら不意打ちをするまでもないな」

そう言うと男は泰然自若とした態度で悠々と歩きながらボルグとの距離を詰めてくる。

「な、舐めるなぁぁぁぁぁ!!」

雄叫びによって自らを奮い立たせ、両刃斧を上段に構えて男へと向かう。

「ウオォォォォォ!!!」

振り下ろした渾身の一撃。ボルグの剛腕から放たれる一撃は地を砕き、粉塵を巻き上げる。しかし、どんな強烈な一撃も当たらなければ意味がない。

冷静さを欠いた大振りの一撃を男はバックステップで躱す。

誘われたのだと気付いた時にはすでに遅い。がら空きの胴目掛けて横薙ぎに剣が振るわれる。

「クソがぁ!」

かろうじて両刃斧を引き戻し、それを受けるが予想外の膂力に体勢を崩す。

この世界における力の強さはステータス上の筋力値に依存する。とはいえ、その強さは見た目である程度予測する事が出来る。大柄のボルグからすれば目の前の相手など小枝のようなものだ。

だというのに、その一撃はボルグの体を芯まで揺らし、腕を痺れさせた。

「終わりだ」

流れるように剣が頭上へと振り上げられる。体勢は崩れ、手は痺れて咄嗟に動かない。

何が悪かった……。

「運が悪かったんだよ。お前も、俺もな」

そして、無慈悲な凶刃が振り下ろされた。




◇◆◇◆◇◆




「魔物を倒すよりも効率的だな」

戦闘を終え、盗賊達の死体を吸収したアラタは魔物をいくら倒してもなかなかスキルを得られなかったのから一転、いくつものスキルを獲得した。

魔術師から得た【火属性魔術LV1】を始め、【槍術LV1】【短剣術LV1】【弓術LV1】【斧術LV2】を新たに。

それに加えて元々持っていた【剣術LV1】のスキルが【剣術LV2】に上がっていた。

レベルも5だったのが一気に3も上がって8になっていたところをみるに盗賊達のレベルはそこそこ高かったのだろう。

本来であれば今のアラタのレベルでは手も足も出ない程に。

「フィア様々だな」

自身のレベルにそぐわぬステータスの高さに肩を竦め、盗賊達が根城にしていた洞窟に足を向けた。

「酒臭さ」

洞窟に足を踏み入れた途端、強いアルコールの臭いが鼻を突く。臭いだけで酔っ払いそうな空気の悪さに顔を顰め、それでも中を調べない訳にもいかないアラタは鼻を押さえて足を進めていく。

洞窟の中は二つの空間になっていた。真っ直ぐ進んだ先にある住居として使っていたであろう広い空間と途中で曲がるそこよりも少し狭い空間。

狭い方の空間は倉庫として使っていたのか武具や貨幣を始めとした金目の物が無造作に置かれていた。

「武器とかは〈黙示録の剣〉がある限り必要ないけど一応持っておくか。何かに使うかもしれないし。金とかはこれがどれくらいの価値になるかはわからないけどありがたく貰っておこう。今後の活動資金だな」

必要の有無に拘らず、アラタは倉庫にあった物を片っ端から〈黙示録の剣〉にしまっていった。

「便利だな、やっぱり。これがなかったらあれだけの荷物を持って歩かないといけなくなるところだった」

倉庫内の全てをしまい終えたアラタはこの剣をくれたフィアに感謝しながらもう一方の空間に向かった。

「うわ、ここは一層酒の臭いがキツイな」

窓などあるはずもない洞窟の中には酒気が渦巻き、宴会でもしていたのか足下には食べかけの料理や酒樽が散乱している。

料理といっても肉を焼いただけのシンプルな物がほとんどで他にあるのはせいぜい魚。野菜の類はまず見受けられない。

「健全で真面目な高校生だった俺にはこの酒の臭いはいかんともしがたいな」

肩をすくめて足下に散乱している物をどかし、その場に腰を下ろした。

「あれの食べかけってのは気が進まないけど仕方ないか」

そう愚痴をこぼしながら残っている料理に手を伸ばした。

「味濃っ。絶対適当に塩振っただけとかだろ、これ」

異世界に来て初めての食事がこれという事に嘆きながら、アラタは今日一日を振り返ってみた。

「平然とこの状況を受け入れてるところをみるにフィアの言う通り俺はなかなか適応力があるみたいだな。それにしても……」

アラタは成長したステータスを開き、肩をすくめた。




『名前:都築 新(16)

