死んだ先にて
「どこだ、ここ?」
気が付くと都築新は見知らぬ場所に立っていた。どこまでも続く白。見渡す限り白一色の空間だ。
「病院だってここまで白くないだろ」
「ここは病気よりもよっぽど清潔で神聖な場所だからね」
突然背後から聞こえてきた声に新はバッと後ろを振り返った。
「やあ、ようこそ。僕の世界へ」
気取ったように一礼するのはまだ少女と呼ぶのに差し支えない年頃の少女。
まだ第二次性徴が始まったばかりのような少女だが、その容姿は思わず息を飲み見惚れてしまいそうな程に整っている。
その身に纏うのは神話に出てくる女神が着ているような純白の衣服。
でも、あれだな。こういうのを実際に見ると露出が多過ぎやしないだろうか?これが妙齢の女性ならばともかく、年端も行かない少女が着ていると児童ポルノとか大丈夫だろうか?
今の時代規制とか厳しいからな。夢の中は治外法権って事で。……使い方あってる?
「ふふ、もしかして僕に見惚れているのかな?」
そんな新の内心を知らずにか少女は楽しげな笑みを浮かべた。
「ボクっ娘のロリ……。それにしても、俺にはそんな性癖があったのか……」
愕然とつぶやく新に思っていた反応と違ったのか少女は首を傾げた。
「まあいいか。それよりも、あまり慌てていないね」
「うん?これは俺の夢なんだろ?なら、別に慌てるような事でもないだろ。それで、俺は何したらいいんだ?お前にエロい事したらいいのか?」
「あっははは!そんな事したら消し飛ばしちゃうよ」
笑顔でさらりと物騒な事を言う少女に新は顔を引き攣らせた。
「物騒な夢だな」
「あ、それからこれは夢じゃないよ」
「夢じゃない?なら、この状況はなんなんだ?」
「まあ、端的に言ってしまえば君は死んだんだよ」
「それはまた……。短い人生だったものだ」
またも思っていた反応と違ったのか少女は再び首を傾げた。
「随分落ち着いているね。そこは普通『死んだなんてふざけるなよ!』とか『こうして生きてるじゃないか!』とか取り乱すものじゃないのかな?」
「言われてみれば死んだ時の記憶がぼんやりとあるし、それに……」
すっと新はどこか遠い目をする。
「生きていればいつか死ぬものだろ?それが遅いか早いかの違いだけだ。まあ、親不孝な息子だとは思うけどな」
「ふぅん、随分達観しているんだね。仕方ない。取り乱して慌てふためく様を見てお茶でも飲もうかと思っていたのだけれど、今回は諦めるよ」
「随分と良い趣味してるな」
「僕もそう思うよ」
新のジト目の皮肉にも少女は笑って答えた。
「そういえば、ここはどこでお前は誰なんだ?俺が死んだってところから考えるとここは天国でお前は天使か何かか?」
「おしいね。どちらも近いけどどちらも違うよ。ここはあの世とこの世の狭間。そこに僕が作った世界さ。あの世に行かれてしまうと僕の管轄外だからね。その前にここで引き止めたという訳さ」
そんな事が出来るこの少女はいったい何者なのだろうか?そんな新の内心を察したのか少女は薄い胸を張り、その胸に手を当てて高らかに宣言した。
「そして、僕は神さ!」
「へぇー」
「君はさっきから反応が薄過ぎやしないかい!これがゆとりという奴か!由々しき事だよ!」
ぷんぷんと憤慨したように腕を組み、頬を膨らませる自称神の少女。
その姿には少なくとも神としての威厳は存在しない。
「それで、自称神の電波少女よ」
「全然信じていないじゃないか!自分が死んだ事はあっさり受け入れたというのにどうしてそこを疑うんだい!」
「お約束かと思って」
「このお茶目さんめ!さっきまでそういうの全部スルーしてたくせにこんな時ばかりしなくていいんだよ!」
はぁはぁと肩で息をする少女はどこからともなく湯呑みを取り出して一気に飲み干した。
「どこから出したんだ?」
「神だからこれくらい簡単に出来るのさ」
「便利だな。それで、どうして俺をここに呼んだんだ?」
「ようやく本題に入れるよ」
新の問いに少女はため息を吐き、一転真面目な顔を作る。
「君に頼みたい事があるんだ」
「頼みたい事、ね……」
自称とはいえ、神とまで名乗る少女が頼みたい事とは何か?
