仕返しは淑女のたしなみ
「沙也様が、また、ロレンツォ様に連れ去られたそうですっ!」
近衛の一人が、慌てて、ユリウスの執務室に飛び込んできた。
「なんだと? ロレンツォが再び沙也に手を出したと言うのか?!」
「沙也様がロレンツォ様に連れ去られたのは間違いありません!」
ユリウスは、驚いた。沙也は自分のものだとあれ程強く宮廷内に知らしめたのにも関わらず、ロレンツォが再び沙也を狙ったとは。
ロレンツォめ。余の警告が聞けなかったと見える。
ユリウスは、沙也につけた魔術刻印の行き先を追った。確かに、ロレンツォの宮殿内にいた。
「ロレンツォめ。もう本当に、いい加減にさせないと。」
沙也が心配だった。近衛を連れて瞬間的に移動した。
「沙也は・・・どこだ!」
その場所に到着した途端、ユリウスは、驚きのあまり目を見開いて立ちすくんだ。 そこには思いもがけない光景が広がっていたからだ。
・・・そこで、襲われていたのは、沙也ではなく、なんとロレンツォだったからだ。
「なんとかしてくれ!」
ヌビアスの一匹がロレンツォの股間を咥えたまま、だらだらと涎をたらして、獰猛な唸り声を上げていたのだ。幸運なことに、まだ噛み砕いてはいなかった。
ロレンツォが青白い顔をして、恐怖に慄き、情けない声を張り上げて助けを求めていた。
他にも、宮殿にいるはずのない魔獣たちが一斉に牙をむいて、ロレンツォを取り囲み、今まさしくロレンツォにとどめを刺そうと、虎視眈々と狙っていた。
「これは・・・!」
ユリウスでさえ、絶句するような光景だった。
すでにおなじみの5匹のヌビアスだけでなく、青銀色のミニドラゴンや、シルバーウルフなど、魔の森でしか見かけない魔獣たちがいた。その他にも、小さな小動物が牙を剥いて、一斉にロレンツォに向かっていたのだ。大人しいと言われている黒雉でさえも羽毛を膨らませて、ロレンツォを威嚇をしているのは、どういうことだろうか?
「ミニドラゴンに、シルバーウルフか・・」
ユリウスは、呟いた。高位の魔導士が召喚するレベルの魔獣だ。魔の森でも、滅多に見かけない魔獣もいた。
・・・それにしても、数が多すぎないか?
「動かないほうが身のためよ・・・ それがどんな魔獣か知ってるわよね。」
沙也は、到着したユリウスには目もくれず、ロレンツォ鋭い視線で睨み付けていた。
誰も身動き一つ出来ない状況の中で、沙也の声だけが、冷たく固く響いた。
沙也の声は固く、冷たかった。まるで、普段の沙也とは全く違う人間のように見えた。
近衛もユリウスも、どうすることもできずに、静かにロレンツォとヌビアスを見つめるしかなかった。
(沙也は、魔獣を召喚できるようになったのか。)
驚きながら、ユリウスが沙也に感嘆の眼差しを向けると、沙也は、引き裂かれたドレスを掴み、胸の前で隠していた。
頬が赤くなっているのは、ロレンツォに平手打ちにされたせいだろう。肩から胸にかけて、素肌がさらけ出されて、華奢な肩が全部、露わに出ていた。引き裂かれたドレスの端からは、柔らかな胸の膨らみが顔をのぞかせていた。
結い上げた髪は乱れて肩に落ちていたし、肌が露わになった姿は痛々しかった。沙也は、両手で破かれたドレスを抑え、固く握りしめた手で、胸元を隠していた。ロレンツォにやられたのに間違いない。沙也が、ここまで怒るのは、ごく当然のことだった。
それにしても・・・
「ユリウス! な・・・何とかしてくれ!」
ロレンツォは、ユリウスに向かって、懇願の眼差しを向けた。
「私が一言言えば、魔獣たちは、命令通りに動くわ。」
沙也は、静かな声で冷たく言った。
「近衛!何とかしろ!」
ロレンツォが泣くように叫ぶが、近衛も身動きは取れなかった。少しでも、ヌビアスや、沙也を刺激すれば、ロレンツォが大惨事になる・・・。
そのままでどのくらいの時間が経っただろうか・・・
ユリウスは、自分の上着を脱ぎ、そっと沙也の肩から掛けてやった。
「・・・沙也・・・もう許してやれ。」
「自分が何をしたのかわかっているわよね。」
沙也は、ロレンツォを睨み付けたまま、口を開いた。
「ああ・・・すまなかったっ!」
ロレンツォは、泣くような声で言った。
「二度目はないわよ。ロレンツォ様」
