『田中南の転生』
途中から視点が変わります。
隣に誰かが座る気配を感じて、顔を横に向ける。
すると、眼に映るのは憎たらしいほどの満面の笑みを浮かべる友人だった。
なんでこの子はこんなにも元気なのか疑問しか浮かばない。
「ささやんちょっと、何徹目?」
「・・・3徹目だよ、いえーい」
箸を持っていない手でピースサインを出しながら、顔は無表情のままで友人に言えば凄い顔をされる。
そんな彼女を横目に、私はカップラーメンを啜った。
疲れているときのこれは本当に美味しい。
「それ食べ終わったら、今日は帰りなよーっ?」
「えっ」
「私が出来る分はやっておいてあげるから!」
眠気があったら効率悪いでしょ、と彼女もカップラーメンを割り箸でつついている。
不服ではあるが、効率が悪いことは事実。ここは言葉に甘えた方が良さそうだ。お心遣い痛み入ります。
「あのね、働き過ぎなんだよ!」
「そういうあなたは何徹目」
「2徹目、うぇーい」
「うん、帰った方がいいと思うの」
「明日ね」
あははと笑う彼女、空元気というものだろうかやけにテンションが高い。
今は店自体休みが続いているので、彼女も家にかえらなかったのだろう。接客するときは外見を気にしなくてはいけないので、仕方なく帰っていたのだが。
接客がなくデスクワークだけの時は徹夜は当たり前である。
だがまぁ、明後日からまた店が始まるので、徹夜は当分できないだろう。
もう少し仕事を片付けたかった。
私が食べているカップラーメンから具材を取っていこうとする、箸を持つ手を叩く。
「あはは、ごめんっ」
「油断の隙もない」
「ごめんごめん!愛の数だけ?」
「抱きしめて」
お決まりの会話をすると、苦笑いしていた彼女の顔がほころびる。
「ねぇ、ささやん」
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忙しく鳴り響くアラーム。
キングサイズのやけに大きいベットの上を這いずるようにそれを止めた。
ひよこの鳴き声の目覚まし時計は前世で友人が持っていたストラップに似ていたため衝動買いしてしまった物で、今でも気に入っている。
上質な掛け布団を1ヶ所に寄せて、これまた上質なシーツに足を滑らせフローリングに降りれば、ひんやりと足の裏をフローリングが冷やす。
朝の光を部屋に差し込めようと真っ黒な遮光カーテンを無造作によけると、日差しの暴力が自分の目を襲った。
雲一つ無い、朝である。
「おはようございます、お坊ちゃま」
「・・・うん」
知らぬ間にか部屋に入っていたバトラーさんに恐怖を覚えながら、洗面所へと向かう。
いつもの事なのだが如何せん慣れはしない。
冷水で顔を洗い頭を完全に覚まさせて、タオルで・・・。
「どうぞ」
自然な動きで顔の横に出てきたのは汚れ一つ無いタオル。それをお礼を言いながら受け取った。
しかしバトラーさん、頼むから気配を消して背後に回らないで欲しいな。
顔を拭いてからふと、鏡を見る。
黒の無造作にはねた髪に、鋭く二重の目。世に言うイケメンという奴がそこにいた。
深呼吸。
はい、転生したらしい自分です。
はじめましての方は、はじめまして。二度目の方は、おはこんにちばんわ。
皆さんのアイドル田中南です。
さて、なぜ私は転生したかといいますと、車に轢かれたからでした。
前世では「たなみん」と呼ばれ楽しく()暮らして居たのですが、そんな不幸に出会い、見事亡くなってしまいました。
面白いよね、良い男性には出会わないのに・・・。
そんなこんなで、友達の後を追ったかの様に死んでいった私です。
・・・まぁそんな事はともかく。
私にとっては、転生した世界が重要です。
そう、地球は地球なのですが・・・ここは乙女ゲームの世界。
ヒロインが男性に囲まれてきゃっきゃうふふする世界だったのです。
ゲームの題名は「愛の数だけ抱きしめて」略して「アイダキ」だ。
名作と謳われた乙女ゲームで、私も何十回やったか数えきれないほど。
そんなアイダキで・・・私、いや僕は・・・。
ライバルキャラになったというね!!!
