第38話 「そしてまた旅の空」
お待たせ致しました。
少し短めですがシンジ達の旅が再開します。
協会長に見送られ、早朝にシャナディを旅立った”アラベスクの金の風”の4人と6頭は2台の馬車を操りつつ、かつて黒の都市があった場所に荒れ狂う砂嵐を背後にして砂漠のほとりの街道を進んでいた。元はうすく草地であったであろう街道は軍靴の跡で荒れて砂だらけになっているようだった。
日暮れ前に泊まろうと、立ち寄ったこのキャラバン宿でも物資が少ない状況が続いているようで、積み込んできた少なくない補給品を高く買ってくれるなど、大海嘯の影響はそこかしこに残っているようだった。
「シンジ様。このキャラバン宿は”泉の像”が壊れて温浴施設が使えない状況になっているそうです。残念です、せっかくご主人様の背中を流せると思ったのですけど」
「それは残念だね・・・けっこう砂まみれで汗を流したかったんだけどね」
「キャラバン宿やのに、宿を囲む城壁も所々壊れて直っていないのもあかんな。野宿とさほど変わらへんもんな」
「そうなんです! おかげでゆっくり添い寝もできませんし!!」
「添い寝とか背中を流すとかはなくてもいいけど、安全でないのはいただけないね。多分各地のキャラバン宿で同じような状態で・・・復興の最中なんだろうね」
キャラバン宿とは、小さなオアシスや井戸を中心に砂漠を行き交うキャラバン達をオアシスで安全に休憩させるために建設された小さな砦のことである。規模は様々だが、概ね共通しているのは、城壁で囲われており、宿の中に馬車の駐車スペースがしっかりとってあり、城壁の内側に沿うように宿泊施設や旅の汗を流す水浴び場、食堂などが設えられているところである。当然、宿番がいるのが普通で、その命の源泉である井戸や泉が中央に設えられ、中庭に緑を配して利用するキャラバンを出迎えるのである。そして、街道の分岐拠点など、少し大きめのキャラバン宿では中央の泉の傍に半地下式の倉庫が作られ、傷みやすい食料などをいつも冷たい湧水の保冷効果で一時保管を請け負うところもある。
「キャラバン宿の残骸が残っているだけでもありがたいと思わないとね。さっき聞いたら砂に呑まれてなくなってしまったキャラバン宿もあるそうだから、この程度の損傷であれば御の字さ」
「あ、おいらは今日はキャラバン宿に部屋の空きがあっても部屋は借りなくていいニャ。にょろと戯れている途中で気がついたんニャけど、にょろの背中の小部屋が意外とひんやりしてるお部屋で寝るには最高だったニャ。暗くなるとあったかくなるニャ。」
小さいほうの馬車を引く扉カタツムリの”にょろ”と”にょろり”はそれぞれ背負う殻に小さな部屋を拵える生態がある。殻に扉がついていて、その中が空洞になって行き部屋になるのだ。野生ではそこで幼体を育てたり、取り置きの草を仕舞い込んだりするそうだが、買われている個体は空のままにしていることが多い。時々妖精や小型の魔物などが住み着くこともあり、定期的な掃除が必要でもある。
「・・・?」
呼ばれたと思ったのかにょろがアーシェラの方に目玉の片方を伸ばしてきた。器用なものである。
「いい子だニャ。今日はもう休むといいニャ。そこの潅木は食べてもいいらしいニャ。水はここに置いておくから、よく休むニャ。」
アーシェラの言葉に嬉しげに目玉を振る2頭。ゆらゆら、ゆらゆら。御者をしながらずっとこれを見ていると心地よい馬車の揺れに連動していてなんとも眠くなって危険でもある。
長旅の疲れか、アーシェラの頭も目玉の揺れに連動して舟をこぎ始めているようにも見える。
「アーシェラ、眠いのかい? 今日はよく頑張って御者をしていたからね。」
「ニぇ?」
「しょうがないな。ちょっと早いけど休むようにしようか。とりあえず宿の状況を見てくるから幌に入りっておきな、アーシェラ」
「ふぇ? ニャぁぃ・・・」
シンジの声も既に子守唄。舟をこぎ始めたアーシェラを見かねて、アーシェラを幌に入れて仮眠用の毛布を取り出しアーシェラを寝かせる。シンジ達のほかにはキャラバンはいないため、シンジは応急処置として城壁の外側に魔物避けの呪いを施しておくことにした。数ヶ月は効果のある設置型魔方陣のため、キャラバン宿の役にもたつだろう。
「さて、これでよし、と。見張りは宿の従業員にお願いするということで、ぐっすり休ませて貰おうかな」
一仕事終えたシンジは既に寝てしまっているアーシェラを希望通りにょろの殻の小部屋に寝かせ、ルミとルチアを伴って宿に入って休むことにしたのだった。
・・・
・・・・・・
