第35話 「やってきた大海嘯 その7」
シャナディの冒険協会の面々は、連行してきたカギ十字のアリア川の中州の牢獄への収監作業を進めていた。しかし、その収監作業も一筋縄ではいかなかった。
当初、捕虜達は100人捕らえられていた。しかし一晩が過ぎると、その人数は90人に減ってしまっていたのだ。
捕らえた敵は全員縛り上げられていたし、隙をついて逃げ出さないように複数の見張りを置いて厳重に番をしてもいた。しかし、その中の10人だけが、何らかの手段で逃げ出したと思われるのだ。薄く光を発して縄だけが遺されその姿が掻き消えた、という見張りの報告からすると、魔法的な何かで逃げ出したのだろうと結論付けられた。簡易的に留置をする場合、魔法を防ぐ手段がなかったからである。
とにかく逃がすことなく牢獄へつれてこられた90人については問題なく収監することが出来たのである。
早速、捕らえた者を尋問し、攻めて来た目的や、残る人員の規模などを聞き出そうと話しかけたが、捕虜90人の誰に話しかけてもその口から出るのは意味不明な言葉だった。目はうつろ、何処か明後日を見つめている。彼らは全員なんらかの異常状態になっているかも知れず、それをどうにかした上で尋問をし、事態を解明するには時間がかかりそうであった。
「まさか、言葉が通じないとは思わなかったな。」
「身なりからすればかなり高い階級の人間だろうから、識字や会話には長けているはずだが、こっちの日常文字すらわからないとなるとなぁ・・・まあ、目の焦点もおかしいから、何らかの口封じをされている可能性は高いが」
「連中がわずかに持っていた文書の文字のほうは一旦、遺跡探査チームに回すそうだ。文字は奴らの専門だからな。何かわかればいいが」
「文字の解読となれば暫くかかるな・・・とすると残ったあの大部隊の対処はこのまま情報なしで進めるしかないのか・・・」
そんなこともあって、冒険協会の上層部もあの軍団の対処・対応を決めかねていたのだった。
・・・
・・・・・・
冒険協会の首脳陣が頭を悩ませていた頃、アリア川がシャナディの街壁に差し掛かるその付近で蠢く人影があった。
「緊急転移で脱出が出来たのはこの4人か。残りはどうなったか判るか?」
「90人はそもそも緊急転移の魔具が壊れていたようです。”虜囚になるならば死を”の掟に従い各自自殺用の毒をあおった筈です。」
「”虜囚になるならば死を”・・・か。精神自殺薬を使わせた訳だな。よし、敵方に情報が漏れることはこれで防げるな」
「ここにいない6名はランダム転移の事故でロストした模様です。応答・反応がありません」
「座標固定無しの上に、高低差が激しい砂丘の只中だったからな。ロストした者も情報をもらすことはないし、この4名もあるいは・・・。まあ、虜囚を免れロストからも免れたとなれば本当に幸運だったと言わざるを得まい」
「それで、部隊長、我々はこれからどのように行動いたしましょうか。」
「そうだな。これだけの失態をしたのだから本隊への復帰などできるはずもない。同じ死ぬにしても・・・枢機卿や大神官の仇をとらずに死ぬわけにも行くまい。・・・そうだな。城門の上で大魔法を展開していた者を探し出し、なんとしても倒そう。ヤツがいる限りこの国は落とせない。どうせ魔法使いは魔法しか使えないから接近戦で一気に勝負をかけよう」
「と、すればまずは捜索からですな。潜伏するのにこの鎧は目立ちます。そこで見つけてきたローブがありますから、これを着用して闇に紛れ、この魔法探知装置であの魔法使い魔法パターンを探しましょう」
「地道ではあるが、魔法を使えば居場所は判る、か。よし、さっそく作戦決行だ」
鎧を捨て、ボロのローブを纏った4人の暗殺者が宵闇のシャナディを探索する。
「部隊長。ほぼあの魔法使いと同じと思われるパターンを検知しました・・・が・・・」
「どうかしたか? 堅牢な屋敷であるならば爆雷石を使ってでも門をこじ開け、探し出して倒すまでだ」
「いえ・・・そこのボロ小屋の隣のテントに居る様なのです。大魔法使いがこんなみすぼらしい扱いを受けるとは到底思えませんが・・・それともこの国は魔法使いの地位が低いのでしょうか?」
「定住の住処を与えられない程度の地位だと? 魔法使いはその存在だけで力在る存在だ。こんな扱いのわけはない。とするとここは罠か・・・? 他には反応が出ている場所はないのか?」
「・・・いえ、確かに反応はここだけです」
そこには馬小屋に繋がれのんびり草を食むにょろり達とその横に建てられたシンジ達のゲルがあった。
夕食を食べ終わり、賑やかに談笑している姿がそこにあった。
「数は6人。男1人に女5人、簡単に制圧可能だな。よし、間違っていようが構うまい。倒すぞ!!」
部隊長の小声での指示の下、4つの影が行動を開始した。
・・・
・・・・・・
「オォオオーーーン」
突如遠吠えを始めたリフトハウンド達。シンジはこの賢い仲間たちが、何者か接近すると遠吠えを始めることは旅の中で良くわかっていた。そしてシンジ自身のパッシブスキル【危険感知】にもばっちり忍び歩きをしてくる4人の存在が引っかかっていた。彼らの隠密能力はきっと高いのだろうが、スキルマスターと比べれば少々のレベルの暗殺者といえど赤子も同然である。
<アウラ、オリビア。ちょっとお客さんのようだから、皆のことは頼むね>
<了解よ>
<承知いたしました>
シンジは二人にすばやく念話でお願いを済ませると用を足しに行く風情でゲルから離れていく。もちろん、4人の暗殺者はシンジがこちらに気がついていることなど知る由もなく、単独で行動をはじめた愚か者を始末する好機と見ていた。
「都合がいいことに男が一人で孤立したな。行った先でまずはメインターゲットから仕留めよう」
無言で頷きあい、シンジを囲むように接近する4人。リフトハウンドの遠吠えはまだ続いている。
(これで・・・サヨナラだ!)
