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      閑話 シャナディのひと時

 シンジからご褒美の約束をGETしたルミはアーシェラとともにルチアの待機する宿営地に帰ってきた。


「ただいま戻りました」

「戻ったニャー」

「お疲れやね。あれ、シンジはんはおらんの?」

「まだ会議があるそうで、集会所に残りました。先に戻って食事を作っておくように言われたんです」

「したら、さっき倉庫をわかり易いように整理したばっかりやから、食材を見てくるとええで」


 馬車に備え付けられた簡易倉庫はクファンの拠点倉庫から運び出したもので、シンジのアイテムボックスのなかの一部の食材・材料を仕舞いこんであるものだった。ルチアが少し整理をして使いやすくしたらしい。


「じゃあ、ちょっと馬車まで行ってきますね」


 うきうきと足取りも軽く馬車のほうへ歩いていくルミを見送りつつ、ルチアがアーシェラに問う。


「なんやええことでもあったんか? ルミはんの浮かれ具合がマッハやで」

「シンジ様にご褒美を貰う約束をしたらしいニャ」

「さよか・・・それなら解るわ。ほんならしっかりルミはんを支援したらんとなぁ」

「おいらもご褒美がほしいから頑張るニャ?」

「さよか。ほんならアーシェラはんの支援もがんばるわ。自分らはまずはきちんとした飯作りからやね・・・」


 ため息をついたルチアの目に映ったのは、嬉しそうに両手いっぱいの食材を抱えたルミが簡易テントに戻ってくる姿だった。明らかに度を越えた量。一体何人に料理を振舞うつもりでいるのか。ルチアはルミの持ってきた食材から簡単に作れそうなレシピの食材を残し、あとは倉庫に仕舞いなおすように指示するのだった。



・・・

・・・・・・


 

 束の間の休息、協会長(ギルドマスター)から今日ぐらいは早めに身体を休めるように言われたシンジは皆の待つ宿営地に帰ってきた。馬車を停めて傍にゲルを建てただけの簡易な作りのそこからは良い匂いが漂い始めていた。


「戻ったよ。」

「お帰りなさいませ、シンジ様」

「おつかれさんやね」

「お疲れニャー」


 ゲルに入ったシンジを温かく迎えてくれる3人。


「ささ、お座り下さい。食事を用意しておきましたのでお召し上がり下さい」


 嬉しそうな表情でルミが食事を勧めてくる。ふと、何も食べずに作戦に参加していたことを思い出したシンジの腹が鳴った。作戦実行中はそれなりに緊張しており、空腹を忘れていたのだ。


「おお。なんだか香りをかいだら・・・どうやらおなかがすいていたみたいだ・・・準備ありがとうね、ルミ。」

「いえいえ。3人で頑張りましたから、ルチアにもアーシェラにも労いの言葉をかけてあげてください」

「うん。ありがとうね、ルチア、アーシェラ」

「なんや改まって礼を言われると恥ずかしゅうなるな。ささ、皆も食べずに待っててん。はよ食べよ?」

「おなか・・・すいてるニャ・・・」

「じゃあ、いただこうかな。・・・いただきます!」

「「「いただきます!」」」


 用意された食事はライ麦の種無しパンとトマトが沢山入ったトカゲ鳥のスープ、それに口直しのチャイである。もちろんどれもよく仕込まれていて良い匂いをさせていて、味ももちろん美味しい。特にトカゲ鳥のトマトスープは絶品であった。


