仲良し3人組と、突然の福永さん。そして伊藤さん。さらに星野さん。
入社してから、数ヶ月。
仕事には慣れてきて、様々な事が出来るようになってきた。しかし、如何せん頭が痛い。
段々と梅雨が近づいてきた今日この頃、隣の愛すべき馬鹿が倍以上にうるさくって仕方がないのだ。
曰わく、梅雨が明けたら夏だから、有休とって灯子ちゃんと海に行くんだぁ!らしい。
・・・あ、灯子って私か。
普段は苗字で呼ばれているため、下の名前で呼ばれると上手く反応出来ないのだ。
私は仕事がしたいから無理ですね。伊藤さん誘え。
それに夏は夏用のスーツ買いに来る人が沢山いるため忙しく、有休なんてめったに取れない。
これを言ったら少しは静かになるだろうか。
静かになった。
なんともまぁ単純なのだろうか。
この前城田くんに聞いたのだが、こういうタイプの馬鹿は夏になると物凄く絶好調になるらしい。嫌な意味で。
今から胃が痛い。
仕事をしろ、仕事を。
忙しく動かしていた手を一旦止めて、深い溜息を吐く。
もうすぐ休憩がある。休憩に入ったら少し休んで、また働こう。
この頃重い荷物などを運んでいたため、少し体が疲れてしまっているみたいだ。
福永さんのストーカーする為だったら何でもした灯子(の体)を疲れさせるなんて、さすが仕事さん、大好き。
「海・・・灯子ちゃん・・・海・・・」
「おや?何かの呪文が聞こえるぞ?」
「虫除けのやつ吊して置いたら?」
「なんで!?」
こちらに視線を向けず、参戦してくる城田くん。
虫除け、それはいいかもしれない。
馴染みの店で売っている虫除け用の商品を頭に浮かべながら、仕事用の書類をパソコンで作り上げる。
あと2枚。
「虫除けと言えば、殺虫剤も欲しいな」
「あぁ、温かくなってきて虫増えたからね」
「蚊が嫌いなんだよ」
「分かる」
城田くんと意気投合した。
蚊はどうも好かない。子供を産むためだとしても、かゆみを残さないで欲しい。
かゆみがなければ、吸われてもいいのだけれど。
・・・いや、デング熱が怖いな。うん。
文字を変換したあとエンターキーを2回押して、次のページを作成し始める。
あと1枚だ。
「そういえばさぁ、灯子ちゃん」
「どうしたの」
「福永善人って知ってる?」
ゴッ!!
倉橋ちゃんの発言に、戸惑いを隠せない私。
勢いよくデスクに足をぶつけてしまった痛みを忘れて、ロボットよろしく倉橋ちゃんに顔を向けた。
彼女は目に見えて怯えているが気にしない。
「知、ってるけ、どォ?」
「!?え、何!?」
何でここで福永さんが出てきた。そしてなんで反応した私。
やはり、灯子の記憶が残っているためだろうか。記憶の中の福永さんに燦爛とした靄が重なり始める。
違う、こんなに王子様してないよあの人、凄い嫌そうな顔してたよ。
ごめんなさい、もうしませんから。犯罪行為なんてしませんから。
「灯子ちゃん、ど、どうしたの?城田くんヘルプ」
「ヒント・福永善人のファン」
「それヒントやない、アンサーや」
思わず関西弁になりながらも、声を絞り出す。
もう私は無心になって仕事をするしかない。
私が恋しているのは仕事、いえすわーくいえすたでぃおーけー?
