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第二十六話 結婚GO・GO・GO! 後編

 明日の日曜日は、大家さんのお母さまへのごあいさつに行く予定で。

 来週末には、両家の顔合わせか。


 そんな、第二と第三の難関を控えた土曜日。

 今日は、大家さんとお出かけ。

 ネームを入れてもらった、婚約指輪と結婚指輪を受け取りに行くの。

 お昼は、初めて二人で食事をしたステーキ屋さんへ。

 この機会に、これからのことをじっくりと話し合う予定なのよ。


 前菜の野菜やエビを食べてから、ビールをワインに代えると。

 いよいよ、本題に。

「まずは二人の将来設計のために、わが家の経済状況についてね」

 自分で言うのも何だけれど、あたしの預金残高はそこそこ。

 それに対して、大家さんは大変良くできましたって感じ。

 老後に必要だとニュースで話題になった金額を、はるかに超えているもの。

「家のローンは?」

「組んだのは二千万円、だったかな」

「都内の一戸建てで二千万円って、どれだけ頭金を入れたのよ?」

「おやじの遺産がかなりあったから、代金の大半は払って残りはローンを」

「それで、今のローンの残高はどれくらいなの?」

「ないよ」

「えつ、どうして?」

 口にしようとしたステーキを、危うく落としそうになっちゃった。

「去年の初めに、完済したから」

「たったの何年かで完済したってことじゃない」

「ボーナスは、全額を繰り上げ返済に回したからね」

「じゃあ、車のローンは?」

「ローンは組まなかったよ、キャッシュで買ったから」

 今度は、口に含んだワインを吹き出しそうに。

 家の頭金を出してローンを完済した上に、車はキャッシュで買ったのに。

 それでその預金残高って。

 大家さんって、そうは見えないけれど蓄財が趣味なのかしら。

 それとも、お父さまの遺産がすごい額だったのかな。

「あたしだって、子育て中のシングルマザーとしちゃ立派なものでしょ」

「もともと実家にいたんだし、うちに来てからだって家賃は四万円だからね」

「そりゃ、そうだけれど」

「しかも、会社の住宅手当が出ているから実質ゼロだろ」

「良太だって、義務教育といってもお金はかかるのよ」

「へえ」

「仕事でも制服じゃないから私服が必要だし、化粧品への出費も多いのよ」

「ふうん」

 失礼しちゃうわね、その含み笑いは何よ。


「続いては毎月のやりくりについてね、お財布はどうする?」

「小遣いをくれれば残りはくまさんに渡すよ、ボーナスは全額くまさんに」

 大家さんが口にしたお小遣いの金額って、ちょっとしたものよ。

 テレビでたまに見るお父さんたちのお小遣いとは、大違いね。

 でも、一緒にいるときは何から何まで大家さんが出してくれるし。

 部下を連れての出張も多いから、そんなものなのかな。

「小遣いを引いた残りでも、食費や光熱費を出してもかなり余るだろ」

 あたしのお給料は、全部預金しなさいってことかしら?


