第二十四話 犬作戦とクリスマス 後編
もうすぐクリスマス!
なのに、母さんの会社では母さんと三人娘の間で不毛な会話が。
「で、あたしたちは何時に伺えば?」
「あなたたち、クリスマスイヴなのにほかに行くところはないの?」
「イヴやからこそ大家さんと過ごしたいんや、ほかの予定なんか入れまっか」
「年頃なんだから入れなさいよ、クリスマスイヴに予定くらい」
「たとえ予定が入っていても、大家さんが最優先ですわ」
「引っ越してから最初のクリスマスだもの、家族水入らずで過ごしたいのよ」
「普段から三人で過ごしているでしょ、それにさらっと家族って」
「同じ家に住んでいるんだから、家族みたいなものでしょ」
「大家さんを独り占めせんと、にぎやかに大勢でやったらええやん」
「いつだってにぎやかにやっているでしょ、あなたたちは」
「クリスマスですし、良太君もプレゼントをたくさんもらえてうれしいかと」
「良太のことまで持ち出すなんて、あなたたちも必死ね」
結局、母さんはあの手この手で食い下がる三人娘を断りきれずに。
帰宅したばかりの、着替えてもいない大家さんに。
「ってわけなのよ、だからクリスマスイヴにはリビングに来てよ」
「くまさんは、断るってことを知らないの?」
「仕方がないでしょ、あたしが言っても聞かないんだから」
やっと、というより渋々ながら大家さんの説得に成功した母さんでした。
「この家には、クリスマス用の飾りはないの?」
「あるよ、ツリーと飾りならリビングのクローゼットに」
「さっき探したけれど」
「大きいからすぐに見つかると思うけれど、確か下の段の奥だったと思う」
「もう一度見てみるわ」
「玄関用のリーフや外に飾るイルミネーションは、一緒に飾ってあげるよ」
クローゼットの奥に潜り込んだ母さんが、ようやく見つけたのは。
想像をしていた以上に大きな、クリスマス用品の一式が入った箱。
こんなに大きいとは思ってもみなかったから、見つからなかったんだね。
何とか一人で、クリスマスツリーの組み立てと飾り付けを終えて。
結構な荷物を大家さんの部屋に運び込むと、二人で家の外の飾り付けを。
最初に、玄関にリーフを飾ってから。
はしごを使ってイルミネーションを飾り付けていると、大家さんが。
「こうやって二人でクリスマスの飾り付けをしていると、夫婦みたいだね」
「そっ、そうかしら」
夫婦って言われたことに、母さんはうれしそう。
「イルミネーションはセンサー付きだから、暗くなると勝手に点灯するよ」
そう言った大家さんが、駐車場のコンセントにプラグを差し込むと。
イルミネーションが点灯して、クリスマス感は満点だね。
クリスマスとはいえ、いつもの宴会と変わらないだろうと思っていたんだ。
メンバーは一緒なんだし。
でも、点灯されたイルミネーションや玄関のリーフを始めとして。
リビングに鎮座している、飾り付けられたツリーが雰囲気を盛り上げて。
大家さんが買ってきた、丸々一羽の大きなローストチキンは。
どこでそんなに立派なのが売っているのか、って大きさだし。
これまた、大家さんが予約しておいてくれたケーキも。
三人娘が、会社の帰りに受け取りに行って。
想像を超える、そんなクリスマスイヴになりそうな予感。
宴会も半ばになり、大人がプレゼントを交換し終わると。
今年は大勢いるサンタクロースから、僕へのプレゼント。
じいちゃんとばあちゃんが送ってくれたのは、なぜかボードゲームが二つ。
三人娘がくれたのは、防寒セット。
帽子が猪口さんで手袋は鹿山さん、蝶野さんからは耳当て。
母さんからは、スノーボードとゴーグル。
大家さんが滑りに連れていってくれる、そう言われたけれど。
ってことは、三人娘が防寒セットにしたのは。
自分たちも連れていってほしい、そんな主張を込めたプレゼントか。
大家さんからは仔犬でも妹でもなく、約束していたパソコンだった。
最後に、鹿山さんから渡された紙袋。
「あゆみからやで、開けてみ」
中には、青いイルカがワンポイントの白いマフラー。
あゆみからクリスマスのプレゼントなんて、想定外だった。