LV8

【生命力:670】【魔力:944】

【筋力:202(240)】【敏捷:197】

【器用度:134】【運:???】

保有スキル:剣術LV2・槍術LV1・短剣術LV1・斧術LV2・弓術LV1・火属性魔術LV1・腕力強化LV1、異世界言語、偽装、凶運LV1』

槍術……槍の扱いに補正がかかる。

短剣術…短剣の扱いに補正がかかる。

斧術……斧の扱いに補正がかかる。

弓術……弓の扱いに補正がかかる。

火属性魔術……火属性の魔術が扱えるようになる。



「魔物が弱いってのもあるけど何時間も歩いてあれだけ魔物を倒したのに上がったレベルはたった4で覚えたスキルは一つだけ。なのに盗賊相手に一回戦っただけで3レベルも上がってスキルも5個覚えたんだよな。魔物と戦うよりも全然効率良いな。まあ、だからって無闇に殺戮をする気はないけど」




◇◆◇◆◇◆




残っていた料理で適当に腹ごしらえを終え、アラタは倉庫から回収した物を確認していた。

とはいえ、ここは平和な日本ではない。回収した物の確認に集中しながらも気は抜いていなかった。だが、それを防げたのは偶然だった。

「なっ」

そうしなければならないという直感に従って握っていた〈黙示録の剣〉を体の横で構えた直後、そこに強い衝撃が走り、アラタの体は耐える事も出来ずに弾き飛ばされた。

広いと言っても所詮は洞窟の中。その広さはたかが知れている。間近に迫る壁を一瞥し、咄嗟に地面に〈黙示録の剣〉を突き刺して勢いを殺して激突寸前で止まった。

「何が起きた……」

いや、何が起きたのかはわかっている。誰かに殴り飛ばされたのだ。だが、その事実が理解出来なかった。

さっきまで自分がいた場所に視線を向ければ、そこには一人の人物が立っていた。

かなりの小柄。フィアと同じかそれよりも小さいかもしれない。全身を黒いローブですっぽりと覆い、顔を隠している。

性別どころか種族もわからない。だが、あの体格でアラタを殴り飛ばしたところから考えると人間じゃない可能性の方が高いかもしれない。

小柄な襲撃者は自身の攻撃が防がれた事が不思議なのか袖からちょこんと出た拳を眺めて首を傾げている。

その手を見る限りは間違いなく人間だが、殴られるまでその存在に気づけず、自分を簡単に殴り飛ばす相手を人間だとは信じたくなかった。

何もかもわからない相手だが、わかる事が一つ。それは目の前の相手が自分を遥かに上回る相手だという事だ。

「あんな奴に狙われる理由に心当たりがないんだけどな」

それでも、相手に自分を見逃してくれる様子はない。襲撃者は拳を握り、腰を落として構えを取る。

一瞬の静寂。そして……。

来る。

音もなく、それでいて弾丸のような速度で駆け出した襲撃者を今度はかろうじて目で追う事が出来た。

一直線に向かってくる襲撃者に対し、アラタはカウンターを狙って〈黙示録の剣〉を引く。

襲撃者の速さに剣を振るのでは間に合わないという判断からの突きの構え。タイミングを合わせ、〈黙示録の剣〉を突き出そうとしたその直前。襲撃者は剣の間合いの外ギリギリで止まり、突然消えた。

「上か」

バッと素早く頭上を仰いだアラタの視界に天井を蹴る襲撃者の姿が映る。

「重い……」

クルリと回転させながらの踵落とし。速度+重力+遠心力+筋力。その体格からは不釣り合いな強力な一撃に〈黙示録の剣〉で受けるが、地面が蜘蛛の巣状にひび割れ、足が地面に埋まる。

