第33話 「やってきた大海嘯 その5」
大規模戦闘があったその夜。
シャナディでは、辛くも敵を撃退できたこともあり、一息つける夜になっていた。
しかし、遠方からの魔法攻撃によってあのカギ十字達が大ダメージを受けたことはたしかだが、壊滅をしたわけでもない。
防衛側の半分は休息中したが、斥候部隊の警戒は怠ることなく実施されていた。
「やはり砂漠のほとりは夜になると冷えるな。今日は新月で月がない分暗いしな・・・月の明りであってもあるのとないのとでは印象も違うな」
「昨日までのあの煌々とした光を放つ塔がなくなってることもこの違和感の正体だろうな」
「まぁ、多少暗くてもこの近辺は特に砂丘が少ないから、”隠密”のスキルが使いづらいことが救いかもしれんな」
「ん、ちょっとまて。彼方の砂丘の左稜線のはしに動く影が・・・」
彼の目が捕らえたのは黒く、一見するとただの砂埃に見えなくも無い”何かの群れ”が2、000メルテ先の砂丘の縁を沿うように移動している姿だった。
「数は・・・100前後か。多分隠密部隊で、工作かなにかを仕掛けに来ている可能性が高いな」
「見張りはツーマンセルだし・・・蹴散らすには彼我の戦力差が圧倒的過ぎるか・・・よし。」
やおら連絡笛を取り出すと、高音を吹いて街壁の待機組に連絡を取る。モール符号と同じ原理で音の長短で符号を形成し、決められた暗号をやり取りするというものだ。鳥のさえずりの音にも似ていることから”さえずり通信”と呼ばれ、冒険者達が仲間内ごとに違う符丁を持った暗号連絡手段にもなっている。
「事情はこれで伝わったはずだが・・・お、返信が来たな」
同じように甲高い音で返信が来る。
「指示は・・・”油断を誘って一網打尽作戦”か。よし、相棒、いったんこの場は引き上げて街門まで引くぞ。街門の綻びを囮にして一気に無力化する作戦でいくらしい」
「まぁ、100人程度ならそれで大丈夫か。よし戻ろう」
そして街壁の外から人の気配がなくなったのである。
・・・
・・・・・・
傀儡達の行軍は順調だった。砂丘の稜線にそって姿勢を低くしたまま走る、”地奔り”によって敵の索敵をかわす作戦だったが、うまいこと見張りが何も気がつかず砦の中に引っ込んだようだ。
「見張りが交代の時間らしい。見張り不在の状況を利用してこのまま接近、まずは付け入るところを探す。数人ずつの班に分かれて一旦散開、半刻後にもう一度ここへ集合する。状況によってはそのまま傀儡を攻め込ませても良い! では作戦開始!」
「はっ!」
傀儡を操る本体は全員同じ場所に居るため、互いの連絡密度は非常に高い。神殿騎士団が強力な集団であるのはここにも理由があったのだった。ただし、傀儡と本体の距離はそれほど離れることが出来ず、せいぜい最大でも2,000メルテであり、この距離が傀儡操作の限界であった。
「団長、すぐに見て取れる防護の薄いところは城門です。何かの衝撃で崩れたのか、門をきっちり閉めることができないようです。修理のやぐらが見えますから、数日で修理されてしまうと思われます。」
「ほかで手薄に見えるのは河の岸辺です。壁がないので攻め込む障害はありませんが、河の深さが不明なため、そこからの突破が得策かどうかはわかりませんでした」
「見る限りマナによる動力はあまり見られませんでしたので、”暴食の車”を動員しても防衛側の守りを崩す効果は薄いと思われます」
「空に対してはほぼ無防備です。本国と違うため今回の行軍では航空戦力を装備しておらず、空からの侵攻は不可能ですが・・・」
報告は続々集まってきた。やはり一番大きな隙は城門が壊れているところだろう。修理を終わらせる前に1点突破でそこから占領に移る。
作戦は傀儡100に陣頭指揮を執らせたゴーレム500体での一点突破。一度遠めにゴーレムを配置し、敵が出てきたあたりで城門のすぐそばにゴーレムを召喚しなおし、速やかに占領作戦を実施、内部への侵攻拠点を押さえる、というものである。
相手方も殆どが休息中であろうから、この作戦はほぼ成功するに違いない。
・・・愚かな作戦指揮者は、そう思っていた。
南面で戦闘をしている部隊から拠点を一つ占領した、というニュースが彼らを助長させ油断に近いものを生んでいたことも増長に一役買ったことは言うまでもない。
・・・
・・・・・・
そのころシャナディの冒険協会では緊急会議が開かれていた。
