第8話 転校の告白
七月に入ると、学校は文化祭の準備で少しずつ慌ただしくなっていった。
クラスでは模擬店を出すことが決まり、実行委員や係分担で誰もが忙しそうにしている。
俺は装飾の班に割り振られ、東雲は会計係を担当していた。
そんな日常のざわめきの中でも、俺と東雲の距離は以前より近くなっていた。
昼休みは一緒に弁当を食べ、放課後は準備を手伝い合う。周囲の視線は冷やかし半分、驚き半分だったが、俺はそれすらも気にならなくなってきていた。
――いや。正確に言えば、気にならなくなったわけじゃない。
ただ、それ以上に「一緒にいたい」という気持ちが勝っていたのだ。
その日の放課後も、俺は装飾用の画用紙を抱えて廊下を歩いていた。
ふと、背後から呼ばれる。
「ねえ」
振り返ると、東雲が立っていた。
窓から差し込む夕陽に照らされた彼女の横顔は、どこかいつもと違う影を帯びていた。
「少し……いい?」
「お、おう」
促されるままについて行った先は、校舎裏のベンチだった。
ここは、あの日彼女が俺に告白をした場所。胸がざわつく。
「実はね……」
東雲は視線を落としたまま、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「私……転校することになったの」
「……え?」
耳を疑った。今、なんて言った?
転校? 彼女が?
「突然でごめん。でも、親の仕事の都合で、夏休み明けにはもう……」
彼女の声は震えていた。けれど、その目は真っ直ぐに俺を見ていた。
冗談じゃない。本当に、いなくなるんだ。
頭の中が真っ白になった。
今まで築いてきたものは、全部消えてしまうのか。
傘を差した日も、図書室で過ごした時間も、教室で交わした視線も。
夏休みが終われば、彼女はもうこの学校にはいない。
「なんで……なんでもっと早く言わなかったんだよ」
思わず声が荒くなった。
東雲は唇を噛みしめ、うつむいた。
「言えなかったの。怖かったから……。せっかく仲良くなれたのに、離れるって言ったら、嫌われちゃうんじゃないかって」
「そんなわけ……!」
声が震える。言葉が続かない。
沈黙が流れる。
夕陽は赤く空を染め、校舎の影を長く伸ばしていた。
「……だから、最初に言ったんだよ」
小さな声で、東雲が続ける。
「『好き』って。あのとき告白したのは……残された時間が少ないからだったの」
胸の奥が締めつけられる。
俺は、彼女がただ「勇気を出しただけ」だと思っていた。
でも違った。
彼女は、最初から分かっていたんだ。いずれ離れる日が来ることを。
「……ひどいよな、俺」
自嘲気味に笑う。
「やっと、誰かと近づけたと思ったのに。よりによって、こんな……」
「……ごめん」
東雲の目に涙が浮かぶ。
その涙を見た瞬間、俺は心の奥底で答えを出していた。
「謝るなよ」
俺は彼女の肩にそっと触れる。
「むしろ……ありがとうだ。だって、俺に告白してくれたのは、嘘じゃなかったんだろ?」
東雲は大きく頷いた。涙が頬を伝い落ちる。
転校の告白。
それは残酷な現実だった。
でも、同時に俺にとって――彼女の想いの証明でもあった。
夕陽が完全に沈むまで、俺たちはただ黙って並んで座っていた。




