第7話 揺れる気持ち
六月の終わり。蒸し暑さが増してきた教室で、俺は何度もノートに視線を落としたり、窓の外へと目をやったりしていた。
落ち着かないのは気温のせいじゃない。理由は分かっている――東雲だ。
この数日、俺と彼女の距離は確かに縮まった。雨の日の相合傘、放課後の図書室。そして昼休みに一緒に弁当を食べるようになったこと。
それは周囲にも気づかれ始め、噂が広がるのに時間はかからなかった。
「なあ、最近さ、あいつら仲良くね?」
「東雲さんと、あの地味なやつだろ? ありえなくね?」
聞こえないふりをする。けれど、耳にははっきり届いていた。
俺と東雲は、決して「釣り合う」存在じゃない。彼女は成績も優秀で、顔立ちも整っている。俺はただの、クラスの隅にいた冴えない男子だ。
――けれど。
気づけば、東雲を目で追ってしまう。彼女と視線が交わると、心臓が跳ね上がる。
それは「好意」なのか? それともただの「勘違い」なのか?
放課後、帰り支度をしていた俺の机に、東雲がそっと近づいてきた。
「……帰り、一緒に、いい?」
その声に、一瞬答えを失った。
「え、あ、ああ……」
俺の返事を聞いて、彼女は小さく笑った。
並んで歩く帰り道。昨日より少しだけ距離が近い。
だが、心は揺れていた。
「ねえ、」
不意に東雲が口を開く。
「……みんなに、変に思われてるよね」
「……まあな」
「それでも……私は、気にしない」
その一言に、足が止まりそうになった。
気にしない? 本当に? 俺と一緒にいることで彼女が何を言われるか、分かっているはずだ。
それでも彼女は、はっきりとそう言った。
家に帰ってからも、その言葉が頭から離れなかった。
気にしない、と言った東雲。
でも、俺は気にしてしまう。彼女を苦しませることになるんじゃないか、と。
布団の中で、天井を見つめながら考える。
彼女と一緒にいると嬉しい。けれど同時に、不安も大きくなる。
――この気持ちは、一体なんなんだ。
答えはまだ出ない。ただ、胸の奥で渦を巻く感情が、少しずつ形を帯びてきている。
揺れる気持ち。
その波は、俺と東雲を少しずつ次の場所へと運んでいく。
不安と期待。そのどちらも抱えながら、俺は眠りについた。




