3、天の邪鬼の思考停止
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天の邪鬼の思考停止。
昼休みは終わり、俺達はチャイムが鳴る前に教室へ戻った。
教室に着いた途端
「おっしゃあ! 授業終わりっ! あと寝るだけで帰れるぅ~!」
伍堂は開放感に満ち溢れた声で言った。……だがこの台詞は間違いだ。
今日の五時限目は講演会。なので授業とはまた違う。けど授業じゃないとか寝るだけで帰れるとか……講師の人に失礼だ。
まぁ今日残す授業はもうそれだけ。もしも講演会が早く終われば俺達はいつもより早く帰る事が出来る。
講演会の内容はやはり高校三年となると――受験。
大学受験が待っている、ということで進路の講演会だった。
進路か……。
俺には特にやりたい事も無い。得意な事も無い。敢えて言えばやりたくない事が一つ。『人間と関わる事』だけはやりたくない。教師なんてもってのほか。
またも言い忘れていたが俺の高校は三年になると文理が分かれる。俺のクラスは全員文系。因みに俺が文系を選んだ理由は特に無い。
……ここだけの話、俺はアミダ籤で文系を選んだのだ。
家で適当にアミダ籤を組んでやってみたら理系だった。そして天の邪鬼の俺はそれが何故か気に入らなくて意味も無く反発をし、文系を選択。多分進路という人生においてかなり大切な事で、こんな滅茶苦茶な選び方をしているのはこの学校で俺ぐらいなんじゃないかと思う。
推薦で行くのも良いが、正直なところ行きたいと思える大学が本当に無い。
将来は俺一人が暮らせる金さえ手に入ればそれで良いと思っている。これから先俺がやる予定を述べると、適当に大学へ行き、就職をして、可能であれば定年まで仕事を続けて、死ぬ。就職先でクビにされて金が尽きたら、病死しても餓死しても構わない。結婚は金輪際したくない。……何しろ人間が嫌いだし。
とまぁ、大分冷めた人生設計をしている俺は今日の受験の講演会でもその考えは変わらなかった。講演会だと言うのに、早く受験校を決めろとか勉強しろとか言われて何だか苛立ちを感じて、寧ろ受験に対するやる気を削がれた。
……ふざけている。
今の御時世……就職さえままならないこの社会。それを作り出しているのは社会自身だというのにその社会に急かされて。そして急かされている事に苛立ちを感じてしまう自分に。俺は苛立った。
そういうふざけた話をされると……
―――さっさと死にたくなる。
何故生まれたくて生まれた訳でも無い俺が、生きるという事に振り回されなきゃならないのか。
それが分からない。理解不能。分かりたくもない。
意志なんて関係無く、勝手に落とされた世界によって、生きる事を強制される。それが――厭だ。
いっそ本当に腹を決めて――
「――――――思考停止」
……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………。
よく。
俺は頭の中でこんな事ばかり考えてしまう。
自分の頭の中の思考を止められるのは自分だけ。つまり自分が死のうなんて考えたら、その考えを止められるのは自分自身しかいない。誰かによって引き留められたりはあるとしても、結局は自分が生きようと考えない限りは死のうと考え続けるのだ。
要は自分の思考次第。
俺の場合はいつも、こうやって自分の迷走を止める。
―――いつか俺が自分の思考を止められなくなってしまったら。
その時俺は本当に……
「―――んや。おーい、戰椰~。木南戰椰く~ん?」
呼び掛ける声にハッとして、俺は顔を上げた。
そこにいたのは伍堂。俺の目の前で手をひらひら振っていた。
「あはは、相変わらずボーっとしてるよなぁ! あ、もしや進路の講演会の事ずっと考えてたのか~?」
他人事のように笑いながら、そんな事を言う。いや、確かに他人事ではあるのだが、こいつだって俺と同じ状況。少しは受験生という事を自覚すべきだろ、と心の中で思う。
「睡魔と戦ってたんだよ……昨日の誰かのせいでな」
「う……だ、だれだろ~なぁ?」
次はその笑いを苦い味に変え、目を泳がせる伍堂。
