ユートピアです、ユートピア。
そう、彼の髪の色も常識とはかけ離れた色をしている。
眩しい赤ではないが、真紅と言ったほうが妥当だろう深い赤。
こちらも、伊藤さん同様なぜか誰もツッコミを入れない。何故だ、誰か聞いてくれ。私にはそんな勇気がない。
じっと見てみると、首を傾げる城田くん。私を不思議そうに見てくる目の色もルビーの様な赤色をしていて、そして安定のイケメン。
くっそ、爆発しろ。
「睨むな宮本、怖い」
「今なら格好いい右ストレートが出来るかもしれない」
「バイオレンス」
ぐっと右手を握ってみると逃げていく城田くん、根性ないですね。
とりあえずゴミをゴミ捨て場に捨ててくるとしますか。
こういう急ぎたい時にパンツスーツは便利だ。土下座するときなんかもスカートを気にしないで土下座できる。
と、いうことはだ。
アクロバティックな土下座なんてのも、出来るんですよ・・・?
どうです、魅力的でしょう。上司クソ野郎などに怒られた時にそんな事出来たら説教なんてすぐ終わります。
まさに理想郷です、ユートピアですユートピア。
例えば、バク転してから土下座出来たとする。このような大技を披露した時、得られる物は自由と名声だ。
先程話したように上司クソ野郎の説教はすぐ終わりますし、同僚や後輩、先輩にも「凄い」などと褒められる。一石二鳥というもの。
どうですか、そんな魅力的なパンツスーツでございます。さらにこのパンツスーツは締め付け感がなく、スリムに見えると好評でもあります。アクロバット土下座なんて楽々出来ます。
通常のお値段がこのぐらいございますが、今回はキャンペーンをやっておりますのでお安く、限定のカラーなどもございます。
是非是非、お買い求めくださいませ!
いかん、職業病だ。
事務所に戻ってきて、今度はカタログの整理をする。
そう、私は前世でもスーツ屋で働いていた。こんなに大きな会社では無かったのだが。
だからこそ、なんとしてでも売り上げを伸ばそうとアイディアを絞り出し、より良い売り上げの為、誰よりも貢献してきたのである。
お客様の笑顔だけが、社畜であった私の人生で、唯一の楽しみだったなぁ。
新入社員として頑張るんだと意気込んでいた若い女性が嬉しそうに選んで、買ってくださったり。
よくご贔屓にしてくださったお客様のお子様が来店してくる度に、絵の描いてあるメモ用紙をくれたり。
あれが一等嬉しくて、手帳にコレクションしたりもしていたっけ。いつも描いてくるのは某あんパンヒーローの絵、お気に入りだったのだろうか。
思わず頬が緩む。
「宮本さん。すみません、遅くなってしまって。確認しましたのでこちらへ来て頂けますか?」
「!はいっ」
伊藤さんからの呼び出しだ、駆け足で向かう。あれ、なんか伊藤さん笑っていないかね?
ま、まさか間違いがあったとか・・・。
今こそアクロバット土下座の時である。
「宮本さん」
「はい」
緊張が走る。
「っ・・・なんで自分の名前、間違えるんですか」
あ。
返された書類を見てみると、名前を記入する場所に書かれていたのは。
「坂上小夜」という名前。
あー・・・。
これは、確認しても、気が付かないわけだ。
「誰、誰ですかそれっ」
「・・・前世の記憶を、思い出してしまいまして」
「前世」
「前世です」
ついには吹き出す伊藤さん。笑いを堪えているのだろうか、ぷるぷる震えている。
やめてください、私が悪かったですから、本当すみません。
「で、ですが、他に訂正する箇所はございませんので」
「はい、名前を直して、再度提出します」
「よろしくお願いしますっ」
満面の笑みで言ってくる伊藤さんに、私も少し笑ってしまう。
伊藤さんの顔色は、今朝会った時よりも良くなっていた。疲れが少しでも和らいだなら、良しとしますか。
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「ただいまー」
家に帰り、早速布団へダイブ・・・したいところだが、スーツに皺が寄ってしまうので着替えてからにする。
今日は定時で上がれた、新入社員だからだろうか。
これから慣れてくると仕事がどんどんと増えて、帰れなくなってきて、社畜となるのですよ。ソースは私。
だが、今日の仕事は新入社員の中で私が一番早く終わっていた。
この調子で頑張るぞ!
