仕事がしたい、典型的な社畜。
呼び出されて、会社の人気が少ない廊下に足を固定させる。
目の前に居る女性は先輩、そしてとある2人、おそらく取り巻きだろう。
あれ、私に声かけてきた時は先輩だけだったと思うけど。いつ増えたんだ。
周りを如何にもイジめますという配置で固められる。
「宮本さん、ちょっと調子に乗りすぎじゃないかしら」
片手を口元に置きながら、お上品に喋りだす先輩。
くるんと巻かれた長い髪に桃色をした小さい唇。黒を基調としたスカートスーツは、彼女のすらりとした足をさらに強調させていた。
単純にいうと、綺麗な人だ。
しかし調子に乗りすぎているというのはどういう意味だろうか?
「伊藤様に媚びを売っているそうじゃない、この可憐な子達から聞きましたわよ?」
「媚び、ですか」
ちらりと取り巻き組を見てみる、あっ今鼻で笑ったな。鼻の穴開いたぞ。
いや、今はそんなの関係ないか。
仮に媚びというのは雑用を進んでやって、好感を得ようとしたという事にしよう。
それは、まぁ・・・
「当たり前ですね」
「はぁ!?」
「媚び売るに決まってるじゃないですか」
取り巻きが目を見開いて私を見てくる。やめなさい、目に力入れると鼻の穴も大きくなるんだから。
思った以上に濃いですね、何がとは言いませんが。
「あんたが伊藤様に媚び売って良いと思ってるの!?」
「許可なんているんですか」
「いるに決まってるでしょ!こちらにいらっしゃるのは、高校から伊藤様と一緒にいらした佐々木様よ!?」
こちらを睨んでいる先輩に五本の指先を見せて言い放つ取り巻き1。
佐々木ってよく居るよなぁ、小学校の頃にも居たっけ・・・。
というか高校から一緒にいたから、なんなんだ。
「私の邪魔をするんですか、佐々木先輩」
「そうね、私からしたら貴女の方が邪魔よ」
言い放たれた言葉。そうか、この人は、私の・・・。
私の出世を、邪魔するのか。
若干苛ついているだろう佐々木先輩を一睨みする。効果は抜群のようだ、取り巻きは怯えて小さく一歩下がった。
「出世するには、上司に気に入られているほうが有利だと聞きました」
「・・・はっ?」
「私は出世するのです。もう会社の豚になんかなってやるものか、社畜なんてもうこりごりだ。その為には媚びも売らなければいけないのです」
そう、媚びを、売らなければいけない。
それがネットで調べてわかったことなのだが、媚びの売り方なんて知らない私にはどうしようもなく、保留していた。
しかし他人から見て媚びを売っているように見えるのであれば、上々。
なのに、この人達は私の出世を、邪魔するのか。
「私の出世の邪魔をしないでください。
私の将来の邪魔をしないでください。
私の計画の邪魔をしないでください。
私の・・・
私の、仕事の邪魔を、するな」
自分で自分の言葉を聞いて、呆れる。
私の頭は仕事で出来ているのだろうか、あんなに嫌々言っていた仕事を、邪魔して欲しくないと思ってしまう。
これでは趣味が仕事になってしまうかな。それも悪くない、なんて。
「な、生意気なのよ!仕事の邪魔をして欲しくない!?建前でしょうそんなの!!伊藤様は私の物なんだから!!絶対!!渡さな」
「宮本」
「・・・城田くん」
いきなり城田くんが登場して、驚く。
今まさに、佐々木先輩の手が振りかぶられるところだったのだ、ナイスタイミング。君が来ていなかったら、私の頬に紅葉が付いていただろう。
佐々木先輩は唖然としていて、取り巻きは顔を真っ青にして震えていた。城田くんが真顔だからかな、怖いね。
数秒の時間が流れて、城田くんが口を開ける。
「エリート上司様が戻ってこいって」
「がってん」
そそくさと彼女達の間をすり抜けて、面倒くさそうにしている彼のもとへと駆け足。
ごめんて、そんなに怪訝そうな顔しないで欲しい。
申し訳なくなり、視線を少し落とした。
・・・いや違うぞ、こいつ、笑い堪えているだけだな。
握っている両手は変に力が入っていて、ぷるぷると震えている。そしてなによりが、口を頑丈に固めている。
あれかな、口を少しでも緩めたら吹き出すからかな・・・。
人が先輩に苛められていたところをみてそりゃないだろうが。
「城田くん、絶対笑わないように」
「っ・・・」
「絶対、絶対だからね」
「ぶっはァアッ!!」
いきなり吹き出す城田くん、絶対って言ったじゃないか。
「城田、アウトー」
「まて宮本、ちょっとまて、お前実はお笑いとか大好きだろ」
「ギクッ」