考えてみた新だが、あいにくと読心術の心得は持ち合わせていない。考えたところで無駄かとすぐに頭を振った。
「まずこれを見てくれるかな?」
再びどこからともなく取り出したのは緻密で複雑な文様の施された一冊の本。一目見るだけでそれがただの本ではないとわかる。
だが、一介の高校生に過ぎない新にはその本を正確に言い表す言葉はなかった。いや、新に限らず人間の言葉でそれを表そうというのがそもそも不可能なのだ。
それでも、あえて言うのであれば神々しさだろうか。しかし、それも近いようで全く異なるもの。
目の前の少女の話を半信半疑で聞いていた新も、その本を前にすると少女の言葉を信じてもいいのではないかと思ってしまう程だ。
だが、その本を見た新は訝しげに首を傾げた。
「随分薄い本だな」
「頼みたい事というのはそれに関する事なんだ」
少女が手に持った本をヒラヒラと振れば表表紙と裏表紙がぶつかりパタパタと音を鳴らす。
本来であればそれはありえない事だ。表表紙と裏表紙の間には普通ならば本が本たるべきページがあるのだ。だからこそ、ぶつかり合う事などありえない。
しかし、目の前の少女が持つ本にはそれが存在しない。だが、幅五センチ程の背表紙を見る限り、元々はそれなりのページがあったはずなのだ。
「これは神書。文字通り神の本さ。だけど、見ての通りあったはずのページがなくなってしまったんだよ。何者かによって破かれて盗まれたんだ」
幼い外見に似合わない老齢とした仕草で肩をすくめた。
「何者かって……。誰に盗まれたのかわからないのか?神なんだろ?」
「君達が思っている程神は全知でも全能でもないんだよ。わからない事はわからないし、出来ない事は出来ないんだ。だからこうして君に頼んでいる訳だ、新」
少女のどこまでも真摯な瞳が新の目を捉える。
「つまり、お前の頼みというのは盗まれた本のページを探すって事か」
「端的に言えばそうだね。神書の紙片を探してほしい」
「って、言ってもな……」
眉をひそめ、新は頭を掻いた。
「そんなどこの誰が盗んだかもわからない物を探せと言われてもな。それこそ雲を掴むような話だろ?」
「いや、そういう訳でもないんだ」
「ん?何か手掛かりがあるのか?」
少女が手を振ると突然空中に映像が映し出された。
「おお」
その光景に新は感嘆の声を漏らした。
そんな新の反応に気分を良くしたのか少女は得意げな表情で映し出された映像を指差した。
そこに映っていたのは澄み渡る青い海と空。天まで届かんばかりに伸びた大樹。中世ヨーロッパを思わせる街並み。空を自在に舞うドラゴン。剣を振るい、魔法を放ち、異形の怪物と戦う人々。
次々と映り変わる壮大な音と映像はまるで映画の予告を見ているようだ。
「これは映画じゃない。現実さ。君達の住む世界とは別の世界のね。この世界の名前はエスティア。いわゆる剣と魔法の世界だよ。まあ、この世界では魔法じゃなくて魔術と呼んでいるけどね」
今まで生きてきた人生とはまるで違うその光景を新はしばらく惚けたように眺める。
「それで、話を戻すのだけれど、僕から神書を盗んだ何者かはその紙片をこの世界にばら撒いたんだ」
「なんのために?」
「それは僕にもわからないよ。言っただろ?神は君達が思っている程全知じゃないって」
「ふーん」
気のない返事を返しながらもその視線は今だに映し出された映像に釘付けになっている。
「君にはこの世界に行って紙片を探し、集めてほしいんだ。紙片はそれだけでも強大な力を持つ。世界のバランスを崩してしまう程に。だから、お願い出来ないかな?」
映像に向けていた視線を外し、新はその視線を少女へと向けた。
「一つ聞いていいか?」
「なんだい?」
「何故俺を選んだ」
「そうだね……。一言で言うなら偶然かな?いくつかある条件に合う者の中からたまたま君が選ばれたんだ。残念ながら君が特別な人間だからとかではないよ」
「そのその辺に関しては期待してないな。俺は平凡な一般人だからな。それで、その条件って?」
「別に特別な事じゃないよ。ある程度良識があって、それなりに善良で、欲望が強くなくて、ある程度頭も切れて、そこそこ若くて、適応力のあるみたいな感じだよ」
「随分曖昧な条件だな」
そんなはっきりとしない条件に新は首を傾げた。
「過ぎたるは及ばざるが如しっていうのは君の国の諺だろう?なんでも適度がいいのさ」
そんなものかと新は一応の納得をした。
