第二の封印~2
「沙也さん!」
若い男の声が聞こえ、沙也が振り返った先には、魔導士見習い代表のマークさんがいた。
「僕たちが事態を収拾しますので、沙也さんは、安心してください!」
きりっとした凛々しそうな顔立ちでそう告げるマークの横顔は引きしまっていた。
実は、つい先日、対ゴーレム戦で訓練を受けたばかりの見習いたち。その時の授業で、見習い達は自信をつけてきたのだ。
思い起こせば、 訓練中、「鬼」と呼ばれる教官の怒号が響き渡る。
「お前ら!いいか、ゴーレムの属性は闇魔術だ。光魔術で浄化すれば一撃だ!」
そう言って、教官が召喚したゴーレムを光魔術で一撃にした記憶が新しい。
一発で、楽勝だった。
「見習い達いいな!」
マークの号令に従って、見習い達が一斉に浄化の光魔術で攻勢をしかけた。
・・・これで、ゴーレムたち(はにわ)は、土の塊へとかえるはずだ。
彼らは、楽観し、そう確信していた。
◇
・・・その数十分後、鍛錬場は阿鼻叫喚の渦で満たされた。
「おかしい! 光魔法が利かない!!」
見習い達は、驚きを隠せなかった。何故?何故、浄化の魔術が利かない?!
「マークさん、後ろっ!」
そう叫んだ沙也の声に驚いて振り返ったマークは背後にゴーレム(はにわ)が迫って来たことに気づいた。
「うわっ!」
逃げようとしたが、もう遅い。マークは、ゴーレムにしっかりと掴まっていた。
「マークさんっ!」
見習い達も一斉に青ざめて叫んだ。マークの脳裏には、つい先日の授業風景が思いおこされていた。
教官(鬼)が、
「ゴーレムの一番恐ろしい所は、その腕力だ。あいつらは動きは遅いし、見かけは鈍くさいが、一旦捕まると、体を引き裂かれる。いいか、くれぐれも、ゴーレムに捕まるなよ。」
「いやぁぁぁ・・・マークさんっ!」
沙也は、張り裂けんばかりの声で悲鳴をあげた。
マークさんが!マークさんがっ!
噴水に落ちた時に、優しく笑って手を差し伸べてくれたこととか、美味しいキャロコアをいれてくれたこととか、いろんなことが走馬灯のように沙也の脳裏に走った。
沙也は、ぞっとして顔を両手で覆った。マークさんの叫び声が聞こえたらどうしよう・・・
沙也の悲惨な覚悟に反して、悲鳴は聞こえてこなかった。
しーんと、闘技場がなぜか静まり返った。
あれ?
血の海を覚悟しながらおそるおそる顔を見上げた。血の海どころか、沙也が見たものは・・・・
マークが、ゴーレム(はにわ)にしっかりと抱きしめられ、ずりずりと頬ずりされている姿だった。
へ? 頬ずり? 口づけ???
沙也が、目を白黒させて当たりを見まわすと、マークのほかに数人、埴輪に捕獲されてしまった魔導士見習いたちがいた。
頬ずりだけでなく、この埴輪は捕獲した見習いの頬にぶちゅっと熱い口づけをしていた。
なんなんだ、この埴輪は?
そこには、緊張感の「き」の字すらない。見かけが残念なだけでなく、中身もちょっと、いや、それどころか、相当に残念な埴輪だ。
残念でよかったのだけど。
(あー、マークさん達、絶対に怪我しないな。他の見習いさんたちも大丈夫かな?)
激しく脱力しそうな沙也だったが、他の埴輪たちは、出口に向かって突き進んでいた。動きもコミカルなのだが、埴輪の破壊力はかなりありそうだ。
このままだとクラウディオ様の結界が破られるのも時間の問題になりそうだ。
どうしよう・・・
いくらなんでも、アレが鍛錬場の外にでて宮殿の従者たちに熱い抱擁をした挙句、ぶちゅっと口づけを落とせば大問題だ。それに、宮殿内には、貴族も沢山いる。公爵様とかに、万が一、あれが起きたら、それこそ誰かの進退問題にまで発展しそうだ。
クラウディオ様は、埴輪を止めるので精一杯だし・・・
むう・・・これを収束させるのは自分だけか。沙也は覚悟した。どうしたものか頭を抱えて一つのアイデアを思いついた。
浄化の水で流せば、ゴーレムは泥に戻るかも?! そうだ、水!水だ!