福永さん?誰それ、私は知らないワ。恐らく真顔だろう表情で高速タイピングを披露する。
「福永さんのファンなの!?ねぇ今度、一緒に撮影現場行かない?」
「逝ぎまぜん」
「あれぇ、なんかintonationが違う」
発音上手いですね倉橋ちゃん。イントネーションなんぞどこかに置いてきたよ、ふへへ。
撮影現場になんか顔出したら今度こそ暗殺されちゃうよ、あの人良いところのお坊ちゃんだし。
「夜は背後に気をつけた方がいいよ?」だなんてもう1人の幼なじみにも言われてしまったし。殺人はダメですよ、福永さん。
「あーでも、結構馬が合うんじゃない?宮本お笑い大好きじゃんか」
勘弁してくれ。
泣き崩れた瞬間にエンターキーを叩く。これを伊藤さんに見せて了承を貰えば、午前中のお仕事終了である。
右手で印刷するための操作を行い、気怠けに席を立った。
もう私のライフは0に等しい。
思えば、ストーカーしている時の私を、いつも支えてくれたのは幼なじみの九条くんだった。
福永さんのツンツンに耐えられたのも十分の一、彼のお陰かもしれない。
九条忠くん、チャライ見た目なのだが、おっとりとした性格と和食料理が作れるというギャップで女性の心を鷲掴みしていた彼。
彼は本当に優しい。
高校時代、手作り弁当の容器を、福永さんがゴミ箱に捨てていたことに酷く心を削られた灯子へ声をかけてくれたのも彼だけなのだ。
「大丈夫、中身は全部食べてたから」と__
福永さん、そのデレはもっと出さなければ勿体ないぞ。
ツンデレを目指せ福永さん。
あれ?福永さんの話になってる・・・。
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社内のとある一角。私、宮本灯子は一服していた。
あ、煙草吸っているわけではありませんよ、休んでいたという事です。
自動販売機でお茶を買い、ベンチに座って軽い溜息を吐く。
この休憩所、普段はあまり使われていないらしく、私は地図をみて発見した場所だ。
辺りは薄暗く、不気味さを感じるここのベンチ。
しかし、私にとっては安らぎの空間である。
理由は・・・
前世、残業していた時のような薄暗さだから。
あぁここで仕事がしたい。この不気味な静かさの中、1人でタイピングしたい。快感を感じたいのです。
この会社は、本当にお金持ちの社員ばかりらしい。
休憩するならば近場にあるカフェ。
昼食を食べに行くと言ったら、どこかの有名なフレンチレストラン。
一回、同期全員で飲みに行こうと言っていたのでついていったら、高級な酒屋が目の前に聳え立っていた。
絶対に居酒屋なんぞには入らないそうだ。赤崎さん情報である。
私はなぜか、急に「とりあえずビールで」が聞きたくなった。あとおつまみの枝豆と唐揚げの味が非常に恋しい。
今度、仕事を早く上がれたら飲みに行こう。そうしよう。
頑張っている私へのご褒美だ。
今は酒ではなくお茶で我慢していると、足音が聞こえてくる。
誰だろうと思い姿勢を正すが・・・。
「むっ、んん?はっ、ふ、んぐっ」
その謎の声に小首を傾げる。
この声は、伊藤さんだ。なぜそんな奇声を放っているのだろうか。
オフィス側の通路を覗き見てみるとやはり伊藤さん。
足を休むことなく働かせ続けながら、鼻をしきりに触っている。彼の目線は床にいってるので、目があうことはなかった。
瞬間。
「ぶぇっきしょいしょいッ!!!」
「!?」
伊藤さんの豪快なくしゃみが、私の鼓膜を刺激する。
目を見開く私に、彼は小さな声を上げて、数歩後ずさった。
そうか、彼が変な声を上げていたのは鼻がむず痒かったからか、と1人で納得してからなんと言えば良いか戸惑う。
「み、宮本さ、ん・・・これは、お恥ずかしい所を・・・」
かぁっと林檎の様に赤くなる彼。
「い、いえ・・・私こそ、すみません」
「謝らんでください、もっと恥ずかしくなります・・・」
伊藤さんが手に持っていた一つの弁当、
じゃあ俺はこれで、と立ち去ろうとする伊藤さん。
いやいや、待たれよ。
「ここのベンチ、使おうとなされてたのですよね。よろしければどうぞ、私は一休みしていただけですので」