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戻ると伊藤さんと赤崎さんから物凄く心配された。
赤崎さん曰わく、前にも伊藤さん絡みで呼び出された新入社員がいて、その子はメンタル的に保てなくなり辞表届けを出したらしい。
そのことが伊藤さんはトラウマなのだそう。
なるほど、と思った。異常なほど詰め寄ってきたからね、あれは若干引いた。
「大丈夫です、仕事さえちゃんと出来ればいいんで」
「それなら、いいのですが・・・」
「伊藤はそろそろ新入社員離れしないとねー」
なんですか新入社員離れって、聞いたことないんですけど。
「ほら、伊藤ってお節介焼きでしょ?その分新入社員が働き安いようにって考慮しまくっちゃってね・・・」
「なるほど、それで出来なかった仕事や新入社員に任せる筈だった仕事を残業してやると」
「えッ」
驚いた様に伊藤さんが声をあげる。
私は自分の仕事をこなしているが、周りは違う。中には仕事が遅くて終わらない人もいるのだ。
それを伊藤さんは、終わるまで会社に残っているのだろうと予測していたのだが・・・伊藤さんの反応を見て、当たっていたのだと分かった。
「伊藤さん、もっと新入社員を使っていいんです。終わらない人は自己責任なのです」
「・・・しかし」
「ではお聞きいたします。伊藤さんは最初から、仕事は早かったですか」
「!」
私は、前世で仕事を覚えるときは常に経験だった。
頭で理解することも大切だが、慣れというものはそれ以上に大切なものなのだから。
叱られるのが当たり前、残業も当たり前。・・・慣れてからもそうだったけれど、それは置いておこう。
「経験せずに時を重ねる、それこそ酷な事ですので。社会の厳しさという物を是非に」
「「教えてください!!」」
その場に居た新入社員達が立ち上がり、こちらを向いて頭を一斉に下げる。
うむ、いい仲間達を持ったものだ。
伊藤さんを見てみると、2つの夕日が歪んでいた。
お、泣きますか、泣きますか?
「泣きません!!」
こつんと伊藤さんに小突かれる、すみませんでした。
でも、なにやら嬉しそうですね?
伊藤さん。
あ、すみませんでしたホント小突かないでくださ痛いッ。
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「伊藤さん、どうぞ」
「だから、なんでタバスコ」
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帰り道、暗い道を歩きながら肩を鳴らす。
今日の伊藤さんは容赦がなかったです。書類が飛び交う飛び交う。やりがいがあって楽しかったということは、同僚達には内緒だ。
そんなこと言ったら絶対に暗殺される。闇討ちされるよ。
過労死よりかはマシだけれど。
近くの公園に寄って、人なつっこい猫を見つけたので戯れてから帰宅いたしました。
今日の夜御飯は何にしようかな。そんなことを考えながらテレビを点けた、瞬間吹き出す。
福永さん、またお前か。
彼は今モデルをやっているらしいので、よくテレビなどに出てくるのだ。街中でもよくポスターなどに映っていたりする。
見知った彼が出る番組を、少し私は見ることにした。
うん、いつもの福永さんだ。
白い肌に映える黒いウルフカットの髪。
瞳は伊藤さんよりも明るい黄色で、例えるならば満月。長いまつげがそれをより美しく魅せ、好奇心旺盛に爛々と輝く満月は本当に愛らしい。
見た目だけで言えば、おっとりとした人物に見えるのだ。喋らなければ、動かなければ。
しかし、動くとなると・・・
『ちょっと興奮してきた!走ってくる!』
『落ち着け!?』
盛大にツッコミを入れられる福永さん。思わず笑ってしまう。
そう、動くとなると、落ち着きのない子供なのだ。
なので依存や縛られるということは好いていない、それなのに灯子は福永さんにべったりと・・・。
申し訳ない、本当にすみません。
毎日が楽しそうで、興味があればすぐに走り回って、なにかと忙しかった彼。
そんな彼が、好きだったのだろうな・・・灯子は。
じっとカメラに向けられただろう満月の瞳が、私の名前を呼んだような気がした。
あぁ、やめてください。
胸を押さえて鼓動の早さを落とそうとするが、中々落ち着かない。
テーブルに置いてあったリモコンに手を伸ばす。ぷつんとテレビが消えたあと、徐々に心臓は落ち着いていった。
灯子の呪いが怖ろしい。
作者は、意外と福永さん推しでした。