こりゃ、普通の剣だったら受けたところで折れてるな。

「笑えねぇ」

苦笑も出てこないその強力な一撃を防がれても襲撃者には動揺はない。地面に足が着くと同時にまるで撃ち出されたかのように跳ね、壁、天井、床と洞窟内を跳ね回る。

狙いを定まらせない重力無視の立体機動。

「ヤバイな、これ」

ただでさえ格上の相手にこんな不規則の動きをされては手も足も出ない。しかも、限られた空間の中では満足に剣を振るう事も出来ない。

「まずはここから出る」

背後からの攻撃を紙一重で躱し、洞窟の出口に向かって駆け出す。

だが、それを阻むように襲撃者がアラタの前に現れ、立ち塞がる。

「ふっ」

その襲撃者に対し、〈黙示録の剣〉を握る右手ではなく、何も持っていない左手を振る。

その動作に不思議そうにする襲撃者の視線の先で何も持っていなかったはずの左手に突如短剣が現れ、それと同時に投擲される。

それには流石の襲撃者も驚いた様子を浮かべるが、その短剣を危なげなく掴み取った。

やっぱり防がれるか。まあ、それも予想通りだ。

ガシャン!と足下に転がっていた皿やコップを襲撃者に向けて蹴り上げる。それによって一瞬奪われた視界の隙を突いて〈黙示録の剣〉を振り上げた。

だが、その剣を振り下ろす事はなく、防御に襲撃者の意識が向いた隙にその横をアラタは駆け抜けた。

「あの程度の不意打ちでどうにかなる相手じゃないわな」

一瞬隙を作り出したといっても相手との間には明確な実力差がある。戦うのは愚策だと一目散に洞窟の出口へ向かって駆ける。

しかし、それを見逃してくれる程甘い相手ではなかった。アラタがチラリと背後を確認すれば、全力で走っているにも関わらず襲撃者が瞬く間に距離を詰めてきた。

「くっ」

咄嗟に背後に〈黙示録の剣〉を回せばそこに衝撃が走り、アラタはなす術なく跳ね飛ばされた。

「おかげで外には出られたけどな」

そのまま洞窟の外まで飛ばされたアラタは地面に激突する寸前に地面に空いている左手をつき、体を捻って振り返りながら着地する。

「怪我の功名ってとこか?まあ、事態はなんも好転してないけど、な」

間髪入れずに突き出された拳をなんとか〈黙示録の剣〉で受けるが、アラタの足は堪えきれずに地面に二本の溝を作りながら下がっていく。

「ヤバイな」

今までなんとか防いできたアラタだが、襲撃者との圧倒的な力の差はそれでもなおアラタにダメージを与えていた。特に、剣を握っていた右手は痺れてほとんど感覚がなくなっていた。

「直撃したら折れるか、最低でもひびくらいは入るな」

目の前の襲撃者から意識をそらす事なくアラタはチラリと背後の森を窺い見た。

このまま逃げ出せば逃げ切れるだろうか?否、背中を見せれば次こそ襲撃者は逃がしはしないだろう。ならば、戦って勝てるか?それこそ否だ。現状においてアラタに勝ち目は全くない。

「無理ゲーだろ……。詰んでるわ、これ」

それでも、襲い来る襲撃者の拳を反射的に躱してしまうのは本能か。

洞窟内のような立体的な動きのない分いくらか読みやすくなった攻撃をかろうじて躱していく。剣で受けるのは出来るだけ最小限に。ほとんど感覚のない右手の状態では剣を握っている事でさえ難しいからだ。

〈黙示録の剣〉を失えばその時こそ本当にゲームオーバーだろう。

「いきなり難易度跳ね上がり過ぎだっての。最初の村の付近で魔王が出てくるようなもんだろ」

軽口を叩くアラタだが、そこに余裕などはない。愚痴でもこぼさなければやってられないと半ば自棄になっているのだ。

「ふっ」

襲撃者の攻撃を回避し、剣を振るうと同時に体で隠していた左手から短剣を襲撃者の足に投擲する。

倒せずとも足を負傷させられれば逃げ切れる可能性が少しは高くなるのではないかと行動だが、襲撃者は一歩足を引くだけで躱し、逆にその足を軸足として反対の足で回し蹴りを放ってきた。

