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第三十二話 やっぱり、くまさんは春から 後編

 結婚式の間は、ずっと母さんの花嫁姿を見ていたあゆみ。

 穴が開くほどに、じっと見続けていたからか。

 顔はほんのり赤いし、呼吸も乱れている。

 そんなあゆみを見ていた僕は、家を出る前のことを思い出していたんだ。




「お着替え……、終わりました?」

 ノックの音に続いて、あゆみの声がしたんで。

「うん、もう終わったよ」

 僕がそう答えると、部屋に入ってきたあゆみ。

 買ったばかりの白いワンピースに着替え、薄いピンクの春コートを片手に。

 青いイルカ、髪のヘアピンと胸元のブローチがとても良く似合っている。


「どうしたの?」

「お母さまがネクタイをするようにって……、わたしが結びますから」

 左手に持っているのは何かと思ったら、僕のネクタイか。

「どうしてネクタイなんか、暑苦しいのに」

「でも……、せっかくお母さまが用意されたんだから」

 そう言いながら僕の正面に立ち、ネクタイを結んでくれている。

「ネクタイ、結んだことはあるの?」

「初めてです……、昨日お母さまに習って」

 母さんだって、ネクタイの結び方を覚えたのはつい最近なのに。


 僕は背が高い方だし、あゆみは小柄な方だから。

 見上げるように背伸びをして、ネクタイを結んでくれた。

「母さんだってまともに結べないくせに人に教えるなんて、ぐっ!」

 今の「ぐっ」は、GOODの「ぐっ」ではありません。

 ネクタイがきつく締められたからの、「ぐっ」です。

「良太さん……、結びにくいからじっとして」

 そう言って、キュッと結び目を整えると。

「でき上がり……、リビングで待っていてくださいね」

 かわいかったな、そう言ったときのあゆみ。




 そして今のあゆみは、式を見終わって満足しましたって顔をしている。

 僕は退屈で、あくびをしそうになるのを我慢するのが大変だったのに。

 母さんに手招きされて二人で話をしているけれど、何か耳打ちされると。

 びっくりしたような顔で、目をまん丸にして小さくうなずいている。

 もう一度、何かを言われてからは。

 ひと言だけ答えてから、顔をまっ赤にして下を向いて。

 何を言われて、何を答えたんだろ。


 戻ってきたあゆみは、少し上気した顔をしていて。

「お母さま……、とてもお奇麗ね」

 小さな声でそう言うと、下を向いている。

「母さんと、何の話をしていたの?」

「何でも……、ありません」

 そう答えたものの、みるみる顔が赤らんでいる。

「でも、顔が赤いよ」

「結婚式には……、初めて参列したから緊張しているのかも」

 緊張しているのとは、ちょっと違う感じがするけれど。

「ふうん、僕は平気だったけれど」

「早く大人になって……、わたしもこんなお式をしたいと思ったから」

 花嫁を見て感動するなんて、やっぱり女の子なんだな。

「良かったね、満足したみたいで」

「ええ……、いろいろと」

 いろいろって、何だろ?