「なるほど・・・100人ほどの集団か。他にもちらちらと斥候がいるのか」
宵闇に紛れ、姿が判別しづらかったものの、街壁の見張り以外にも斥候らしき人影を見つけた見張りが数名いたのだ。
「やはり、大人しく夜を越えさせてはくれなさそうだな・・・」
これから対策を本格的に考えようとした矢先。会議室の扉が開いて怒鳴り声とともに協会員が駆け込んできた。
「皆!聞いてくれ!!白銀山脈の向こう側で派手な火柱が上がっていると、冒険協会の緊急通信網から報告があった!!」
「火柱・・・?!」
「そうだ。山脈を優に越える高さの火柱が複数本上がり、轟音が響いたという報告が届いたそうだ。事実、夕暮れを過ぎ去っているのに白銀山脈が赤く染まるのを目撃した者が多数居る」
「まさか。奴ら・・・山脈の向こう側でも何かやっているというのか!?」
「ばかな・・・あの山はけして越えられない凍て付く大地。龍が住まう土地ではないか・・・」
突然にざわつき始める会議場。協会長から直々に呼び出しを受けていたシンジもたまたまその報を聞いてしまい、驚いてしまった。脳裏にすっと思い浮かんだのは龍の街とそこに暮らす人々。
<シルビアッ! そっちになにか異変があったのか!?>
<っ~~! いきなり大出力で念話を飛ばさないで!! びっくりしたでしょう・・・と、こちらは特に平和ですよ? ちょっと南方で火柱が上がっているのが見えましたけど>
<ゑ? 龍の街での出来事ではないってこと? はあぁあぁあぁああ。よかった・・・>
<アレは多分。南に広がる別大陸での現象じゃないかしら。白銀山脈には神が施した巨大な結界があるせいでこちらとの行き来は出来ないけど>
<そ、そうか・・・実害がないならいいんだ。ちょっとびっくりする話を聞いちゃったものだから・・・>
<気に掛けていただいて嬉しいですわ。是非、その気持ちをオリビア姉様にも。>
<ああ。じゃあ、何かあったらすぐ連絡するんだよ!>
<承知しましたわ。では>
ざわつく中、シンジが話し出す。
「多分、龍が追い払ったかなにかで火柱が上がったのでしょう。触らぬ神に祟りなしといいますしね・・・思い切りちょっかいを出して祟られたんでしょう。昨日の強力な攻撃も龍の攻撃”竜撃”の特徴があったので、間違って手を出した結果でしょうし」
「貴殿は龍に会ったことがあるんだな・・・そうか。こちらに影響がなければそれで良いんだが」
協会長は一旦ため息をつくとすぐに会議場を見回し、話を戻して会議を促した。
「まぁ今は対岸の火事よりこちらの防衛を考えよう。見張りからの報告のとおり、斥候がやってきてシャナディの状況を確認して帰ったようだ。外から見ても一番手薄に見えるのはやはり街門だろう。実際はとある魔法使いに頼んで表から見えないところにサンドコフィンの壁を作って防衛しやすくしてあるから問題ないんだが、奴らは当然知らないわけだ。ここ街門を囮にして敵軍を一網打尽にできる方法を考えたいな」
「なるほど。そうすると想定される相手の人数を検討しないと」
「おそらく200~300程度の人数でしょう。やりあったときの集団の1ユニットがそれぐらいだったそうですし、夜間で出来る限りの静粛行動が出来る限界の人数もありますし」
「落とし穴に全員落下させたりすると面白いんだろうな。時間的にも厳しいだろうからありえないが」
「門の上から落石攻撃もえげつなくて良いですよ?」
「範囲魔法で一気に片を付けるのも一考の価値がありますね」
「矢の雨を降らすとか」
「・・・これって平和解決の道は探らなくていいんだよな?」
「思い切り敵対行動をとってきたからこっちも同じ反撃で良いんじゃないか?」
「そういえば相手ってゴーレムなんだよな?」
「操作者はいるだろうが、殆どはフレッシュゴーレムだったらしいな」
「遠慮はあまりしなくても良いか」
皆が意見を交わす中、シンジと協会長の目が合ってしまった。
「・・・丁度魔法使いが居たな。シンジ、ちょっとこっちへ。」
「はい?」
「お前の師匠秘伝の大魔法でなんとかならんか?」
「シンジ様、お師匠さまなんていましたっけ?」
(ルミ、ここは話をあわせて・・・)
「ええ。最後のスクロールなら一つあります。サンダーレインは既に使ってしまいましたのでもうありませんが」
「えっあの大魔法、あのハーフエルフの放った魔法だったのか」
「魔法使いには見えん格好だが・・・」
