ユリウス様とデート
魔獣騒ぎが落ち着いてひと段落した午後のひと時、王城の庭の小屋で沙也は休暇をとっていた。 子竜は、なかなか母親が見つからず、未だに沙也と一緒にいて、今は、部屋の隅っこで、のんびりと羽繕いをしていた。この子竜は、沙也には、かなり懐いていて、可愛いものだ。
小さなキッチンで、お菓子を焼き、そろそろ焼き上がろうという所だ。オーブンからは甘い香りが立ち込めている。沙也の大好きなバニラの香り・・・今日も、お菓子はふんわりと焼けるはずだ。このお菓子は、ラティファのたっての要望だ。
(きっと、楽しみにしてくるだろうから・・・)
ラティファの嬉しそうな顔を思い出して、沙也はにっこりと微笑んだ。ラティファはかわいい、本当に可愛らしい。
この小屋も、かなり沙也式にカスタマイズした。訓練の合間に、小屋に来ては、花を植えたり、本棚を整理したり、いろいろ楽しんだ。
(随分、自分の家らしくなってきたな!)
満足げに笑みを浮かべながら、窓の外に目をやると、向うに見慣れた姿が見えた。ユリウス様だ!
ユリウス様、どうしてここに?!
沙也は、扉を開け、いそいそと、嬉しそうにユリウスに駆け寄った。
「ユリウス様! 執務はよいのですか?」
「ああ、今日の午後は休むことにした。」
「え?ユリウス様が?」
「そなたとゆっくり向き合う時間もなかったからな。」
沙也は、ユリウスの意外な一面を見た気がした。ユリウス様は、いつも忙しくて、分刻みのスケジュールで動いていたから、そういうのは期待してはいけないか、と思っていたのだが。
「ちょうど今、お菓子が焼き上がった所なんです。よかったら、召し上がっていかれますか?」
「ああ・・そうだな。ラティファも、そなたの焼いた菓子は絶品だと賞賛していたぞ。」
ユリウスが部屋の中を見渡した。
「随分・・・優しい印象になったな。」
それだけでなく、この部屋にくると、なんとなく、くつろげるのは何故だろう・・・? ユリウスは不思議に思っていたが、その間に、沙也は、いそいそとケーキを取り分け、紅茶を入れていた。
(彼に手作りのケーキを食べてもらう!これもデートの王道だ!!)
・・その「彼」が魔王様というのが、普通とちょっと違う所なのだが。魔王様を「彼」と呼んでいいのかどうか、未だに戸惑う所だが。
テーブルを挟んでユリウス様と向かいあった。ユリウス様の前にケーキを差し出すと、上品な仕草で、沙也が焼いたケーキを口に運んでくれた。
「お菓子も召し上がられるのですね?」
「ああ、甘い物は滅多に口にはしないが、そなたが焼いたものなら、口にしてみたいと思うな。」
(え?私が焼いたから、食べてくださるのですか?)
「なかなかよく出来ている」
沙也は、ちょっと嬉しかった。君が焼いたお菓子だから食べてみたいのだ、と言われたのだ。
「そう言えば、クラウディオから城外へ行くと申請があったが・・・」
「ああ、それは、第二の封印を解除したら、クラウディオ様が、王都にある美味しいお菓子のお店に連れていってくれると約束したんです。」
「そうか、クラウディオがか?」
その言葉になぜかちょっと冷たいような不機嫌なな空気が含まれていて、ユリウスの瞳がきらりと光ったのは気のせいか?
「・・・そうであれば、余が連れていってやる。」
(はい?今、なんとおっしゃいました? もう一度、プリーズ??)
「えっと、今なんと?」
なんか聞こえ間違いをしたような気がする・・・なんだか、恐れ多いことを聞いてしまったような気がするが・・・?
「そなたが行きたい所があれば、余が連れ出してやる。クラウディオを頼る必要はない。」
(ええっ? ユリウス様、まさかの!まさかの、デートですか?!!!)
