第3話 ぎこちない距離感
翌朝の教室は、昨日の屋上での会話を引きずったままの俺にとって、地獄のように息苦しかった。
席につくと、斜め前の東雲がちらりとこちらを見た。目が合った瞬間、慌てて視線をノートへ落とす。
俺も思わず視線を逸らした。昨日、あんな真剣な顔で「好きだった」と言われたあとじゃ、まともに顔を合わせられるはずがない。
「悠真ー、昨日の補習どうだった?」
「……ああ、普通」
友人の問いかけに返事をしながらも、意識は東雲に向いてしまう。
前髪に隠れた横顔、かすかに震える指先、そして時折こちらを意識している素振り。
その全部が、俺を落ち着かなくさせた。
◇
昼休み。
購買でパンを買って戻る途中、階段で東雲と鉢合わせた。
「あ……」
小さく声を漏らす彼女に、俺は条件反射で口を開く。
「よ、よう」
「……こんにちは」
それだけ言うと、彼女は通り過ぎようとした。けれど俺は思わず呼び止めていた。
「なぁ」
「……はい?」
「昨日のこと……まだ返事できない。ごめん」
言ってしまったあと、後悔した。こんな廊下で話すことじゃない。
けれど東雲は首を振った。
「……分かってます。待つって言いましたから」
その言葉に救われる反面、胸の奥が妙に痛んだ。
◇
放課後、図書室。
いつものように席を並べたものの、ぎこちなさは隠しようがなかった。
ページをめくる音がやけに大きく響き、俺は落ち着かずに鉛筆をくるくる回す。
一方で東雲はノートを開いたまま、ペンが止まっていた。
「……勉強、しないのか?」
「……すみません。集中できなくて」
「俺も」
思わず口をついて出た言葉に、東雲が小さく笑った。
「……同じですね」
その笑みはほんのわずかで、それでも俺の心臓を跳ねさせた。
◇
帰り道。
下駄箱で靴を履き替えていると、横に東雲が立った。
「……一緒に帰ってもいいですか」
その声は小さかったけれど、はっきりと俺の耳に届いた。
「……ああ」
校門を出るとき、周りの視線が突き刺さった。だが不思議と嫌ではなかった。
ただ横を歩く東雲が、時折こちらを見上げる。そのたびに、言葉にならない感情が胸に膨らんでいく。
それはまだ答えにならない。
だけど確かに、俺と東雲の距離は少しずつ変わり始めていた。