それを大きく後ろに跳んで躱すが、素早く襲撃者がその後を追随してくる。

一直線に向かってくる襲撃者に何も持っていない左手を向ける。その行動に訝しげな様子を見せるが、襲撃者は足を止める事なく肉薄してくる。

アラタはそれに内心ほくそ笑み、襲撃者が剣の間合いに入る直前、左手に槍を出現させた。

必殺のタイミングと言っても良かった。剣には当然警戒している。何度か見せた短剣の投擲も警戒しているだろう。だからこその必殺。

左手に何も持っていない事を見せ、剣ではまだ届かない距離。自分に届く攻撃はないはずという心理的な隙を突いての突如現れた槍。しかも、相手は高速で駆けているのだ。本来であればそのままなす術なく自ら槍の切っ先へと突っ込んでいくはずだった。

「なっ」

しかし、襲撃者は驚異的な反射を見せた。減速する事なく体を捻り、小さな体をさらに屈めて槍の下を潜り抜けたのだ。槍までの距離はわずか数センチ。常人に回避出来るようなタイミングではなかったのにも関わらず。

そのままアラタの懐に飛び込んだ襲撃者は低い体勢から腕を引き絞り、鋭い拳をアラタの腹に叩き込んだ。

「かはっ」

さっき食べた物が逆流しそうになるのはなんとか耐えたアラタだが、まるでトラックと正面衝突したかのような衝撃を受けて跳ね飛ばされた。

腹部のダメージによって受け身もままならないアラタはそのまま地面に叩きつけられ、二度三度と跳ね、何度も転がってようやく止まった。

「そういや、俺の…死因って車に…轢かれた事…なんだっけな。…よく…覚えてないけど、こんな…衝撃…だったの…かもな」

つっかえながら声を絞り出したアラタにサッと影がさす。

「…正直…予想外…だったな」

直前の一撃、直撃を受けたアラタだったが、本来であれば剣を割り込ませる事くらいは出来た。だが、実際は見ての通りだ。

さっきの槍は襲撃者にかすりもしなかったが、避ける際にローブに当たっていたのか、フードが跳ね上げられ、隠れていた顔があらわになっていた。

「…あれは…誰だって…食らう…ての」

雲の切れ間から差し込む月の光を受けて輝く銀糸の髪。絹糸の様に柔らかで艶やかなその髪がふわりと肩にかかっている。その髪の持ち主──襲撃者の正体はまだ幼い少女だった。

フィアと変わらないか、もしかしたらそれよりも小さいかもしれない身長。時折、ローブから見えていた手足は細く華奢で触れれば折れてしまいそうだ。少なくとも人一人を簡単に殴り飛ばせるようにはない見えない。

肌は処女雪のように白く、小さな顔はとても整っている。フィアとは違う人の枠に収まるからこそわかる圧倒的な美しさ。幼い顔立ちはむしろ可憐と表現するべきなのに身に纏うどこか神秘的な雰囲気が幼い顔立ちに不釣り合いな綺麗という言葉を想起させる。

