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第二十八話 雪は降る、あなたはいない

 二月も半ばを過ぎたっていうのに雪、です。

 昨日からテレビのニュースで、さんざん話題になってはいましたが。

 東京では珍しいほどの、日常生活に支障をきたすほどの大雪なんです。


 どれぐらいの大雪かといえば。

 僕の通っている小学校では、夕方には帰れなくなるほど積もるだろうと。

 授業は、三時限目で打ち切りに。

 僕たちが下校するときですら、ようやく前に進めるぐらいだったし。


 それでも、僕は通学する学校と家との間だけだからましですが。

 問題は、通勤をする母さんと大家さんです。

 いつもは私鉄で出勤していますが、夜半からの雪が積もり始めていたから。

 今朝は、積雪で止まることがない地下鉄で行ったけれど。

 うちから地下鉄の駅までは。

 通りを行き、幹線道路に突き当たったら左に曲がると。

 そこから駅まで、なだらかな上り坂が四百メートルほど続いているんです。

 普段なら、なんてこともない勾配なんですが。

 昨日から降り続く雪は、今ではぼくの膝下にとどくほどに積もっていて。

 行きの上り坂より帰りの下り坂が問題かと思われるから、二人が心配です。




 誰も帰ってこない家で留守番をしていると、大家さんから電話が。

「どうしたの?」

「今、ターミナルの駅に着いたよ」

「こんなに早く、会社は?」

「雪で電車が止まる前に、課員を早く帰らせたから俺も」

 ふうん、会社も学校と同じなんだ。

「これだけ積もっていたら、ぬれるし寒いだろうね」

「ああ、帰りの坂道が危ないから私鉄で帰るつもりでここまで来たんだが」

「どうかしたの?」

「この駅までは問題なかったけれど、私鉄が止まっているんだ」

「止まっていてもおかしくないよね、これだけ雪が降っていたら」

「いや、雪じゃなくて人身事故だって」

「へっ?」


「電車が動いていないのに、どうするの?」

「どうするもこうするも、タクシー乗り場は長蛇の列だし」

「帰れないね」

「動きだすまで、いつも行くうなぎ屋で飲んでいるよ」

「随分、のんきだね」

「どうせ、二時間もすれば動くだろうから」

「二時間もしたら、もっと積もるんじゃ?」

「電車さえ動けば、駅から家までは積もっていても坂はないから」


「くまさんは地下鉄で帰ってくるだろうから、滑って転ばないか心配だな」

「坂道を歩けるような積もりかたじゃ、ないものね」

「くまさんから連絡は?」

「ないよ」

「早く帰ってきた俺がこうなんだから、大丈夫かな」

「大丈夫でしょ、駅からは歩いてたったの八分だもの」

「それより、食事はどうした?」

「冷凍食品で済ませたよ」

「悪いな、おわびに明日は好きなものを食べに連れていってやるから」

「やったあ、エビフライがいいな」

「くまさんには内緒だぞ、じゃあ後でな」


 あれ、今度は母さんからだ。

「これから会社を出るから」

「今、大家さんから電話があったよ」

「何て?」

「ターミナル駅にいるけれど、私鉄が人身事故で止まっているんだって」

「それで?」

「いつものうなぎ屋さんでお酒でも飲んで、動くのを待つってさ」

「この大雪だっていうのに、のんきねえ」

 僕と同じことを言っているよ、やっはり親子なんだな。

「じゃあ、あたしもうなぎ屋さんに行って大家さんに合流しちゃおうっと!」

 うれしそうにそう言うと、電話を切った母さん。

 実の母親だというのに、一人でいる僕の食事のことを聞きもしないなんて。

 大家さんとは大違いだな、やれやれ……。




「やっぱり、この席にいたわね」

 入り口横の、何本も串が焼かれてもくもくと煙が立ちのぼっている焼き台。

 その前に陣取っている大家さんを見つけ、隣りに座った母さん。

 大家さんが驚いていないのは、母さんが行くと僕が連絡をしておいたから。

「飲み物は、何にする?」

「駅から歩いてきただけで体が冷えちゃったから、熱い日本酒!」

 運ばれてきたおちょうしからお酒をおちょこに注ぐと、一気にくいっ。