「かわいいわねえ、さすがあゆみちゃん」
自分へのプレゼントじゃないのに、母さんが浮かれてどうするのさ。
「あたしが、スノーボードにしたのは」
母さんは得意気に。
「あゆみちゃんがマフラーを編むって、鹿山から聞いたからよ」
「自分で編んでん、後であゆみに電話して礼を言ぃや」
「うん」
「冬休みだもの、あゆみちゃんが遊びに来てくれればいいのにねえ」
プレゼントがひと段落すると、早くも退屈している三人娘。
「課長、カラオケに行きません?」
「確か、駅前通りの煎餅屋の上にあったやろ」
「イブですし、この時間では空いていないのでは?」
「わざわざ外に行かないで、ここでやればいいじゃない」
大家さんがなにげなくそう言うんで、母さんが。
「ここでカラオケを、どうやって?」
「ケーブルテレビでカラオケができるよ、やったことはなかったの?」
テレビの下の引き出しから、マイクを二本取り出した大家さん。
それって、カラオケ用だったのか。
どうして引き出しにマイクが入っているのか、ずっと不思議だったんだ。
「でも、近所迷惑じゃないかしら」
「リビングは防音仕様だから、窓と扉を閉めれば外には聞こえないよ」
だからこの部屋だけ、窓は二重だしドアが重いのか。
そうして始まった、カラオケ大会では。
チームに別れて点数を競い合い、大いに盛り上がったんだ。
十一時を過ぎたころ。
大家さんの部屋での母さんとのやり取りを、僕はドア越しに聞いていた。
えっ、あの三人娘が母さんと大家さんを二人っきりにするなんて。
クリスマスイヴなのに、ありえないだろうって?
それには、ちゃんと理由があるんですよ。
今日の大家さんは、母さんや三人娘の帰宅前に帰ってきて。
僕が、大家さんの部屋に行くと。
クリスマス感が満載の袋から、クマのぬいぐるみを取り出していて。
「あのときのメモに書いてあったクマって、このぬいぐるみのこと?」
「似ているだろ、くまさんに」
引き出しに隠していた箱から、指輪を取り出した大家さん。
「持ち込んだ写真に似せて、オーダーメイドで作ってくれる店で買ったんだ」
「へえ」
「二か月も待たされたよ」
赤と緑のリボンに指輪を通してから、ぬいぐるみの首に巻いてベッドに。
これでプロポーズの準備は完了した、ってことか。
「クリスマスイヴにプロポーズをしたら、三人娘に邪魔されるんじゃない?」
「あいつらには事前に言い含めるから、邪魔はされないよ」
そんなわけで、今の母さんと大家さんは二人きり。
ベッドの上のクマのぬいぐるみを、母さんの前にそっと置いた大家さん。
これ、何よ?
なんて顔をして、ぬいぐるみを手に取った母さんだけれど。
首のリボンに指輪が通してあるのに、気づいたみたい。
リボンをほどく手が震えていたと思ったら、泣き出しちゃった。
ひっくひっく、ぐすん。
大家さんは、この時点で気づいていなきゃいけなかったんだ。
母さんが、ちょっとしたパニックになっていることに。
気づいていたなら、母さんが泣きやむまでプロポーズは待てただろうから。
大家さんが口にしたのは、優しくて暖かいプロポーズ。
なのに、当の母さんときたら。
涙と鼻水を拭くために、ティッシュを探すのに夢中なんだもの。
あれだけ心待ちにしていたプロポーズなのに、ちゃんと聞いていたのかな。
「で、返事は?」
いつまで待っても母さんからの返事がないから、そう切り出した大家さん。
「返事って、何の?」
「プロポーズの」
「えっ、プロポーズ?」
ぐすん、ぐすん。
「ああ」
「プロポーズをあたしに、いつ?」
くすん、くすん。
「たった今、したじゃない」
やっぱり。
母さんは、泣くのとティッシュを探すのに夢中で聞いていなかったんだね。
「大家さんがあたしに、プロポーズをしてくれたの?」
「したよ」
「今?」
「ああ、今」
「もう一回してくれない、プロポーズ」
プロポーズのリピートだなんて情けないけれど、仕方ないか。
大家さんがお見合いを断った、その理由を知ってからは。
いつになったらされるのか、気が気じゃなかったんだもの。
