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第二十七話 バレンタインデーもいろいろです

 今日は、大家さんが出張でいないと知っているのに。

 鹿山がうちに来たいなんて言うから、どうしてだろうと思ってはいたのよ。

 リビングで良太と顔を合わせるなり、バッグから何やら取り出すと。

「ほれ、バレンタインデーのチョコレートや」

「えっ、僕に?」

 良太にチョコレートを渡すために、わざわざうちまで来たの?


「猪口と蝶野は、どうしているの?」

「二人やったら、会社で配るチョコレートを買いに行っとります」

 今どき義理チョコを配るって。

「あなたは買わなくていいの?」

「ええんや、ウチの分も買うように頼んどるさかい」

「バレンタインデーはあさってなんだから、わざわざ今日来て渡さなくても」

「あさってはウチら、やぼ用があんねん」

 えっ、バレンタインデーなのに?

 変ね、いつものこの子たちなら何があってもうちに来たがるのに。

 大家さんにチョコレートを渡すんだって。

「じゃあ、大家さんへのチョコレートはあたしが預かっておくの?」

「それについても、ええねん」

「これから大家さんが帰ってきたら、自分で渡すのね」

「ウチは、良太にこれを渡したら帰りまっせ」

 どうしたのかしら、意外すぎる展開ね。

 当日には来られないから、大家さんにチョコレートを渡しに来たのでは?

「今日は置いていかないし当日は来ないって、どうするつもりなの?」

 どうせ、良からぬことをたくらんでいるんだろうと思っていたら。

「ウチら、今年は大家さんにチョコレートを渡さんて決めたんや」

「渡さないって、どういうこと?」

「当然やろ、結婚を控えた大家さんに本命チョコやら渡せまっか」

 あらあら、この子たちにしては殊勝な心掛けね。


「でも、どうして鹿山さんが僕にチョコレートを?」

「なんでウチが、あゆみからに決まっとるやんけ」

 ふうん。

 あゆみちゃんからのチョコレートを、良太に渡すためにわざわざ来たのか。

 この子でも、たまにはお姉さんっぽいことをするのね。

「ありがたく思えや、あゆみの手作りやで」

 鹿山が良太に渡したのは、リボン付きでラッピングしてある箱。

「いいわねえ、あゆみちゃんから手作りのチョコレートだなんて」

「息子がもらったチョコレートを、母親が羨ましがってどうするのさ」

「いいから、早く開けてみなさいよ」

 箱の中には、砕いたアーモンドをまぶしたチョコレートのイルカが四匹。

「クッキーの周りをチョコレートでコーティングした、言うとったで」

 あら、これって。

 誰に似たのか、良太は鈍感だから。

 あたしが言ってあげないと、きっと気づかないわ。

「このチョコレート、あなたがあげたヘアピンと同じイルカじゃない」

「へえ、そうなんだ」

 やっぱり、気づいていなかったのね。

「バレンタインデーのチョコレートに、こないに手ぇかけよって」

「いいじゃない、あゆみちゃんらしくて」

「ほんまに、良太を気に入っとるんやろな」


「あゆみは料理が得意やけど、菓子を作るんは初めてなんやて」

「へえ、いつからお菓子作りを始めたのかしら」

「去年の九月から、言うとりました」

「九月なら、うちから帰ってすぐじゃない」

「そうでんなぁ」

「まるで、良太にチョコレートをあげたくてお菓子作りを始めたみたいね」

「うれしかったんやろ、夏休みに良太から料理の腕前を褒められたんが」


 チョコレートをながめている良太に。

「本命チョコをもらうのなんて、初めてじゃない?」

「まあ、そうだけれど」

「良かったわね、初めてもらった本命チョコがあゆみちゃんからで」

「あゆみかて初めてや思いまっせ、本命チョコを渡すんは」

 そう言った鹿山は、テーブルにあったメモに何かを書いて良太に渡すと。

「実家の電話番号や、電話してあゆみに礼を言うとき」

「ホワイトデーのお返しを何にするか、今のうちから考えておきなさいよ」


 イルカの中に入れてある、クッキーの形。

 これも、良太は気づいていないんでしょうね。

「四つとも形が違うのね、まるで跳び跳ねているみたいじゃない」

「ほんまやね」

 胴長で尻尾を跳ね上げているイルカには、「L」の形のクッキー。

 ちょっぴり太っちょのイルカが「O」で。

 ジャンプしているイルカは「V」よね。

 尻尾をくるりってしているイルカには「e」だって。

 あゆみちゃんのことだから、良太に会っても恥ずかしくて言えないでしょ。

 ちゃんと手紙に書いて、入れておけば良かったのに。

 