とはいえ、その条件自体にはおかしな所はない。良識があったり善良なのは当然。強大な力を持つ紙片を悪用されては世界のバランスを取りたい少女からすればたまったものではない。欲望が強くない者というのもここに起因しているのだろう。
「その条件で適当に過去百年、未来百年で死んだ人間をピックアップして、その決して少なくない中から偶然選ばれたのが君だ」
「未来?」
「ここには時間の概念がないって言わなかったかな?過去も未来も関係ないんだよ」
「……本当に偶然なのか?」
「偶然だよ。本当にたまたまだよ。ただ、もしかしたらこれを運命と呼ぶのかもしれないけどね」
「運命ね……」
新は目を閉じ、しばし黙考する。
運命なんてものを今まで信じていなかった。だけど、これが運命だというのなら俺が選ばれたのには何か理由があるのかもしれない。そう考えると受けても良いような気がするな。
「もし、俺がその頼みを聞かなかったら?」
「僕が困るね」
「なるほど」
少女の即答に新は苦笑を漏らした。
「……わかった。その頼みを聞くよ」
「本当かい!」
その途端、今までのどこか老熟とした雰囲気から一転。見た目相応の無邪気な笑顔を浮かべた。
見た目こそ幼いが、その容姿は文字通り人間離れして整っているのだ。そんな少女の満面の笑みはロリコンの気がない新であっても思わず見惚れてしまった。
「新しい性癖に目覚めてしまいそうだ」
「ん?どうかしたかい?」
「なんでもない」
頭を振って少女に答え、それと同時に雑念を振り払った。
「じゃあ、君にはエスティアに転生してもらうよ」
「ああ、わかった。ちなみに、了承しなかったらどうなっていたんだ?」
「普通に輪廻の環に飲まれてしばらくしてから別の生を受けて生まれ変わるだろうね」
「輪廻の環か。その時に記憶とかが消えるのか?」
「そうだね。輪廻の環は無数の魂が流れる場所だ。魂というのは肉体のない剥き出しの状態じゃとっても脆いからね。無数の魂と混ざり合ううちに耐え切れなくなって記憶が消えてしまうんだ。ごく稀に前世の記憶を持って転生する事もあるけど、滅多にないね」
「へぇ」
「ちなみに、普通の転生じゃ次も人間になるとは限らないよ。ハエトリソウとかウツボカズラとか」
「なに?俺の来世、普通にいったら食虫植物なの?」
「あくまで可能性の話さ。他にもブロッキニアとかあるよ」
「なんだそれ?」
「アメリカとかの食虫植物だね」
「変わんねぇじゃねぇか」
どこまで本気か判然としないが、それでも今さらながらに少女の頼み聞いて良かったと安堵の息を吐いた。
「そういえば、いきなり魔物とかが跋扈する異世界に送り込まれて俺は大丈夫なのか?こういうのってたいてい何かしらの力を貰うものだと思うだけど、その辺どうなんだ?」
「もちろん心得ているよ。まず、向こうに用意した君の体だけど、特別せいでね。普通よりも頑丈だし、力も強い。それから、魔力の質も量も普通の人間よりもずっと高くしてある。そして、これだ」
少女は手に持ったままだった本を開いた。
「あれ?」
その本は表紙だけで何もないのだろうと思っていた新だが、その予想に反して本の中には一枚だけページが残っていた。
新の訝しげな視線を受けながら少女はその一枚を綺麗に破り取り、ヒラヒラと新の前で振ってみせた。
「なんだそれ?」
「なんだと思う?」
「質問に質問で返すとはマナーがなってないな」
「あいにくと僕は神だからね。人間のマナーなんて関係ないんだよ」
そんな軽口を叩きながらも新の視線はその白紙の紙に向けられていた。
「元々はこの紙に色々書かれていたんだけどね。今じゃ見ての通りさ」
新はその紙を眺めながらそれなりに切れると評された頭でそれが何かを考えてみる。
「まあ、これが残っていたのは僥倖だったよ。これさえあればなんとかなるからね」
元々は何かが書かれていたのに今は何も書かれていない。少女の口振りからするにあれはあの本にとって大事な物である。本の一部ではあっても他のページとは異なる何か。
そんないくつかのヒントを頼りに思考を巡らせ、一つの答えに辿り着いた。
「もしかして、目次か」
「パンパカパーン!大正解!賞品として君にはこれをあげよう」
そう言って少女は持っていた紙を新に差し出した。
「何に使うんだよ」
「ふふぅ、聞きたい?聞きたいよね?」
なんだ?途端にウザくなったんだが、殴っていいのか?あれか?俺が頼みを聞くって言ったから調子に乗ってるのか?