シンジの背後に忍び寄り、普通の服と思しき装備の上から心臓付近を狙った短剣の一撃を繰り出す暗殺者。のこる3人はシンジをその場から逃さないために、3方から取り囲むように一斉に飛び掛った。
「拘束せよ【荒地の蔦】」
まさに飛び掛ったその瞬間。スキル魔法の呟きとともに、男達はその場に縫いとめられた。ここに来て暗殺者達は罠にはまったことに気が付いたのであった。
「くっ!? この魔法は・・・振り払えん!」」
「短剣で裂いてもすぐに次の蔦が・・・」
「貴様っやはりあの魔法使いだなっ! くそ、まさか隠密すら通じぬとは・・・抜かった・・・」
ゆっくりと男達を見回すシンジ。
「ハイドインシャドーからのバックスタブ。古式ゆかしい暗殺術だけど、ハイドインシャドーに失敗すると無防備になっちゃうんだよね」
男達はシンジが何を言っているのか理解できない。言葉はわかるが意味がわからないのだ。
「な、なにを言っているんだ」
「あ。やっぱり言葉は古代語なんだね。自動翻訳・言語表示モードはホント助かるな」
「!! 貴様、我らと同じ言葉を! まさか裏切りものか!?」
指を一本立てて左右にチチチと振るシンジ。
「そんなわけないだろう? さて、あっけなく捕まっているんだけど、何かご感想は?」
「こんな魔法程度、すぐに解除して・・・マナキャンセラも効かない!!」
「魔法体系が決定的に違うんだろうね。色々準備したようだけど、肝心の謙虚な心持ってやつの準備が足りなかったんだね。」
「くっ、蛮族のクセに知ったような口をききおって・・・”虜囚になるなら死を!!”」
もはや逃れられないと悟った部隊長が自殺のためのキーワードを唱える。
「ああ、物騒な毒はちゃちゃっと解毒済みだから大丈夫だよ」
「くそっ、死すら・・・」
「じゃあ、暫く亜空間で反省してきてね。暗き牢獄の門よ開け【次元牢獄】」
地面からせり上がってくる巨大な牢獄の門。【荒地の蔦】に絡め捕られた男達がすべてそこに吸い込まれていく。
「そうだね。気力が尽きるまで反省してくるといいよ。そこは腹は減るけど飢えはしない特別な牢獄だ。隣の人も居て居ない隔離空間になるらしいから。じゃあごゆっくり」
「こ、この!! 誰か!たすけ・・・」
がこん。
重い響きを残して牢獄の門が閉ざされる。そしてその姿をまた地中に没させていった。
「とりあえず、めんどくさそうな連中はこれで暫く排除できたな。あとは本隊と接触をもつなりして次の対策を考えないと・・・協会長とも相談してみるか」
【次元牢獄】の発動を見送ったシンジが仲間たちの居るゲルに戻っていく。これから検討しなくてはならないことが山積みになっている。ある程度の能力を示しつつ、事態の収拾活動が必要そうだった。
シンジがゲルに戻るのと入れ違いにゲルから出てきたアウラが馬小屋に繋がれたリフトハウンド達の頭を撫でながら空を見上げていた。
「さて。箱庭の住人が箱から出たわ。彼らが目指すのは果たして楽園なのかしら。私の想い人も本気になったようだし・・・いろいろ楽しみにしていましょう」
やがて有明の月がその影を砂漠に落とし始め、アウラの足元から細長く影が伸びる。そして・・・砂漠の夜が開ける。
いつもご覧頂きありがとうございます。
掲載が遅くなりましてすいません。
次回は閑話の予定です。