沙也は、アイスブルーの瞳を冷たく揺らめかせた。
「・・・リリース」
沙也がそう言った途端、魔獣たちは、命令どおりにロレンツォを解放した。
「ああ・・・」
ロレンツォは、へなへなと地面にうずくまった。近衛が、さっとロレンツォに駆け寄った。
・・・女をむやみやたらと虐げるから、こうなるのだ。ユリウスは、そう思った。
「沙也・・・怪我は?」
ユリウスは、沙也に自分の上着をかけてやり、沙也の頬に手を添えて、顔を上げさせた。平手打ちにされた顔に他の怪我がないか、探した。
「ユリウス様・・・」
沙也は、アイスブルーの瞳に、まだ涙を浮かべていた。怖かったのだろう。肩を抱き寄せてやると、小刻みに震えているのがわかった。
「他に、怪我した所はないか?」
目に涙を浮かべて震える沙也を、ユリウスはしっかりと抱きしめながら、沙也の髪を撫でた。ユリウスの腕の中で、沙也は、ぽろぽろと涙をこぼして、泣いた。
そうして、ユリウスは沙也を抱きしめたまま、ロレンツォをしっかりと見据えた。
「ロレンツォ、ゲートキーパーに手を出すことは許さんと言ったはずだ。お前は、余の命令に従わなかった。それ相応の処罰を与えねばならぬ。」
宮廷医師からも、ロレンツォの女官を初めとする女性に対する数々の許されざる行為の数々の報告は以前から受けていた。
「お・・俺は被害者だ!」
見苦しく抵抗するロレンツォを尻目に、ユリウスは厳しく罰することに決めた。
ユリウスが寵愛している沙也にまで手を出すとは、いくら王族とはいえ、さすがにユリウスでも許容できる範囲を超えていた。王族が王族を処罰するのは、前例は全くない。そこに付けこんで、今までやりたい放題してきたのがロレンツォだった。
「近衛、ロレンツォを連れてゆけ。処分が決まるまで、監禁しておけ。」
・・・それにしても・・・まさか、魔獣を召喚して仕掛けるとはな・・・、その時のロレンツォの顔を想像して、ユリウスは、くすりと笑った。
沙也は、保護され守られているだけの大人しい娘ではない、とユリウスは思った。
驚いたことに、高位の魔導士しか召喚できない魔獣をこれだけ呼び寄せた上に、ロレンツォをやり込め、怪我をさせずに見事に謝罪させた。もしここで、沙也が王族に怪我をさせていれば、当然、不敬罪などの罪に問われる。一つ間違えば命を落とすことになりなかねない。政治的な駆け引きが難しい王宮では、そういう解決方法を取れると言うことは、とても大切なことだった。
ユリウスは氷のような美しい顔に、少し敬意を込めた表情を浮かべ、魅惑的で美しい紫色の瞳で沙也をじっと見つめた。
◇
沙也は、ユリウスの腕の中にしっかり抱きかかえられていたが、気持ちが少し落ち着いてきた。ふと当たりを見まわすと、周りは魔獣だらけ・・・
シルバーウルフや、雉や、竜など、有象無象の動物が沢山、沙也とユリウスを取り囲んで、従順そうにお座りをして、うるうるとした眼差しで、二人を見つめていた。
リスのような小動物に、山ネズミみたいなのもいた。
(う?・・・どうして、こうなった?)
まさか・・・これ、全部、自分が召喚してしまったのだろうか?
「この魔獣は・・・?」
沙也が、おずおずと口を開いた。
「そなたが召喚した魔獣たちであろう?・・・・まさか、自覚がないのか?!」
ユリウスが驚いたように言った。
「ええっ? こんなに沢山?!」
必死で魔獣を召喚したけど、こんなになるなんて・・・沙也は、目を白黒させていた。
ユリウスがクスクスと笑った。
「気づかないまま、高位の魔獣を群れごと召喚したのか。」
呆れると言うか、驚くと言うか、本当に、思いがけないことをやらかしてくれる。
ユリウスは、面白そうに笑った。前に、こんな風に笑ったのは、いつのことだっただろう・・・。
そう話す二人の所に、城の竜使いがやって来た。ブルードラゴンの子供を保護しにきたそうだ。 空腹で脱水症状を起こしかけていたらしく、竜使いが血相を変えて、ブルードラゴンの子供を回収していった。
残った魔獣は、とりあえず、鍛錬場で引き取ることにしてもらった。
そうして、やってきたのは、お約束どおり、クラウディオ様だった・・・
(あ~、これは説教確定だ・・・・)
クラウディオ様の顔色をみて、沙也は確信した。