「そんなに聞きたいなら教えてあげようじゃないか!」
新の無言のジト目を華麗にスルーした少女は得意げな表情で持っていた紙を振る。
その直後、今まで紙だったはずの物が一瞬のうちに剣へと姿を変えた。
派手さはないが、実用性を重視した両刃の長剣。柄から刃先まで合わせればその長さは少女の背の半分以上になるだろう。
「名付けるのなら〈黙示録の剣──アポカリシス〉といったところかな」
「良い剣だな」
「おや、わかるのかい?」
「俺でもわかるくらいに良い剣だって事だろ」
「そうだね。この剣はとっても頑丈だよ。何せ神製の武器だからね。どんな事をしても傷一つ付かないよ。それに、切れ味だって普通の剣よりもずっと上さ」
武器、防具問わず道具という物は使えば使うだけ消耗し、いずれ壊れる。だが、〈黙示録の剣〉はどんなに使おうが刃こぼれ一つせず、手入れも必要としてないのだ。
鍛冶屋泣かせの武器と言えるだろう。
しかし、〈黙示録の剣〉の本質はそんなもの
ではないと少女は得意げに語った。
「この剣は触れた物を吸収し、その力を取り込むのさ」
「吸収?」
「今から君が行く世界にはレベルやスキルといった概念があってね。この剣で吸収する事でそのスキルを得る事が出来るんだ」
「それはまた、チートだな」
「異世界転生ものの定番だろ?」
死ぬ前はWEB小説なんかを読んでいた俺はともかく、なんでこの自称神は時折そんな知識を平然と使ってくるんだ?神ってのは暇なのか?
そんな内心で首を傾げながらも新は黙って少女の話を聞く事にした。
「ただし、この吸収だけど生物は吸収出来ない。相手が生きている限りはね」
「なら、魔物とかを吸収するのなら相手を殺さないという訳か」
「そういう事さ。それから、魔物とかを吸収する場合はその魔物が持つスキルとかをそのまま君自身が吸収出来るんだけど、無機物を吸収する場合はそうはならないんだ」
「どういう意味だ?」
「仮に炎を纏う剣を吸収したとしよう。その場合は君自身がその炎を纏うというスキルを得る事は出来ないけど、この剣自体が炎を纏う事が出来るようになるという事さ。理解出来たかな?」
「ああ」
「あ、それと」
「まだあるのか」
「あと少しだけだよ。この剣の吸収だけど、一回で必ずスキルを得られるという訳じゃないんだ。相手の強さによっても変わるけど、弱い相手なら何十体と吸収しないといけないよ」
「まあ、そこまで楽じゃないか」
それでも十分に強力な能力なんだろうけど。
「その通りさ。世界中探したってこの剣よりも強力な物は存在しないよ」
「サラッと人の心を読むな。プライバシーの侵害で訴えるぞ」
「残念、僕は神だからね。人間の法になんか縛られないのさ」
ふふん、と薄い胸を張る少女に軽くイラっとした新は無言でその額にデコピンをくらわせた。
「い、痛っ!何をするんだ、君は!暴行罪で訴えるぞ!」
「残念、俺はもう死んでるから前世の法には縛られないんだ」
「うぐぐ……」
自分の言った事を言い返された少女は唸りながら新を睨みつけた。
見た目幼い少女の姿で睨みつけられようが恐怖などあるはずもない。むしろ可愛いらしさが上回っていた。
「話は終わりか?」
「……最後に一つ。この剣は吸収だけじゃなく、収納という能力もある」
少女はまたもどこからかなんの変哲もない石を取り出し、それを剣の刃に当てた。
「収納」
その途端、一瞬にして少女の手の中から石が跡形もなく消えた。