「結婚式なんて、終わってみればあっという間ね」

 余裕たっぷりに、そう言っている母さん。

「式を終えたばかりの新婦のくせに、普通ならもっと感動しているんじゃ?」

「感動したのは確かだけれど、もう少し緊張するかと思っていたのよ」

 さすがに言えないよね、二度目だから慣れているんだろうとは。

「大家さんが呼んでいるわよ、次は満開の桜の下で写真撮影をするんだって」


 写真撮影には、結婚式が終わるのを待っていた三人娘に河野先生と隼人も。

「課長の花嫁姿、奇麗ねえ」

 わりとまともなことを言ってくれるんだね、猪口さん。

「馬子にも衣装て言うやろ、それよか大家さんはシュッとしとるなあ」

 母さんにまる聞こえだよ、鹿山さん。

「ご本人にとっては一生の思い出に残る晴れ舞台なのですから、何度目でも」

 二度目の晴れ舞台で悪かったね、蝶野さん。

「こんな日に、茶化さないの」

 さすが先生、晴れ舞台にふさわしくない発言はたしなめてくれるんだね。


「新婦さん、もう少し笑顔でお願いします」

 三人娘の余計なひと言を聞いた母さんが、にらんでいるものだから。

 カメラマンから、笑えって言われている。

「おめでたい席なのに……、失礼なことを言ったらだめじゃない」

 ほら、鹿山さんがひとまわり以上も年下のあゆみに諭された。

「会社で怒りまくっとる姿とえらい違いやから、おちょくりとうなるんや」

 子供みたいだな、あゆみの爪のあかでも煎じて飲ませてもらうんだね。


 写真撮影が終わると、母さんの袖を引っ張っているばあちゃん。

「今夜は良太が一人でしょ、あたしとお父さんが泊まってあげようか?」

 二人の仕事の都合から、新婚旅行は夏にする母さんと大家さんですが。

 今夜は、都内のホテルに泊まるんだ。

 ついこの間、プレ新婚旅行をしたばかりなのに。

「良太だったら大丈夫よ、あゆみちゃんがいるから」

「ちょっと、二人だけにするの?」

「料理だって掃除や洗濯だって、あたしやお母さんよりずっと上手だから」

「そうじゃなくて、子供同士とはいえ二人っきりにするのかってことよ」

「何を心配しているの、まだ小学生よ」

「そっ、そりゃあ」

「もし何かあってもいいのよ、母親のあたしが認めているんだから」

「まさか、あなたたちがホテルに泊まるのは……」

「あゆみちゃんを、良太と二人っきりにしてあげるためだもの」




 お祝いの会は、四時から山河で。

 それまでに時間があるから、母さんと大家さんは区役所へ行っているんだ。

 式を挙げたんだから、今夜から戸籍上も夫婦として過ごしたいんだって。


 戻ってきた二人は、晴ればれとした顔をして。

「婚姻届を提出して、関連する手続きも済ませてきたよ」

「これであたしは晴れて石田美波だし、良太の名字も石田よ」

「学校関係の手続きも、先生に聞いておいたから週明けに」

 いつもどおりの大家さんに比べ、母さんったら。

 大きなことを成し遂げた、って顔をしちゃって。


 貸し切りにしてもらった山河では、中央に母さんと大家さんを挟んで。

 右には、新郎新婦の昔話で和む親世代が。

 じいちゃんとばあちゃんに、大家さんのお母さんと社長さんと奥さん。

 そして、隼人のおじいさんとおばあさん。

 左には、いつもと変わらず盛り上がっている若手グループが。

 僕とあゆみに、隼人と先生と三人娘。


 宴会も半ば、僕と隼人を相手にクイズで盛り上がっていた三人娘が。

 出題のターゲットを、母さんと大家さんにシフト。

「次の問題や、課長はいつから大家さんにほれてもうたんやろか?」

「お身内の方もいらっしゃるのにやめてよ、お姉ちゃん」

 せっかく、あゆみが三人娘の暴走を止めようとしているのに。

「大丈夫よ、この子たちも退屈しているみたいだから受けて立つわ」

「はずかしいからやめてよ、母さん」

 一番やる気になっているのが、本人だなんて。

「大阪に出張に行ったときから、だと思うわ」

「ブ~、まず猪口がはずれ」

 母さんったら、やる気どころかのりのりじゃないか。

「祭りの帰りに雰囲気がおかしかったやんか、そんときからやろ」

「ブッブ~、鹿山もはずれ」

「裸の大家さんと一緒に布団の中にいらっしゃった、夏の旅行のときですわ」

「ブッブッブ~、最後の蝶野もはずれ」

「だったらいつなのさ?」

「正解は、引っ越してすぐでした」

 えっ、それは意外だな。

「あたしや良太を、いつでも大切にしてくれていることに気づいてからよ」

「それじゃあ、再会してからあっという間じゃないですか」

「恐るべき速攻やな、そういうたら先生にもやきもちを焼いとったし」

「先生が、大家さんにストッキングを脱がされたときですわ」

 正しくは足のけがの手当を受けたき、でしょ。

 両家の親が同席しているのに、母さんの過去の醜態をばらすのはだめだろ。

 しかも、大家さんと先生にまで飛び火しているじゃない。


「それじゃあ次、大家さんはいつからあたしと結婚したいと思っていたか?」

 ついに自分から出題し始めたよ、母さんには羞恥心ってものはないの?