そう、僕が転生した九条忠という人物は、男だと言うのにも関わらず、ライバルキャラなのだ。
正式に言えば攻略キャラのライバルで・・・。
本来ならば、僕はヒロインに恋をして、攻略対象者の邪魔をするという役割なのだった。
その他にも少しだけ邪魔しにくる女性達がいるのだが、そこは省略しよう。
くっ、ごめんよ・・・今の僕は女の子に恋なんて出来ない。
出来るとしたら前世で大好きだった親友の坂上小夜、ささやんだけだ。
僕がここに転生したということは、ささやんも、この世界にいる可能性が高いということだ。
そんなわけで、僕はささやんを必死に探している。ある方法で。
僕の親友だった彼女はアイダキを知らないが、タイトルだけは覚えている筈だ。いつも会話のお決まりで出ていたから。
「愛の数だけ?」と僕が問うと、彼女は平然とした顔で「抱きしめて」と返してくる。
もう少し恥じらって欲しい。
ただ、この会話のお陰で、ささやんを見つけることが出来るやもしれないのだから、今は気にしていない。
早く見つけたい。
早く見つけて、あの上司クソ野郎にUSBを渡した僕を盛大に褒めて欲しいのだ。
居なかった時の場合なんて考えない。
考えるのは、僕を褒めてくれたときの彼女の声だけ。
髪をセットし終わってから、もう一度鏡を見直す。
うん、大丈夫。
確認が終わったら部屋に設置されてあるテーブルに戻り、食事を用意してくれただろうバトラーさんにお礼を言った。
今日の朝食はパンらしい。
「坊ちゃま、今日も格好いいですぞ」
「あはは、ありがとう」
ホストのような、ちゃらちゃらした見た目の九条忠。アイダキでは性格も、見た目と同じようにチャライ奴だったが・・・。
田中南という人格が入ったため、真面目な柔らかい口調になってしまったのだ・・・。
お陰で親戚や周りからの評価が鰻登りである。
ギャップというものが女性の心を鷲掴みしたのだろう。僕は前世で女だったのもあって女性の好みが分かるのだ。
ちなみに、なんで僕という一人称になったかといいますと、「俺」より抵抗が少なかったからです。
パンを食べて乾いた喉を潤すためにお茶を一口。
そして再びパンを食べようとするが・・・
「坊ちゃま、お客様です」
バトラーの声に、ぴくりと反応する。こんな朝早くに、訪問してくる人物はあいつしかいない。
一つ、深い溜息。
「通していいよ」
「かしこまりました」
そう、こんな朝早くに訪問してくる奴は1人だけ。
黒のウルフカット、夜空に光輝くような満月の瞳に、日本人とは思えない程真っ白な肌。
モデル雑誌の表紙を飾る、あいつだけなのだ。
すたすたと少し早い足音が聞こえてくる、次の瞬間、乱雑なほど勢いよく扉が開かれた。
「やっ!邪魔するぞ九条!」
「まずはおはようだろう」
「おはよう!」
早朝だとは思えないほど元気な彼は芸能人にして・・・。
アイダキ攻略対象者である、福永善人だ。
未だ、ノックもせずに入ってくるこの人の心理が分からない。
「あのね、親しき仲にも礼儀ってもんが!」
「わ、悪い・・・迷惑、だったよな・・・っ」
急に泣きそうな顔をして、口元を手の甲で覆う彼。
凄く、物凄くやりずらい。
「っ・・・もういいよ、わかったから」
「さっすが九条、話しが分かる奴だな!」
「クソ野郎!!!」
「糞!?」
おいおい、幼なじみに糞はないだろう!
そうぎゃーぎゃー騒ぐ彼を放って、朝食を食べ進める僕。
まったく、彼は役者にも手を出すつもりなのだろうか、本気で涙を流すかと思った。
僕は、涙に如何せん弱い。男女問わず。
その事を知っての行動だろう。伊達に小学校から一緒ではないな。
福永善人とは小学校からの幼なじみで、今までずっと一緒だった。
そのため、ライバルキャラの脇役である宮本灯子とも幼なじみということで知り合っているのだが・・・。
今もストーカー、やってるんだろうなぁ。
「おい、いつものは聞かないのか?」
僕の目の前に置いてある椅子に座り、によによとこちらを見つめる福永。
いつもの、とは、いつものヤツだろう。
まぁ一応聞いておくか・・・。
「愛の数だけ?」
「星はある・・・だろ!」
「ぶっぶー、不正解でぇす」
残念でしたと微笑めば、彼は悔しそうに声を上げる。
毎回、質問に間違った答えを行ってくる福永。
僕が、小学校の頃から質問してきたこれを毎回聞いていた福永は、これの意味を知りたがったので、運命の人を探していると答えておいたのがきっかけだ。
なぜ毎回質問してくるのか、理由は
「当てて君を驚かしたいんだ」
・・・らしい。
そりゃそうだろう、当たったら、驚く。
運命の人が男だったらどうすると僕を弄っているのだろう。呆れた人だ。
ちなみに、宮本灯子にも一回聞いたことがある。
解答は「福永さん」だったよ。あの子本当に彼が好きだね・・・。
「君の探している人って、どんな女性なんだ?」
「優しくて頑張り屋で時に常識外れで僕が変なことしても呆れながら叱ってくれる可愛い子」
「即答か」
「即答だね」
にこりと微笑み、彼に当てつけた。
僕はまだ知らない。僕が今頭の中に浮かべる、前世で大好きだった、今でも大好きな彼女に再会する日まで・・・
あと僅かであることを。
「頑張って当ててみなよ、愛の数だけ福永さん?」
「それは本当にやめてくれッ!!」