PROLOGUE グール進化論
講義録や対話録形式で進んでいきます。
論にがばがばなところもあると思いますが、あくまでファンタジーということで多めにみてください。
中立学術都市国家。
魔術、芸術、言語学ー尊い人間のあらゆる文化と歴史が積み重ねられてできた学術都市にある大学に、ある学者がいた。
その学者はいう。
「僕の講義を1回丸々90分受けてられたら単位をやろう」
だが、喜び勇んで踏み入れた学生は大体開始30分以内に泣いて帰る。
(今日のは31分目突入。今日のは骨があるな)
珍しく気骨のある学生との議論が白熱していた。
「違う!人間がグールから進化したわけがない!!あんな、人にちょっと形が似てるだけの、死骸を食べるしか能のない魔物だぞ!リザードマンとかハーピーとか獣の特徴があるやつなら魔物から進化したんだろうが、人間はありえない!!」
「考古学分野で証拠積みあがってる」
学者は淡々という。
「ある時、屍肉しか食べないはずのグールは、それまでにないものを食べてしまった。それによって『おいしい』を覚え、それによって知性が生えたんだよ」
グール。それは、魔物の食物連鎖ヒエラルキー最下位に位置し、他の魔物が残した屍肉や、自分より更に弱い小さな魔物を食べる生き物だ。
死んでいて、もしくは自分の脅威にならないものなら何でも食べる。
「ある時グールは『おいしい』を覚えた。よってまずいを覚え、好き嫌いが発生した。彼らは『おいしい』をめぐって身内で争い始める。『おいしい』は少ないからだ。それは生存競争以上の闘争だ」
学者は続ける。
「また、それまで好き嫌いせずに何でもちゃんと食べてたのに、偏食になったから、身体も弱くなってさ。しかも身内同士で争ってちゃ種が滅ぶ。だから、やつらは社会性と再分配を試行を始めた。そう、そうやって知性が生えた」
「魔物の世界は超パワー食物連鎖だ。力があるものが純粋に生き残る。ベヒーモスのように突き抜けた個体もいれば、アルミラージみたいに弱くとも群れることで数で押し切るものもいる。グールはなんでも食べるという点での生存力が突き抜けていた。そう、生きるだけなら賢くなる必要なんてなかった」
学者は拳を震わせている学生を見据える。
「そう。おいしいを知り、えり好みするようになり、偏食になり、生き残るために折衝しあうようになり、社会性と再分配を試み始めた。独り占めしたいという『本能の我慢』が、共同体構築の始まり。これが人間への進化のはじまりだ」
「信じないぞ、ぼくは!大体、怠惰の象徴のグールが『人間』に進化だなんてーこれは、人間に対する冒涜だ」
学生はついに我慢しきれなくなって叫んだ。
「人間はもっと知的だ。言語、数学、芸術。この創造性は魔物にはないものだ。言雫教の教え通り、文字や数といったものは神が与えたものでありー決して魔物に理解できるものじゃない!数が理解できるやつはいるけど、公式なんて考えられたりしない」
「それはな、グールが『おいしい』をどうやって分け合うかってところで苦心して、何度も何度も試行してそのうちいろんな分け方を覚えていって、そして複雑な分け方の為に『言語』を使うようになった。あわせて、再分配思考の積み重ねから数学っぽいものの原型が生まれた。遺跡でもグールが分け合い方を試行するために並べたらしい石板が見つかってる。原始のボードゲームって言われてる」
長らく神学や魔術学が世界を席巻してきた中で、文化の積み重ねによって新しい学問ー魔物考古学などが生まれた。
いや、古から魔物の痕跡から進化の歴史を追うという試みはあった。
古くは滑稽だと冷笑されてきたそれが、根気強く続けられていった結果、その積み重ねが学問へと認められていきーそして、一躍世に出たのが、この『グール人進化論』だった。
多種族との交流が活発化していくーSymphylos化が進む中、これはそれを後押しするような価値観として到来した。
