第二章:夜襲
「アレク、起きんか!」
「うへぇ……もうちょっとだけ……」
「馬鹿者!」
ここでアレクは、目を覚ました。寝ぼけ眼で辺りを見回す。父親が、引き剥いだアレクの毛布を持って立っていた。
「何だよ。まだ夜じゃないか。もう少し寝かせろよ」
寝起きのため、少々機嫌が悪いアレク。
「外を見てみろ」
「ああ? 外ぉ?」
アレクはぶつぶつと文句を言いながら、のろのろとした足取りで窓辺まで行く。大儀そうに窓を開けた。
「………! なっ、何だよあれ!」
眼下には、フレーシェの街が広がっている。しかし深夜だというのに、街は赤々としている。
街が燃えていた。
「恐らく竜王派だ。とうとう来たか」
「りゅ、竜王派ぁ〜? 何で今更」
こんな状況にあっても、父は至って冷静だった。アレクは、慌てながら服を着る。
「早く着んか。墓へ行くぞ」
「墓? 街の方はどうするんだよ。こんな夜更けじゃあ死人が出るぞ」
慌て過ぎたため、掛け違えてしまったボタンを直しながら、アレクが言う。
「今更街へ行ったとて、焼け石に水。どうにもなるまい。街は街の人に任せよう。彼らとてフレーシェの民。こんな事態位想定しておろう」
「で、でも……」
それでも納得出来ず、アレクが言い淀む。
「それより今は墓だ。奴らの狙いはおそらく竜王の骨。それだけは絶対竜王派に渡してはならん。もしそうなれば、ヌバヌバの復活さえも可能だろう」
父の口から改めてその話を聞く事によって、アレクはようやく事態の重さを確認した。急いで靴を履いて、双剣を腰に差す。
「親父、速く!」
アレクは玄関を飛び出し、父を振り返った。
「先に行かんか! お前は若い。先に行って何としても骨を死守しろ」
アレクは、分かったと言って家の裏手へ回る。そして、風のように速く階段を登り始めた。
「はぁっ……はぁっ……」
長い長い階段を、アレクはひたすら登る。二年間登り続けただけあって、木々に阻まれ殆ど光が届かない暗闇の中でも、迷わずに進める。
しかし、体がついていかなかった。突然の夜襲であまり寝ていない。普段なら平気なはずの彼の体力も、既に限界に近かった。
自然と足取りは遅くなる。
「はぁ……クソっ! もう少しで竜の墓なのに!」
誰にとも無しに悪態を吐いて、アレクは木製の手すりに寄りかかった。額の汗を手の甲で拭う。
(火、さっきより大きくなってやがる。セオドア達、死んでねえよな?)
アレクの脳裏にセオドアや、友人達の顔が浮かび上がった。
僅かばかりの休憩後、アレクはよし、と喝を入れた。気力は十分にある。まだ走れそうだった。
その時、不意に辺りの空気が変わった。
「何だ?」
アレクは敵が来たのかと思い、腰の双剣を引き抜き両手で構える。そして、油断無く辺りを見渡した。
(近い……)
アレクは感じた。何かとんでもないモノが、もうすぐそこまで来ている。彼は、剣を強く握り絞めた。
そしてソレは分かった。目を凝らすと、燃え盛る街から小さな黒い点が、こちらへやって来るのが見える。
小さな点は、徐々に大きくなる。暗闇の中、アレクの目はソレを認識した。
「うへぇ、マジかよ。ドラゴンかよ」
ソレは、一頭のドラゴンだった。色は分からない。背中に二人の人間を乗せていた。
「おいおい。ドラゴンを操れるのは竜王だけじゃなかったのかよ。まあ、竜王派の事なんか知らねえけど。……ってマズいマズい! 早く行かねえとだった!」
幸いドラゴンも竜使いも、暗闇に紛れていたアレクには気付かなかった。
アレクは剣を鞘に収めると、ラストスパートをかけた。