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お支払いは、ブラックカードですね。・・・ん?

次の日、今日は仕事である。

昨日の売り上げは少し悪かったそうだ、そこの改善に今日は追われるだろう。

まだ日差しが強いだろう日中。私は先程来店された客のオーダースーツの特徴を、注文書に書いていた。

メンズスーツ、裏地は絹のネイビーブルー。表地はこれまた絹のダークブルーで、柄はストライプ。

刺繍糸のカラーなどから見てパーティー用なのだろうかと推測する。

結構金を落としていってくれる客だったなと、人懐っこい笑みを浮かべていた客を思い出しながら上体を起こした。


今日は客の入りが上々である。

理由はなにか時間がある際に赤崎さんへ質問してみると、意外な答えが返ってきた。

なんでも、今度のパーティーで福永さんが出るのだそうだ。

これには正直驚いた。

高校から大学時代にかけて、パーティーが嫌で街中を走り回っていたあの福永さんだ。たまに匿ってくれと嫌いなはずの灯子の家まで来たこともある。

そんな福永さんが、パーティーに出るとは・・・。

明日は槍が降ってくるんじゃないかと呟いたら赤崎さんに大層笑われた。


なので今日来る客は福永さんが来るということで張り切っているのだろう。金を搾り取ってやる、今日は張り切っていくとしようか。


『こら、体操しないで』


突然聞こえた小さな声に、体が大きくはねる。

音の発信源は耳に付けているワイヤレスイヤホンマイクから、声の主は伊藤さんだろう。

体操とは、私が今していた伸びのことか。

辺りを見渡して伊藤さんの姿を探す。すると階段からこちらを見ているエリート上司様を発見した。

楽しげに笑う美形な顔はまだ28歳とは思えない幼さを帯びてる。

しかし、客に会釈するときの仕草や、筋張った綺麗な手などを見てみると謎の色気を感じた。伊藤さんの魅力の一つだろう。

赤崎さんと同じく、店のブランドスーツを着込んでいる彼の姿は、女性客の注目の的だ。


接待していた女性客を他の社員に任せて(押しつけたとも言える)、こちらに小走りで駆け寄ってくる伊藤さん。

急ぎの用だろうか。


「宮本さん、お客様からのご指名ですよっ」

「・・・私がですか」

「はい!もっと喜んでいいんですよ、三階にいらっしゃいますので行きましょう」


なぜか嬉しそうな伊藤さん、私より笑顔である。

そうか、前世では指名は当たり前だったけれど、今は新入社員。指名なんてめずらしいか。

・・・ん?待てよ。


「伊藤さん、イヤホンマイクで呼び出しても構わなかったのですが」

「あっ」


思わず苦笑い。

さっき思いっきり使っていたじゃないですか、そんな目で見ると照れ笑いしながら頬を掻く上司。


「嬉しくて、つい」


なんだこの人可愛いな。

私と伊藤さんは13歳も離れている、精神年齢的に。

なのでかっこいいよりか、可愛いが先に来てしまうのだろうと思う。あらー大きくなったわねー状態だ。

伊藤さんの笑った顔は近所に住んでいた中学生の直くんにどこか似ている。

だから、他の女の子がかっこいいと言っていても、いまいちピンと来ないのだろう。


そう考えているうちに、三階に着いた。

値段が張るだろう椅子に腰かけているのは、つい最近に接待したお客様だ。肘置きで頬杖をついて、1人の男性が並べられている商品を眺めていた。


「お待たせ致しました、神崎様」

「おぉ、なんや、覚えててくれはったん?」


へらっと、元々糸目だった目をさらに細める彼。神崎さん。関西弁が特徴的なお客様だ。

様は要らないとこの前言われたが表面上はお客様なので様付け。だが心の中では外させて貰おう。

少し勢いをつけて立ち上がった神崎さんに合わせて、半歩後ろに下がる。


「本日はなにをお求めでしょうか」

「んー、ベストを買いに」

「お仕事用ですか?」

「せやで。あ、でもプライベート用にも一枚欲しいなぁ」