母さんにとっては、待ちに待ったプロポーズだからね。
「プロポーズを、二回もしろっていうの?」
そう言いながら、笑っている大家さん。
母さんが聞いていなかったことに、やっと気づいたみたい。
「お願いよ、あたしにとっては大切なことなんだから」
そんなに大切なことなら、どうして聞いていなかったのさ。
「もう一度言ってくれないなら、返事だけでもさせてよ」
「プロポーズは聞いていないのに、返事はするっていうの?」
「返事だけでもちゃんとしなきゃ、一生後悔するもの」
こんな事態になっているのは、母さんがちゃんとしていなかったからだろ。
母さんは、はいって言いたかったんだろうけれど。
また泣き出しちゃったから、大家さんに抱きつくので精一杯。
これじゃあ、ぬいぐるみのクマが自分にそっくりだって気づくのは無理か。
「覚えていたのね、プロポーズならクリスマスがいいって七夕に言ったのを」
「まあね」
「ありがとう、大家さん……」
母さんが、幸せの頂点とぼろぼろのどん底を同時に味わっている。
まさに、そのとき。
大体の話は聞き終えた僕が、寝室の三人娘の状況を偵察に行くと。
ベッドの上に猪口さんと鹿山さんで、マッサージチェアには蝶野さん。
いつものポジションで、ワインのボトルを回し飲みしているげれど。
元気がない三人は、大きなため息を。
「大家さんったら、課長にプロポーズするから部屋に来るなだなんて」
「この間の見合いをせなんだのも、課長のためや言うとったし」
「今頃、課長は大家さんから……」
また、三人で大きなため息。
「課長、上がって来ないわね」
「プロポーズの後やで、二人でまったりしとるに決まっとるがな」
「人生の頂点ですものね、お二人とも二度目の頂点ですけれど」
「それより、あたしたちはこれからどうするの?」
「どないもこないも、ここに来る最大の目的がのうなったんやし」
「残念ですわ、ここの居心地は好きでしたのに」
ひょっとして、三人娘はうちからの名誉ある撤退を考えているのかな。
「たとえ課長と大家さんが結婚しても、気にせずここに来てもいいのでは?」
「せやな、来たらあかんちゅう決まりはないんやし」
「でしたら、何もなかったことにいたしましょうか」
ついさっきまで落ち込んでいたのに、三人娘の回復力たるや恐るべし。
大家さんの部屋に行こうとしている三人娘は、扉の外にいた僕とばったり。
「何をしに行くの、大家さんに来ちゃだめだって言われたんでしょ」
「いつまで待っても、課長が上がってこないから」
「まだ、二人で話しているんだよ」
「中の様子はどないなっとるんや、聞いとったんやろ」
「良く分からないよ、僕はまだ子供だもの」
「こんなときだけ子供のふりをして、ろくな大人になりませんわよ」
「しっ、母さんが上がってくるみたいだよ」
ドアの開く音に、三人娘と僕は慌ててリビングへ。
上気した顔の母さんが入ってくると、待ち構えていた三人娘は質問攻めに。
「で、どうなったんです?」
「実はね……、やだ恥ずかしいな」
「もったいぶらんと」
「大家さんにプロポーズされちゃった、みたいなの」
「みたいって、どうして曖昧な言い方をされるのですか?」
「いろいろとあってね」
確かにいろいろとあり過ぎだったよね、母さんのせいでさ。
「それで、返事はしたんですか?」
「もちろんしたわよ、OKって」
こんなときにまで見えを張って、ちゃんとはできなかったくせに。
「ほんで、どないなってん?」
「お正月にね、お互いの実家に行くことになったの」
「ご実家に行かれるって、正式なごあいさつですわよね」
あまりの展開に、絶句したままで固まっちゃった三人娘と僕だけれど。
母さんまで固まってどうするのさ。
いくら、正式なあいさつって言葉に改めて緊張したからって。
クリスマスって、誰のためにあるのかって聞かれたら?
しばらくの間は、こう答えようかな。
僕の母さんのためだよって。
本当に良かったね、母さん!
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