「スクロールならまぁ、ありえるな。魔法剣士という噂だったし。そうか、まだ手段があるか」
「よし。じゃあ、それを携えて街門のすぐ上で待機だな。詳しいところはあとで個別に話そう」
「了解しました」
「よし、じゃあ他のメンバーは街門以外の手薄そうなところへ散ってくれ。正直、どこから忍び込んでくるかも判ったものじゃないからな。では、解散!」
会議が解散し、それぞれが持ち場に散っていく中、シンジとルミ、アーシェラは協会長に連れられて協会長室に通されていた。
「もう隠さなくても判ってるから、お供の二人も気楽にしてくれるか。それで、撃退は可能だろうか?」
「相手の装備にもよりますが、半端な魔法ではたとえ大魔法で攻撃したとしてもその効力は低いでしょう」
「サンダーレインでも効果が薄かったのはやはり相手が対策をしていたからなのか」
「おそらくそうです。プロテクション的ななにかで防御していたようで。ただ、圧倒的な物理法則には勝てないようですね。竜撃に耐え切れなかったところを見ると。」
「出来る限りの物理攻撃が伴う魔法で当たれば、というところか・・・」
顎に人差し指を当てて考え込む風情の協会長。手駒でできることを考えているようだ。
そんな協会長をよそにルミがシンジに疑問を投げる。
「それで、シンジ様のお師匠様の魔法ってなんです?」
「ああ、それは協会長が気を使ってくれただけだよ」
「???」
はてなマークが乱れ飛んでいるルミ。まだまだシンジのことを知りたいらしく、興味津々なのだ。
「だろうニャ。シンジは本人が偉大な魔法使いニャ。あまり皆に知られたくないだけニャ」
アーシェラはだいたい察しが付いているようで、このあたりの大人の事情にはあまり突っ込んでこない。シンジとしてもそのほうが話を進めやすくて良いようだ。
しかし、ルミはそうもいかない。小声でシンジにお願いを始めたようだ。
(シンジ様、わたしは皆にご主人様自慢したいです・・・)
(気持ちは判るけど、ここは我慢してくれないか・・・あとでご褒美上げるから)
(ほんとですね? 本気にしますからね?)
(ああ、ほんとにほんと、頼むよ)
とりあえず、ご褒美はGET。それだけで機嫌を良くするルミであった。毛づくろいが良いだろうか、それとも頭を撫でて貰おうか。それとも・・・妄想の翼はあさっての方向に羽ばたいていく。
とりあえず内緒話が終わったことを察した協会長が話を戻す。
「まぁ、わかる人間が見ればわかると言うだけのことことだ。安心してくれシンジ。この苦境さえ乗り越えればきっぱり忘れたことにしておくからな!」
「まぁ、毎度頼られたらお断りしちゃうと思いますからね・・・」
「それにしても最大の物理攻撃・・・ですか。前にご主人様がずぶぬれになって帰ってきた時のあれとかですか? シンジ様すら耐え切れなかったようですし・・・」
「お。ルミは察しがいいね。そうさ。あの”タイダルウェイブ”であれば圧倒的物量で相手を押し流せると思うんだ。一応、召喚魔法だから、物理魔法に類するものだし。何より効果密度がかなり密だから、討ち漏らしがないというのが利点だ。あの濁流下で生き延びるのは至難だろうし。」
「”洪水”ではなく”大津波”か。街道の整備はいずれにしても必要になるか・・・」
「そこはもう、戦争になっているんですから、覚悟して下さい」
「ん、わかった! 早速準備をしよう。相手も速度勝負を仕掛けてくるはずだからな」
「はい。あ、ルミとアーシェラは宿に戻っていてくれるか? 今日はもうだいぶ戦ってくれたし、帰ったときにご飯でもあったほうが嬉しいからさ。手料理とか作って待っていてくれると嬉しい。(あと、ご褒美もあるしね)」
最後はルミに耳打ち。あっという間にルミが真っ赤になる。
「///は、はいっ。 手料理を作って待っています!!」
「あはは。ルミはトマトみたいに真っ赤だニャ。よしよし、今日はトマトをつかった料理にしようニャ」
「ははは、じゃあ後は頼んだよ。・・・さあ、協会長。行きましょうか」
「おう。さっさと片付けて美味い飯にありつこうじゃないか」
協会長室から緊急避難口を使って闇夜に駆け出していく二人。目指すは街門、押し寄せるであろう中隊の壊滅である。
いつもご覧頂きありがとうございます。
すこし忙しかったため執筆が滞っておりました。
大海嘯、まだ続きます。今しばらくお付き合いの程。