プライベート用にブランド店のベスト。この客は金持ちだったなと、先日の接待で購入されたものを思い出しながら心の中で頷く。


「かしこまりました、ではこちらへどうぞ」


先を歩く私に、歩幅を合わせてくれる神崎さん。店員なんぞに気を使ってくれるこの人は紳士というものなのだろう。

店内を歩きながら、ベストが置いてあるコーナーやマネキンが実際に着ているコーディネートなどを紹介していく。一つ一つ感想を言ってくれるので紹介しやすいのだ。


「こちらなどは如何でしょうか」

「お、これええなぁ。宮本ちゃんセンスあるわ」


宮本ちゃん・・・私達はいつそんなに仲良くなりやがりましたか。

私が勧めた中でも、気になったらしいシルバーグレイのベストを見て感心したように声を上げる神崎さん。

この人は心が読めない。本当に好みのものなのか、どうなのかなんていう探りの目を嘲笑うかのような、胡散臭い笑みを浮かべるだけだ。

私はこの人が苦手だと感じる。


「では、そちらと同じような特徴のベストがいくつかございますので、お持ち致します」

「おおきに」


それから色々と物色してから、神崎さんは気に入った物を購入していった。

その中には、私が選んだものが多く含まれている。

さらに、物色している最中に気に入ったジャケットがあったとか、そんなこんなで購入する服は増えていった。


「そ、相当な額になってしまいますが・・・よろしいでしょうか・・・?」

「おん、ええよ。カード支払いで」

「え」


出てきたのは、ブラックカード。

この前は現金支払いだったはずだ、それに購入したものはお高いものだったが、数は少なかったと記憶が言っている。

お預かりしますと、少々震えた声でブラックカードを受け取る。指紋をなるべく付けたくないのだが。


ブラックカードなんて滅多に、いや、人生で見るか見ないか分からないほど貴重なカードだ。さすがブランドスーツ店。

伊藤さんが私を呼びに来た理由が分かった。

そりゃあそうですよね、ブラックカードなんて持っている人なんだもの。丁重に扱いますよね。

心の中とはいえ、物騒な言葉を発して申し訳ございませんでした。


「あれ、なんや宮本ちゃん引いてあらへんか」

「ソンナコトハ」

「片言やで」


わはははと、胡散臭い笑顔で笑う神崎さん。おやめろください。

店の入り口まで送り、そこで購入された服などを渡す。外を見てみると、黒塗りのむだに長い車が車道の横を陣取っていた。

その車から降りてきたのは厳つい顔をした丸坊主の男性。頭を下げている先には神崎さんの姿が。

あんた何者だよ。


「んー、一言で説明すると・・・ヤのつく自由業の頭、やなぁ」


こちらに振り返り、心を読んだかのようにそう告げる神崎さん。暢気にひらひらと手を振っている。

私は、項垂れるようにお辞儀をした。

なんだか一気に疲れたな・・・。


「お疲れ様です、宮本さん」

「・・・デスクワークに戻って、いいですか」

「はい。お客さんも減ってきましたから大丈夫ですよ」


そう伊藤さんの了承も得たことで、私は上に上がっていく。伊藤さんも客が引けたというので戻るそうだ。

戻りながら、伊藤さんと仕事について話しをしていると。

なにやら緊急事態が起こったらしい。少し慌てた口調でワイヤレスイヤホンマイクに向かって喋っている伊藤さん。

言葉を少し拾ってみると、倉橋ちゃんがどうしたとか。急いで私と一緒に向かうとか。

・・・私も急がなければいけないんですか。


「宮本さん、倉橋さんがトラブル、起こしてしまったようです」


くいっと上がってきた非常階段の下を指差す伊藤さん。焦った様子だ。

・・・なるほど、と思わず溜息を吐いてしまう。

接客業ではお馴染みである、しかし、接客している側からしたら最悪な状況の・・・


クレームだ。

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