ホータティア王国~異世界転生する気はなかったんですが~
私の第三の目が開眼したのはたしか…、ああ、はいすみませんふざけてすみません生きていてごめんなさい。
じゃなくて、“私”の記憶が戻ったのは、数々の黒歴史を晒し、のうのうと歩いて生きてきた幼少期のときだった。幼女はそれが仕事なんだけ私としてはそんな認識が強くなった。
しかしまあ私が一番可愛かった(・・・)ときの話である。幼女だからね。
「誕生日おめでとう!大きくなったねえ」
「えへへ、ありあとー」
もうこの時点で抱き締めてあげたくなる可愛らしさを身につけている私は多分近いうちにどっかにスカウトされるはずだった。嘘ですすみません場を和ませようとしたんですはい。
「料理できたよー」
「はあい!」
「うわ、豪華」
「財産はたいたからね」
「マジかよ」「嘘ですすみません」
今思えば確かに母と私は血がつながっていた。なんか同じ匂いの人がいたもん。かっこわらい。
しかし、これは本当に豪華だ。あ、ほたてのカルパッチョ。うわ、ほたて久しぶり!とか幼心で喜ぶ私。
喜んで口に入れた瞬間、ビキビキッとひび割れたような感覚が脳に走り、競りあがってきた吐き気で口を押さえつけた。
倒れそうなくらいの痛みを我慢して母に一言断りを入れた私はトイレに駆け込んだ。
はたからみたらトイレを我慢していた子供、ととても微笑ましく見えるだろう。私は死ぬかと思った。
いやガチな方で。
一方、トイレに駆け込んだ私は便器に手を尽き、胃の中のものを吐き出した。って言ってもほたて以外は何も口にしていなく、出てくるのは唾と胃液。
無理に出そうとした所為か喉が焼けるように痛く、咳き込む。
ともにとてつもない頭の痛みが襲う。
痛い痛い痛い痛い
痛い痛い痛い痛い
いたいいたいいたいいたい
いたいいたいイタイイタイイタイイタイイタイイタイ
「ぐ、…うぁ…ッ」
まるで俺の邪気眼が疼く…!とか言いだしそうな雰囲気であるはいすみませんごめんなさい。とか当時は考えることすらなかった純粋な子供だったためか痛みは到底堪えることが出来ず、叫び泣き、暴れ、それはまるで地獄絵図だっただろう。
駆け付けてきた父母を、最後気を失う前に瞳に写して思った。
───“違う”と。
最後の言葉は確かに「ホタテ」だった。それは間違いない。信じたくないが。
◇ ◇ ◇
「今日暇〜?」
部屋でごろごろしている私にそう聞いてきたのは彼氏。
ではなく母だった。一応言っておくが私に彼氏なんぞはいない。世の中そんなもん。
ベットから跳ねるように起きた私は「暇じゃないよ」と冷静に返す。まるっきり嘘である。忙しそうに部屋をちょっとうろうろして見せると母の冷たい視線が突き刺さる。気付いたときには母の前で正座の姿勢をとっていた。うそついてごめんなさい、ママン。
「お使い行って来て〜。残ったのはお金はあげるから」
「私は小学生かっ!」
そんなんで釣られるか!と思いつつひらりひらりとちらつかされた福沢さんに考えるより先に私は財布を取り出し出かける用意をしていた。
「なに買ってこればよいの?」
私の身代わりの速さに母は少し引いていた。おい。
「今日はホタテを食べたい気分なの。だからお刺身いろいろ買ってきてちょうだいな」
「うぇい」と返事をしながらその頼みを受け入れた。
今日はほたてか。しかしお刺身ってことは手巻き寿司かな。だったら生ほたてさんですか。私はバター醤油さんが好みなんですが、と思っていたらいつの間にか貝殻つきのほたてを購入していた。
無意識ってこわい。
でもまあ、まあまあまあ?こんなこともたまにあるよね。
友達がよく口ずさむ歌を口にしながら次々と袋に食べ物を詰めてたいった。
スーパーは家から10分もかからないところにあり、とても近い。信号も少ない。コンビニ感覚で行ける。
しかしそれが油断だった。油断大敵とはよくいったものだ。
一番の要因は確かに油断していたこと。ちなみに二番目は私がバカなことである。そこ笑いごとじゃないぞ。
ほたてを袋にしっかりしまったのを見てにまにましていた私は信号を待っていた。
ほたては私の好物の一つである。おいそこ、可愛くないとかいうな。
思わずビニール袋を振り回しそうな気分の中、私は───…そうだ、ひかれたのだ。居眠り運転をしていたトラックは歩道に激突。幸か不幸か被害者は私一人。あっけない終わりだった。
ひかれた間際に見えたビニール袋。鈍い音がしたのと同時に手放したそれ。
「ほ、たて…」
せめて最後くらいは好物食わせてくれてもよかったのに、という思いだった。
あとは、きっと次は病院で目覚めるだろうというのもあった。だってこの国の医療技術って凄いんだよ。
しかしまあ、なんで「ほたて」なのか。
どうせなら「ショートケーキ」くらいには私の品位を表すような優雅で上品でエレガントなものが良かったな。いや、ショートケーキのくだり以外は冗談ですが。
そんなことを生死の境目でも考える私はたしかに最後まで“私”だった。
◇ ◇ ◇
目が覚めたら、そこは見たことのない天井だった。
真っ白な大理石の天井に、波のような模様が揺れている。
耳に届くのは、潮の音。
鼻をくすぐるのは、ほんのりとした海の香り。
……うん、これ病院じゃないよね?