沙也は、大きく両手を高く空に伸ばした。
「浄化の水!召喚!!」
「ばか!沙也、やめろ。やめるんだ」
クラウディオ様が叫んだが、もうすでに遅しで、滝のように水がどっさりと頭上に降りそそいだ。
やった!
沙也は嬉しそうに当たりを見まわした。これで埴輪どもも泥に帰るはず・・・
え?
状態はさらに悪化した。
人生とは得てして妙で、上手く行かない時には、何をしてもうまく行かないものである。すべての手が裏目にでて、にっちもさっちも行かなくなるのだ。
この時の沙也は、まさしくそういう状況だった。
浄化の水で、埴輪が溶けたことは溶けた。
しかし、問題は表面だけ溶けて、中身は健在だったことだ。
埴輪から溶け落ちた泥は、ぬめぬめになって埴輪の全身に纏わりついた。
「だから、やめろと言ったんだ」
クラウディオ様が結界を保持しつつ、怒っていたが、沙也の耳には入っていなかった。茶色い泥をヌメヌメと被る「はにわ」は、何かに似ていて、沙也はそれが何だったかを必死に思い出していたからだ。
あれは・・・あれは・・・・
そうだ!・・・チョコフォンデュだ。「フォンデュはにわ」だ。 ただし、美味しく無さそうな所が、かえすがえすも残念なのだが。
鍛錬場は溶け落ちた泥だらけになっているし、埴輪に確保されている魔導士たちも、泥だらけだ。
他に打つべき手が思いつかなかった。
せめて、マークさんだけでも助けなくっちゃ! もうこうなったら、肉弾戦しかない!覚悟を決めて、沙也は、マークを確保している「フォンデュはにわ」に襲い掛かった。
「離せっ!このっ!マークさんを離せったら!!」
埴輪の腕にしがみつき、なんとかマークさんを解放させようと踏ん張った。
「沙也さんっ!無茶です。離れてください。」
マークが必死で叫ぶが、沙也も必死である。
埴輪の腕に縋り付いてみたもののどうにもならず、沙也の顔や服にも泥がべったりと付着した。
「沙也、こっちももう限界だ!」
クラウディオが必死になって叫んだ。手があいた埴輪は、犠牲者を求めて、建物の入り口に張った結界に突入していた。
建物の外に埴輪が出たら、それこそ目にも当てられない。ああ、どうしよう・・どうしよう!
沙也は、パニックに陥った。パニックに陥れば陥るほど、埴輪が元気づいてしまう。クラウディオの結界が壊され、扉に埴輪が突入しようとしていた。
「こうなったら、体を張ってでも、アレを止める。お前たち、覚悟しろ」
上級騎士が他の騎士に命令を出した。騎士たちは、剣をすて、身一つで、「フォンデュはにわ」を止めにかかった。当然、崇高な騎士が泥まみれになり、肉弾戦に挑む姿は、どことなく悲哀が伴う姿だった。
ただ・・・騎士たち人間には、体力の限界があるが、埴輪にはない。
いつまでも、騎士たちに食い止めろ、と言うのも無理そうだった。
出ちゃう! アレが外に出ちゃうよ!
