シェラード様への報告
「シェラード様、失礼します。」
鍛錬場で起きたゴーレム事件について、従者は、シェラードに報告に上がっていた。王宮の中の一番奥深い所にある神殿の中から、さらに一番奥深くにあり、従者以外は滅多に近寄ることができない場所に、シェラードの居場所があった。
美しくしつらえられていながらも、どことなく神聖な感じのする執務室のデスクの前に座っている高貴なお方に対して、従者は、失礼のないように振る舞えるか、と不安を感じながらも口を開いた。シェラード様に呼ばれることは滅多にない。
「それで・・・なぜあのような事態になった?」
訝し気なシェラードに、従者は迷うことなく口を開いた。
「クラウディオ様が、陛下の命により、沙也様の封印を解除したのですが、オートスペルを使用し、彼女の力量を見ようとした時に起きた事故だそうです。」
シェラードは、物珍しそうに、ほう、と言う顔で片眉をピクリとあげた。
「オートスペルで、ゴーレムを出したのか?」
かなりの魔力量がなければできない技だ。
「沙也様の言葉をお借りしますと・・・、『なんだかわからないうちに、うっかりゴーレムがでちゃった』そうでして・・・ 」
「それで?」
「也様はご自分で召喚したゴーレムを見て怯えてしまい、鍛錬場の片隅に小さく身を寄せて、フルフルと震えて固まっていたとか・・・」
くっ・・・
シェラードの肩がぴくりと震えた。従者は、恐ろし気な大神官が笑っているかもしれない、という事実に怯えた。
「術者が、自分の術に怯えたと申すのか?」
従者は、怯えを大神官に悟られまいと、震える声を無理やり抑えた。
「はい・・・ゴーレムが動いた瞬間、胸の前で両手を握りしめて、怯えて絶叫されていたそうです。」
ぷっ・・・
シェラードは思わず吹き出しそうだった。
従者はなおも続けた。
「そして、クラウディオ様が、『従者が自分の術に怯えてどうする』、と怒りのこもった声で叫ばれたそうで・・・」
「あの冷静なクラウディオが、大声で怒鳴ったのか。」
いつも貴公子然として、絶対に表情を崩さないクラウディオが、慌てて大声で叫んだとは・・・滅多に見れない珍しい光景を見逃したかもしれない。
しかも・・あのゴーレムは恐ろし気な外観とは打って変わって、どこかしら滑稽な姿をしていた。
従者はさらに続けた。
「なんとかしようと焦られた沙也様は、咄嗟に浄化の水を召喚して、ゴーレムを溶かそうと試みられたそうなのですが・・・」
「魔術で召喚したゴーレムは絶対に水では溶け落ちないが・・・」
「クラウディオ様が、大声で止められたのですが、結局、ゴーレムがあのような状態になり、見るも無残な様子で、ヌメヌメしながら見習い達を巻き込んだそうで・・・」
くくくっ・・・
笑ってはダメだ。 シェラードは、笑っているのを、従者に悟られないように努力するので精一杯だった。
「沙也様は、ご自分で召喚されたゴーレムから、魔導士見習いを救い出そうしたそうですが、魔力の使い方がわからず、最後には、沙也様は、もうすっかり諦めの境地に立たれたご様子だったそうです。結局、魔導士であるのにも関わらず、魔力で何とかしようとせずに、ご自分で召喚されたゴーレムを、体で、止めようとなさったそうで・・・」
「魔導士なのにか?」
「それを見ていた騎士たち全員が、
『魔導士として、それは、絶対に、絶対に、方向が違う!』
と思ったそうです。沙也様は、最後には、ゴーレムに足蹴りをいれて痛がっていたそうで。騎士たちも思わず眼を覆いたくなるような光景だったそうだとか・・・」
くくくっ・・・
シェラードは、なんとかして笑いをこらえようとした。大神官たるもの、軽々しく笑ってはならないのだ。
蹴りをいれたら、そりゃ痛いだろう。魔術で召喚したゴーレムは鋼のように固いのだから。
「それで・・・騎士たちも沙也に続いて、体当たりでゴーレムと対峙した訳か・・・」
あの時に、泥まみれになって、見るも無残な沙也の姿や、騎士たちの姿を思い出した。
だめだ・・・・
もう、我慢ができなかった。
「くっくくくっ・・・ははっ・・あははは・・・」
シェラードは、笑いを止めることが出来なかった。
術者としても、女としても、前代未聞だ。面白い。
シェラードは、こんなに笑ったのは、随分久しぶりだったような気がした。酷く笑いながら、目じりに涙が溜まるのを感じた。
従者は、恐ろしい大神官が大爆笑するのを引き攣りながら見ていたのだが。
「気に入った。あの娘。なかなか面白いではないか。」
それが、兄であるユリウスの寵姫である所が残念だ。
あの娘・・沙也と言ったな。シェラードは、彼女のほっそりした顔や、アイスブルーのぱっちりした瞳を思い出した・・・ 本人は気づいてはいなかったが、彼の心の中では、そっと彼女の面影を追っていた。
そんなシェラードの表情はいつになく、穏やかなものだった。