 帰りがけに、鹿山が。

「忘れとった、ウチら三人から良太へのチョコレートや」




 バレンタインデーには、三人娘がうちに来ない。

 それなら、良太に気を使ってもらえば大家さんと二人っきりになれるわね。

 ゆっくりと過ごせるなんて、最高じゃない。


 肝心なのはチョコレートよね、どうしようかな。

 三十代半ばのあたしが、気合いの入った手作りのチョコレートってのは。

 大家さんにどん引きをされちゃいそうだし、どうしたものかしら。

 やっぱり、お店で買った高級なチョコレートが無難じゃないかしら。


 ちょっと待って。

 そもそも、大家さんって甘いものを食べないのよね。

 クリスマスのケーキだって、ひと口食べたら残りは良太にあげていたもの。

 チョコレートじゃなくて、ネクタイかネクタイピンにする?


 ううん、だめよ。

 結婚前にチョコレートをあげられるのは、今年だけなんだもの。

 やっぱり、高級なチョコレートでいくべきかしら?

 でも、食べてもらえなかったら……。


 食べてもらえるかどうか分からない、チョコレートよりも。

 形に残るものの方がいいかもね。

 大人のバレンタインデー、って感じだし。


 でも、ネクタイやネクタイピンはお誕生日やクリスマスにあげられるもの。

 しかも、大家さんのお誕生日は五月五日のこどもの日。

 あと、三か月先だものね。

 形に残るものは、お誕生日にあげるとして。

 やっぱり、バレンタインデーなんだからチョコレートで決まりかな?