「今はわかりやすく言葉にしたけど、吸収も収納も君が念じるだけで良いからね。それから、収納した物も念じれば取り出せるよ」
「便利だな」
「収納してある物を確認したい時は同じくリストと念じれば確認する事が出来るから」
リストとつぶやきながら少女が手の甲でトンッと〈黙示録の剣〉を叩くと収納されているリストが浮かび上がった。
「今は君にも見えるようにしているけど、本来は他人には見えないから」
少女がもう一度〈黙示録の剣〉を叩くと浮かび上がっていたリストが消えた。
「じゃあ、この剣は君に渡すよ。っと、流石に抜き身のまま渡す訳にはいかないか」
〈黙示録の剣〉を新に渡そうとした少女だったが、そこで思い出したように引き戻し、その剣に合う鞘を取り出した。
「この鞘は特別な力はないけど、剣と同じで絶対に傷付かないよ」
「あー、色々助かる」
改めて〈黙示録の剣〉を受け取り、新はわずかに目を逸らしながら感謝の言葉を口にした。
「構わないよ。頼み事をしているのはこっちなんだからね。なにせ、君に頼もうとしているのはレベル1で魔王に挑んでくれと言ってるようなものなんだから。出来る限りの事はするさ」
「ん、そうか」
「うん、そうだよ。じゃあ、そろそろ君を送るよ」
その途端、新の足下に光り輝く魔法陣が浮かび上がった。
「心配はしていないよ。なにせ君は無数の候補の中から選ばれた強運の持ち主なんだから」
「強運か……。それが凶運でない事を祈るよ」
「あはは!上手い事を言うね。うん、君との会話は楽しかったよ。でも、これでお別れだね」
「……名前」
一瞬。ほんのわずかに。もしかしたら新の勘違いだったかもしれない。だが、新には目の前の少女が寂しげに見えた。
そして、気付けばそう訪ねていた。
「え?」
「名前を聞いてなかったと思ってな」
「名前……名前か。僕は唯一無二の存在だからね。他者と区別するための呼称はあいにくと持ち合わせていないんだ。ごめんね」
「こういう時は俺が名前を考えたりするものなのか?」
「それを僕に聞かれてもね」
首を傾げた新に少女は苦笑を浮かべた。
「うん、でも君なら良いかな。お願いするよ。僕に名前を付けてくれないかな?」
「じゃあ、フィアで」
「即答だね。何か理由があるのかい?」
「いや、なんとなく」
「そこは普通理由を語るところだと思うんだけどね。まあ、悪くはないから良しとするけど。じゃあ、まずないと思うけどこれから名前を聞かれた時はそう名乗るとするよ」
そう言って浮かべた笑み。慈愛に溢れ、何物をも包み込むような優しげな笑みに新は時間を忘れたかのように見惚れてしまった。
この空間に時間という概念はそもそもないのだが。
「おや、どうしたんだい?もしかして、僕に見惚れてしまったのかな?」
おかしそうにニヤニヤと笑う少女。どうせ自分が何を考えているかなどお見通しだろうに と新はそっぽを向いた。
「このままじゃロリコンに目覚めそうだから早く送ってくれ」
「あはは!君は最後まで面白いね。うん、わかった。今から送るよ」
光り輝いていた魔法陣がさらに光を放ち、徐々に新の視界を埋めていく。
「幸運を祈っているよ、新」
「お前の頼みはちゃんと果たしてやるよ、フィア」
そして、魔法陣の光が頂点に達し、新が旅立とうとしたその直前。
「あ、言い忘れていたけど、どこに転生されるかは僕にもわからないから」
「は?」
その言葉に反応するよりも早く、新の意識は沈んでいった。