 そして、もう一杯くいっ。

「大丈夫なの、そんな勢いで飲んで」

「平気、平気」

 大家さんが頼んでくれた、短尺を頬張りながら。

「夜にこのお店に来たのは初めてだけれど、こんな雪でも混んでいるのねえ」

「いつもより混んでいるよ、雪だからだろ」

 おちょうしを片手に、キモ串に手を伸ばした母さんは。

「電車、いつになったら動くのかなあ」

 携帯電話を取り出した、大家さんが調べると。

「まだ止まっているね」

「深夜になっても動かなかったら?」

「ホテルにでも泊まるしかないだろ」

「おっ、お泊まりっ!」

 そんな母さんの期待に反して、電車は一時間もすれば動くらしく。

「ええ~っ、つまらないの」

「何を言うのさ、帰れるのに越したことはないだろ」


 短時間でさんざん飲んだ結果、舟をこぎ出している母さんに。

「くまさん、くまさんってば」

「う~ん……」

「そろそろ九時だよ、帰ろうか」

 母さんが到着してから、二時間以上も飲んでいたの?


 起きようよしない母さんをおぶって。

 転んだり滑ったりしないように気をつけながら、駅に向かう大家さん。

 ラッキーだね、タクシー乗り場の大行列が解消しているのは。

 あれだけ降っていた雪も、いつの間にかやんでいるし。




 そのころ僕が、一人寂しく留守番をしながら。

 今週末は泊まりに来る予定の三人娘が、どうしてまだ来ていないんだろう。

 この雪だから、大家さんのようにどこかで足止めをくらっているのかな。

 そんなことを考えていると、インターフォンが鳴り。


「さっ、三人ともどうしたの?」

 玄関には、心配をしていた三人娘が。

 とりあえず、暖かいリビングに連れていくと。

「みんな、足を痛そうにしているね」

「駅から出てすぐ、下り坂であたしが滑って」

「派手にこけて、足首をくじいてもうたんや」

「鹿山さんとわたくしで肩を貸して、ゆっくり歩いて来たんです」

「一番痛そうなのは猪口さんだけれど、鹿山さんと蝶野さんも痛そうだよ」

「あたしが転んでからは、気をつけながら歩いていたんだけれど」

「坂の途中で、今度は蝶野がこけてもうて」

「二人とも、鹿山さんの肩を借りて歩き出したんですけれど」

「まだ、何かあるの?」

「一人で二人を支えるには、無理があるのね」

「信号の手前でウチもこけて、三人とも足を痛めてもうたんや」

「それでも、鹿山さんとわたくしは何とか歩けましたから」

 いつもなら駅から十分もかからない道を、三十分もかけて来たんだって。

 それで痛そうだし、寒そうにしているのか。

 やっぱり、大家さんが正解だったんだね。

 帰り道に坂がないからと、私鉄で帰ってくる選択をしたところまでは。


「お酒を飲んできたのに、雪の中であんな坂道を歩くからだよ」

 ぷんぷん臭っているよ。

「いやねえ、酔っぱらっていたから転んだんじゃないわよ」

「せや、飲んだんはこけた後やで」

「あまりに寒かったので、山河さんへ寄ったんです」

「うちはすぐ目の前なのに、山河に寄ったの?」

 けが人がいるのに、何を考えているんだか。


「とにかく、猪口さんの手当てをするから」

 前に、先生が家庭訪問に来て足をくじいたとき。

 大家さんが手当てしていたのを思い出して、うろ覚えながらテーピングを。

「へえ、痛くなくなったわ」

「これやったら、明日は普通に歩けそうやな」

「良太君のテーピングのおかげですわね」

「明日になったら、ちゃんとお医者さんに行った方がいいよ」


「何だか、飲み足りないわね」

「いっぺん外に出たからやろ、すっかり酒が抜けてもうた」

「何か作りましょうか」

 こんなときに作るなら、普通は温かいミルクかココアなんだろうけれど。

 三人娘の場合は当然のごとく、お酒とおつまみを。

「けがをしているのに、お酒なんか飲んでいいの?」

「平気よ、さっきよりずっと痛くなくなったし」

「テーピングの効果が絶大なんやろ」

「それに、鹿山さんとわたくしも痛み止めを飲みましたから」

 テーピングはともかくとして。

 痛み止めについては、それだけお酒を飲んでいたら効果が半減するのでは?


