第二十五話 結婚GO・GO・GO! 前編
初めて大家さんと一緒に過ごす、年越しとお正月を迎えるにあたり。
お気楽に構えていたあたし。
いくら時間がバタバタと過ぎる年の瀬とはいえ、のんびり過ごせるでしょ。
そのために、三人娘をがっちりと出入り禁止にしたんだから。
でも、現実は……。
三十日の、大掃除での上の空から始まって。
おおみそかには、夕方のすき焼きや夜の年越しそばも味が分からないし。
今日だって、初詣の最中だというのに心ここにあらず。
それもこれも。
二日に、結婚することを実家へ報告をしに行くと決めてから。
緊張の上乗せが、これでもかと日に日にのしかかってきているんです。
大家さんや良太より先に行き、事情を説明するつもりのあたしは。
朝の八時には、実家に到着したんだけれど。
はあ……。
苦手なのよね、実家のインターホンを押すのって。
離婚して帰ってきたときのことが、トラウマになっているの。
でも今日は、結婚するっておめでたい報告をしに来たんだから。
まさか、怒られることはないでしょ。
「ただいまあ」
「この子ったら、のんきにただいまじゃないでしょ」
やれやれ、いきなり怒られているし。
開いたままのドアから、ちらりと見えているリビングには。
例年と違って気合いが入ったお正月料理が、ずらりと並んでいるのに。
年始のあいさつをする間もなく、集中砲火のスタートですか。
「電話じゃ大家さんにプロポーズされたって言っていたけれど、本当なの?」
「おまえの勘違いとか、大家さんが泥酔していたとかじゃないのか?」
「娘の言っていることが信用できないの、お母さんもお父さんも」
「だって、あの大家さんがどうしてあなたみたいな娘に」
「あのねえ、自分の娘を何だと思っているのよ」
「こんな娘だと知っているからこそ、心配しているんじゃないか」
親からのこの言われよう、われながら情けないわね。
「それがね……、プロポーズはされたみたいなんだけれど」
「何よその、されたみたいって」
「聞いていなかったのよ、あたしは」
「プロポーズを聞いていなかったですって、この子ったら!」
お母さんが怒ることはないでしょ。
「指輪を渡された途端に号泣しちゃって、ティッシュを探していたんだもん」
「それで、どうしたのよ」
「気がついたらプロポーズは終わっていて、返事を聞かれていたの」
「あなたは聞いていなかったのに?」
「もう一回言ってってお願いしたら、だめだって」
「当たり前でしょ!」
「怒鳴らないで、最後には簡略バージョンでもう一回してくれたんだから」
「何て」
「僕と結婚してくださいって」
「なら、本当にプロポーズはされたみたいねえ」
「そのようだな」
二人とも半信半疑ながらも、少しは安心したみたい。
「話は分かった、とにかく大家さんが来てからだな」
何だか疲れちゃった、まだ何もしていないのに。
九時過ぎになって、やっと実家に到着した大家さんと良太。
「ばあちゃん、ただいまっ」
「寒かったでしょう良太、早く中にお入りなさい」
お母さんに手土産を渡している大家さんへ。
「遅かったじゃない」
「あなたって子は、大家さんの顔を見るなり文句を言うんじゃないの」
「一人で緊張して待っていた、あたしの身にもなってほしいってことよ」
「遠くまでいらっしゃってお疲れでしょう、どうぞお上がりください」
聞いちゃいないわね、あたしの言うことなんて。
リビングに通されると早速、お父さんとお母さんの前で手をつく大家さん。
「ごゆっくりなさっているところ、新年早々にお訪ねして申し訳ありません」
気配を察したお母さんが。
「大家さんとはわたしたちが話をするから、良太を連れて出ていなさい」
そりゃそうよね、良太の前じゃ大家さんもやりにくいか。
だからといって、あたしまで?