 次は、お楽しみの結婚式や新婚旅行についてね。

「お式はどうするの?」

「そうだなあ、桜が咲くころがいいかな」

「えっ、そんなにすぐ!」

「何、くまさんはもっと先がいいの?」

 とんでもない、なれるものなら明日にだってあなたの妻になってもいいわ。

「でも期末や期首には、大家さんはシステム変更があるでしょ」

「俺は、三月中だったら暇だよ」

「あたしは四月に入ると新入社員の教育があるけれど、準備を終えていれば」

「今年は暖冬だから桜も早く咲くだろうし、三月の下旬はどう?」

「いいわよ、どこでするの?」

「前は教会と神前、どっちで挙げたの?」

 何よ、前って。

 いきなり、答えにくい質問をされちゃった。

「きっ、教会だったけれど……」

「ウェディングドレスは前に着たなら、神社で式を挙げようか」

「披露宴は?」

「お互い二度目だからね、省略してお祝いの会みたいなのをやるのはどう?」

 三月最後の日曜日、大家さんの実家にゆかりのある神社でお式を挙げて。

 その後に、ささやかなお祝いの会をすることにしたの。


「新婚旅行はどうするの、さすがに式の直後には行けないでしょ?」

「そうだね、夏休みに良太やご両親と一緒にハワイに行くのはどう?」

「時間が空いた上に家族連れか、新婚気分が出ないわね」

 この問題は、保留ってことに。


 お肉を食べ終わったし。

 デザートがくる前に、ややこしいことについても話しておかなくちゃ。

「良太の名字、どうしようかしら」

 物心がついてから、ずっと森野良太なんだもの。

「一度、良太に聞いてみようかしら」

「そんな必要はないよ、良太なら石田でいいって言っていたから」

「えっ」

 あの子ったら、いつの間にそんなことを話していたのよ。

「父親と同じ名字じゃないと、何かと面倒な気がするって言っていたよ」

「そんな理由で?」


「子供はどうする?」

 それよ、それ。

 一番の難題を、大家さんから切り出してくれるなんて。

「そりゃ、あなたの子供は欲しいわ」

「新婚生活を満喫したいだろ、一年ぐらいしてから考えればいいよ」

「でもあたし、ただでさえマル高だし」

「二年後なら、まだ三十六じゃないか」


 これでひと通り話したかな、思っていたより疲れちゃった。

 残ったワインを、大家さんがグラスについでいると。

 あれ、良太から電話だわ。

「どうしたの、あと少し買い物をしたら帰るわよ」

「そうじゃなくて、大家さんのお母さんが来たよ」

「お母さまが、何をしに見えたの?」

「歯医者さんに来たから、寄ったんだって」

「で、いつお帰りになったの?」

「帰っていないよ、僕と一緒にリビングにいるもの」

「何ですって!」

「いきなりどうしたのさ、くまさん」

「お母さまがいらしているって」

「日曜日に会いに行くって言ってあるのに、どうしてわざわざ」

 とりあえず、良太にはすぐ帰るからって伝えたけれど。

 大家さんが、どうせなら今日お母さまへのごあいさつをしようって。

「時間の有効活用だよ、日曜日が空けば一緒にどこかへ行けるだろ」

 その提案については、全面的に賛成するけれど。

 こういったお楽しみは、何回かに分けて味わいたいって気持ちも。




 お店を出て、ダッシュで家に帰ってきたけれど。

「俺、くまさんと結婚をするから」

 お母さまの顔を見るなり、そう切り出した大家さん。

 ぜいたくを言わせてもらえる立場ではないのは、重々承知しておりますが。

 できることなら、もう少しロマンチックに……。

「いいんじゃないか、あたしゃ相手がくまさんなら何一つ文句はないよ」

 お母さままで、そんなにさらっと流しちゃうなんて。

「もう伝えてあるしね、くまさんには」

「伝えてあるって、何をだよ」

「あんたが嫁なら、言うことはないって」

 そんなことを言うから、大家さんがちらっとあたしを見ていますよっ!

「文句がないなら、三月に結婚するからね」

「ああ」

「くまさんに何か言ってやれよ」

「強をよろしくね、くまさん」

「こちらこそ、よろしくお願いいたします」

「じゃあ、あたしは帰るから」

 えっ、これで終わり?

 結婚相手の母親へのあいさつなのに、あっけないほど簡単に済んじゃった。

 それでも、別の意味で緊張しているし。

 お母さまの、もう伝えてあるって発言のおかげで。


 あれ、今度はお母さんからの着信だ。

「どうしたの、何か用?」

「顔合わせの前に相談したいこともあるから、あなたの家に向かっているの」

「どうして、こんなときに来るのよっ!」

「こんなときって、何かあったの?」

「何かどころじゃないわよ、心身ともにへとへとなの」

「だから、何があったのよ?」

 顔合わせの前に相談を、なんて言っているけれど。

 今はお母さまがいるから、そのまま両家の顔合わせになっちゃうでしょ。

 なのに、大家さんに話したら。

「ちょうどいいじゃない、これから山河で両家の顔合わせもやっちゃおうよ」

「本気なの、いくらなんでも詰め込みすぎでしょ」

「チャンスだろ、面倒なことを一度に片付けられるんだから」

 面倒とか片付けられるとかって、ロマンチックはどこにいったんですか?