感情の読めない表情はどこか人形のようだが

、確かな生を感じさせる宝石のような二つの赤い瞳がそれを否定している。

はっきり言ってアラタはその容姿に見惚れ、動けなくなってしまったのだ。

「もう終わり。抵抗しないで」

初めて耳にする襲撃者改め美しい少女の声。平坦でありながら涼やかで澄んだその声が頭の奥に染みていく。

「一つ…聞いていいか?」

ようやくダメージの引いてきたアラタは目の前で自分を見下ろす少女に問いかけた。

「なに?」

小さく小首を傾げた拍子に少女の前髪が揺れる。それを目で追っていたアラタはハッとして最大の疑問を口にした。

「なんで俺は襲われたんだ?」

「盗賊討伐の依頼を受けた」

「…………」

「…………?」

「あれ?終わり?」

いくら待っても続きのない少女のセリフに説明が終わっている事にアラタは遅れて気づいた。

「うーんと……」

頭に手を当て、少女の言葉の意味を考えたアラタは一つの答えに辿り着いた。

「あー、なるほどそういう訳か」

「?」

一人納得げなアラタに少女は不思議そうに首を傾げた。

「よっと」

アラタは反動をつけて立ち上がるが、少女は何も言ってこない。抵抗する気がないのを察しているのか、それとも抵抗したところでいくらでも抑えられると思っているのか。

わずかな会話から少女の性格を察するに前者だろうか。

「一つ誤解があるみたいだから言っておくが、俺は盗賊じゃない」

「盗賊じゃない?」

「ああ。俺はただの旅人でな。運悪く盗賊と出くわしてしまったんだ。襲われてなんとか返り討ちにしたんだが、日も暮れてたから盗賊のアジトを間借りしてた訳だ。そのせいでお前は勘違いしたんだろうな」

まあ、勘違いするのも仕方ないか。盗賊を倒すためにアジトにやって来てみればそこに一人の男がいた。そりゃ、俺でも盗賊だと思うわ。問題はこれを信じてもらえるかどうかだな。

「信じてもらえないかもしれないけど、事実なんだよ」

表情こそほとんど変わらないが、わずかに目を見開いていた少女はアラタに背を向け、森の方へ視線を向けた。

何をしているのかとアラタが尋ねる直前、少女は振り返り、アラタに向かって頭を下げた。

「ごめん……なさい」

「え?あ、いや、別に信じてくれるならそれでいいよ」

どうして急に信じるようになったのか気になるアラタだったが、そらに触れずに頭を上げるように促した。

「今回のは不幸な勘違いだった訳だしな。むしろ、俺のスキルのせいかも……。ああ、なんか落ち込んできた」

「どうしたの?」

突然気落ちしだしたアラタに少女は気遣うように声をかけた。

「いや、なんでもない。うん、大丈夫」

あははと渇いた笑いを漏らすアラタに心配そうな様子を見せる少女だが、アラタがもう一度大丈夫と言えばそれ以上を聞く事なく引き下がった。

「それより、誤解も解けた事だし自己紹介しようか。俺はアラタ。絶賛迷子中の旅人だ。最近の悩みは自分の運の悪さ」

「ミリア」

「ミリアか……。とりあえず、よろしくな」

「ん」




◇◆◇◆◇◆




改めて落ち着いて話をするためにアラタはミリアと共に洞窟の中に戻り、一度は慣れたはずの充満した酒の臭いに顔を顰めた。

「任せて」

その様子に気づいたミリアがそう言うと、洞窟の中に一陣の風が吹き抜けた。その途端、充満していた臭いが消え去り、淀んでいたむしろ清々しいと言えるような空気に変わった。

「今のは……」

「風の魔術」

「魔術、使えたんだな」

「得意」

あれだけの戦闘力を持ちながら魔術も使える事にアラタは内心驚いていた。

先の戦いの中でミリアは一度も魔術を使っていない。だから、使えないのだろうと思っていたのだが、実際は難なく使ってみせた。むしろ、得意だと言う。

つまり、白兵戦だけでも手も足も出なかったのに、ミリアはまだ本気ではなかったのだ。

「どうしたの?」

コテンと首を傾げるミリアにアラタは苦笑を浮かべてなんでもないと首を振った。

「それで、ミリアの事聞いていいか?」

ミリアはコクンと頷き、自らの事を語り出した。





「ここから一日くらいの距離にあるミランっていう街で活動するCランク冒険者か」

「ん」

アラタがこの世界に来る前に読んでいたネット小説にも冒険者というものは出てきた。だから、何をするの職業なのかはなんとなく察する事が出来るし、ランクというものも理解出来る。

ただ、アラタが気になったのはミリアのランクだ。

Cランク。

アラタの読んでいたネット小説ではCランクというのは決して高いランクではない。せいぜい中堅といったところだろう。

この世界でもそれは変わらず、ミリアに聞いたところ、下はFでそこからE、D、C、B、A、S、SS、SSSと上がっていくらしい。

これだけ聞けば下から四番目で弱く感じるが、普通の冒険者が辿り着けるのがBランクが限界と言われている。Aランクはその中でも幸運を持つ者が。それ以上は努力ではどうにもならず、一握りの天才だけがなれるという。SS、SSSランクともなれば、それは最早人知を超えた人外の領域だと。

