4、上仮屋雪梛の女子苦手、伍堂珠貴の動物比喩。
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上仮屋雪梛の女子苦手、伍堂珠貴の動物比喩。
あっという間に放課後になり、俺は伍堂に引き連れられて一組へ上仮屋雪梛を迎えに行った。
藤代と仁科は俺達とは別行動。先にバスケコートに行き、場所取りをするように伍堂が言ったらしい。
一組の廊下には伍堂と同じように金色に一部染めた髪を持つ学生が一人で待っていた。俺や伍堂より少し背が低いそいつは伍堂を見た瞬間に猛ダッシュ。そして俺達の前で急停止し、ニコッと笑い。
「こんちや~! ――ここで逢えたのも何かの縁、良かったら一緒に食事でもどうだい……?」
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誰だ、何なんだ、こいつは。
いきなり片膝を床について、何処からか造花の赤い薔薇を一本取り出し、俺に掲げて来て。
俺はただ沈黙するしか無い。
「あ~、ユキチャン。戰椰に冗談言ったらこんな感じにユキチャンを、今にも焼かれる柳葉魚みたいに見下した目で見るだけだぜ~!」
「マジですか! 戰椰さん、すみません。お詫びに『センヤっち』って呼んでいいですか!?」
「…………………………………………」
「ほらね~」
あぁ、なんか……滅茶苦茶厄介なタイプだ。しかも名前が雪梛で、伍堂がユキチャンなんていうからてっきり……
「あ、センヤっちってば、今オイラが女じゃなくて男だったのかよ~ってガッカリした系ですか!? オイラの名前、女っぽいですからねぇ。でも安心していいですよ! オイラ男が大好きですから!」
「待った。それは逆に安心出来ない」
「そ、それは表現上に問題があるって! 戰椰、ユキチャンが突然変な事言ってゴメソーリー! コイツ単に女子が苦手なんだよ! ユキチャン、バラ! バラ早く仕舞って!」
あぁ、納得。けど本当に男色野郎かと思ったぞ。初対面で薔薇を掲げて、ナンパみたいな台詞を吐いて、おまけに今の発言。逆にそう思わない方が難しいくらいだ。今更だが伍堂が藤代と仁科を先に行かせたのは上仮屋の為だったのかもしれない。
上仮屋は(意味深長な)薔薇を何処かへ仕舞って立ち上がり、膝についた埃をパンパンと振り払う。
「メール見ました! 今日は三人なんですよね!」
「……三人? あいつらは……んっ!」
話の途中で伍堂に口を塞がれた。そして伍堂は周りには聞こえないくらい小さな声で
「わり、戰椰! 二人の話、してないんだよ~。女子がいるって知ると、ぎゃあぎゃあ恐竜みたいな鳴き声出して、夏の夜眠る時に飛び回り続ける蚊みたいに面倒だからさ、ユキチャンには秘密な~」
……俺からすれば伍堂の動物を使った例えも解釈するのに面倒だ。
どうしたんですか、と不思議そうな顔をする上仮屋に何でも無い、と伍堂が告げる。同時に伍堂はやっと俺の口から手を放してくれた。
「センヤっち、もしもバスケに入りたくなったらいつでも言って下さいよ!」
「その心配は無用だ。絶対やらないから」
大体学年一体力が無い俺がバスケ部とバスケをやってもただ疲れるだけだろうし。
上仮屋は少し残念そうな顔をしたが、すぐに気を取り直し
「じゃあ行きますかね! いざ、戦場へ赴け! オイラ達、センヤっちチーム! あ、いや、チーム名で『ち』が連続するとカッコ悪いからセンヤっチームにしよ!! よし、もう一回言い直して……」
「何でもいいから、さっさとしてくれ」
なんだろう。俺はバスケをしないが、もしかしたら見てるだけでも疲れるかもしれない。
俺だけがそんな心配をしながら、上仮屋命名センヤっチームは学校を出てバスケコートのある公園に向かった。
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俺達が今向かっている公園……狐野駆公園と言う。狐野駆公園のバスケコートは体育館のように広い訳ではない。だがこの人数であれば充分楽しめる広さだ……この人数、とは勿論俺を除いた人数。
公園まで歩く事約五分。その間に伍堂が仲介人のようになってくれた御陰で、俺と上仮屋は大分打ち解けた。
話の内容はお互いの素性ばかり。例えば上仮屋が女子を苦手とする理由。それは『女子には裏があって怖いから』らしい。表ではニコニコしているのに裏では悪口とかを言いまくる……それが怖いそうだ。
「にしても、タマキっちはよく付き合うとか出来るですよね~。オイラには到底ムリ! 怖過ぎます!」
「はは! けど仁科さん優しいんだぜ! あの微笑みは小さいトイプードルがマグカップに入ってるのを見てるくらい癒やされる! まぁユキチャンも顔が鶏の鶏冠みたいにカッコイイから誰かしらユキチャンの事が好きな女子いるって!」