「早くお母さんに伝えないと、おふくろが帰っちゃうよ」

 そうせかされて、お母さんに。

「前に行ったちゃんこのお店で待っていて、後で大家さんや良太と行くから」

 お母さまも一緒に、なのよね……。


 山河で集合してお座敷に陣取ると、すぐに両家の顔合わせが始まって。

「強の母でございます」

「美波の父です、こちらは妻で」

「このたびは、強には過ぎたお嬢さまを」

「こちらこそ至らない娘ですが、末永くよろしくお願いいたします」

 何よ、人の心配をよそにとんとん拍子に話が進んでいるじゃない。

 ロマンチックが不足している気がするのは、両家とも二度目だからかしら。




 最後に残ったのは、最大の難関。

 ちょっと気が重いけれど、ちゃんと自分の気持ちを伝えなきゃ。


 デパートで買い物をした帰りに、うちに立ち寄ったお母さまに。

「あの、大家さんの奥さんのお墓に行きたいんですけれど」

「強と結婚する前の、あいさつかい?」

「大家さんと結婚するのなら、ちゃんとあいさつをしておきたいんです」

「くまさんなりのけじめか、あたしも一緒に行ってあげようか?」

「いえ、一人で行けますから場所だけ教えてください」


 お母さまに、最寄り駅からの地図を書いてもらってから。

「大家さんの奥さんって、どんな人だったんですか?」

 そう聞くと、お母さまは言葉を区切りながら。

「結婚前は教師をしていてね、結婚して専業主婦になったんだ」

「もの静かで大人しい娘だったよ、いつも楽しそうにほほえんでいたね」

「家事が得意だったけれど、中でも特に料理が得意でね」

「子供と一緒に、お菓子を作っていたよ」

「なんでも器用にこなすくせに、意外と不器用なところもあったから」

「よく、強にからかわれていたっけ」


 お墓を前にして。

 このお墓って大家さんのなんだ、実家のお墓じゃないのね。

 あたしもこのお墓に入るのかな?

 なんて思ったら、改めて結婚する実感が湧いてくるなんて不思議ね。

 お花とお線香を供え、手を合わせて。

 ここの場所を聞いたときのお母さまと同じように、言葉を区切りながら。

「あたし、森野美波といいます」

「大家さん……、いえ強さんの元同僚で」

「去年の春から、強さんのおうちを借りていて」

「この春に、強さんと結婚することになりました」

「あなたに知らん顔をして結婚はできないから、ごあいさつに来ました」

「だって、あなたには安心していてもらいたいから」

「あなたの居場所を奪おうとか、代わりになろうとかのつもりはありません」

「今までのあなたと同じように、あたしも強さんの隣にいたいだけなんです」

「だから、これからも変わらずに強さんを見守っていてください」


 あたしの本当の気持ち、ちゃんと伝えられたかな。

 伝わっているといいな。

 そう思って立ち上がろうとしたとき、小さく聞こえたような気がしたの。

 ありがとう、強さんをお願いね……。


 やっぱり、ここに来て良かった。




 すべての難関をクリアしたあたしは、大家さんの部屋でまったりと晩酌中。

「あたしと結婚したいと思ったのって、いつから?」

「きっかけは七夕だよ」

「七夕?」

「良太が願いごとをした、短冊を見てね」

「短冊にねえ、何て書いてあったの?」

「年が離れた妹が欲しいってね」

「えっ!」

 良太ったら、そんなころから妹が欲しいって。

 それを、大家さんも知っていたなんて。

「結婚したいなと思ったのは、夏祭りのときかな」

「お祭りで、どうして?」

「一日目の帰り道で、くまさんが浴衣の袖をつまんできただろ」

 みんなが後ろを歩いているのに、自然とつまんじゃったのよね。

「それが、重くも軽くもなく心地よい感じでね」

 あたしだって、心地よかったわよ。

「プロポーズしようって思ったのは、おふくろがうちに来たときだよ」

「えっ、お義母さまがいらしたとき?」

 お気づきでしょうか、もうお母さまじゃないの。

 すべての難関をクリアした今では、晴れてお義母さまなのよっ!

「めったに人を褒めないおふくろが、くまさんを褒めているから驚いて」

 そんなことで?

「俺の相手としては満点なんだろうから、プロポーズしようって思ったんだ」

 だったら、無駄じゃなかったわね。

 お義母さまの一言一句に、あれだけドキドキしていたのも。




Copyright 2024 後落 超


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