 来年以降はともかくとして、今年はチョコレートで。


 ああ、堂々巡りで頭がくらくらするわ。




 そして、問題のバレンタインデーです。

 やぼ用があると鹿山が言っていたのは、どうやら本当のようね。

 終業を待ちわびていたかのように、三人娘はそそくさと退社したもの。

 この分なら、あの子たちがうちに来ることはないわね。


 帰ってきた大家さんから、スーツとネクタイを受け取ってハンガーに掛け。

 クリーニング屋さんに持っていくYシャツを片手に、さりげなく。

「今日は、珍しく帰りが早かったわね」

「バレンタインデーだろ、上司が早帰りしてやらないと」

「早帰りって、どうして?」

「既婚者はともかく、若手は彼女がいれば会いたいだろうからね」

 そんな理由で早帰りできる職場じゃないから、気を使ってあげているのね。

「はいどうぞ、貴重品よ」

 大家さんに渡したのは、明らかに義理とは違う立派な本命チョコ。

「貴重品?」

「初めてのバレンタインデーだし、結婚前にあげられるのは今年だけだから」

「会社にいたときにも、毎年くれただろ」

「あれは、同じ課の後輩にあげた義理チョコでしょ」

「どう違うの?」

「義理チョコはあくまでも義理チョコよ、本命チョコは今年が初めてだもの」

「心を込めてくれるなら、別なものが良かったな」

「あのねえ、バレンタインデーはチョコレートを渡す日よ」


「で、会社ではいくつもらってきたのかしら?」

「何、気になるの?」

「そりゃ、もちろん」

「義理チョコは義理チョコだって、さっき自分で言ったばかりだろ」

 そう言いながら大家さんが取り出したチョコレートは、ひとつだけ。

「ひとつだけ?」

「義理チョコは以前より減ったけれど、それでもけっこうもらったよ」

「どこにあるの?」

「いつも俺にも食べられそうなひとつを残して、残りは子供がいる既婚者に」

「毎年それじゃ、お子さんたちは大喜びね」

 とことん、甘いものは食べないのね。

「ちょっと待って、じゃあ昔あたしがあげたチョコレートも誰かに?」

「あのころは、もらっても片手程度だから自分で食べていたよ」

 今は、どれだけもらっているっていうのよ。

 義理チョコを渡す文化なんて、廃れているでしょうに。

「お返しも大変でしょうね、あたしの義理チョコですらワインだったでしょ」

「ワインにしていたのは、くまさんが同じ課の先輩だからだよ」

「何を言っているのよ、他にもワインをあげていた子がいたじゃない」

「そんなこと、どうして知っているんだよ」

「知っていて当然よ、社内の女子ネットワークを甘くみないでもらいたいわ」

「そんな情報が横流しされているのか、ろくなもんじゃないな」


 会社での成果はチェックできたから、後は。

「三人娘からはもらっていないみたいね、チョコレート」

「ああ」

 今年は大家さんにチョコレートを渡さないっていうのも、本当みたい。

 別に、義理チョコぐらい渡してもいいのにな。

 なんて考えていると。

「そうだった、明日の夜は遅くなるから」

「遅いって、仕事で?」

「いいや、三人娘と飲みにいくから」

「何よ、それ」

「あいつら、くまさんに悪いから本命チョコは渡せないって言うんだよ」

 それはもう知っていますけれど、飲みにいくのとはどんな関係があるのよ。

「かといって義理チョコを渡すのは嫌だから、代わりに飲みにいこうって」

 なるほどね、だからおとといはチョコレートを置いていかなかったのか。


 思い返してみれば、「今年は」って言っていたわ。

 それって、今年はチョコレートより飲み会を選択しただけってことでしょ。

 あの子たちったら!

「じゃあ、あたしだってチョコレートじゃなくてご飯にしたのに」

「それも言っていただろ、バレンタインデーはチョコレートを渡す日だって」

 うう……。




「こんなところで何をしているの、くまさん」

 うわあっ!


 三人娘がチョコレートを渡す代わりに、大家さんと飲みにいく。

 そんな話を聞いて、指をくわえたままで黙って見ていられますか。

 退社後の三人娘を、こっそりと尾行して。

 会社近くのホルモン焼き屋さんに入っていくのを、確認。

 お店の向かいのコンビニエンスストアで、イートインスペースに陣取って。

 三人娘が入っていったお店に、大家さんが到着するのを見張っていたら。

 タバコを買いにきた監視対象から、いきなり声をかけられちゃうんだもの。


「あっ、あたしはちょっと買い物に」

「ちょっと買い物って、うちに帰る駅とは逆方向じゃない」

「そっ、それは」

「まさか、三人娘の後をつけてきたの?」

 もうやめて、穴があったら入りたいわ……。


 大家さんに連れられて、ホルモン焼き屋さんで三人娘とご対面。

 容赦なく突き刺さる、三人娘の視線が痛いわね。

「大目に見られないんですか、わたしたちが大家さんと食事するぐらい」

「ウチらかて我慢しとるのに、チョコレートを渡すのを」

「まるで、子供ですわね」

 何よ、人のことをさげすむような目で見ちゃって。

 さげすまれるようなことをしていたし、文句を言える立場ではないけれど。

「どうでしょ、こそこそと部下の後をつける上司って」

「情けないにも、ほどっちゅうもんがあるやろ」

「上司としてよりも、一人の社会人としてどうかと思いますわ」

 この子たち、ここぞとばかりに言いたい放題ね。

 それでも、言い返せないのが悔しいわ。

「実害はないんだから、それくらいで許してやれよ」

「大家さんは甘いわね、わたしたちが同じことをしたらもっと怒られるのに」

「しゃあないな、今日のところは大家さんに免じて許したるか」

「そうですわね、ただし課長が謝ってくださるのでしたら」

「だってさ、観念をして謝るんだね」

「ごっ、ごめんなさい」

 何て屈辱的なんでしょ、この子たちに頭を下げているなんて。

「聞いただろ、くまさんも謝っているから許してやれよ」

「しょうがないわね」

「やったら、この店は課長のおごりっちゅうことで」

「さっぱりと、手打ちにいたしましょう」

 どうしてあたしがおごることになるのよ、さんざんだわ。

 それに、考えてみればこれって。

 この子たちがいつも、あたしにしているようなことじゃない。


 それにしても、この子たちったら。

 バレンタインデーにホルモン焼きって、どんなセンスをしているのよ。




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