翌朝。キャラバン宿を出た一行は東を目指して街道をまた進んでいた。御者席から眺めると元気良く目を振りながら進んでいく2頭の扉カタツムリと、その後ろをゆっくりついてくる荷物犬4頭立ての大型馬車の姿。今は空荷だが、アンキアで物資を仕入れればまた沢山になるだろう。
シンジ達は半日をかけて東へ--砂漠のほとりを越え、荒地の街道に差し掛かり、やがて潅木が生い茂るオアシスに到着した。
到着するとすぐに、シンジは動物達の綱をはずす。すると扉カタツムリは潅木に頭をつっこんで葉を食み始め。カーゴハウンドたちは渇いた喉を潤すために水場に寄っていきおいしそうに水を飲み始めた。
動物達を休ませている間に、シンジ達は簡易テントを張り終え、夕刻に向かう日差しの中、火を起こしお茶をすする。
潅木の中にはおそらくオリーブの原種類であろう潅木が実を付けていたりして、何か材料集めも出来そうな雰囲気だ。
泉のほうは崩れかけではあったが小さな水路があって、そこには小さな魚が泳ぐ影が見て取れた。水量も豊かで枯れない泉なのだろう。
「これだけ豊かなオアシスでもキャラバン宿にするには小さいのかな」
シンジであればここに宿を建設してみたくなる。水があるということは一番大事な生活の要素。さらにここは潅木もあり、食糧事情も明るそうだ。素朴に感じ、思わず漏れたシンジの独り言にルチアが応えた。
「おそらくやけど、ここもキャラバン宿の跡地なんやないかな。きっとずいぶん昔に放棄されたんやろう。みてみ。水路の崩れかけた後もそうやけど、あっちのほうには砂の小山にしか見えんけど、城壁の痕跡があるで。たぶんやけど、一度水が枯れてずいぶん経ってから水が戻ってきたんやろうね。再興されんかったんは今朝出発してきたキャラバン宿にその役割が取って代わられていたからやろうね。」
そういえば、昨日泊まった宿は、”泉の像”こそ壊れて温浴施設が稼動しなかったものの、少々の水不足も乗り切ることが出来るよう深い水槽が設置されていた。少ないながらも降る事がある雨を集める仕組みも設えられていた。ルチアが言うように一度泉が枯れる経験をした宿の人間の知恵なのだろう。
「なるほど・・・キャラバン宿そのものは移転をしているわけか・・・」
「せやで。さて、明日にはアンキアの玄関口、”ニオの関所”にたどり着くわ。空荷だと不審がられるかも知れへんから、ここで樽に水を積めるだけ積んで、水商人として街に入ることにしよか?」
「アンキアは河が近いから水には困らないのではないですか?」
「ああ。そこの川の水は飲料には向かない水みたいでね。近所から水を取り寄せていると聞いたことがあるよ」
「そうなんですか? では沢山持って行きましょう!」
シンジはゲーム時代のアンキアの都市設定に書かれていたことを思い出していた。”初心者”の町だけあって、砂漠のイロハを学ぶチュートリアルクエストが沢山あったが、その中にあった”水を求めて”というクエストは、砂漠での歩き方、水の確保の仕方、初めての戦闘を教えてくれた。
大きな町だから何でも揃うのだが、全部がそこで生み出されているわけではなく---だから各地からキャラバンが商品を持ち込み、得た富を持って各地に旅して、また商品を持ち帰るという旅を続けるのだ---”キャラバンで旅に出よう!”と銘打たれたプレイガイドにもそのように書かれていた。
「・・・そうだ。アンキアに支店を出そうとしたときに、アンキアの街に買える土地が余っていなかったら、ここまで戻ってキャラバン宿を兼ねた商店でも作っちゃおうか?」
キャラバン宿は行商人個人でも作ることが出来る。手続きとしては一番近い都市の商業ギルドに届けを出して、受理されれば建設の権利が発生することになる。完成できるかどうかはその個人の財力によるところだ。そして建設できる場所は街中だけではない。街道沿いもまた候補地になりえるのだ。
「そんな簡単にどうにかできるもんなん? 工事だって必要やろ?」
疑惑の眼差しのルチアに対していい笑顔で親指を立てるシンジ。
「土地さえ確保できれば無問題! クファンの拠点で経験したでしょ? 僕はこういうの得意なんだ」
ルミなどはさも当然とシンジの後ろで相槌を打っていたりする。
「そうですよ。ご主人様はすごいんです!!」
「・・・うん、はんぱないニャ・・・」
最近のルミのシンジへの崇拝ぶりがはんぱない。そう思ってもあえて突っ込みはしないアーシェラであった。
「ともかく、明日はアンキアにたどり着くニャ。話はそれからだニャ。」
夕暮れを背景に泉のほとりに設えた焚き火から火の粉が舞う。アンキアでこれからやることをあれこれ相談しながらシンジ達は夜を明かしたのだった。
ご覧いただきありがとうございました。
しばらくは数週間に1度程度のペースでの掲載になる予定です。
ではまた、次のお話で。




