今日が昨日になって、明日が今日になりました。
社長を前に変な声を出してしまったが、極々小さな声だ、マイクには届いていないだろう。
届いていないと願いたい。届いていないよね倉橋ちゃん、隣のデスクに座っている同期となった彼女を見てみると、彼女は「どうしたの?」と首を傾げた。
アッ、若いっていいですね。
なんでもないよと言って倉橋ちゃんから視線を外す。
なんて言うのが、昨日の出来事。
昨日の初日は、言えばまぁ・・・中の上だろうか。
自己紹介の時にはハキハキと詰まること無く話せていた、ちょっとしたトラブルなどはあったが、少なからず上出来だと言える。
上司となった伊藤さんも優しそうで、教え方も分かりやすかったため仕事もすぐに覚えられそうだ、幸先の良いスタートなのだろう。
昨日あった懇親パーティーでもあまりはしゃぐことはしていなく、同期で仲良くなった子も居た。
これで、社長の前でも完璧だったら・・・。
曖昧な気持ちの中、キーボードに向かって手元を動かす。まぁ、今日から仕事、頑張りますか。
さてと・・・。
早く出世してしまうぞ。
そう、私は深く考えたのだ。ブラック企業だろうこの会社で楽して生き残る道はあるのだろうか、と。
そんなもの無いに決まっているじゃないか、結局私は仕事をするしかないのだ。
しかし、私の上司クソ野郎は仕事もせずにポテチばかり食っていた。凄い脂肪があったのだ。それなのに、なぜ、あの上司クソ野郎は生きていれたのだろうか?
少し考えてみれば、簡単な答えだった。
そう、あの上司クソ野郎が生きて来れた理由は・・・。
上司クソ野郎が上司だったからだクソ野郎。
上司とは、普通の社員より偉い。そのため、あの上司クソ野郎は私達社畜を使ってのうのうと椅子に腰を掛けていたのだ。
今思うと椅子が可哀想だったな。
そんなわけで、私が楽をするために必要なこと、それは。
出世である。
出世すれば嫌な人に従わなくて済む。なぁに、我慢して社畜していればいつかは出世できますって!
あれ?じゃあなんで私、前世で出世しなかったんだろう。・・・駄目だ、そんなことを考えるのはやめよう。
スマホのメモを開いて「出世するには」とこっそり打ちこんだ。
さて、目標も出来たところで、私の上司を見てみよう。
少し遠いところで仕事をするのは黒縁眼鏡を掛けている男性、彼こそが私の上司である。
伊藤優一、同期曰わくエリート上司様。
姿勢が大変良く、顔も良し、スタイルも良し、そして仕事も出来ると・・・。かなり出来る男とお見受け致した。エリート上司様と同期が言うのも頷けますね。
隣に居る倉橋ちゃんも少し気になっている様なご様子。さっきから伊藤さんばっかみてるよ倉橋ちゃん。
でもね、一個ツッコミたいところがあるんだ、いいかな?いいよね、言いますよ?
髪の毛、鮮やかな蒼色ですね____。
え、なんで誰もツッコミ入れないの?あれ絶対染めてるよね???え???
しかし違和感がないのが非常に腹立つ、イケメンなのが腹立つ。
目の色黄色いですしおすし。カラコンだろ?似合ってるなこんちくしょう。
蒼髪に琥珀のような眼の色をしたイケメンエリート上司、伊藤優一。
その姿から女性の視線を独り占め!
優雅な手つきと格好良い堂々とした態度で男性陣から、尊敬の眼差しがビシビシと。
あの人外国人?いいえ違います、日本人です。つい先程質問しましたが、日本人だとお答えになられました。
今も珈琲を淹れてくれたのだろう女性に王子様のような笑みを向けている伊藤さん。
どういうことだってばよ。
そんなこんなで伊藤さんの説明をしているとあら不思議、伊藤さんに頼まれていた仕事が終わってしまいました。
しかし見直しというものが大事なのですよ、こういうところで気を急かしたりしてはなりません。
仕事を早く終えて、私凄い優秀でしょ!みたいにアピールしたい気持ちは誰にでもあると思います。しかし間違えていたら元も子もないのです。
ほら、現に伊藤さんに惚れてしまったのだろう同期の女性が早く終わったのだと見せに行ってますね。満面の笑みでドヤ顔しています。
しかしそんな人程ミスをするのです。
あっ、ほら、まるで赤ベコのように謝っております。伊藤さん苦笑いです。
私もよくあったなぁ、新入社員が入ってきたときに。
上司クソ野郎が私に書類を見せてから自分に持ってこいと言った時にはもう激おこですよ。心の中で。
間違えている誤字、まとめ方などを一つ一つ教えながら自分の仕事もするというのは凄く大変なのです。あの日は結局夜の3時まで残業していました。
そ、そう思い出すと伊藤さんが心配になってきた。
大丈夫だろうか、過労死いっちゃう?いっちゃいます?
