茅雪の心変わり
その日、私は晴來のことが頭から離れなかった。彼女は自室のベッドに横になり、天井を見つめながら過去を振り返っていた。
幼い頃から晴來は私のそばにいてくれた。いつも一緒に遊び、時に傷ついた時は優しく励まし、支えてくれた存在だった。しかし、成長するにつれて私の中に高ぶる自尊心が芽生え、晴來への思いはゆがんでいった。
「あの頃は、私ばかり晴來に構っていたけど、最近は違うわね」私は溜め息をついた。自分の行動を思い返せば、晴來を見下したり、罵倒したりと、心無い言動が目に付いた。
「晴來のことを、私は大切にしていなかった。ただの僕の道具にしか過ぎなかったわ」その事実に気づき、胸が痛んだ。
それでも、私の心の奥底には、晴來への気持ちが残っていた。ただ、それに気づくのが遅すぎただけなのかもしれない。
「私、本当はあの人のことが好きだったのかしら」
ベッドから起き上がり、私はカーテンから外の景色を眺めた。それは、かつて晴來と一緒に遊んだ公園の風景だった。
「あの時は楽しかったわ。晴來もニコニコ笑っていて、私を大切にしてくれていた」
目に浮かぶのは、双子のような仲睦まじい二人の姿だった。互いに支え合い、手を取り合って歩く幼なじみ。それが私にとっての晴來だった。
しかし、ある日を境に二人の関係は変わってしまった。
「あの時、私があんな風に晴來を罵っちゃったから」
思い出せば、私は晴來の小説を読み、キモいと嘲笑してしまった。それは穏やかな幼なじみを傷つけてしまう、重大な過ちだった。
「本当は、私、晴來の小説を読んで感動しちゃったのよ。でも、私の自尊心が邪魔して素直になれなかった」
私の頬に熱い涙が伝った。今になって後悔しても遅すぎるのかもしれない。
「あの時、ごめんなさいと謝っておけば」
私は今にして思えば、自分の拗ねた性格が晴來を遠ざけてしまったのだと悟った。
「私、完全に晴來のことを失ってしまったわ」
そう実感した私は、もう一度晴來に会い、心から謝罪する決意を固めた。二人の仲を取り戻すため、今すぐ行動を起こさなければと感じたのだ。
翌日、私は学校で晴來を見つけると、話しかけた。
「晴來、ちょっといいかしら」
しかし、晴來は冷たい視線で私を睨みつけた。
「なんだよ」その乾いた口調に、私は言葉を失った。
「あの、あのね、私」私は震える手で晴來の腕を掴んだ。「あの日のこと、謝りたかったの」
しかし、晴來は腕を振り払うと、鋭く睨んだ。
「遅いよ、茅雪。お前に謝る価値なんてもうない」
「ごめんなさい、本当に!あの時は嫌なことを言ってしまって」私は涙声になりながら詫びた。しかし、晴來の表情は少しも緩むことがなかった。
「お前は僕を見下してきただろ?僕のことなんてゴミ以下だと思ってたんだろ?」晴來の問いかけに、黙り込んでしまった。
「違う、違うの!私、本当は心の底から晴來のこと」
「うるさい!」晴來は大声を出して私の言葉を遮った。「お前の謝罪なんて価値ないって言ったろ!」
「でも、でも、私は本当に」私は必死に言い訳をした。しかし、晴來はそれを一切聞く耳を持たなかった。
「もういい!お前なんか二度と俺の前に現れるな!」そう言うと、晴來は私のそばを去っていった。
「晴來!待ってよ、晴來!」晴來の背中を追いかけたが、彼は一度も振り返ることはなかった。
その日の放課後、私は学校の屋上で一人ベンチに座り込んでいた。晴來に拒絶された悲しみと後悔の念に、胸が苦しくなっていた。
「どうすれば、晴來は私を許してくれるのかしら」
両手で顔を覆い、暗闇の中で考え込んだ。そこへ、歩みが近づく音が聞こえた。
「あら、茅雪ちゃん。どうしたの?」聞き覚えのある優しい声に、顔を上げた。そこには、紗友莉の姿があった。
「紗友莉さん」私は目に涙を浮かべながら呟いた。幼馴染の一人である紗友莉は、私と晴來の仲を常に案じてくれていた。
「茅雪ちゃん、泣いてるの?話したい事はないの?」紗友莉は私のそばに腰を下ろし、優しく言った。
「わ、私ね、晴來のこと、好きなの」紗友莉の前で素直に心の内を吐露した。「あの時、酷いことを言ってしまって。今度こそ心から謝りたいと思うの」
「そうだったの」紗友莉は親身になって話に耳を傾けた。「でも、晴來くんはもう茅雪のことを許せないみたいだわ」
「そんな、そんなの嫌!」私は激しく首を横に振った。「私、私はあの人が本当は好きなの。だから、仲直りしたいの!」
続けて
「でも、晴來くんにはもうあなたのことを好きでいる資格がないと思っているみたいよ」
紗友莉は優しく、しかし厳しい言葉を投げかけた。
「私のせいで、あんなに深く傷つけてしまったのかしら」目から涙が零れ落ちるのを手で払いながら、つぶやいた。
「でも、私に晴來への気持ちがあることくらい、わかってほしいの」
「気持ちはわかるけど、晴來くんはもうあなたを受け入れられないかもしれない」紗友莉は私の手を優しく握りしめた。
「私だって、あの人のことが大好きなの。昔からずっと、心の中で大切にしてきた存在なの」切なる表情を浮かべた。
「でも、言い方は適切じゃなかったわね」紗友莉は柔らかな眼差しで私を見つめた。「晴來くんはあなたの言動に深く傷ついてしまったみたい」
「そんなつもりはなかったの!」
心からそう願った。しかし過ちは過ちで、それを認めなくてはならない。
「自分の気持ちすら、わからなくなっていた私がバカだったのよ。でも、本当は昔から晴來が好きだったんだわ」
「でも今更、それを伝えても無駄かもしれないわね」紗友莉は寂しげに呟いた。「あなたが晴來くんに言った言葉は、重すぎたからね」
「でも、もう一度チャンスがほしいの」
紗友莉に懇願するように言った。
「今度こそ、本当の気持ちを伝えたい。そうすれば分かってくれると思うの」
紗友莉は少し考え込むと、静かにうなずいた。
「分かったわ。でも、失敗したら諦めなきゃだめよ。今度こそ、最後のチャンスね」
「ありがとう、紗友莉」
私は心から感謝の言葉を告げた。「私、今度こそ本気を出すわ」