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【連載版】クラスの陰キャが急に告白してきた理由を、俺は一生忘れられない  作者:
一章

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第6話 雨の日の傘

 六月の梅雨空は、どこまでも重く垂れ込めていた。朝から降り続けていた雨は放課後になっても止む気配を見せず、校舎の窓ガラスを叩く水滴がリズムを刻んでいる。傘を持たずに来てしまった俺は、教室の窓際に立ち尽くし、灰色に濁った景色をぼんやり眺めていた。


「……最悪だな」


 思わず漏れた独り言に、近くで鞄を肩に掛けていた友人が振り返る。


「お前、傘ないの?」


「……ああ。天気予報、晴れだったし」


「ドンマイ。俺もう行くわ」


 軽い笑い声とともに、友人は颯爽と去っていった。教室から人が減っていき、やがて静けさだけが残る。窓の外ではグラウンドに広がる水たまりが光を反射し、にわかに強まる雨脚がさらに足止めを迫ってきた。


 ため息をついたとき、背後から小さな声がした。


「……あの」


 振り向けば、そこに立っていたのは東雲だった。長い前髪の先に、少しだけ不安げな瞳がのぞいている。手には小さな折りたたみ傘を握りしめていた。


「これ、使いますか?」


 彼女が差し出したのは、明らかに一人用の細身の傘だった。黒地に小さな花模様が描かれていて、彼女らしい落ち着いた雰囲気をまとっている。


「いや、お前のだろ? それじゃあ……」


「……一緒に入れば、いいです」


 小さな声。けれど、確かに聞こえた。東雲の頬は赤く染まり、視線は床に落ちている。俺の胸の奥で、何かが大きく跳ねた。


「……マジで?」


「ま、待ってください、変な意味じゃ……。でも、風邪ひかれたら困るから」


 その必死な様子が、かえって愛おしく思えた。俺は深呼吸してから、素直に頷いた。


「……ありがとな。じゃあ、一緒に帰ろう」


 その言葉に、東雲は一瞬だけ顔を上げ、はにかむように微笑んだ。


     *


 昇降口を出ると、外はまだ強い雨が降っていた。二人で傘を広げると、自然と肩が触れ合うほどの距離になる。俺は無意識に息を呑んだ。こんなに近い距離で東雲の横顔を見るのは初めてだった。


 雨粒が傘を叩く音が、静かに鼓動を早めていく。通学路のアスファルトは濡れて黒光りし、水たまりに街灯が滲んで映り込んでいる。人通りの少ない道を、俺たちはゆっくりと歩いた。


「……狭いですね」


 東雲がぽつりと呟く。


「まあな。でも、悪くない」


「……っ」


 短い言葉に、彼女の肩が小さく震えた気がした。傘の下に漂う甘いシャンプーの香りが、雨の湿った匂いと混ざり合って鼻先をくすぐる。心臓が落ち着かない。


「普段は、誰かとこうして帰ったりしないのか?」


 何気なく問うと、東雲は少し考えてから首を横に振った。


「……ないです。いつも一人で、本を読みながら歩いて帰ってます」


「歩きスマホならぬ歩き読書かよ。危ねえな」


 冗談めかして笑うと、彼女は小さく吹き出した。


「……そうかもしれません」


 その笑顔は雨空の下でもはっきりと輝いて見えた。俺はその表情を胸に焼き付けながら、もう少しこの時間が続けばいいと願っていた。


     *


 途中、強い風が吹き付け、傘が大きく揺れた。思わず肩を寄せ合い、俺の腕と東雲の腕が触れ合う。熱が伝わってくるようで、呼吸が浅くなる。


「……ごめんなさい」


「いや、謝ることじゃないだろ」


「……でも、恥ずかしいです」


 その照れくさそうな表情に、俺の胸の奥も同じように熱くなる。雨音に紛れて、心臓の鼓動が早まっていく。


「東雲」


 思わず名前を呼んだ。彼女は驚いたように目を見開く。前髪の隙間から覗く瞳が、街灯に照らされて煌めいた。


「……一緒に帰るの、悪くないな」


 短い言葉だったが、それだけで十分だった。東雲の頬が赤く染まり、視線が泳ぐ。


「……また、帰れますか? 雨の日じゃなくても」


 勇気を振り絞るような声。その願いに、俺は迷わず頷いた。


「ああ、いつでも」


 その返事に、彼女の唇がふわりと緩んだ。雨音に溶けるような小さな笑顔。俺の心は、その瞬間に確かに満たされた。


     *


 家の近くまで来ると、東雲は傘を閉じて俺に差し出した。


「……これ、貸しておきます。明日、返してください」


「お前はどうするんだよ」


「走れば、大丈夫ですから」


 そう言って微笑む彼女に、俺は首を振った。


「バカ、二人で入ればいいだろ。もう少しだけ、傘使わせてもらう」


 俺がそう言うと、東雲は驚いたように目を見開き、それから小さく頷いた。最後まで一緒に歩ききると、彼女は家の前で立ち止まり、俺に向かって言った。


「……ありがとう。楽しかったです」


「俺も。……またな」


 東雲は小さく手を振り、家の中に消えていった。俺は濡れたアスファルトに立ち尽くし、傘を見つめながら深く息をついた。


 雨の日の記憶は、きっと忘れられない。小さな傘の下で交わした言葉と笑顔は、俺にとって何よりも温かい宝物になったのだから。


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