「明日が土曜日で良かったね、そんなけがを押して通勤をしなくてもいいし」

「少しも良くないわよ」

「せや、明日が土曜日やなかったらウチらここに来てへん」

「こんなけがはしていませんし、あんなに寒い思いもしていませんもの」


「そういえば課長がいないわね、大家さんの部屋に?」

「こんだけ騒いどったら、顔ぐらい出すやろ」

「不思議ですわね」

 母さんが、大家さんとターミナル駅で飲んでいることを話すと。

「何を考えているのかしらね、良太君を一人にするなんて」

「親としたら、無責任の極みやな」

「なっていませんわね、一度ちゃんと言って差し上げませんと」

 あなたたちが言っても、たいした効果はないと思うな。

 だって、けがをして寒さに震えながらうちに向かっていたのに。

 目前でお酒の誘惑に負けて、山河に寄ったんだもの。

 母さんも、あなたたちだけには言われたくないと思うよ。


 携帯電話で、何やら調べていた三人娘は。

「電車は、もう動いているみたいよ」

「ほんまや、九時前には復旧しとるで」

「どこで何をなさっているのでしょう」




 インターフォンが鳴ったので、モニターをのぞくと。

 今度は、母さんをおんぶしている大家さんが。

 慌てて玄関に行くと。

「どうしたの、母さんも転んじゃったの?」

「も、って?」

「三人娘は地下鉄の駅からの下り坂で転んで、猪口さんが足をけがして」

「くまさんは寝ているだけだよ」

「寝ている?」

「寒かったからって、駆けつけで日本酒を勢いよく飲んでいて」

「飲んだって、どれくらい飲めばこんなことに?」

「一人で四合も飲んで、つぶれちゃったんだ」

 わが母親ながら、情けないなあ。

「駅から、母さんをおぶって歩いてきたの?」

「まさか、そこの角まではタクシーに乗ってきたよ」

「タクシーに乗れないから、飲んでいたんでしょ?」

「電車が復旧した後は、集まってきたタクシーが余っていたからな」


「課長ったら、何をやっているのかしら」

「ほんま、息子に見せる姿やないな」

「見事に、爆睡されていますわ」

 うちに来てから三十分で、そんなに赤い顔をしているあなたたちだって。

 大差はないと思った僕の判断は、のちに証明されることに。


「くまさんを運んで、寝かせてやらないと」

「運ぶといっても三人娘は足をけがしているし、僕一人じゃ運べないよ」

「じゃあ、俺の部屋に寝かせるか」

 それを聞いた三人娘は、瞬時に反応。

「だめですよ、大家さんの部屋で寝かせるなんて」

「あかん、そらあかんわ」

「ここのままでも、よろしいのでは」

 そんなに必死にならなくても、母さんがこの状態なら何も起きないでしょ。


「だったら、大家さんが僕の部屋まで運んでくれる?」

「三階まで酔って寝ているくまさんをおぶって運ぶのか、やれやれ」

「僕たちがこの家の下見に来た日以来、上に来るのは二度目だね」

「くまさんが風邪をひいたときや、クリスマスにも上がっただろ」

「三人娘がいるから、母さんは僕の部屋に運んで」

 大家さんは、さっき下ろしたばかりの母さんをおぶいながら。

「先に行って、くまさんの布団を敷いてくれ」

「母さんはベッドに寝かせて、僕が布団で寝るよ」

「おまえも大変だな、くまさんを母親に持って」

「今に始まったことじゃないし、それに大家さんよりましだよ」

「どうして?」

「僕は大人になればここを出ていけるけれど、大家さんはずっと一緒だもの」

「こりゃ、一本とられたな」


 母さんをベッドに寝かせた大家さんは。

「けがをしているのは猪口だけみたいだが、あのテーピングは良太が?」

「大家さんが先生にやってあげたときに見ていたから、見よう見まねでね」

「見ていただけなのに、ちゃんとできていたな」

「大家さんだけだよ、僕を正しい方向へ育ててくれるのは」


 この後、リビングに下りた大家さんは。

 痛み止めとお酒の相乗効果で、爆睡している三人娘を見てため息をつくと。

 一人ずつ、おぶって寝室に運ぶことになるのでした。




 この大雪で、一番の被害に遭ったのは。

 足をけがした上に、寒い思いをしながらうちに来た三人娘でも。

 酔いつぶれて、おぶられて帰ってくる醜態をさらした母さんでもなく。

 これら四人を三階までおぶって運ぶことになった、大家さん。

 ってことになったね、いつもと同じように。




Copyright 2024 後落 超


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