ここ、どこ?
体を起こそうとした瞬間、目の前の海面がふっと盛り上がった。
水が裂け、現れたのは――でかい貝殻だった。
真珠みたいな光を放ちながら、ゆっくりと口を開く。
「ようやく来たか、人の子よ」
おっと、喋った。貝が。
というか、今の声、どこから出てるんだ?貝柱?
「あなた……どなたで?」
「我は海神ホタティウス。海と潮を司るものだ」
「ほ、ホタティウ……」
言いかけて、私は思わず笑いそうになった。
……ホタテやん。好物ですやん。
「笑うとは無礼なやつめ!ふんっ、前から思ってあったが、お前、我を食ったな?なんなら食いすぎじゃあないか?」
「いや、あれはスーパーの……え、やっぱ知り合い?なんですか?」
「あの日、汝は我が分身――海の子らを食した。だが見よ、神は寛大である」
「ホタテ神、器でかい……いや殻がでかいといいますか……」
思わず口を滑らせた瞬間、海神の貝殻がカチンと音を立てた。
怒った。
貝が怒った。
そうやって怒るんだ。
「貴様の舌、神をも欺くものよ。ならば試練を与えよう」
「試練……ですか?」
「汝の第三の目を開け。
真実を“味”で見抜き、虚を暴け。
さすれば、神の加護を与えよう」
ふわりと潮風が吹く。
貝殻の中央に、青白い光が浮かぶ。
気づけば、その光が額へと吸い込まれていった。
頭が焼けるように熱い。
痛みと共に、何かが“視える”感覚。
人の嘘、食の香り、祈りの味。全部が混ざり合って押し寄せてくる。
「それが、我が加護――“味覚の眼”、第三の眼だ!!」
「……いや、名前、ダサくないです?」
「神がつけたのだ!」
「ごめんなさい!!」
「…なんか厨二病っぽくないですか?」
「神だぞ!!」「ごめんなさい」
波の音が遠ざかる。
光がゆらぎ、視界が白に染まっていく。
そして私は、再び意識を失った。
◇ ◇ ◇
保立美羽、ハタチ。
私はなんてことない一般家庭で健やかに健康優良児として立派に成長した。華の、大輪の女子大生だった。キラキラ。
なんの天啓か、はたまた運命かお母さんのおつかい途中に交通事故によって亡くなってしまい、目が覚めたら!
身体が縮んでしまっていた!
目が覚めた私は名前をミューア・ホタリス、と言う……らしい。が、しかし
◇ ◇ ◇
目が覚めると、目の前には数人の神官らしき人たちが並んでいた。全員、見事に海色のローブを着て、手には貝殻のついた杖。
そして――開口一番。
「ホタテ様がお目覚めになられたぞ!」
「奇跡だ……潮の巡り合わせじゃ……!」
「いやほんと違うんですよ、名字です。保立なんです。発音ミスですし寝ぼけて自己紹介しただけで、ホタリスですう〜!!!似てるけどおお!!」
……無駄だった。
彼らの耳にはもう、「ホタテ様」しか届いていない。万歳讃賞してる。
私の抗議は、海風と共に流された。
というわけで、私はなぜか“神の化身”として神殿に住み込むことになった。
たぶんこの国、いろいろおかしい。おかしい私がおかしいって言うんだから大層おかしい。
海に囲まれたこの国――ホータティア王国。
神々の御心とやらで潮の満ち引きが政治に影響する国らしい。
「明日は干潮なので休みです」って通達が来るくらいには、神々と労基が仲良しだ。
食卓には貝殻。道端にも貝殻。
家の壁にも貝殻。
もういっそ赤ちゃん産まれたらホタテが出てくるんじゃないかレベルだ。
そう、この国の信仰対象は海神ホタティウス。
貝殻の形をした神で、公式設定によると「慈悲深き海の王」。
……非公式設定(私の脳内)では「気分屋で騒がしい貝」だ。
「我は海の王ホタティウス!汝の舌に加護を与えよう!」
とか言われても、正直なところスーパーのホタテが北海道産になってバター醤油味にしてくれるとかのがありがたい。
そんなバタバタはちゃめちゃ物語は朝起きて潮に祈り、昼は海に礼を言い、夜は貝に話しかけて寝る。完全信仰フルコースで始まって終わる。
「ホタテ様、本日は民の願いをお聞きくださいませ」