沙也も、ここまでか、と、観念した。その時だった。
「一体、何を騒いでいる?!」
低く力強い声と共に、超がつくほど不機嫌そうな男が空間から突如として現れた。
男はプラチナのような輝く銀髪に、美しい冠を被り、純白の神々しい衣装を身に着けていた。 手首には、銀の精巧な細工をされた腕輪が幾重にもつけられていた。
まるで、どこかの神話から突然出てきたかのような美しい姿に沙也は圧倒された。
その男は、無言で、静かにゴーレムを見やると、背の高い白木でできた杖を振りかざした。その杖には、金と銀の輪の美しい装飾が施され、杖を高く掲げ、床に突き刺した瞬間、シャリンと金銀の輪が音を放ち、見たことももないような強烈なエネルギーが一瞬にして拡散し、鍛錬場を覆った。
その瞬間、ゴーレム(埴輪)たちは、一斉に動きを止めた。
一瞬の静寂の後、埴輪たちは、そのまま崩れおち、泥へと帰った。
「シェラード様!」
泥だらけの騎士たちが歓喜の声を上げた。 阿鼻叫喚が渦巻く鍛錬場は一瞬にして静寂で満たされた。
埴輪が土へと返った・・・
沙也は、ほっとして、へなへなと腰が抜けた。床に尻もちをつくような形で泥だらけの地面に座りこんだ。ドレスにも泥がばっちりと付いてしまったが、もうそんなことは気にならなかった。
(この人は誰だろう・・?見たことない人だけど・・)
戸惑いながら、見つめた沙也に向かって、その男はつかつかと歩み寄った。
「お前が・・・これの張本人か?」
厳めしい顔つきに沙也は一瞬ひるんだが、それは事実だ。全身泥まみれで、顔の半分や髪にもべったりと泥がこびりついていた。
「・・・はい、ごめんなさい・・・」
沙也は、涙目で、いたたまれなくて俯いた。こんなことになるなんて・・
男は、しゃがみ込んでいた沙也の前で止まった。腰を低くして、沙也の顎をいきなり男は掴んで、上を向かせた。
彼の深い緑色の瞳が目に飛び込んできた。ラティファのような深い新緑の緑の瞳・・・そこには、情愛や優しさの光はなく、冷たく人を射るような瞳。
その瞳の持ち主と、口づけが出来そうな距離まで近づいて、沙也は、驚きのあまり息をつめた。
それなのに、顔立ちはユリウス様にそっくりだ。特に目のあたりとか、口元とか。そして、威厳のある姿・・・沙也は、圧倒された。
ユリウス様とラティファ王子を足して大人にすると、きっとこんな感じになるだろうと思った。
(この人は誰?)
沙也は、顔が赤くなるのを感じた。
シェラードは緑色の瞳を細めて、ふっと沙也の顔をみて笑った。
「ふ・・・なるほどな。月の宮か・・・」
男がちらと笑うと、ますます、ユリウス様にそっくりになる。沙也は心臓の鼓動が一つ飛んだような気がした。
「くっくっ・・・それにしても、泥まみれだな・・・・」
男は、笑いをこらえるの苦労しているようだった。男は手で口を覆って、静かにヒクヒクと肩を震わせているようだった。
(月の宮とはどういう意味だろう?)
沙也は、じっとシェラードの顔をみつめながら不思議に思ったが、何も言わなかった。 男は笑いの発作がひとしきり収まるのを待ってから、声をあげた。
「クラウディオ!」
鋭い声でクラウディオを呼びつけた。
「はっ」
クラウディオ様も泥だらけだ。銀の髪も泥で汚れていたし、クラバットも泥だらけだ。いつもの身ぎれいにしているのを好む貴族らしいクラウディオ様とは正反対の姿だ。そのままクラウディオは、シェラードの前で、膝をつき、頭を落とした。
「なぜ、満月の日に、彼女の魔力を解いた?」
それは、質問ではなく、詰問だった。
「これは、この女ではなく、満月の日に封印を解いたお前に責があるぞ。」
「シェラード様・・・・」
クラウディオは呆然としていた。神殿の奥深くにいるはずの最高神官がいきなり現れたのだから。
そして、沙也を見て、「月の宮」と言った。この国には二つの神殿がある。「陽の宮」と、「月の宮」だ。月の宮の神官は未だにいないが、陽の宮の最高神官がシェラード様だ。
そのシェラード様が沙也を見て、「月の宮」と言った。どういうことだろうか? 月の宮の宮司は王族のみに限られたはずだが。
戸惑っているクラウディオを尻目に、シェラードは冷たく言い放った。
「余計な仕事を増やされた。私は、もう神殿に戻る。お前が後の始末をすべてしておけ」
そう言い残して、シェラードは空間に姿を消した。
「あれは・・・シェラード様でしょうか?」
魔導士見習いのマークが呟いた。伝説と言われている程の神官が直接、姿を現したのだ。驚かない訳がない。
「笑って・・・ましたよね?」
マークは、自分の目が信じられないと言ったような感じで呟いた。最高神官が笑うなど考えたこともなかったのだ。
そうして騒ぎは収まったが、当然、その話はユリウスの知る所となった。