「なんですか、顔が鶏の鶏冠みたいにカッコイイって! 素直に喜んでいいんだかわかんないですよ! しかも鶏冠って、髪型じゃなくてあくまで顔なんですね……。センヤっちはそういう話無いんですか?」
「無いな」
「戰椰ってこういう狼みたいなヤツだから! ユキチャンとはまた別な女嫌い、というより人間嫌いなんだよ~!」
「ほぇ~! そりゃまた変わった人ですね! オイラは女子が嫌いな代わりに男子大好きなんですけどねぇ」
「……おまえの方がよっぽど変わった人間だと思うが」
「だ、だからその表現ヤバいから!」
と、こんな感じに。
お喋り者が二人もいると、無口な俺がこの場にいようと会話は弾む訳で。五分という時間はあっと言う間に過ぎ去って、気付けば公園にいた。
「珠貴~! こっちこっち~!」
手招きする藤代。横には仁科。それを見た上仮屋は一瞬固まり、伍堂と藤代達を交互に見た。
「な、何で!? え、タマキっち、これは一体どういうことなんですか!?」
「よし、いくぜいくぜぇ! いざ、戦場へ赴け! オレ達、センヤっチーム!」
「ぎゃあぁー!! て、てか、その台詞! 完全にオイラの台詞の使い回しじゃないですか!」
「いや、ユキチャンのはセンヤっちチームで、オレのはセンヤっチーム! だから使い回しじゃないぜ! ふふん、オレの方が断然決まってるべ! ヒュー、馬が空を飛ぶくらい、オレカッコイイー!!」
「馬が空飛んだら、そいつペガサスって言うんですよ……じゃなくて! や、やめて下さい~! この状況、マジな戦場じゃないですかぁあ!! まだオイラ死にたくないです~!」
伍堂が無理矢理、上仮屋の腕を掴んで連れて行く。じたばた暴れる上仮屋は今にも泣きそうな顔。可哀想だと思うが、冷たい性格の俺が助けようとしない点が、更に上仮屋の不憫さを際立たせる。
藤代と仁科の所まで行く。二人は既にジャージを着ていて、やる気満々だ。
上仮屋は笑顔を作っているつもりなのだろうが、かなり引きつっている。
「うぅ~……なんですか、この仕打ち……オイラ、タマキっちに何かしました?」
「いんや、な~んもしてないよ! まぁユキチャンは、バスケに没頭したら草食動物が突然肉食動物になったみたいに視野が狭くなって、周り見えなくなるじゃん? だから大丈夫だって!」
確かにそうなんですけど……と語尾を小さくする上仮屋。
藤代と仁科は近付いて挨拶を交わした。
「こにゃにゃちわ! 藤代水季、徒名はスイ! よろしくぅ! こっちが仁科弥生、徒名はヤヨ!」
「えっと……君が上仮屋雪梛くん?」
「いぃ~~~!? オ、オイラの半径一メートルと六十九センチ以内に入って話し掛けないで下さいぃ~!」
「にゃはっ! ユキチャン、おもしろ~い! どんどん近付いちゃお~!」
「ふ、藤代水季さん! や、やめ、やめ、やめて下さいって!!」
「ス、スイちゃん……」
上仮屋は本当に女子が苦手らしい。ここまでの拒絶反応を起こす奴、初めて見た。
藤代が上仮屋をからかって遊んでいる間に俺は伍堂に訊ねた。
「上仮屋は普段の学校生活どうしてるんだ?」
学校という施設内では、どうしても一メートルと六十九センチ以内には入ってしまうと思う。
「確かにどうしてんだろ~なぁ? オレもよくわかんない! けど誰かと話してたりだとか、バスケしてたりだとか、別な事をしてる時はな~んも気にしてないんだよ。でもこうやって対面しちゃうといつもこうなって、オレ的には超笑えるんだよな、これが! くぅ~! なんだろ、この何かを達成した後みたいな清々しさ! まさにペンギンが何度も羽をパタパタ動かして、やっと空を飛べる感じ! 分かるか!?」
「……………………全く分からない」
説明が回りくどい。ペンギンの例えが無かった方が絶対分かりやすかった。
「おっしゃ、とりあえずやるか! オレはずっと試合してっけど、みんなはどうする?」
「あたし達は入ったり抜けたり、繰り返すよ~! 流石に男子の体力についていけないしねぇ」
「俺は言うまでもなく観てるだけだ」
「オイラは藤代水季さんと仁科弥生さんがいる時は抜けようかなぁ~……」
「おっと、ユキチャンにそんな選択肢は無いぜ? ずっと戦っていて貰おうかぁ!」
「な、なんかタマキっちが悪の帝王に見えるぅ! センヤっち、助けて下さいよ~!」
頑張れ、と全く感情のこもっていない声を掛けてやる俺。……なんか本当に、さっきから上仮屋が哀れで堪らない。まぁそう思っていても、俺は何かをする訳でも無いのだが。
伍堂、上仮屋、藤代、仁科の四人はコートに向かい、俺だけがベンチに座り。
こうして上仮屋だけ嫌々ながらも、バスケの試合が始まるのだった。
珠貴と雪梛。
早速はっちゃけてます。
珠貴の意味のわからない比喩にどうかお付き合いを。