進路の事を考えていたのは事実。なのにそれを嘘とし、その言い訳に……睡魔と戦ってた、か。
さて、進路の話は終わりだ。いつの間にか講演会は終わっていて、俺達は教室にいた。周りの人間はもうバッグに荷物を詰め始めている。
伍堂は突然、バンっと俺の机を叩き
「あ、そうだ! 今日の放課後、一緒にバスケやらね!?」
「断る」
「うぉ、超即答! カメレオンが舌でハエを捕らえるくらいの速さで即答された! 何でだよぉ!」
「分かってるだろ、俺が体力無い事くらい」
「まぁまぁそう言わず! 鴉みたいにボーっと観てるだけでいいからさ!」
……ん? 観てるだけって……
「誰か他にいるのか?」
「あ、そう! 『ユキチャン』……じゃわかんないか。えっと……上仮屋雪梛っていうバスケ部の友達がいる! あといつも通り仁科さんとスイも一緒! せ~っかくオレが部活行こっかなぁって思ったら、今日体育館バレー部が全面使うらしくってさぁ! オレ、運わりぃ~! 急いだけど電車が目の前で出発しちゃって乗り継ぎに失敗したサラリーマン並だわぁ!」
普段から行けばいいだろ、と俺は呆れて言った。こいつは部活に行こうという気になった日に限っていつもバスケ部の練習が無いようで。俺が見た限り、三回中三回、そんな目に遭っている。正直まともに部活へ行っているところを見た事が無い。
「お願い、戰椰! 来てくれたらチョコやるから!」
チョコ……。
甘い物が好きな俺は、一瞬その誘惑につられそうになるが
「安いな」
「うぐ……じゃあサーティーワンアイス、シングル! これでどーよ!?」
「量が多い」
「マジかぁ! サーティーワンの提案断られた理由に量が多いとか、初めて言われたんだけど!」
「……チョコでいい。俺も暇だから」
よっしゃあ! と、拳を握る伍堂。
ただ見ているだけの俺を誘って、しかも代金にチョコまで使って何の意味があるんだか。
暇だからというのは事実だが、本当の理由は……
―――独りでいたら、またあんな思考を巡らせるに違いないだろうと思ったから。
「帰りの挨拶が終わったら、一組に迎えに行こうぜ! ユキチャンに連絡入れとく!」
そう言って伍堂は自席へ戻って、バックからスマホを取り出していじり始めた。きっと上仮屋雪梛という人物とメールのやり取りをしているのだろう。
上仮屋とはどんな人物なのだろうか? 名前と徒名を聞く限り、女子だと思うが……彼女を作ったのにいいのか?
まぁ多分仁科に嫉妬という感情は無いだろうし、皆が楽しく出来るならばそれでいいのかもしれない。
俺は机の引き出しから教科書やノートを取り出して、スクールバックの中へ入れる。
その中で一瞬見えたこのノートは。
「……あ」
そうだった。仁科にノートを借りていたんだ。なのに写し忘れてた。
仁科の方を見た。……只今英単語帳を開いて勉強中。進路でグダグダ悩んでいた俺は感心してしまう。邪魔しては悪いので、今は声を掛けるのを止めておこう。
先程のノートの件で大体分かっていると思うが、仁科は毎回定期テストで学年トップをキープしている優等生。高校受験でも仁科は一位を取ったらしく、高校の入学式で新入生代表として式辞までしていた。
これに対して。
ノートを写してない事に誇り高ぶっていた伍堂と藤代の二人はあまり頭が良くない。
ちらっと二人を見る。藤代と伍堂は席が前後、伍堂はいつの間にかメールを終えて藤代と二人で話している。周りがざわついているので声は聞こえないが、伍堂が顔を赤くしている事からきっと仁科との関係の話をしているのだろう。……そういえば頭の良くないこの二人は最近あった数学の小テストで最下位をどっちが取るかで勝負をしていたような気がする。
とまぁ百聞は一見に如かず、説明するより実際見た方がいい。あいつらは忘れているだろうが俺達は今から
「小テストやるぞ~! 席付け~!」
先生が声を張り上げる。
そう、俺達は今から英単語テストをやるのだ。仁科が勉強していたのはこの為。
言葉にならない叫びが教室内の二カ所からあがったが、その声をあげた主は言うまでもないな。
主人公、根暗でごめんなさい。
珠貴には戰椰の分も頑張ってもらおう。