「これ・・・良く出来てるね。トマトの酸味がいいアクセントで、トカゲ鳥のだしも良く効いてる。肉もぱさぱさしてないし、かなり頑張ったみたいだね?」

「おもにルミが仕込みで頑張っとったな。トカゲ鳥は下処理でよくもむ作業をせなあかんのやけど、1時間くらい一心不乱にもんどったもんな?」

「あ、ええと・・・それは色々考え事をしてたら揉み過ぎちゃったというかなんと言うかですね・・・」

「モグモグ、そういふぇ(え)ば、ルミちゃんほっぺを真っ赤にしながらなにかぶつぶつ唱えていたニャ。美味しくなる呪文?」

「そんな呪文なんてあったかな・・・記憶にないな」


 スキルマスターのシンジのリストにだってそんなスキル・呪文の類はありはしない。


「え、えとですね。。。ごほうびは何を頂こうかと考えながらやってまして・・・」


 と、言いながら既にルミの頬はトマト並に赤い。


「せやせや。ご褒美はなにを貰うか決めたん?」

「おいらはあの燻製を丸ごと一匹ほしいニャ!」

「即物やな・・・アーシェラはん・・・」

「ルチアは何がいいんだい?」

「ウチは前にシンジはんがいうとった「ソロ・バン」という武器がほしいなぁ」

「ん~。多分倉庫にあったと思うから後で探しておくよ。じゃ、ルミは?」

「わたしは・・・きっキスと、添い寝をしてください・・・」


 途端に半目でニヤニヤしだすルチア、そんな普通なので良いの? と不思議そうな顔のアーシェラ。しかし、ルミは必死だった。頬を染めてモジモジしている。


「ん。じゃ、ルミ、目をつぶって。」

「えっ、えっ!? 心の、準備がっ」


 チュ。


 おでこに軽いキス。


「ぶぅ~。おでこじゃないのが良いですぅ」

「おっ、ルミはん、宣戦ののろしをあげたでぇ~。シンジはんはこれに対しどう出るか!」

「ん~? おでこじゃなければほっぺがいいのかい?」

「ちゃ・ん・と! 恋人のキスが良いです!!」

「おおお~。言い切ったな、ルミはん。恋人関係を要求するルミはんの攻撃! さあシンジはんはどう出るか!」

「いや、どう出るって・・・」

<あらあら、私の旦那様に手を出そうなんて100年早くてよ>

<アウラ様・・・。ルミも、シンジ様は一応私の婚約者なんですが・・・>


 急に割って入った念話は竜族の二人だ。”よろづ屋”で待機してもらっていたため、馬車の通信機能を通じて会話が聞こえてしまったらしい。


「あ、あ、あのあの、ルミはアウラさんからも、オリビア様からも横取りしたいわけではありませんで!?」


 すっかり取り乱したルミ。獣人であるためか、アウラの本性からあふれ出す雰囲気にばっちり呑まれてしまっているようだ。


<恋は! 戦争!!!>


 突然言い放たれた念話の主はミカエラだった。シンジの周りで巻き起こる事象を愉しんでいるその姿はまるで悪戯好きな姉のようなポジションだ。こちらにはアウラたちがパーティ念話で会話したせいで気付かれてしまったらしい。


「ミカエラさん・・・だから、その台詞は一体なんですかと・・・」

「いいわね! 恋は戦争! 手始めの対戦相手は子猫ちゃんからかな~?」

「ル、ルミは犬ですぅ・・・」


 転移陣から姿を現し、ルミの頭をがしがし撫でながら、からかうアウラ。その後ろでは苦笑しながら転移してきたオリビアの姿もある。


<まぁ、死人が出ない程度に頑張ってね。と、そろそろ夜警の順番だから行ってくるわ>


 煽るだけ煽って連絡を絶つミカエラ。通信が終わったところでアウラ、オリビア、ルミがシンジを囲んで座る、という構図が発生していた。ちなみにルチアとアーシェラは解説席である。


「では。第一回! シンジはん争奪選手権開催やで~。はじめの競技はなんや?」

「競技というか・・・まずは胃袋を掴む選手権ね! 初手は既にルミがリード中だから・・・私とオリビアであまーく蕩けさせるデザートでも作りましょうか」

「承知しましたアウラ様」

「んじゃ、ルミはんうちらも敵さんのお手並み拝見やで。」

「デザートですか・・・わたしには難しい技を・・・」


 夜だというのに騒がしく簡易倉庫に食材を探しに行く一行にシンジが声を掛ける。


「んじゃちょっと、デザートが出来上がるまでそこらを一回りしてくるからよろしくね。あ、ルミ、夕ご飯ご馳走様でした」

「あ、はい! お粗末さまでした!!」


 そしてアウラ達は騒がしく吼え始めたリフトハウンドの遠吠えをBGMに倉庫で食材探しを始めたのだった。



・・・

・・・・・・



 シンジが散歩(てきのはいじょ)から戻ってくるとゲルの周りにはリンゴの香りが漂っていた。甘露草の絞り汁と一緒に煮詰めてコンポートにしたものを、生地に載せて焼くデザートにするのだという。


