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第四話 要警戒、三人娘は接近中 後編

 三人娘が来ていることを、母さんに伝えようと家の中に入った僕ですが。

 伝えるにあたり、今がまずい理由とは。


 僕たちが引っ越してくる前に、二階と三階の網戸を洗ってくれた大家さん。

 そのお返しに、大家さんの部屋の網戸を洗ってあげよう。

 母さんがそう言い出したのが、今朝の十時過ぎ。

 僕は止めたんだよ、もうすぐ三人娘が来るからって。

 なのに、来るのは二時だからとお風呂場で網戸を洗い始めちゃって。

 しかも、珍しく週末がお休みの大家さんを引っ張り出して二人で。

 お返しだったら、大家さんに洗わせちゃだめでしょ。


 案の定、三人娘と鉢合わせするのを見計らっていたかのように。

 洗いたての網戸を持った、母さんと大家さんが玄関から登場。

「どっ、どうして先輩が男の人と一緒に」

 大家さんを見て驚いているってことは、詳しい事情を話していないのかな。

「そろいのTシャツを着とるで」

 今までお風呂場で一緒に網戸を洗っていた二人は、おそろいのTシャツ姿。

「男の方にはまったくご縁のない先輩ですのに、ペアルックって」

 大家さんは着るのを嫌がっていたんだよ、でも。

 どうせぬれるんだから作業着でと、母さんが無理やり着せたんだ。

 それにしても、おそろいのTシャツなんていつの間に買っておいたんだろ。




 人目も気にせず家の前でもめているのを、何とか家の中に入れ。

 大家さんには自分の部屋で待機してもらって、二階に場所を移すことに。


「これって明らかに同棲じゃないですか、先輩」

「家から出てきたときかて、めっちゃ幸せっちゅう笑顔やったで」

「どんなご関係なのですか、あの男性とは」

 早速の集中砲火です。

「あの人はあたしが前にいた会社の後輩で、今はこの家の大家さんなの」

 三人娘に説明している母さんだけれど。

 おそろいのTシャツを着たままじゃ、説得力はゼロだと思うな。

「でも、一緒に住んでいるんでしょ」

「ええ年をした男と女やで、ひとつ屋根の下に住んどったら」

「何もないと言われても、誰が信じるとお思いに」

「余計な心配をしなくていいわよ、子供じゃないんだから」

 そんな反論の前にとりあえず着替えようよ、母さん。

「子供じゃないから心配しているんです」

「せや、一歩間違うたらドロドロやんか」

「良太君もいるのに、教育上よろしくありませんわ」

「何よ、あたしが男の人とそんな関係になっちゃいけないって言うの?」

 あの、話の方向がずれ始めていると思うんだけれど。


 三度目の説明で、やっと事情を理解した三人娘。

 とはいえ、まだまだ納得するには至っていないみたい。

 母さんに背を向けて、ひそひそと相談をしていたと思ったら。

「今日、あたしたちはここに泊まります」

「男と女の関係やないっちゅうなら、ウチらがしっかり確かめたる」

「きっちり、確認させていただきませんとね」

 ついに、うちに泊まると言い出した三人娘。

 その勢いに、押されたというか面倒くさくなったというか。

 渋々ながら母さんは、三人娘の要求を受け入れたんです。




 しばらくすると、三人娘は気づいたようです。

 僕だったら、何か知っているのではないかと。

「今がチャンスよ、先輩は三階で寝室の準備をしているから」

「良太、こっちへ来ぃ」

「お姉ちゃんたちね、君に聞きたいことがあるのよ」

 母さんがいないのをこれ幸いとばかりに、僕を取り囲んだ三人娘は。

 大家さんのことを、根掘り葉掘り聞いてきた後で。

「最近、先輩に何か変わったことはない?」

 見れば分かるでしょ、変わったことだらけだよ。

「家の中でとか、休みの日とかでも化粧してへん?」

 どっちもしているし、それ以前にお化粧の感じも変わっているでしょ。

「夜中にそっと一階に下りていくような気配は、ありませんこと?」

 気配どころか、毎晩大家さんの部屋に行っているんですけれど。

 いろいろな思いを、ぐっと飲み込んで。

「僕は小学五年生だよ、早く寝るし変な気配なんて言われても分からないよ」