しかし、同時にこれは、人間の多くが信仰してきた『言雫教』を揺るがすモノであった。
言雫教。
『神のもたらした一滴が、人間に言葉と力と理性を与えた。
言葉とは人間のもの、人間の形とは、神が与えたもうた唯一の『真』である』
人間の文化の叡智や力は尊い神が与えたものだと説く宗教だ。
言雫教の中枢の保守派はこの流れを受けて、古典復帰運動を展開。
『惑わされるな。あれは知性を装いたいものたちのたくらみだ。今一度言雫教の教えに帰依し、人間の価値を揺るがぬものにせよ』
そうして生まれたのが『ロマン主義』だった。
人間文化が積み上げてきた言語、魔術、芸術ーそういったものは、人間が魔物や他種族と一線を画す、素晴らしい知性と創造性のたまものである、というものだ。
特に魔術はー他種族のように身体的な強さのない人間が、それでも彼らと対等にーいやむしろ圧倒する人間が組み上げてきた力で、人間のルーツであることは確かだった。
そこからまた、神学やそれに関する宗教芸術などが、息を吹き返し始め、『人間賛歌』が始まる。
そして、シンフィロス化の流れに抗うように、差別は一部地域で激化しつつあった。
熱心な言雫教信者の学生は、学者を睨みつける。
彼はこの中立学術都市国家に学を修めるためにきた。
熱心な信徒として、そして知識と見分を得て故国に持ち帰り、役立たせるために。
だからこそ、この目の前の魔物哲学者は叩きのめさねばならない敵だった。
中立学術都市は、宗教・種族問わずに開かれた、まさに『中立』の学問のメッカであり、魔物考古学もここで大きく発展している。
故に、ここで魔物をルーツと考える学者どもを論破し、屈服させることは、言雫教の正しさを証明することにもつながるのだ。
特に目の前の男ー『魔物哲学』を専門とする、グールからの人間のルーツを哲学しなおすという、ふざけた学者の男は。
「ー人間は至高だ。神が言葉を、力を、理性を人間に与えた。そして人間はそれを正しく使って、数学や魔術や、いろいろなものを生み出した。文明の始まりは人間だ。人間賛歌は当たり前の起源だ」
「『人間は至高、ほかとは違う。崇高な生き物だ』なんて思想は、文明の余剰があるからこそできたことだよ。栄養もおいしいも満たされるようになって余裕ができたときに生まれた余剰から、『文化』っていう資本ができて、それがいろいろなものを可能にしていった。そして『おもしろい』が生まれ、さっきも言った資本が、いろいろなものー君が言う偉大な数学やら魔術やら芸術やらに繋がっていったんだ。君が言う人間こそ至高、人間賛歌ができるのも、余剰が許した錯覚だ。ただし、度を越えた『偏食』だとは思うがね」
刺すように言ってから、学者は再び学生をみすえた。
「ーそして、その余剰に至るまでの『努力』があった。文化という資本を作るための文化の歴史だ。泥臭い、グールから始まる歴史だ」
ー言雫教の暴走する人間賛歌に対して立ち上がったのが『新興アカデミック派』と呼ばれる学者たちだった。
魔物考古学から更に発展した、グールを起源として人間を哲学しなおす、
『魔物哲学』『魔物人文学』。
彼らは、グール起源説にのっとって哲学することで、言雫教の『倫理』を問い直そうとしていた。
一度は呆然とした学生が、はっと我に返って焦るように吼える。
「な、何が偏食だ!そんな屁理屈ー」
学生に、学者は楽しそうに微笑みかけた。
ぽんと学生の肩を叩き、
「偏ってても大丈夫、安心しなさい。それはグールの時から変わらない。むしろ彼らの偏食と折り合いをつけるための試行錯誤が、今の人間に繋がってるんだ。ぼくたちも祖先と同じように偏食と向き合おうじゃないか。さあ、哲学しよう!!」
ー数秒ほど呆然としたのち、顔をひきつらせたかと思うと、学生は逃げ出した。




