過労死、起きて、揺られて、入社式。
社畜というのは、なんとも悲しい生き物である。
いや、正確に言えば社畜という生き物は存在しない、存在しているのは社畜という人間の種類だ。勤めている会社に飼い慣らされてしまい自分の意思と良心を放棄し、半ば奴隷のように化した社員のことであり、よく言えば企業戦士。
悪く言えば「会社」と「家畜」を合わせた造語で社畜と人々は呼ぶ。
はい、解説終わりです。そろそろいいかな。
____そう、私はそんな企業戦士の1人である。
そのため朝から晩まで働く働く、月月火水木金金。
なぜ社畜のことを説明したのに企業戦士っていうんだみたいな反応はいらない。
目と目の間を摘みながらもパソコンの前で機械のように動く私たち、定時が過ぎるのなんて当たり前。時には家に帰らず仕事する。無休、残業、お手の物。寝る時間?なにそれ美味しいの?
踏ん張って定時一時間後くらいに終わったとしても「これ確認しておいて」と投げ渡されるのは、爆弾よろしくUSB。おめでとう、残業だぁい!
えぇ仕事大好きですよ、別にいいですもん。
定時に帰っても家で待って居てくれる人なんていないし、終電の一個前くらいに乗れば座れるし。
有給なんて取る暇があったら仕事片付けちゃいたい訳だよ。友達も社畜だから遊ぶなんてこと出来ないし。
ただね・・・
机に山積みにされている書類ごと床に崩れ落ちる私、もう書類のことなんて気にする余裕はない。
ちらりと上を目で見れば、涙でぐしょぐしょになった顔で私を見る友人の顔が・・・駆け寄ってきてくれたのだろう。
「きゅ、救急車・・・!!」
他にも残業をしていた同期や後輩達が慌てふためく。
そんな中ずっと、私の手を握っていてくれるのは友達の田中南。あだ名、たなみん。
「たな、みん・・・」
「なに?ささやん、私はここだよ・・・っ」
涙で震えている声を出すたなみん。
「・・・最後に、一つお願い・・・!!」
「ささやんっ!?」
「私の・・・!!私の・・・!!
この、USBを・・・あの上司クソ野郎に・・・とど、けて・・・」
「ささやーーーーーんっ!!!!!!」
USBを受け取って泣き叫ぶ、たなみん。
ただね・・・
過労死は、嫌だったのだけれど。
がくんと落ちる頭。
こうして私、坂上小夜の命は絶えたのだった。
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はっ・・・夢か。
ボサボサになっているだろう頭をガシガシと掻く。
その次に忙しく鳴り響くアラームを乱雑に右手で止めて、口元から出ているだろう涎を別の手で拭った。
6時にセットした目覚まし時計はちゃんと機能したらしい、偉いぞひよこ時計。これからメイクで化けて行っても時間に間に合うだろう。
カーテンを開けて天気を確認してから、壁に掛けてあるスーツを前にする。
今日は、入社式だ。
髪は櫛で解いてから左下で結んで、ズボンのスーツには皺が無いかチェック、汚れが付いていないかもチェック。
荷物を徹底的にチェックして、忘れてる書類が無いかも確認する。
ご飯もちゃんと食べて歯も綺麗に磨いて・・・、そして・・・。
土下座の練習。
おっと、いけないいけない、前世の癖が・・・。
もう一度スーツに埃が付いていないかチェック。
深呼吸。
はい、前世の記憶を思い出したらしい自分です。
あ、申し遅れました、私の名前は宮本灯子。下の名前は「とうこ」と読みます、22歳です。
前世の名前は坂上小夜。あだ名はささやん。「さかうえ さや」なので、ささやんです。
さて、前世の私はそれはもう凄い社畜。社畜の中の社畜でした。
社内の中でもベテランでして、後輩にも慕われていたのです。
いや待て、ベテランというのは少々格好いい。社内で育った家畜なのだ、肉厚・・・というのかな?
どれだけ肉厚かといいますと・・・社畜歴約19年という。当時の私の年齢、41歳。
そして・・・
絶望的なのが恋愛経験無し。
近所の中学生に「お母さん」と言われた私の気持ちがわかりますか。結構辛かったのよ直くん。
そんな記憶を今朝の夢で思い出して、今は絶賛、ア胃タタタタ状態です。
胃が痛いです。またブラック企業だったらどうしようかとか悩みながら電車に揺られています。満員電車の中でガッタンゴットン。
ちなみに、今まで宮本灯子として過ごしてきた記憶はございます。料理が好きなんですってね?前世の私とは大違いだわ。
駅に着いたら即胃薬とお茶を買いに行って服用。
さて・・・行くぞ
戦場に。
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社内に入り、入社式の流れを確認する。
これは大切な式であって、気が付いたら終わっていたなんてことがあった時には大変だ。自己紹介の時などに社長が言っていたことを言えたのなら好印象を持てる。
そして携帯の電源をオフ、マナーモードは振動の音が出るためNG。
入社辞令授与の時には歩き方なども見られる為、手と足が同じ動きをしているなんていうことにはならないように気を付けなければいけない。
記念写真撮影は引きつった笑みにならないように、暖かな笑みで・・・。
そう確認を終えた後、入社式が始まった。
このような式に出るのは2回目だが、心臓が張り裂けそうな程に動いている。
大丈夫、大丈夫、だいじょぶ、落ち着け・・・。
大丈夫なわけあるか、緊張で死にそうだわ。
前で社長があいさつをしているのをしっかり聞きながらも震えを止めるために、キーボード早打ちの構えをする。この体制が一番落ち着くんです。
あ、もちろん膝の上で目立たないようにやっていますよ、はい。
「続いて、入社辞令授与を行います」
司会がそう言葉を放った瞬間に、新入社員に緊張が走る。
来たか・・・入社辞令授与・・・っ!!
社長から直々に、会社の一員として正式に認めるという書面を受け取る大事な場面。
前世は中小企業の社長だったけれど、今回は大企業の社長だ。
そう、私がこの人生で入る会社は大企業である、高級スーツ屋と言えばお分かり頂けるだろうか。
外国にも店を構えるこの会社には、沢山のお金持ちなどがスーツを買いに来たりする。そのため社長も気品があり、優雅なオーラを身に纏っていた。
先ほどの挨拶も素晴らしかったなぁ。
消えて無くなりたい。
なぜこんなレベルの高い会社を灯子が選んだのかは後々話すとして、今は、今に集中しろ。
「入社してくれてありがとう」
「は、はひ・・・っ」
アッ、これ無理だわ。