テレビを付けて、夜食を作る為エプロンを着る。なんとなくテレビを付けてしまうのは癖になってしまっていた。
今日は何にしましょうかね、たしかジャガイモが大量にあったはず。あと豚肉も。
うん、今日の夜ご飯は肉じゃがかな。
人参も確かあった、タマネギはあってもなくても困りはしないし、枝豆が昨日のおつまみで残ってたからそれを使おう。
まな板と包丁、そして鍋。材料を冷蔵庫などから取り出して、小さなボウルも一つ取り出す。
さて、作るぞー。
枝豆を水につけている間にじゃがいもの皮を剥いて、タマネギはくし切り。
人参は、
『最近、福永財閥が経営しているお店が大変人気で_』
「っ!?」
福永財閥、その言葉に大きく反応してしまう。
言葉を発したのはニュースのキャスターらしい、振り向いてテレビを見ると嬉々とした表情で福永財閥の経営している店について語っていた。
・・・今なにしてるのかな、あの人。
福永、その苗字は私の好きな人に入っているのだ。
正確には宮本灯子が好きな人で、名前は福永善人。さっきニュースキャスターが言っていた福永財閥の御曹司であり、次期当主である。
私の家は少しだけ裕福な家で、付き合いが少しだけあったのだ。
そう、最初に会ったのは小学校の頃だった。
同じ学校に通うこととなり、そして同じクラスだったことから私は、福永善人に恋してしまったのだ。
一目惚れ、というのかなぁ。
小学校から大学までがエスカレーター式だったので、私は彼を追いかけて、大学も同じ科目だったし、サークルも同じところに入った。
坂上小夜目線から言わせて貰えば・・・
気持ち悪い程のストーカー。
隠し盗りなんて日常茶飯事、弁当はいつも作って持っていき、べったりと付いて回っている記憶はまだ新しい。
あぁ、黒歴史、私にはそんな荒技できないよ灯子ちゃん。
ちなみに、今の会社に勤めようという動機も、彼が大きく関わっていたりする。
財閥の御曹司となんて滅多に会わない。しかし、灯子は考えた。
『福永様がよくいらっしゃるような、お店で働きましょう!』と。
それなら福永財閥が経営している店で働けばよかろうに。と思ったのだが何故か灯子は同じ会社は嫌だと否定。なんで?
多分運命を装いたかったんだろうね、と自分で整理してしまう。
ま、まぁ、私はあの人に興味はない。顔を合わせたところで知らん振りをしてやろう。
記憶の中で凄い嫌そうな顔をしている福永さんが垣間見えたのは、多分気のせい。
そうこうしている間に、肉じゃがが出来ました。
人参がいつの間にか飾り切りになっていますが、恐らく灯子の呪いでしょう。恐ろしいね!灯子パワー!
・・・福永さんのこと考えてたからかな。うん。
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おはようございます!良い天気ですね!
ひよこ時計は今日も良い仕事をしてくれました!明日もよろしく!
さて、私は今、大きな壁にぶつかっています。
それは
「ねぇ!教えてよ宮本ちゃん!」
「あー、うん、ソウネー」
倉橋ちゃん、この子の存在です。
この子自体が壁です、ドッスンよろしく通してくれません。早く座りたい。
問い詰められている内容は一つ、伊藤さんの事だ。伊藤さんが今日、私が挨拶したとき一番嬉しそうだったとのこと。
うん、とてもどうでもいい。
「何したらあんな好感度上げられるの?お茶淹れてあげたの?」
「なにもしてないって、逆に昨日散々笑われたよ」
「そうなの?」
「そうなの」
それにあの人、誰にでも笑顔じゃないですか。変わらないよ。
ほら他の人達が挨拶しても、あの笑顔。・・・あれ、なんかこっち指差してる?近づいてくる?
「おはよう、坂上小夜ちゃん?」
伊藤さんと一緒にこっちへ来た、伊藤さんの同僚だろう女性がニヤニヤと笑みを浮かべながら、それを口にする。
視線を横にずらしてみると、「やっべ」みたいな顔をしている上司。
「伊藤さん???」
「すみません、あまりに、面白かったもので・・・」
無言で伊藤さんを見つめる。
「か、可愛らしい間違いでしたよっ」
「伊藤さん?」
「申し訳ございませんでした」