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【連載版】クラスの陰キャが急に告白してきた理由を、俺は一生忘れられない  作者:
一章

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9/12

第9話 最後の時間

八月の蝉の声が、校庭に反響していた。

 夏休みは始まったばかりだというのに、俺の心には重たい影が落ちていた。

 ――東雲が転校する。

 その現実は、日が経つほどに重みを増していく。

 俺と東雲は、夏休みの間も時々会っていた。図書館で勉強をしたり、文房具屋に寄ったり。

 でも、会うたびに「あと何回こうして一緒にいられるんだろう」という思いが胸をよぎった。

 八月のある日、東雲が俺を呼び出した。

 「明日……ちょっと出かけない?」

 出かける、と言っても遠出じゃない。近所の河川敷で開かれる夏祭りだった。

 「最後の思い出に、行きたいなって」

 そう言って少し照れくさそうに笑う彼女に、俺は即答した。

 「行く。絶対行く」

 そして祭り当日。

 夕方、駅前で待ち合わせると、浴衣姿の東雲が立っていた。

 藍色に白い花柄が散った浴衣で、髪は緩くまとめられている。

 いつもの地味な制服姿とはまるで違う。

 「……え?」

 思わず言葉を失った俺に、東雲は不安げに尋ねた。

 「へ、変じゃない……?」

 「変なわけない。似合いすぎて……びっくりしただけ」

 「……っ」

 耳まで真っ赤にした東雲を見て、俺の心臓も暴れ出した。

 祭り会場は賑わっていた。屋台の明かりがずらりと並び、子どもたちの笑い声や太鼓の音が夜を彩る。

 「わあ……すごい人」

 東雲は目を輝かせながら、焼きそばや金魚すくいを楽しんだ。

 人混みの中で自然と手が触れ合い、そのたびに二人して照れ笑いを浮かべた。

 「東雲ってさ、意外と楽しそうに笑うんだな」

 「そ、そうかな……」

 「うん。陰キャだなんて、誰も思わないよ」

 「……それは、あなたの前だから」

 彼女の言葉に、胸が熱くなった。

 夜が更け、花火大会が始まる。

 河川敷に座り込んだ俺たちの頭上で、色とりどりの大輪が咲き乱れる。

 「きれい……」

 花火に照らされる東雲の横顔は、それ以上に輝いていた。

 「なあ、東雲」

 気づけば口が動いていた。

 「転校、ほんとに行くしかないのか?」

 「……うん。私には決められないことだから」

 「……そっか」

 しばらく沈黙が流れる。

 花火の轟音が胸に響くたび、俺の中の言葉がかき乱されていく。

 「でもね」

 東雲がぽつりと呟いた。

 「もし離れても……きっと私は、あなたのことを忘れない」

 「……っ」

 「だって、あの日から私の世界は変わったんだもん」

 そう言って、彼女は俺をまっすぐに見つめる。

 その目に涙が浮かんでいるのを、俺は気づかないふりができなかった。

 「東雲……」

 気がつけば、俺は彼女の手を握っていた。

 「俺も、忘れない。絶対に」

 花火が夜空に散っていく。

 時間は残酷に過ぎていくけれど、この瞬間だけは永遠に閉じ込めたいと思った。

 「……ありがとう」

 東雲が小さく呟く。

 「最後に、こんな思い出ができて、本当に嬉しい」

 その声は、泣き笑いのように震えていた。

 俺はただ強く頷くことしかできなかった。

 夏祭りが終わり、駅へ向かう帰り道。

 人混みが途切れた路地で、東雲が足を止めた。

 「……ねえ」

 振り返った彼女の頬は赤く染まり、視線は揺れていた。

 「最後に……お願いしてもいい?」

 「……なんでも言ってくれ」

 「――手、つないで帰りたい」

 その言葉に、胸が熱くなる。

 俺は答えもなく、彼女の手をしっかり握った。

 夏の夜風に吹かれながら、二人並んで歩く。

 その温もりを、俺は絶対に忘れないと心に誓った。

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