Cランクというのは冒険者として一人前と認められ、常識的にみれば決して弱くはない。

(それでも、ミリアの強さがCランクとして平均的なものなら自信なくすな。聞いてみるか)

「ミリアは同じランクならどれくらい強いんだ?」

「……たぶん、上の方」

少し逡巡した様子を見せたミリアだが、アラタの問いに答えた。

その様子に内心首を傾げたアラタだが、考えてもわからないと続けて質問をぶつけた。

「どうしてそんなに強いんだ」

そこに特別な意図があった訳ではない。純粋な疑問。フィアによって作られたこの特別性の体を圧倒するその強さの理由を知りたかったのだ。

だが、その問いが来た瞬間、感情の起伏の少ないミリアが目に見えて顔を曇らせた。

なるほどと、アラタは内心で得心がいったと頷いた。

ミリアが本当にされたくなかった質問はこれなのだ。さっきのわずかな逡巡はここへ繋がると予想がついていたからこそなのだろう。

「エルフと…族のハーフだから」

それでも、ミリアはその問いに答えた。消え入りそうなちいさな声。

だが、優れた性能を誇るアラタの体は五感も鋭く、その声を確かに聞き取っていた。

「魔族……」

アラタが呟くとミリアの肩がビクリと震える。

アラタは知らない事だが、この世界では魔族という存在は一つの種族を表す言葉ではない。約三百年前に現れた魔王に付き従い、人類と敵対した種族の総称を魔族と呼ぶのだ。

最終的に魔王は勇者に討たれ、魔族達は散り散りなったがそれまでに多くの被害をもたらした。それ故、三百年経った今でも魔族達は忌み嫌われているのだ。

そんな事情は知らないアラタだが、ミリアの様子から魔族という存在がどういう扱いを受けているのかは察する事が出来た。だから……。

「へぇ、そうなのか」

あっけらかんとなんでもないかのように言ってのけた。

そんなアラタの様子にミリアは紅玉の瞳を見開いてまじまじとアラタの顔を眺めた。

「それだけ?」

「他に何かあるのか?自分で言うのもなんだが、俺は無知で常識知らずだ。魔族だとか言われてもピンと来ないんだよ」

「でも……」

「だから、俺はミリアという一人の人間だけを見て判断する」

「私の事知らない」

「少なくとも名前は知ってるし、冒険者だって事も知ってる。それに、嘘のつけない素直な可愛い女の子だって事もな」

ミリアにとって魔族だという事は知られたくない事のはずだ。そのせいで傷ついた事もあるのだろう。だが、ミリアは嘘をつく事も隠す事もなく本当の事を語ったのだ。

例え、傷つき、嫌われても嘘をつきたくないというミリアの性格故だろう。

「だから俺はミリアを嫌ったりしない」

「あ……」

力強く断言すると顔を俯かせ、小さく頷いた。

「さて、じゃあ次は俺の話だな」

雰囲気を変えるため努めて明るく切り出したアラタだが、そこには一つ問題がある。

どこまで真実を話すかだ。

『異世界で死んで女神に頼み事をされてこの世界に転生した』

事実だけを端的に言うのであればこうなる。文字にすれば二行に収まるような事だが、その説明はそう簡単にはいかないだろう。

仮にこれをありのまま話したとして今度はその頼み事の内容──『紙片』の事についてはどうするか。

素直な感情を吐露するのであれば嘘偽りなく全てをありのままに語りたい。それが自分が傷つく事をも覚悟して全てを話してくれたミリアに対する礼儀だと思うからだ。

元々アラタは事情をそこまで隠さなければならないとも思っていなかった。大っぴらに吹聴しようとは思わないが、たいていの人はそもそも信じもしないだろう。

問題があるとすれば話す事によってミリアを紙片絡みの事件に巻き込んでしまうかもしれない事だ。

「ミリア、今からする話は全て本当の事だ。到底信じられないかもしれないけど聞いてくれ」

だが、アラタは結局全てを語る事に決めた。

そして、語りながら思いついた一つの事について考えを巡らせた。

それはミリアを仲間に誘うかどうかだ。

直前にミリアに惨敗した事をアラタは気にしていない。下手にプライドの高い者ならプライドが邪魔して自分の惨敗した相手を仲間になど誘えないのかもしれないが、幸運な事にアラタはそんなプライドは持ち合わせていない。