「ユリウス様が城外に出られるのですか?」
「ああ、時々、お忍びで視察に出ることもあるからな。」
「でも、魔王様ってばれたら、まずいこととかあるのではないですか?」
「大丈夫だ。それは心配には及ばん。クラウディオは、そなたに魔術を教えるだけでよい。 寵姫の願いごとの一つや二つ、余が叶えられぬとでも思うか?」
そう言ったユリウス様は、美しい紫色の瞳で沙也を見つめ、目を細めた。
・・・うう、ユリウス様、美形すぎる。目がつぶれる・・・
「では、それで決まりだな。配下のものに早速手配させよう。それより、沙也・・・こっちに来い。」
ユリウスがいきなり沙也を引き寄せ、自分の膝の上に乗せた。
「わっ!きゃっ!」
(うん?ユリウス様の膝の上に横抱きにされていますが???)
戸惑う沙也にユリウスは優し気に笑って、沙也の腰に腕を回し、プラチナブロンドの艶やかな髪に、ゆっくりと形のよい唇を沿わせた。
「そなたはいい匂いがするな・・・」
ユリウスが目を細めて、艶のある蕩けるような低い声で沙也の耳元で囁いた。
「もう・・・ユリウス様ったら。」
頬を染めた沙也の頬にユリウスは軽く口づけした。
「恋人同士はこうするものだろう?」
ユリウスは熱い眼差しで沙也を引き寄せ、長い指を沙也の髪に差し入れて、ゆっくりと髪を梳いた。
(どうしても、自分はこの娘に魅かれてしまう・・・)
ユリウスは不思議だった。なぜ、こんなにも、この娘に魅せられてしまうのか。魔力が甘く強ければ、魔族の男たちから求められるが、沙也の場合は、他の何かがあるような気がした。
沙也は、恥じらいながらも、ユリウスの背に手を回して、ぎゅっと頬を彼の胸に寄せた。
ユリウスは、膝の上に乗っている沙也を見つめた。大柄なユリウスに比べれば、沙也は華奢で小柄に見える。
( 沙也・・・とても愛らしい・・・)
ユリウスは心の中でそっと呟いた。自分の胸の中で、じっと寄り添うように頬を寄せている沙也が愛しかった。
ほっそりした顔に、アイスブルーのぱっちりした瞳も、あどけなさが残っていて可愛らしい。飾らないけれども、嘘偽りのない純真な娘・・・・
「そなたは、美しい・・・」
切なげなため息と共に、思わず、そんな言葉が口を突いて出た。顔立ちだけで言えば、美しい女など宮廷には、吐いて捨てる程いる。それでも、沙也のように、純真で、思いやりのある感情をもつ女は、数えるほどしかいない。ラティファに優しく接する姿を、今までどれだけ見たことか。
それを、ユリウスは美しいと思うのだ。
(私、とても幸せ・・・)
沙也は、ぎゅっと目をつぶった。このまま、時間が止まればいいと思った。
◇
パタパタと駆け寄って来る足音が聞こえたと思ったら、扉が勢いよく開いた。
「沙也! ケーキを焼いたんだって?!」
嬉しそうな顔をしたラティファ王子がやって来た。
「ラティファ様、そうですよ。焼きたてですよ。」
沙也が、優しく言うと、ラティファは目を輝かせた。
「あっ!兄上もいる!」
ラティファのテンションがさらに上がった。兄上とは、この一か月、まともに顔を合わせたことがなかった。
「ラティファ様、ケーキを召し上がりますか?」
沙也が優しくラティファに聞いた。
「うん!沙也のケーキ、久しぶりだ!」
沙也に、兄上、それに・・・焼きたての沙也のケーキ!
・・・それに、沙也の傍には、子竜がいた。こんなに大好きなものが一つに揃うなんて、今日は、なんてラッキーなんだと、ラティファは本気でそう思った。
◇
そういう訳で、日を改め、沙也は、町娘の格好をして、出かける準備を整えた。カジュアルな感じのロングスカートにブラウス。胸の前に紐が付いている中世風のベストとベルトでウエストを締めた。
ユリウス様も、ばれないように十分手配をする、と言っていたが・・・
「準備は出来たか?」
外出の支度を終えて出てきたユリウス様を一目見て、沙也は凍り付いた。
ユリウスは、魔法で髪を濃い茶色に変えていた。普段の厳めしい黒の長衣ではなく、シャツにズボン、ブーツと言った出で立ちだ。ぱっと目、高位貴族のお忍びに見えるが、もともと整った顔立ちに、長身は隠しようがない。傍からみても、ユリウス様の気品と威厳は消えようがなかったのだが。
瞳は紫のままだったが、彫の深い顔立ちに、思慮深そうな顔立ちになっていた。それでも、逞しい肩から腰へのラインは、鍛えられた体がより際立っていた。
イケメンが!ここにイケメンがいるんですけどー!