「っ!で、では、お言葉に甘えて」
「はい。じゃあ私はこれで失礼します」
先程買ったお茶を手に、立ち去ろうとする。
しかしそれは、一つの手によって叶わなかった。
自分の手首を掴んでいる手を目線が辿っていくと、その先には未だ顔を赤くしている伊藤さん。
「ひ、1人にしないでくださいよ」
「え?」
「寂しいじゃないですかッ!!」
「えっ」
二度も同じ発音をしてしまった私だが、これは仕方がないと思う。
今日はどうしたんだこの人、なんだか私の中の伊藤さん像が音もなく崩れていくのを感じる。可愛いと菩薩顔を残して。
あぁ、照れ屋というのも残ってる。あと意外にボケという事も。
・・・結構残ってた。
「ちょっと、なにか反応してくださいませんか」
「・・・伊藤さん、意外と子供っぽい・・・失礼、寂しがり屋なんですか」
「前者と後者は聞かなかったことにします」
「それ大体聞いてませんよね」
部下の話しはちゃんと聞きましょう?と発言するも、右から左へと綺麗に受け流す伊藤さん。
しかも腕を引っ張られて、先程いたベンチに座らされた。
解せぬ。
「・・・もしかしてこの後ご予定が?」
「今更ですかよ、予定は無いですけれども」
「ならいいですよね」
どういう事だ、エリート上司様この野郎。
短時間しか喋っていないのに、物凄く疲れてきた。手に持っていたお茶を口に含む。
カラカラと乾いた喉を潤してくれるお茶は、本当に美味しい。
「で、何を話しましょう」
「帰っていいですよね」
「ダメに決まってるじゃないですか、暇なんです構ってください」
「命令ですか?」
「構え」
「命令ですか」
そこから始まる恋物語・・・っ。
なんて乙女チックなことなど何処にもない。あるのは弟さんや妹さんの自慢話ばかり。
妹は気が荒いけれど、本当は素直な子だとか。
弟は少しやんちゃだけれど、優しい子だとか。
一番下の弟は危なっかしいけれど、めちゃくちゃ可愛いだとか。
自分の家に居る天使を、食事を取りながら器用に喋っていく上司。
伊藤さん、これ私以外の女性にやったら右ストレート不回避ですからね。と心の中で釘を刺しておいた。
言葉には出さない、忠告したら、私が伊藤さんを助けるみたいじゃないですか。殺人事になりそうであれば必死に止めるが。
「聞いておられますか」
「アーハイ、聞いてます聞いてます」
むっと、目を細める伊藤さん。機嫌が悪くなるといつも目を細めるためわかりやすいのだ。
こうも機嫌が悪いですアピールされてしまうと、逆に可愛く見えてくるという私の目は異常なのだろうか。
いいや、正常だと信じたい。
誰にでも嫌われないように、優しい「伊藤さん」を演じているのにも関わらず、わざとこうして拗ねたりする彼は貴重だ。写真取りたい。
・・・それはさておき。
本格的に伊藤さんの機嫌が悪くなっている。
「・・・聞いてますよ。それで、弟さんがどうしたのですか」
私の言葉を聞いて驚く伊藤さん、そのあとすぐに、花が咲くような笑みを浮かべた。
はぁ、伊藤さん家の息子さんがこんなにも可愛い。
「さてと、仕事に戻りましょうか」
「えっ!?ちょ、弟さんがどうなされたんです?気になるのですが」
「午後も頑張りましょうねっ」
「・・・さすがはオフィスの王子様といったところでしょうかぁ~」
「うるせぇですよ」
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「あーもー、こんな時期に移動とかありえる!?うっざぁ!!」
資料をデスクに叩きつけて怒りを顕わにする男性。
その近くでは僕、九条忠が彼の怒りを静めようと励んでいた。
「べつにそんな怒らなくても・・・前に話してた伊藤くんもいるんだったらいいじゃないですか」
「まぁそうだけど!!伊藤くん実力は凄いのに優しいから、部下とかまともに仕事出来ないんでしょ!?どーせ!!」
めんどくさいことこの上ないじゃん。
ぐちぐちと文句をいっては椅子にどかりと座る彼の名前を
星野彗。
「愛の数だけ抱きしめて」の、攻略対象者だ。
折角セットした髪を、ぐしゃぐしゃと掻き乱す。
さぁて、この面倒くさい奴を攻略出来るかなぁ・・・
主人公ちゃん・・・?