良太を連れて外に行こうとすると、大家さんは。
二人にも聞いてほしいと、あたしと良太を座らせて。
「美波さんと結婚の約束をさせていただいたので、ごあいさつに参りました」
ちょっと単刀直入すぎるけれど、思っていたより感動しちゃうわね。
「うちの娘には、何の取りえもありませんが」
ひどいじゃない、お父さん。
「一度、離婚をしていますし良太もおりますが」
何もこの場でそんなことを言わなくても、お母さん。
「美波さんは、わたしには過ぎた人だと思います」
静かにそう言った、大家さん。
「独りで暮らしていたときは、家に帰るのはただ寝るためでした」
前に、そんなことを言っていたっけ。
「それが今では、美波さんと良太君が待っている家に帰るのが楽しみに」
大家さんも、あたしたちを必要としてくれていたんだ。
あたしと良太が大家さんを必要としているのと、同じくらい。
「美波さんと良太君がいてくれて、わたしが幸せでいられる分」
ここで、言葉を切った大家さん。
「わたしも、二人を幸せにしてあげたいと思っています」
うれしいな、あたしだけじゃなくて良太もって言ってくれた。
少し間をおいてから、お父さんが静かに。
「どうか、二人を幸せにしてやってください」
お母さんも。
「美波と良太を、よろしくお願いします」
深いため息をついたお父さんと、涙を拭いているお母さん。
どうやらあたしは、大家さんとの結婚を許してもらえたみたいね。
お母さんとあたしが、お料理の準備をしているのに。
楽しみにしている駅伝をつまみに、飲み始めちゃったお父さんと大家さん。
「お父さん、いつもは静かに見ているだけのにね」
「あたしやあなたじゃ話し相手にならないから、黙って見ていたのよ」
「ふうん、大家さんなら話し相手になるんだ」
「自分の母校が出ているって言っていたわよ、二人とも」
「へえ、大家さんの大学も」
駅伝を見ながら、お正月の料理を食べているだけなのに。
お父さんとお母さんがこんなに楽しそうなのって、久しぶりに見たな。
駅伝が終わり、大家さんと良太を連れて裏の運動公園に出かけたお父さん。
キャッチボールをするんだって
あたしとお母さんは、ベランダから三人のいる公園を見下ろして。
「お父さん、どうしてお正月にキャッチボールをしようだなんて?」
「昔から、息子とキャッチボールをしたいって言っていたのよ」
「キャッチボールなら、良太としていたじゃない」
「良太は孫だし、まだ小さかったでしょ」
「でも、あいつにはそんなことは一度も言わなかったじゃない」
「あいつって、あなたの元……」
「うん」
「あの人は柄じゃなかったでしょ、一緒にキャッチボールって」
「だったら、大家さんだって別に」
「あなたの家に行ったときに、大家さんが良太に竹馬を教えていたでしょ」
そういえば、そんなこともあったっけ。
「お父さんったら、それを羨ましそうに見ていてね」
「そうだったの」
「あなたが大家さんを連れてくるって聞いて、グローブを引っ張り出したの」
「駅伝を見ながらお酒を飲んで、念願だったキャッチボールか」
「あなたが結婚するんで、一番喜んでいるのはお父さんかもしれないわね」
そういうお母さんだって、喜んでいるように見えるわ。
夕方になり注文していたお寿司が到着すると、また宴会。
お父さんたら、山積みのビデオテープなんか持ち出して。
「そんなビデオを、お正月ならテレビで楽しい特番がいくらでもあるでしょ」
「書斎を整理していたら、おまえのビデオを見つけて」
どうして、わざわざ書斎を整理したのかしら。
「書斎に片付けてあったビデオデッキなんて、何年も使っていないでしょ?」
「動作確認はしてあるよ」
「お父さん、大家さんに見せるんだって楽しみにしていたのよ」
それにしても、この笑顔だらけの上映会は何なの。
娘と結婚をさせてほしいと言われた、直後なのよ。
普通なら、しんみりしたり涙ぐんだりするんじゃない?