「なんかアップルパイみたいだな」

「ええ、アップルパイですよ。シンジ様は・・・たしかスキル魔法で【アップルパイ】をお持ちだったと思いますが、1から作るとスキル魔法で作ったものよりも味に深みが出せるんです」

「そうなんだ・・・」


 スキル魔法の中には食料をいきなり作り出す魔法がある。【アップルパイ】もその一つで、小麦粉・砂糖・油・アップル・香辛料を混合鍋に入れた状態で発動させると、分量にあわせたアップルパイがあっという間に完成する、という魔法である。

 ゲームの中での食料の立ち位置は0になると行動不能に陥る”満腹値”を上げるためのものであったが、デザートには追加効果としてエンチャント付加の効果が付いているものが多く、好んで食べられていた。中でもアップルパイは暫くの間HPの上限値を上昇させる効果を持っており、一番出回っていたデザートであった。


「手作りのほうが美味しいのか。やっぱりHP上昇効果もあったりするの?」

「そうですね。多分あるんじゃないでしょうか。私自身はそれを知る術がないのでわかりませんけど」

「効果はちゃんとあるわよ。伸びしろは変わらないけどね」


 アウラはちゃんと把握しているらしい。


「ゲームと違うところは連続して沢山食べようとしてもおなかいっぱいで食べられないことぐらいかしら」

「まぁ、確かに・・・胃袋に限界がありますしね・・・」


 ゲームのときとの決定的な差。それは満腹値のゲージ表示はないにしても、満腹になってしまうと物理的にそれ以上の食事が出来ない、というところだった。デザートを食べまくってエンチャントの重ねがけをする、という無謀な行為は大食いチャンピオンでもない限り無理な話なのである。


「さあ、あとはこれをダッチオーブンでじっくり焼けば完成ね。出来上がったら皆で食べましょう」


 周囲に甘い香りを漂わせ、焼かれていくアップルパイ。そしてダッチオーブンがかけられた焚き火の周囲にはデザートのレシピ談義に花を咲かせる女性陣。香辛料を練りこむタイミングの話や、焼き加減の話など、実に楽しそうだ。


「そういえば、アウラとオリビアは料理関係のスキルを持っているの?」

「一般スキルとしての料理は持っているわ」

「私は特級厨師のスキルまで持っています。龍髭面も作れますよ?」


 思っていたより本格派のオリビア。ルミやルチアは目を丸くしている。


「ウチはアウラはんといっしょや。最低限のスキルをもっとるだけやで」

「わたしは・・・サバイバルで頑張ってますケド・・・」


 どうやらルミは料理スキルを持っておらず、サバイバルで頑張っていたらしい。若干野生的な料理に傾いているな、と思ったらそういう理由があったらしい。ただ、今回のたびの中でも結構な頻度で料理を手伝っているので、おそらく低レベルで料理スキルを修得している可能性が高い。


「最近上手になってるから、多分料理スキルも取得できてるんじゃないかな? 今度神殿でスキルチェックをやってもらうとわかるよ」

「そうですか? えへへ、ルミはシンジ様に買っていただいてから良いことばかりです。今のままでも充分にご褒美を頂いているなぁってなんとなく感じたんです。」

「せやけどな。自分の気持ちも大切にせなあかんて。気持ちだけはしっかり伝えなあかんと思うわ。表わすことと隠すことの差は天地やで」

「そうですね。この気持ちを聞いてもらって返事を頂く。結果はどうあれ、それが今一番大事なことなんですね。」


 黙って肯くルチア。そのままその視線をシンジに向ける。


「ああ、わかったよ。皆の前だとあれだろうから転移陣のほうで聞かせてもらうよ」


 穏やかに微笑むシンジ。オリビアもアウラもそこに口出しをすることはなかった。



・・・

・・・・・・



「さあ、聞かせてもらうよ。盗聴してそうな一切は全部停止させてるから大丈夫」


 穏やかな笑顔のままシンジがルミを促す。ルミは頬を染めながら言葉に気持ちを表した。


「いつもシンジ様に感謝しています。命が危ないところを救って頂いたこと、奴隷であるわたしを不自由のない普通の人と同じように生活させて頂いていること。そして今、気持ちを聞いてくださっていること。」