 こんな返事をしたのは、母さんへの武士の情けだけれど。

 大の大人が小学五年生に聞くことなのかな、これって。


 顔を見合わせて、深いため息をついている三人娘。

「良太君に聞いても、らちが明かないわね」

「小学五年生に聞いた、ウチらのミスやな」

「早急に別の方法を考えませんと」

「で、これからどうするの?」

「どうって、本人に直接聞くのが道理やろ」

「この際ですわ、大家さんって人のお部屋に参りましょ」




 新たにロックオンをした、大家さんの部屋に向かう三人娘。

 そして、思わず一緒に来ちゃった僕。

「あなた、ここの大家さんらしいわね」

「そうだが、勝手に人の部屋に入ってきて何なんだ?」

「ウチらか、ウチらは先輩の会社のもんや」

「くまさんの会社の後輩、ってことか」

「あなたこそ、先輩とどういったご関係ですの」

「上で聞いたんだろ、くまさんが結婚前に勤めていた会社の先輩と後輩だよ」

 さすが大家さん、母さんと違って三人娘の猛攻にも堂々とした受け答え。

「どうして、先輩をくまさんって呼ぶのよ」

 それって、僕も聞きたかったんだ。

「会社で俺がつけたあだ名だよ、『もりの』っていったら『くまさん』だろ」

 へえ、そんな理由だったんだ。

「なんで先輩を自宅に住まわせとんねん、どうせ変な目的があるんやろ」

「下宿人を探していたら、偶然にくまさんと住むことになっただけだよ」

「立派に同棲していらっしゃるじゃないですか」

「だから、同棲じゃないって言っているだろ」

 軽くいなされている三人娘、当の本人を目の前にして密談です。

「先輩とは、何もないみたいね」

「自分で言うとるだけやろ、にわかには信じられへんな」

「でも、これだけお二人が否定なさっているのですから」


 確たる情報や証拠もなく乗り込んだあげく、さらっといなされて。

 ひどく疲れた顔をしている三人娘。

「あの、あれって冷蔵庫ですよね」

「なんぞ飲むもん、もろてええやろか」

「お恥ずかしいのですが、喉がからからで」

 そう言うと、大家さんの返事を待たずに勝手にお酒を取り出して飲み始め。

 大家さんにも勧める始末。

 お酒の力を借りて、改めて情報を引き出そうとしているみたい。

「へえ、独身なんですか」

「三十六やったら、ウチらとひと回りしか違わんな」

「その若さで、都内に一戸建てをお持ちだなんて」

「車庫のスポーツカー、外車ですよね」

「独身貴族やんか」

「都内の商社にお勤めで、会社ではシステム部門の課長をなさっている」

 大家さんをとり囲んでの質問攻めは、もはや宴会やコンパに近いね。

「独身主義じゃないんですよね?」

「結婚するつもりはあるんやろ?」

「どのような女性がお好みですの?」

 酔いも回り、ついには。

「じゃあわたし、大家さんの奥さんに立候補しちゃおうかな」

「ウチかて、大家さんとは結婚を前提にやな」

「生まれて初めてお部屋に伺った殿方ですもの、わたくしだって」

 いつの間にか、大家さんの扱いも。

 母さんに危害を及ぼす男から、自らの相手となる独身の三高男性にシフト。


「あなたたち、ここで何をしているのっ!」、

 三人娘のために寝室を準備していた、母さんの登場です。

「何って、健全な懇親会ですけれど」

「大家さんと自己紹介しおうとるんや」

「これからは、仲良くさせていただこうと思いまして」

「大家さんを巻き込むんじゃないの、早く上に行きなさいっ!」

 ビール片手に、陽気に騒いでいた三人娘ですが。

 プルプルと震えている母さんの両拳と、けんまくにたじたじ。

 最後に僕が部屋を出ようとすると、大家さんが。

「あの三人、まだいるのか?」

「うん、今日は泊まっていくんだって」

「じゃあ、六時になったら下りてくるようにくまさんに伝えておけ」

「どうするの?」

「夕飯は、ちゃんこ屋に連れていくから」




 ちゃんこ屋さんでは、大家さんを囲んでまとわりついていた三人娘。

 帰ってきてからも、階段を上がらずに大家さんの部屋に行こうとしている。

「どこに行くの、あなたたちはっ!」

「もちろん、大家さんの部屋ですけれど」

「これから盛り上がるんとちゃう」

「どうぞ、わたしたちにはお構いなく」