むしろ、自身の力を過信する前に早い段階で挫折させてくれたのはありがたい事だと思っている。

だが、それでも自身の力不足は痛感させられた。今のままで『紙片」を集める事が出来るのか不安になったのだ。

その点ミリアの協力を得られれば心強い。戦闘だけでなく、この世界の知識も常識もないアラタにはガイド役としてもその存在はありがたい。

それが信頼の置ける相手ならば尚更の事。異世界初めての出会いがミリアであった事は凶運のスキルを持つアラタにとってはこの上ない幸運だろう。

盗賊?あれはゴブリンの一種だからノーカウント。

それに何より可愛い(重要)。

利益面を抜きにしてもミリアという少女とは共にいたいと思えるだけの魅力がある。ここまで思える相手は前世でも二人といなかっただろう。

例え断られたとしてもここは一度誘っておくべきだ。

そう頭も心も告げているが、唯一の懸念はやはりミリアを危険に巻き込んでしまう事だ。これだけが最後の一歩をアラタに躊躇わせていた。何か最後に背中を押すものがあったのなら躊躇いを乗り越え、すぐにでも誘う事だろう。

「──という訳だ」

しかし、結局結論が出ないまま全てを語り終えたアラタ。

目の前の少女が好ましい存在であればこそ、やはり誘うべきではないか。そう結論を出しかけたアラタだが、最後の一押しは意外な所からもたらされた。

「言って」

短い言葉。

一瞬、それがどこから聞こえてきたのかわからなかったアラタだが、それはすぐにわかった。

全ての話を聞き終えたミリアが疑うでもなくジッと静かにアラタの目を見ていた。

「アラタの考えている事」

静かな、だがどこか有無を言わさないその言葉にアラタの口が自然と開く。

「一緒に来てくれないか」

「……プロポーズ?」

「ふっ、それも魅力的だけど、今は仲間として、かな?」

「…………」

二人の間に静寂の時が流れる。

それは最初に破ったのはミリアだった。

「私は魔族……」

「関係ないって言っただろ。俺はミリアがミリアだから一緒に来て欲しいと思った。一緒に行きたいと思った。何より、一緒にいたいと思った。だけど、俺がやろうとしている事はきっと危ない事も沢山ある。だから、巻き込みたくないとも思っている」

「私は……」

「それでも、俺はやっぱりミリアといたい」

「……本当にプロポーズみたい」

「ああ、だから俺今かなり照れてる。洞窟の中が薄暗いのに感謝だな。じゃなきゃ、顔が真っ赤になってるのバレる」

冗談めかすアラタの顔をジッと見たままミリアは自分の瞳を指差した。

「私、実は夜目がきく」

「なにっ!?」

「アラタの顔真っ赤」

「うぐっ」

冗談めかして自分で言うのなら問題なかったアラタだが、それを人に指摘された途端、その顔を隠すように手で顔を覆った。

「アラタ」

「なんだ……。今俺は精神に大きなダメージを受けているんだけど」

座り直して姿勢を整えたミリアはぺこりと頭を下げた。

「不束者ですがよろしくお願いします」

「……ミリアって結構ノリいいんだな」

「ん、空気の読める女」

「「…………」」

「ふっ」

「ふふ」

(ああ、ミリアと一緒にいたい理由がもう一個増えたな)

儚くも美しいその笑顔を見た瞬間、その笑顔を守れるように強くなろうと決意するのだった。

「改めてよろしくな」

「よろしく」

(あれだな、もうロリコンでもいいかもしれない)

こうしてアラタの異世界生活一日目は最高の仲間得て幕を閉じたのだった。




ちなみに、この日一番のアラタの驚きはミリアが自分と同じ十六歳だったという事であった。

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