第二話
「列車が遅延? 次は……十分後か」
私が時刻表を調べるまでもなく、誰かの言葉が私の耳をくすぐった。
あのレストランからの最寄りであるグレーウッド駅には、人がまばらに散らばっている。
十分間の暇ができた各々はそれぞれ違った暇つぶしに乗じ、各々の目的地に思いをはせていた。
その平和を破るように悲鳴が挙がる。金切声からして女性であろう。
声のする方には何もない地面を見る細身の女がいた。
「わ、私のカバンが!」
駅員も集まって彼女に話を訊いている。
盗まれたカバンの種類、犯人像、彼女の動向など、事細かに訊かれると彼女は困ったような表情をしていた。
しかし、私には関係のないことだ。
「もうすぐ、列車が来る」
それに乗って、早く家族のいるボウスティンへ……
私があまりの騒々しさにうんざりし、少し場所を移動しようとしたとき、足に何か固いものが当たった。
それは茶色く大きい、革製のカバンであった。
「あ、それは私のです!」
しゃがみこんでカバンを開けようとしていた私の背中に大声を上げると、怒りに顔を歪ませた彼女は私を指さす。
「彼が私のカバンを盗んだ犯人です。間違いありません!」
彼女が叫ぶやいなや、駅員は私を乱暴に組み伏せ彼女のもとにつれていった。
「こいつの顔に見覚えは?」
「この人です。だって――」
「私を見たのですね。だったらなぜ追わなかったのです? 地面を見て、元々カバンはそこにあったとでも言いたげではなかったですか」
私からの反論に彼女は一瞬たじろぐと、
「私は生まれつき足が弱くて、走れないのです」
「そんなあなたが大きなカバンを持ち歩く必要は、一体どこにあるのでしょう? 持ち歩けるように、何も入っていないなんてお言いにはなりませんよね? 大きなカバンを持ち歩くのは、それなりの荷物を持ち運ぶときだけですから」
彼女はもう何も言わず涙を目に浮かべている。あと一つ彼女に証拠をつきつけるだけですべてに片が付きそうなものなのだが、
「黙っていろ。お前は犯罪者だ」と駅員の一人が私の口を押さえようとする。
私はためらいもせず口を押さえようとする駅員の指を噛むと、周囲の視線も気にせずできるだけ大きな声で叫んだ。
「あなたがあのカバンを持ち運ぶのにはもう一人必要だ。力のある男性でカバンを代わりに持つ役をこなし、あなたに渡しても、まったく違和感のない人物。それは、あなただ。私を黙らせようとした駅員さん」
「何を言うんだ、戯言はよせ!」
「いいや、冗談なんかじゃない。その証拠に、現に私を黙らせようと試みたのはあなただけだ」
私の言葉がとどめになったのか、その駅員は手を放して黙りこくり、もう何も言わなかった。
「もういいですね? 列車が来ますから、私は乗らなくてはならないのです」
苦虫をつぶしたような二人の方をにらむ駅員たちを置いて、私はちょうどやってきた列車に乗り込み、グレーウッド駅を後にしたのであった。
そのとき私が、駅から必死に逃げ出している彼らの姿をみたことはだれにもいう気はない。