超かっこいいんですがー!
やばいやばい! ユリウス様がカッコよすぎて、テンションが上がりまくる。
どうか、どうか・・・鼻血が出ませんようにーーー!!
沙也は、興奮をぐっとこらえ、なんとか平静を装った。
ユリウス様が、優し気な顔をして、ふっと笑った。手を差し出してくるではないか。
「沙也・・・ほら、手を。」
えっ? もしかして、手もつないでくれるのですか?
「ユリウス様・・・」
沙也は、真っ赤になった。カップルみたいで、なんだか、とても恥ずかしい。
生まれて初めての!本当に、初めての、(彼と)手をつないでデートっ!
ど、ど、どうしよう!!
もっともっと、いろいろなことをユリウス様とはしてるくせに、こういうのは意外と恥ずかしいものだ、と沙也はつくづく思った。
「何をためらっておる」
(ためらっているんじゃなくて、狼狽えているんですっ!)
ユリウス様が、業を煮やして、沙也の手を取った。ユリウス様の大きな手に、沙也の華奢な手はしっかりと収まった。
(うう・・・ユリウス様の!ユリウス様の手に包まれてるよ!!」
嬉しさのあまり、にへら、と顔が緩みそうになるのを、近衛の手前、ぐぐっと無理やり引き締めた。
後で近衛に、「沙也様、ずっとにやけてたぜ」とか言われたら、慙愧の念にたえないし、近衛の控室で、「沙也様の鼻の下が伸びて居たぜ」などと言われた日には、一生の不覚だ。
近衛に知られたら、絶対に絶対に、恥ずかしい。沙也は、嬉しいのを無理やり我慢した。
ユリウスには、それが筒抜けだったのだろう。彼はくすりと笑って沙也の手を握る力をぐっと強くした。
(・・・だから、ぐっと握られると、嬉しくなってしまうから、やめて!)
そう心の中で沙也は叫ぶが、これも知られると恥ずかしいので、ぐっとこらえ、あくまでもクールな風を装った。
・・・どうせユリウス様にはばれてるんだけどね。
二人は、私服の護衛に守られながら、馬車へと乗りこんだ。考えて見れば、異世界に来てから王城の外にでるのは初めてだった。窓から見える町の景色は、どことなく中世のヨーロッパに似ていた。馬車も貴族のお忍びと言う設定で、それなりではあるが、目立たないような馬車だった。途中、ユリウス様より、現在計画中の都市整備計画など教えてもらった。それから、この国の税金や通貨の話も一通り聞いた。国を治めると言うことは、こういうことも含むのか、と沙也は思った。
「退屈な話ももうそろそろ終わりだ。目的地まで、もうすぐだ。」
「お店はどの辺なんですか?」
馬車の中で、沙也はユリウスに聞いた。
「あそこに教会が見えるだろう?そのすぐ傍だ。」
沙也は窓から景色を見渡した。ユリウスが示した教会の前には、石畳の広場が広がり、幾つかの店が並んでいた。
◇
その頃、ジョセフ・モンテベルディ元辺境伯爵は、王都の雑踏に紛れていた。とりあえずの宿を確保し、荷物を部屋に収めた後、教会の広場の脇にあるカフェに席をとった。窓際の席にすわり、ぼんやりと道行く人々を眺めていた。
王都へ来たのは随分と久しぶりだ。
ユリウスの傍にいる娘の顔を見ない限り、屋敷には戻るまいと、固く決意していた。もしかしたら、その娘は自分の孫かもしれないのだ。
そうは言っても、その娘に会える目途は全くない。クラウディオに影を送っても、返答が来るまで待て、と言う連絡ばかりで、何一つ話が進まない。王宮に直接出向くのも、また問題だ。
前の王位継承権でユリウス陣営とは、お互いに命をかけて泥沼の戦いを行ったのだ。いまさら、白々しい顔をして、ユリウスに会いに行くこともできなかった。
(さて・・・どう渡りをつけるべきか・・・・)
ジョセフは、真剣に悩んでいた。