「自分のことならともかく、大家さんのことはだめでしょ」

 さすがに僕が止めようとすると、大家さんまで。

「構わないから続けていいよ、くまさん」

「聞いたでしょ、どうぞっ!」

「お見合い話を断ったときには課長を好きだったんだから、お祭りのときね」

「猪口はブ~、それは結婚するって決めたときよ」

「せやったら、やっぱり夏の旅行のときやろ」

「鹿山もブッブ~、もっと前でした」

「そんなに早くからでしたら、課長が夏風邪を引かれたときでは」

「蝶野だってブッブッブ~、正解は七夕のときでした」

「七夕!」

 何も、全員で声をそろえなくてもいいのに。

「良太が書いた短冊を見て、あたしとなら結婚してもいいと思ったんだって」

 みんなの視線が、僕に集まっているじゃないか。

「何て書いてあったんです、大家さん」

 今度は、大家さんに視線が集中。

「内緒だよ」

 さすがに言えないよね、妹が欲しいって書いてあったなんて。


「独り暮らしが長過ぎておかしゅうなっとったんやろ、大家さん?」

「一緒に暮らしていて、くまさんといると楽だなって思ったんだよ」

「やっぱり、お互いを身近に感じられる絶好のシチュエーションですものね」

「心地よいものだよ、くまさんがいてくれる毎日は」

 それを聞いた先生は感動しているみたいだし、あゆみもぼうっとしている。

 これじゃ、さっきまでノリノリだった母さんも。

 くすん。

「ちょっと、課長ったら泣いているんじゃない?」

「当たり前やろ、見とるウチかて泣きそうやで」

「本当に羨ましいです、お二人とも」

 ぐすん、ぐすん

 やっぱり、大家さんってすごいな。

 こんなしょうもないクイズで、みんなを感動させちゃうなんて。




 あゆみと先生が、三人娘を巧みに制御するというファインプレーもあり。

 覚悟をしていたよりも、ずっと早く。

 七時にはお祝い会を切り上げることに成功した、母さんと大家さん。

 八時過ぎには、ホテルにチェックインをすることに。


 フロントで大家さんが書いている宿泊台帳を、のぞき混んでいる母さん。

「何をにやにやしているのさ、くまさん」

「だって、名前は石田美波だし続柄の欄には妻だもの」

「くまさんは幸せだな、そんなことでにやにやできるなんて」

「何を言っているの、これこそ待ち望んでいた最高の幸せよ」


 お風呂上がりに、おそろいのパジャマでくつろいでいる二人は。

 ルームサービスで頼んだワインが届くと、それを飲みながら。

「あゆみちゃんは、結婚式に感動しているみたいだったね」

「みたいじゃなくて本当に感動していたから、お式の後で聞いてみたのよ」

「何て?」

「大きくなったら、良太の奥さんになりたいんでしょって」

「くまさんも思い切ったことを聞くね、それで?」

「はいって答えるんだもの、かわいいわよね」

「実感はないんだろ、あまりにも気が早い話だもの」

「それでも、あゆみちゃんのためなら応援してあげたくなるわ」

「だから、今夜は二人だけにしたの?」

「ええ、良太もあゆみちゃんのありがたさが身に染みるでしょうから」

「それにしても、二人だけにするのはちょっと常軌を逸しているんじゃ?」

「もう少しで中学生だもの、今しかこんなことはさせられないでしょ」

「いろいろなことに気を使って大変だね、母親ってのも」


 こほん、と小さなせき払いをひとつした母さんは。

「とにかく、これからよろしくお願いいたします」

「こちらこそ」

「あたし、あなたのいい奥さんになれるよう頑張るわ」

「無理になろうとしなくていいよ、いい奥さんになんて」

「でも」

「今までのくまさんでいてくれれば、俺は幸せなんだから」

 このとき母さんの手を握った大家さんの手は、とても暖かかったんだって。




 会社ではひとつ年上の後輩で、元気で明るいのが取りえだった大家さんは。

 たまたま合コンがドタキャンをされた日に、十年ぶりに母さんと再会して。

 桜が咲き始めたころに、文字どおりの大家さんになり。

 母さんと僕が待っている家に帰ってくるのが、幸せだって思ってくれて。

 恋愛期間もなしに、母さんと結婚をすることになり。

 そして、今日からは。

 母さんは大家さんの奥さんで、大家さんは母さんの旦那さま。


 そうか。

 いつでも母さんの幸せは、あの橋から見える桜が咲くころ。

 春から、始まるんだね。




Copyright 2024 後落 超


「くまさんの春から」を最後までお読みいただき、ありがとうございます。


 十年ぶりに再会をした春から、借家人と大家として一風変わった同居生活を始めて。

 一年で結婚をした、母さんと大家さん。

 ゆるゆるなラブコメとしては、絵に描いたようなハッピーエンドで。

 めでたし、めでたし。


 のはず、ですが。

 そうは問屋が卸さないのが、このお話です。

 しかも、僕の身にはこれまでとは比べものにならないようなとんでもないことが。

 その原因の一端を担うのは、もちろん母さんなのですが。

 あくまでも一端にすぎないわけで、根本的な原因は……。


 くまさんの春から 2nd Seasonは、全20話。

 すでに執筆を終え、2025年4月1日から投稿予定です。

 開始からすぐに山場がおとずれますので、よりパワーアップした騒動にどうぞご期待ください。


 春は「くま春」、秋は「難ガール」でお楽しみいただけますと幸いです。


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