魔王様との出会い
「あ、あの・・・」
沙也は、沙也の短い人生の間で、これ以上ないくらい、勇気をふり絞って、死ぬ気で話しかけた。
翌日、思った通り、沙也が帰宅した時間に、「紫の君」がドアから出てきた所だった。
「!」
その瞬間、紫の君は、目を見開いて驚いたようだった。
え・・そんなに話しかけたらダメだったのかな? 沙也は、せっかく振り絞った勇気が瞬時にしぼみ、涙が出そうになった。
・・・やっぱり話しかけるんじゃなかったな。しかし、後悔しても、もう遅い。
紫の君は、驚いた様子で、沙也を見つめていた。
「何故、余がわかる?」
その人は、怒りとも驚きともつたない声で、沙也に語り掛けた。
「何故、余が見えると言うのだ?」
勢い余って、紫の君は沙也の両腕をつかんだ。
「み・・見えるって、どうして?」
見えるのが普通だ。見えるのは当たり前だろう。
「姿見の魔術で、人間には見えないようにしてあるはずなのに・・そなた一体何者だ?!」
「姿見の魔術? 何者って?」
あまりの恐ろしさに、沙也はしどろもどろになるしかなかった。訳がわからなかった。
紫の君に、両腕をがっちりと抑えられて、ギリギリと締め上げられながら、沙也は、あっちゃんを恨んだ。あっちゃんのアドバイス、全然ダメじゃん。これ・・
締め上げられた腕がうっ血してきた。
あっちゃん、「紫の君」に話しかけたら、
始まったのは、『恋』じゃなくて、『うっ血』だったよ・・・
「痛い!痛いよ!」
沙也は思わず悲鳴を上げた。
「余に馴れ馴れしく話しかけるとは無礼者め。なぜ、話しかけた。」
あ・・・そうだ。忘れ物。
咄嗟に、沙也は思い出した。あれを届けたら、解放してくれるかもしれない。
「わ、忘れ物を渡したくて・・・」
「忘れもの?」
「か、鞄の中にあるから、腕を離して!」
解放された腕をさすりながら、沙也は、鞄の中から鍵を取り出した。
「これ・・・大切なものじゃないかな、って思って。」
「これ・・は?!」
ユリウスは驚きのあまり目を見開いた。これは、『契約の鍵盤』と言う魔道具で、
ゲートキーパーと王族との契約時に使用するべきものだ。 通常、それは、ゲートキーパーにしか扱えないものだった。
・・・それに、その契約盤からは、あの芳香がある甘い魔力が滲みでていた。
「そなた・・・、これを何処で見つけた!」
沙也の親切心は、さらに彼の怒りを煽ってしまったようだった。
(う・・・おかしいな、こんな展開はないはずなのに・・・)
沙也は、思いっきり首をかしげた。 なんだか、余計な地雷を踏んだみたいだ・・・また腕を掴まれないうちに、さっさと逃げてしまおう!
沙也は咄嗟に判断した。自宅のドアはすぐ後ろだ。自宅に逃げ込んでから、警察を呼ぼう。
咄嗟に、沙也は、くるりと後ろを向いて自宅へ猛ダッシュをかませた。
「待て、女! 話はまだ済んでおらぬぞ!」
男の声は怖いが、脱兎のごとく逃げようとして、沙也が自宅のドアを開けて玄関になだれ込んだ所で、男に追いつかれた。
そのまま二人で、自宅へ倒れ込んだ。
紫の君は、怒りを湛えた目で、逃げようとした沙也の先の壁に腕をだし、その行く手を遮った。そうして、沙也は、男の腕の中で、濃い紫色の瞳で睨まれた。
あっちゃん、今、私、(憧れの)壁ドンされてるよ!!
・・・壁ドンって、すっごい怖いんだね・・・。
・・・それが大きな勘違いであることは、明らかなのだが。
「女!そなた只者ではないな。なぜ、余のゲートの隣に居を構える? どこの回し者だ? ロレンツォか、神官か?!さあ、吐け。女。そうすれば、命だけは助けてやる。」
「ゲートって何? ロレンツォ? 神官????」
頭の中では、何万個のクエスチョンマークが飛び交かっている。残念なことに、命は惜しいものの、答えられることが何一つない。
「なるほど。よほど死に急ぎたい訳か。」
紫の君が冷たい目をして、言い放った。怖い、怖いよ・・
ものすごい力で持ち上げられて、首を締め上げられた。
「く・・・苦しい。」
窒息して死ぬのってこんなのかな? 沙也は、もう訳がわからず、涙をぽろぽろこぼした。
誰の回し者なのか?って、落とし物を拾ってあげただけなのに。彼のことを素敵だなって思っただけなのに・・・
「きゃん!」
ふっと、男の後ろにタローちゃんが見えた。タローちゃんが、牙をむいて、男に襲いかかろうとした。
タローちゃん、ダメ!その人にかかっていってはダメ。
タローちゃん、逃げて。私のことなんてどうでもいいから、逃げなさい!
そんな心の声は、タローちゃんには届いていないようだった。
男は、沙也の首を絞めながら、後ろを振り向いた。
「・・・ラティファ?」
男がそう言ったのと、タローちゃんが男の足に噛みついたのはほぼ同時期だった。
男の手が緩んだ隙に、必死になって、沙也は叫んだ。
「タローちゃん、ダメ!逃げなさいっ。」
タローちゃんは、激しく男の足に噛みついたかと思った瞬間、後ろに大きく飛びのいた。
同時に、タローちゃんが犬ではなく、子供の姿へと変わった。
「兄上!」
銀色の髪の子供が、驚いた様子で男へ叫んだ。
その瞬間、男の拘束が離れ、沙也は、ぼとんと、床へと落とされた。
「ラティファ、お前、こんな所で何をしている?」
信じられない様子で、男がすかさず、子供を抱きあげた。
げほっ、げほっ
沙也は、その間、首を絞められたせいで、息が苦しく、涙目になった。 床に転がったまま、思いっきりむせた。気持ちが悪かった。吐きそうだった。
素敵な人だな、って思っただけなのに、落とし物を届けてあげようと思っただけなのに・・・ひどい・・・。
死ぬ気で話しかけたら、ホントに死にそうな目にあったよ。あっちゃん・・・
タローちゃんと呼んでいたいはずの子供(犬?)が、男の腕から抜け出して、沙也の所に駆け寄って、背中をさすってくれた。
「兄上なんて大嫌いだ!どうして、沙也にこんなことするんだ。」
その子供は、泣くような声で叫び、男と沙也の間に割入るようにして、立ちはだかった。あたかも沙也を守ろうとしているようだった。
「・・・タローちゃん??」
首を絞められたせいで、朦朧とした意識のまま、沙也は、ぽかんとした。タローちゃんがいきなり可愛らしい子供になったのだから。
「魔王様、ラティファ様!」
いきなり後ろにもう一人の人物が現れた。剣を携え、兵士のような出で立ちをしていた。
魔王様って・・?
「話は後だ。とにかく、この女は連れていく。」
男に腕を取られた。沙也は、もう限界だった。そのまま意識を失ってしまった。