晴來サイド
その日、僕は自宅の部屋で紗友莉との会話を終え、ポケットにスマホをしまうつもりだったが、その瞬間、着信音が鳴り響いた。
「なんだよ、紗友莉からまた何か用事でも...げっ...」
画面には、あの忌々しい幼馴染、北路茅雪の名前が表示されている。
嫌悪感を露わにしつつ、スマホの画面を見つめる。着信拒否にすることをすっかり忘れていたのだ。一瞬、無視しようかとも考えたが、スマホは鳴り止む気配を見せない。
嫌悪感を露わにしつつ、仕方なく通話ボタンをタップする。
耳を劈くような茅雪のヒステリックな声が、スマホのスピーカーから溢れ出す。思わず顔をしかめ、スマホを耳から遠ざける。それでも、彼女の声ははっきりと耳に届いた。
「なんだよ、茅雪。僕になにか用か?」
母親を亡くし、父親も不在がちな茅雪を不憫に思い、これまで世話を焼いてきた。しかし、自分を罵った彼女のことは、今では恩知らずだとしか思えなかった。
「ちょっと待って...」
通話を切りたい衝動を抑えながら、僕は要件を尋ねる。ゴキブリが出たとか、くだらないことじゃないだろうな?
やはり、くだらない用事だった。僕の予想通り、茅雪の部屋が散らかっているというだけの話だったのだ。
「だから俺を呼んだってのか? 掃除なんかで呼ぶなよ。俺はお前の家政婦じゃねーんだ。」
僕の一人称が俺になるのは激怒した証拠で、普段は茅雪をイジメる者などに向けられるものだった。しかし、今度の対象は茅雪本人である。
僕は苛立ちを隠そうともせず、怒気を込めて言った。召使い扱いをする茅雪に、僕は内心で苦笑いを浮かべる。紗友莉が言った「茅雪の奴隷」という言葉が的を射ているとすら思えた。今まで自分を見下してきた相手を、告白されるまでは心の底から好いていたなんて...。過去の自分の愚かさに気づき、茅雪への愛情が一片たりとも残っていないことを実感する。
「いつもいつも俺の事をこき使いやがって! お前は何様のつもりなんだよ!俺はお前みたいな自己中心的な奴の世話なんか焼いてる暇はないんだ。」
僕の怒りは頂点に達しようとしていた。
「いい加減、自分でやれよ! 俺はお前に顎で使われるような召使いじゃないんだよ!」
僕の怒号に、電話越しの茅雪の声が震え始める。今までこんな風に反抗されたことがなかったのだろう。その驚きが、僕の怒りにさらに拍車をかけた。自分はこいつからずっと見下され続けてきたのかと思うと、怒りで体が震えた。
「もういい加減にしろ! 俺はお前の言いなりになるような奴じゃない! 俺の優しさにつけ込んで、好き勝手言いやがって!」
茅雪の声は弱々しくなっていたが、僕の怒りは収まらなかった。この前のことは告白ではなかったと告げる。紗友莉と付き合うから、会える時間が減ると伝えたかっただけだ。しかし、今はそれすらも腹立たしく思えた。
「じゃあ、何なんだよ! 俺がどれだけお前に尽くしてきたと思ってんだ! それなのに、お前は俺を罵った! 俺の気持ちを踏みにじった!」
怒りに任せて、思いの丈をぶつける。茅雪の声がますます小さくなり、震えているのがわかった。それでも、僕は容赦しなかった。
「謝ったって許さねーよ! 出来たからもうお前にはうんざりしてんだよ! これ以上、俺を不快にさせるな!」
「聞く耳持たねーよ! お前みたいな奴に構ってる暇はないんだよ! これ以上、俺を怒らせるな!」
「でももクソもあるか! お前みたいな奴に構ってる時間はもうないんだよ! これ以上、俺を困らせるな!」
「この前のは告白とかじゃねーからな。俺は紗友莉と付き合うことにした。だから、これからはお前のために働くこともねーし、会うこともねーよ。」
「もう二度と俺に連絡するな! これで終わりだ!お前みたいな奴に、俺の大切な時間を奪われるなんてまっぴらごめんだ! これ以上、俺を不快にさせるな! もう関わるな!」
そう言って、僕は通話を切った。そして、茅雪の番号を着信拒否に設定した。
「はぁ... やっと終わった...」
僕は深い息をつき、ポケットにスマホをしまった。
「もうあいつに振り回されることはない... これからは、紗友莉と穏やかに過ごしていく...」
そう心に誓い、僕は布団に入った。これで、茅雪との不幸な関係に終止符が打たれた。これからは、大切な紗友莉との関係を育んでいくのみである。