お父さんがトイレに席を立ったから、大家さんにくぎを刺しておかないと。
「もう年なんだから、お父さんが飲みすぎないように気をつけてね」
「それが、止めようって言えなくてさ」
「どうして」
「娘が結婚するって言い出したときって、俺もこうなるのかなって思ったら」
「そんな言い訳をして、うちはお嫁さんにきてもらう側でしょ」
「だって良太に妹ができれば、嫁に出すだろ」
また妹、良太の犬作戦を思いだしちゃうじゃない。
「くまさんに酒で小言を言われるとはね、結婚するって実感が湧いてきたよ」
「お母さん、そろそろあたしたち」
「そろそろ、何よ」
「大家さんと二人で駅前のホテルに行くから、良太をお願い」
「ホテルに行くって、今日はうちに泊まるんでしょ」
「うちだと、大家さんが気を使うから」
「お婿さんになるんだから、気なんか使わないでしょ」
「でも……」
「あなたの部屋で、一緒に寝てもらいなさい」
「一緒に寝るって、まだ結婚前だし」
「何を言っているの、あなたたちは一緒に住んでいるじゃない」
「一緒に住んでいるとはいっても部屋は別だし、まだ何にもないもの」
「何にもないなら、それこそ一緒に寝てもいいじゃない」
もう、本当にしつこいわね。
ホテルで二人っきりの時間を過ごすのを、楽しみにしている。
そんな娘の気持ちぐらい察したらどうなのよ、母親でしょ。
「お母さんたちと一緒に寝るんじゃ、良太だってかわいそうだし」
「良太なら書斎で寝かせるから、それこそ気を使わなくていいわよ」
「書斎って、お父さんのものだらけで寝られないでしょ」
「言ったでしょ、お父さんが整理したって」
それで、書斎の整理を。
こうなったら、あたしのお部屋でも良しとするか。
やっとお部屋で二人っきり、先にベッドに入って大家さんに。
「ベッ、ベッドに入ったら?」
「子供じゃあるまいし、まだ十時前だよ」
「でっ、でも今朝は早かったし」
「さっきからどもっているけれど、どうしたの?」
「どっ、どうもしないわよ」
一緒のベッドにひとつのお布団なんだからどうもするわよ、鈍感ねっ。
そりゃ、酔った勢いで大家さんのベッドで寝ちゃったことの二回や三回は。
でも、大家さんは床に布団を敷いて寝ていたし。
一緒のお布団に入ったことだってあるけれど。
あれって、夏の旅行でのハプニングだったし。
でも今夜は違うわ、両親公認で一緒に寝ろって言われているのよ。
早くベッドにどうぞ、大家さんっ!
「あら大家さん、どうしたの?」
「喉が渇いて、水を飲もうと」
「美波をよこせばいいのに」
「ベッドに入ったと思ったら、すぐに寝ちゃったみたいです」
「しょうがない子ねえ」
「よっぽど疲れていたんですね」
そうなのです。
両親に結婚の許しをもらい、緊張感が緩んだからでしょうか。
はたまた、年末から続いた睡眠不足のせいか。
ベッドに入るなり速攻で寝ちゃったあたしは、恥ずかしながらも爆睡中で。
絶好のシチュエーションだったのに。
不覚にもほどがあるでしょ、あたしっ!
駅伝の復路を見ながら、リビングでお正月をしていると。
十時近くになり、やっと起きてきたお父さん。
「美波たちは、あなたが起きるのを待っていたのよ」
「そうよ、あいさつをしてから帰るって大家さんが言うから」
お休みは明日までだもの、早く家に帰って大家さんとまったりしたいのに。
「それは悪かったな、急ぐなら車で駅まで送っていこうか」
「歩いて五分ちょっとじゃない、わざわざ車を出すことは」
「せっかくなんだからお見送りをしないと、母さんも早く支度しなさい」
駅に向かう街道を、急に左折したと思ったら。
お父さんの好きな、しゃぶしゃぶ屋さんの駐車場に入っていくじゃない。
ただ送りに来たんじゃない、ってことね。
「きっとまただらだらと飲む気よ、だからさっさと帰ろうって言ったのに」
「また昼前なんだから、少しぐらいいいじゃないか」
大家さんったら、何をのんきに。
少しって、お父さんが豪快に注文している姿が見えていないの?
「帰りも運転するんだから、お父さんはお酒を飲んだらだめでしょ」
「運転なら、母さんに頼めばいいだろ」
「ペーパードライバーなのに、運転をさせるつもりなの?」
お母さんが運転しているのなんて、見たことがないわよ。
「またビールのお代わりを注文しているわ、帰るのが夜になっちゃう」
「たまにしか会えないんだし、親孝行だと思うんだね」
まあ、結婚するって報告の第一関門は無事に突破したことだし。
遅くなってもいいか。
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