「うん、聞くだけなら……ってこれ何通あるの!?」
机の上には“神への相談書”が山積みだった。
読んでみると、
「夫が魚ばかり釣ってきて流石に飽きました」とか、
「隣の家の貝殻音がうるさいです」とか、
「うちで大事に育てたアコヤちゃんを知りませんか?とっても大事な貝なんです」とか、猫探しならぬ貝探し。まあ、要するにご近所トラブルの類である。
「……いや、ちっとも神案件じゃなくない?貝案件過ぎる」
そうツッコみながらも、一応ひとつひとつ目を通した。すると――不思議なことに、手に取った瞬間、味がした。
紙の味。
いや、そりゃそうなんだけど。いや意味わかんないんだけど分かるよね?もっと正確に言うと“感情の味”がしたんだ。
苦い嫉妬、しょっぱい後悔、甘ったるい嘘。
――これが、ホタティウスの言っていた厨二病ネーム「味覚の眼」か。
「あの……旦那さん、昨日釣った魚、実は他の人からもらってますね?」
「!?なぜそれを!!」
「奥様はもうお魚はいらないみたいですよ。今日は山で狩りをなさった方が良さそうです」
「おおお…!神よ……啓示に感謝いたします……」
こうして私は、“神託の巫女”として名を上げていった。なんかただの試食係なんだけど。
ちなみに、神殿暮らしで一番困るのは、うるさい貝殻音トラブルでも、海のゴキブリフナムシでもなく、ただただ神がこうるさいことだ。
『おぬし、今の者は昼寝の言い訳をしておるぞ。味が眠たい』
「味が眠たいって何」
『左の神官は今日の孤児院の慈善活動の一環であるポトフの塩をケチっているな』
「料理監視やめろ、姑か」
『おぬしも今、心の中で“焼き貝食べたい”と思ったであろう』
「図星だからやめて!!」
……この調子で四六時中話しかけてくる。
脳内騒音レベル、これ貝殻音がうるさいってこう言うことね。そうそれそれ。
ていうか神ってもうちょっと尊い存在じゃなかったっけ?
⸻
そんな日々が続いたある日のこと。
神官長のマリネさん(名前がもうおいしい)は、私の部屋に飛び込んできた。
「ホタテ様っ、王宮よりお使いが!」
「また献上品ですか?この前の“貝塩セット”まだ残ってるんですけど」
「違います! 王子殿下が直々にお呼びです!!」
……うん、やな予感しかしない。
聞けば、どうやら“神の加護を持つ巫女”が民の間で話題になり、王族が「ぜひ話を聞きたい」と言い出したらしい。
「えっ、私まだ見習い扱いなんですけど」
「いいえ、神はすでにお選びになったのです!」
「……あの神、結果選考基準ゆるくない?」
翌日。神殿の儀礼服――という名の、ほぼ貝殻と昆布で出来たドレス着せられ、王城へ。
玄関ホールに並ぶ侍女たちの視線が痛い。絶対ドレスが悪いじゃん。
「彼女が、“味で真実を視る巫女”か」
金の瞳を持つ若い男。
これが王太子オルメス殿下らしい。
思ったより威圧感があるけど、たぶん常識人。
「君の“眼”で、我が国の未来を見てほしい」
「え、え、え、未来って、味見できるんですか?」
「……できるのか?」
「いや、聞かれても」
神殿の神官たちは「神託のお時間です!」と盛り上がっている。王子は真剣、私は混乱。脳内のホタティウスが笑っている。
『よぃぞ、よぃぞお。ホタテ子。ついに政界進出じゃ!!!』
「ねえ、まじでその呼び方やめれ」
こうして私は――
**“第三の目で国を見張る巫女”**になった。
名誉も地位も手に入れた。
でも本音を言えば、ホタテにバター醤油が恋しい。ニホンが恋しいよよよ。
『汝、腹が減っておるな。供物に焼き貝を捧げよと信託を出しておいた』
「……あのね、ホタティーのせいで人生が貝だらけだよ???」
『…………ホタティ…?』
潮風が吹いた。
その香りは、ちょっとだけバターに似ていた。あっさりとした塩味じゃなくてこれからの濃く濃密な日常を連想させるようなそんな味だ。
―ー―異世界でホータティア神との“食と神の革命”は、今、ここから始まるーーー