「大家さんの休日は貴重なのよ、邪魔をしないで早く上に行きなさいっ!」

 早く上に行け、が口癖になっている母さん。

 引きずられるようにして、寝室に向かう三人娘ですが。

「わたしたちが先輩の部屋で寝たら、先輩はどこで寝るの?」

「大家さんの部屋で、一緒に寝るつもりやろ」

「やっぱり、お二人はそのようなご関係なのですか?」

「あたしなら良太の部屋で寝るから、あなたたちは早くお風呂に入りなさい」




 歯を磨き終えた僕が階段を上っていると、ドアを開けたままの寝室からは。

 お風呂上がりの三人娘がしている会話が、まる聞こえ。

「三十代半ばなのに課長さんですって、優良物件じゃない?」

「独身やのに一戸建てに住んどるし、外車のスポーツカーやし」

「背もお高いし、とってもお優しそうですし」

 うっとりした表情で、知りえる情報を総動員して三者三様の夢を見ている。

「先輩とは、深い関係じゃなさそうだけれど」

「昼間の様子を見たやろ、そろいのTシャツでじゃれあっとったやんけ」

「あの様子では、いつ深い仲になられてもおかしくありませんわね」

「二人の関係をこのままキープさせる必要がある、ってことね」

「とりあえず、ウチらが監視せなあかんな」

「監視するって、どのように?」

「ここに泊まりに来るのは、どうかしら?」

「さえとるな、週末に泊まりに来るのはどうや?」

「毎週ですと断られたり嫌がられたりして逆効果ですわ、隔週末にしては」

 こんなのを絵に描いたような悪巧みっていうんだろうな、きっと。


 そのころ、たたみ終えた洗濯物を持って大家さんの部屋に行った母さん。

 ちなみに、大家さんの洗濯とクリーニング屋さん関係は母さんが。

 大家さんは固辞したんだけれど、手間は変わらないからって。

 洗濯物をクローゼットにしまい終わると、大家さんの前に座り。

 いつものように、お酒に付き合いながら。

「洗面台の引き出しにあった、使い捨ての歯ブラシを三本もらったわ」

「構わないよ、でも会社の後輩を泊めるなんて仲がいいんだね」

 本当に鈍いわね、って顔をした母さん。

「あの子たちは、強引に泊まり込んでいるのよ」

「そうなの?」

「あなたを、恋愛の対象としてロックオンしたから」

「何だよ、それ」

「だから、あの子たちがあなた目当てだってことぐらいは気づきなさいよ」

「ふざけないで、年がひと回りも離れているんだよ」




「もうすぐ十一時よ、いいかげんに起きて顔を洗って着替えなさいっ!」

 寝室に入ってきた母さんの声で、モゾモゾとする三人娘。

「枕や布団のカバーを洗濯するんだから、これ以上の余計な手間を……」

 そう言いながら、布団をめくり始めた母さんに。

「日曜日ぐらい、ゆっくり寝かせてくださいよ」

「だったら、自分の家でゆっくりすればいいじゃない」

「ウチらが好きで泊まっとると?」

「そうとしか見えないでしょ、まさかこちらがお願いしているとでも?」

「次からはDNDの札が必要ですわね、このお部屋」

 起こさないでくださいなんて、ホテルじゃないんだから。

「次からって、また泊まりに来るつもりじゃないでしょうね」

「鋭いですね、あたしたちは隔週末に泊まりに来るって決めました」

「勝手なことを言って、だめに決まっているでしょ」

「そら困ったな、先輩が同棲しとるて社内掲示板にアップしよかって蝶野が」

「あたしを脅す気なの、そもそもこれは同棲じゃなくて下宿ですかからね」

「これって、見る人が見れば立派な同棲ですわ」

「やましいことはありませんから、アップでも何でもすればいいでしょ」


 そんなやりとりを聞いていた僕は、母さんは立派だなって思ったんです。

 三人娘の脅しになんか、これっぽっちも屈しないし。

 そして、三人娘はすごいなって思ったんです。

 母さんの意思を無視して、隔週で泊まりに来ようとしているんだもの。

 何より、後になって大家さんが言ったことには僕も同じ意見です。

「災難ってのは突然やってくるから災難なんだ、覚えておけよ」




Copyright 2024 後落 超


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