第四章:封印解除
アレクは改めて目の前の男を凝視した。
アーノルド・ステレッド。その名は、カハラニア全土に知られている。竜王の末裔、極悪非道の反逆者。それがこの男だとは、どうしても思えなかった。
「さて、アレクよ。遊びは終わりだ。──リーディア。早くしなさい」
「はっ」
アーノルドの命令に、少女──リーディアはサッと敬礼をすると、封印の扉の方へと歩き出す。
「なっ……何をする気だっ!」
アレクは思わず扉へと走り出した。しかしすぐにアーノルドによって阻まれる。そしてリーディアの手が扉に触れた。
「アレク。よく見るがいい。二千年間破られる事の無かった竜の墓は、今開かれるのだ」
リーディアは呪文を唱えているらしい。
「でもフレーシェの施した封印は、誰にも解けない筈だ」
扉が呪文に反応して光り出す。それを目の当たりにしたため、アレクは自信無さげに言った。
「確かにフレーシェの封印は見事だ。誰にも破る事は出来ぬであろう。しかしあの娘は私の知る限り世界で唯一、あの封印を破る事の出来る人物なのだよ」
アーノルドは自分の作品を誉めるように言うと、ニヤリと笑った。
「くっ……ヤメロォ!」
アレクは叫ぶ。それと同時に辺りは眩い光に包まれた。
「!」
ついに扉は開いた。
アレクは呆然と開かれた扉を見つめる。その中には、底なしの闇が広がっていた。
「将軍。作業が終了致しました」
振り返ったリーディアはアレクを一瞥した後、アーノルドの方を向きやる。
「御苦労。後はいい。下がっていろ」
「はっ」
リーディアは再び敬礼をして、後ろに下がった。アーノルドはアレクに向き直る。
「な、何だよ」
アレクは剣を握り締めた。少し後ずさる。切っ先が揺れた。
「少し黙っていて貰おう」
アーノルドはそれだけ言うと右足を振り上げ、
「!」
アレクを蹴り飛ばした。
「痛っ……ガッ!」
アレクは剣でガードしたものの、勢い良く後方に吹っ飛んだ。そのままズズズズッと背中から滑る。アーノルドは何事も無かったかのように、踵を返した。
「うへっ、痛てて……血が出てやがる。ってオイ、待て! 待ちやがれ!」
アレクがヨロヨロと立ち上がった時、既にアーノルドは扉の中に入っていた。
「あ〜面倒くせえな。クソッ」
悪態をつきながらも、アレクはアーノルドを追う。疲れ切った体に鞭打って走った。
扉の前には当たり前のようにリーディアがいる。相変わらずその姿は闇に溶け込んでいる。
アレクは通り抜ける時に警戒をしたが、予想に反して彼女は何も仕掛けて来なかった。
「?」
アレクは不思議に思ったが、通してくれるに越した事は無い。迷わずに闇の中へと入って行った。
扉の中は何も見えなかった。アレクはこれ程の暗闇は初めてだった。
突如、声がする。
「リーディア!」
アーノルドの声だった。思ったより近い。その声は洞窟内をうわんうわんと反響した。
「来なさい。もう一つ封印があった」
すぐにリーディアの声も響く。
「はっ。ただ今参ります」
その残響はしばらく洞窟内に残る。
(もう一つの封印……。そうか、剣の封印の事か!)
アレクは昔、ジェニと一緒に聞いた話を思い出した。
竜の墓に施されている封印は二つある。
一つは先程リーディアが解除した扉の封印。これは勇者フレーシェが魔法で扉に施した、侵入者を拒むもの。
そしてもう一つが、勇者フレーシェの使った名剣・ディアナによる、竜王の骨を直接封じ込めたもの。
(剣の封印が解かれたら、もう終わりだ。でも、俺じゃあアイツに勝てない……)
アレクは少し迷った。恐らくアーノルドでは封印が解けないのであろう。リーディアは段々と近づいて来る。今、アレクがとるべき最善の手段とは──
「来るなっ!」
アレクは暗闇の中、音を頼りにリーディアの背後に回り、その手を右手で捻り込む。何も見えない状況に、少し戸惑った。
「アーノルド・ステレッド! ここから去れ! もし言う事を聞かないのなら……」
アレクは左手で腰の剣を抜いた。その刃をリーディアの喉元に、触れない程度に当てる。アレクはアーノルドの方に向かって大声で言い放った。
「コイツを殺す!」
勿論はったりである。アレクはリーディアを殺すつもりなど毛頭も無かった。
「コイツを殺せば、封印を解ける頃が出来る者はいなくなる。どうするんだ」
アーノルドからの反応は無い。アレクの前に広がるのは暗闇だけである。
動いているのか、止まっているのか。近づいているのか、遠ざかっているのか何も分からない。アレクの五感は闇に呑み込まれ、徐々に麻痺してきた。
(何でアイツは何もしないんだ?)
依然、何の反応も示さないアーノルドに、アレクは不信感を募らせる。
その時。
洞窟内が振動した。
「うわわ、地震かっ?!」
揺れはなかなか収まらない。アレクは倒れないように足で踏ん張った。
「ルビィ!」
リーディアがアレクの手から滑り出て、奥へと駆け出す。
「ちょっ、テメ、待て!」
アレクも一足遅れて、彼女の後を追う。しかしその行く手を、落石が遮った。
「ギャアァァア!」
アレクの耳に聞き覚えのある鳴き声が届いた後、洞窟内が一際大きく振動した。アレクは落ちてくる岩に押し潰されないように、慎重に進む事しか出来なかった。
アレクが最深部の広間に辿り着いた時、そこには夜空が広がっていた。天井部を構成していた岩は、隅の方に転がしてある。
今まで何も見えない暗闇にいたため、アレクは星の光だけでも内部の様子が見えた。
広間の中心に、リーディアがルビィと呼んだ竜がいた。先程の揺れと落盤は、この竜が引き起こしたものだろう。その側にはアーノルドもいる。
そしてリーディアは──
「ヤメロォ!」
奥の祭壇。そこはしめ縄で飾られ、小さな社があった。その中に竜の骨はあるのだ。
今、まさにその戸に手を掛けようとするリーディアの姿があった。
アレクはわき目も振らずに走る。彼は、自分が何を言っているのか分からなかった。
「俺が──」
アレクが祭壇に到達する。社の内部から青白い光が漏れた。
「竜の墓守だあっ!」
光が強くなった。社が砕け、四散する。
そして中からは竜王の胴体の骨と──それに突き刺さった、青い光を放つ剣が現れた。