 ルミは一息つくと真っ直ぐにシンジの瞳を捕らえ、言い切った。


「愛しています、シンジ様。できれば(つがい)になっていただきたいです。」


 シンジは穏やかな笑みを浮かべたまま、静かに口を開く。


「気持ちを伝えてくれてありがとう。僕はルミのことももちろん愛しているし、パーティのほかの皆のことも愛しているんだ。でも結婚の約束は確約できない。いままで話したこともなかったけど、僕は帰りたいところがあるんだ。今はまだその帰り道もわからないんだけどね。そしてそこに帰ってしまったらもう多分、二度とここへは帰って来れない。そういう場所なんだ。」


 シンジの話をルミは大人しく聞いていた。


「帰れることが判ってしまったら、きっと僕は帰ってしまう。それこそ、全てを置き去りにしてしまって。そんな男が配偶者をこちらで持つわけにもいかないと、そういう気持ちが強くてオリビアのことも断っているんだよ」

「わたしでしたら、シンジ様に何処までも付いて行く事ができます! ルミは奴隷です! 主人の所有物です! シンジ様がお帰りになるなら連れて行ってください!!」


 必死な形相で懇願するルミの頭に手を置くとシンジは先を続けた。目線は虚空を見つめていた。

 

「本当に、気持ちは嬉しい。でもそこに連れて行くことは多分出来ないだろう。ルミだけじゃない。この世界の誰も、きっとそこに一緒に連れ帰ることはできはしないのだから」

「・・・それでもっ」

「でもね、ルミ。 そんな気持ちだった僕だけど、最近は少し変わりつつあるんだ」

「えっ」

「このままここで土に返るまで生きていくのも良いかな、とほんのちょっと思えはじめたんだ。こんなに健気なルミもいることだしね」

「・・・」

「でもまだ今までの気持ちも大きく残っているし、正直気持ちの整理がついていない。それとルミ以外にも同じようなことを正面を向いて答えなければいけない人たちが居るからね。オリビアやアウラ、そしてミカエラにもね。だから・・・ルミの気持ちに対する返事はしばらく待ってもらえるかな。悩んでしまうくらいルミのことは気になっているんだから、多分悪いようにはならないと思うし、ね」

「あ、あのその、わ、私は別に側室でもなんでも良いですから、他の方をお選びになってもお傍において下さればそれでいいですから!!」


 すこし光るものを目端に浮かべた大きな瞳をシンジに向けて、頬が真っ赤なままにお願いをする。


「まあ、前向きに検討するから。今はこれで我慢して」


 ゆっくりとルミの顔にかぶさる様に顔を近づけ、口づけするシンジ。親愛する者にするようなそれを受け、目をつぶったルミの目尻から涙が零れ落ちた。

 しばらくそうしていたシンジだったが離れ際、ルミの首にそっとペンダントをかけた。


「今日のお礼も兼ねてこれをプレゼントするよ。このペンダントはルミのことを護ってくれるまじないさ。」

「ありがとうございます。・・・そしてシンジ様が心をお決めになるのをお待ちしています。」

「うん。申し訳ないけど、そうしてくれると嬉しい。じゃあ、皆も待っているだろうし今日は戻って休もう


 焚き火を囲む皆の元に戻るシンジにぴったりと寄り添うように着いていくルミの尻尾は嬉しげに振られていた。その晩はルミ自身がいささか呑みすぎて気を失うように眠り込み、寝床までシンジが抱き上げて運んでいったことをルミは知らない。



・・・

・・・・・・



「・・・という夢を見たのニャ。」


翌朝。アーシェラの一言で一気に目が覚めるルミ。


「えっ? えっ!?」


あわてて自分の胸を探るとそこにはシンジに貰ったあのペンダントがあった。


「ふぅ・・・ とりあえず夢じゃなかった・・・悪い冗談はおやめ下さい、アーシェラ様・・・」

「昨日はルミもかなり機嫌よく酔っ払っていたニャ。 いいことがあったんだろうニャーとは思ったからこそ、朝からからかってみたんニャけど・・・よほど良いことだったんだニャ? いいなぁ。おいらも良いこと起きてくれニャいかなぁ・・・」


うらやましそうにルミを見るアーシェラ。

そんなアーシェラに事が起きるのはもう暫くしてからである。



お待たせしました、閑話になります。

カギ十字の生き残りを次元牢獄に閉じ込めた前後の時間軸でのお話です。

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