ごめんなさいすみませんでした。
まとめ終わった書類などを見やすいように整理してから席を立つ。
誤字はなかった、まとめ方は前世のやり方で良かったか心配だが、最善は尽くした。駄目な場所があれば今度から直していけばいい。
伊藤さんのデスクの前に立つ。あ、この人クマがうっすら・・・。
「すみません、伊藤さん。今お時間、よろしいでしょうか」
「っ!大丈夫ですよ宮本さん。どうなさいましたか?」
満面の笑みで対応してくれる伊藤さん、もう疲れているだろうに。
「はい、頼まれていた書類を整理出来ましたので、ご覧いただけますか」
「わかりました、目を通しておきますね。その間・・・そうですね・・・」
うーんと唸って周りを見渡したり、パソコンを見たりする伊藤さん。なるほど、確認してくださいと伊藤さんに渡す新社員が多くて、待っている間にやってもらう仕事がなくなったと。
私にもありましたよ、伊藤さん。
やることがなくなったと申し出てくる新入社員に渡す仕事がないということ、そして雑用などをお願いすると嫌な顔をされること。
ありましたよありました。
壁側にあるシュレッダーを見てみると、溜まっているゴミなどを発見。
そして山積みになっている、会社の様々なカタログ本も発見。
「伊藤さん」
「?はい、なんでしょうか」
「シュレッダーのゴミ処理と、カタログ本の整理、引き受けてもよろしいでしょうか」
「・・・へっ?」
伊藤さんの間抜けな声が社内に響く。
前世の頃、気配りの出来る新入社員の真似をしたのだ。あの子は優秀だったなぁ、自ら雑用をやると申し出た時には、私も伊藤さんのように間抜けな声を出してしまったものだ。
あの子を最後まで守ってあげられなかった事が、今でも悔やまれる。
数秒経ってから、ハッとする伊藤さん。
「か、構いませんが」
「ありがとうございます、ゴミ袋はどちらに」
「そ、そこの棚の上から2段目の中に・・・あ、社内の地図はですねっ」
ガタゴトと音を立ててデスクの中を探る伊藤さん。
伊藤さんよ、忘れているな?
「昨日のうちに社内の地図は配られていますので、お気遣いなく」
「そ、そうですよね!」
「ゴミ袋の場所、教えて頂きありがとうございました」
「いえ、こちらこそ、ありがとうございます」
一礼した後に顔を上げてみると、かぁっと顔を赤らめている伊藤さんが見えた。あら可愛い。
「失礼します」と一言言ってから、棚へと近づく。
ゴミ袋を最初に取り出し、シュレッダーに入っていたゴミを入れる。溜まっていたシュレッダーのゴミは、すぐに袋の皺を伸ばすまでとなった。
よし、早く終わらせてしまおう。
雑用をやっている間に、私の働いている会社について説明をしよう。
ここは前にも言ったように高級スーツ屋で、よくお金持ちなどがスーツを買いにくる。
一流企業の社長、大学の有名な教授、株主、貴婦人様など、いかにもお金を持ってますという方ばかり。
私達の主な仕事は2つ、デスクワークと接客だ。
デスクワークは売り上げ、売れた服の特徴、お買い上げしてくださった方への電話、カタログの予約受付など様々。
二つめの接客はそのままの意味である。1階と2階、3階にはスーツや靴などが売られており、社員達は応援に駆け付けたりしなければならない。
まだ新入社員は接客の仕方などを教えられていないが、伊藤さんから後々教えられるだろう。楽しみだ。
ん?そういえば伊藤さんって何歳なのだろうか、どのくらいで出世出来るのか、参考までに聞いてみようかな。
「あれ、宮本なにしてんの」
「おやおや、城田くんじゃあないですか。便所?」
「お便所っていいなさい」
あんまり変わらないよね、それ。
目の前でハンカチを使って、手を拭いているのは城田要くん。あまり話さない人にはクールと昨日から言われているのだが、大層なお笑い好きである。
短髪はツンツンしていて如何にもスポーツ少年だ。
無表情が怖いけど、あまり人前では笑わないし表情動いていないけど。
そんな彼にもツッコミたい。
なんで髪の毛、赤いの。