第二十二話 良太だって出張、しちゃうんです 後編
翌朝は、八時半になってから三人で一階のロビーに下りていくと。
何やら荷物を持った鹿山さんが、退屈そうな顔をして待っている。
「楽しい夜やったようで、ほんまにうらやましい」
そう文句を言っている鹿山さんには、目もくれず。
「久しぶりね、元気にしていた?」
駆け寄った母さんが声をかけたのは、鹿山さんの後ろに立っているあゆみ。
「ご無沙汰……、しています」
「会えて良かったわ、あゆみちゃん」
母さんったら、あまり見せたことがない満面の笑みだもの。
それほどまでに、あゆみがかわいいってことですね。
「ずっと治まらなかったもやもやが、すうっと引いていくんだもの」
そりゃ、すごい効果だな。
夢中を通り越して、もはや溺愛と言ってもいいね。
「これでこそ、鹿山を出張に同行させたかいがあるってものよ」
母さんにとっての鹿山さんの存在価値って、そんなものなの?
しかも本人の前で言うものだから、さすがに鹿山さんも。
「げんなりすることを、言わんといてえな」
一方の僕は、あゆみがいることにはそれほど驚かなかった。
大阪に来たときから、会えるような気がしていたからかな。
「課長に言われたさかい連れてきましたけど、ウチはあゆみのおまけでっか」
母さんにとっては、明らかにそうみたいだよ。
「文句を言うんじゃないの、あたしたちは会社に行くわよ」
「へいへい」
文句を言わせなかったってことは、やっぱり鹿山さんはおまけなんだ。
あゆみと会いたいからって、出張に連れてくるのを鹿山さんにするなんて。
どうなっているんだろうな、母さんの仕事って。
「また後でね、あゆみちゃん」
「大家さんの言うことを、よう聞くんやで」
どうせすぐ会えるのに、名残惜しそうな母さん。
そして、別れ際に僕にそっと耳打ちをした鹿山さん。
「あゆみが来たんは、自分がおるっちゅうたからやで」
それって、鹿山さんが得意そうな顔をすることではないと思うけれど。
「今日は、仲良うしたってな」
会社に向かう母さんと鹿山さんを見送ると、僕たちも遊園地に向けて出発。
新大阪駅まで歩きながら、前を歩いている大家さんに。
「せっかく大阪に来たんだから、一番人気のテーマパークに行きたかったな」
「決めたのはくまさんなんだから、俺に文句を言われても」
「だって、次はいつ来られるか分からないんだよ」
愚痴を言い終わってから、後ろを歩いているあゆみに。
「元気だった?」
「ええ……」
相変わらず、消えちゃいそうな声だな。
「悪いね、母さんのわがままに付き合わせて」
「いいの……、わたしもお礼を言いたかったし」
うつむいたままそう返事をしたあゆみの髪には、青いイルカのヘアピンが。
「あ、それって」
前回の別れ際に、僕が新幹線のホームであげたヘアピンだよね。
「ありがとう……、かわいいから大切にしているの」
「気に入ってくれたんだね、良く似合っているよ」
それを聞くと。
やっと顔を上げて僕を見たあゆみは、うれしそうにほほえんでいる。
「思っていたよりも、混んでいないんだね……」
地下鉄と私鉄を乗り継いで、ようやく到着した遊園地だけれど。
フリーパスを買って園内に入るなり、思わず僕はそう口にしちゃった。
「これくらいの混み具合の方がいいだろ、ゆっくり遊ぶには」
そう言うと、予備で使っている携帯電話とお小遣いを僕に渡して。
少し先の建物を指差した大家さんは。
「レストランにいるから遊んでこいよ、くまさんが来たら電話をするから」
「遊んでこいって、僕たちだけで?」
「子供は子供同士、大人が邪魔しちゃ悪いからな」
そんなことを言って、明らかに自分が退屈するからでしょ。
乗りもの系のアトラクションに乗るときに、あゆみは毎回。
動き出す前にヘアピンを外して、バッグにしまい。
止まると取り出して、また髪に。
「どうして、いちいち外したりつけたりしているの?」
「風で飛ばされて……、なくしちゃうのが嫌だから」
そうなんだ、本当に気に入ってくれているみたいでうれしいな。
お昼になって、仕事を終えた母さんと鹿山さんが合流すると。
「どこで、何を食べるの?」
「あゆみちゃんが、お弁当を作ってきてくれたわよ」
「お弁当なんて持っていないよ、あゆみは」
「心配しなくても、鹿山が持っているから」
鹿山さんが持っていた荷物って、お弁当だったのか。
「まさか、母さんがこの遊園地にしたのって」
「決まっているでしょ、ここならあゆみちゃんのお弁当を食べられるからよ」
子供の希望より、あゆみのお弁当を食べることを優先したってことか。
前にも思ったけれど。
あゆみが絡むと、母さんの優先順位はめちゃくちゃになるな。
テーブルが付いているベンチで食べることになり、お弁当をひろげると。
「良かったわね、あなたの好物ばかりで」
わざわざ母さんに言われなくても、気づいているよ。
お弁当に、エビフライをはじめ僕の好きなおかずばかりだってことぐらい。
「急に呼ばれたのに、こんなお弁当を作っちゃうなんて」
「朝も早よから作っとったんやで、良かったな良太」
「これなら、すぐにでもかわいい奥さんになれるわね」
そう言われて、恥ずかしそうに下を向いているあゆみ。
お昼を済ませた後は、母さんはあゆみにべったりだろうと思っていたのに。
意外にも、嫌がる大家さんと一緒にアトラクションに。
当然、鹿山さんも連れて。
その結果として、引き続き僕はあゆみと二人で過ごすことに。
「僕とばっかりいて、退屈なんじゃない?」
「ううん……、とっても楽しい」
あゆみがそう言うのも、うそではないみたいだな。
だって、とっても楽しそうに笑っているもの。
午後の三時間、たっぷり遊んだ後で出口に集合すると。
「あゆみちゃん、今日はホテルであたしと一緒にお泊まりをしない?」
「えっ?」
「あゆみだけやのうて、ウチも!」
「残念でした、あたしのお部屋はツインなの」
「エキストラベッドを入れたらええやないでっか」
「あなたは久しぶりの里帰りなんだから、実家で親孝行をしていなさい」
「せやけど、あゆみは着替えも持ってへんし」
「心配しなくていいわよ、あたしが買ってあげるから」
何がどうあっても、あゆみを泊まらせたい母さん。
対して、これまた何がどうあっても一緒に泊まりたい鹿山さん。
二人の不毛な攻防は、母さんの意外な一手で局面が動くことに。
「しょうがないわね、じゃあ今夜は鹿山も泊まっていいから」
こんな露骨なまき餌で効果があるんだろうか、なんて思っていたのに。
鹿山さんは、この世の春とばかりに小躍りをしながらうれしそうに。
「ほんまでっか、おおきに」
ちなみに、肝心なあゆみの返事を聞いていない気がするんだけれど。
ご機嫌な鹿山さんに案内されて。
アメ村ってところに、あゆみの服を買いにきたんだけれど。
これが思いの外、本格的なことになっちゃって。
「このワンピースはどうかしら、あっちのリボンが付いているのは?」
僕のことはともかく、母さんが大家さんまで放ったらかしにするんだもの。
よっぽど、あゆみのことがお気に入りなんだな。
「ねえ、まだなの?」
「もう少し待っていてよ、こんなチャンスはめったにないんだから」
「チャンスって?」
「一緒にお洋服を選んであげられるんだもの、これをチャンスと言わずして」
「僕は諦めているけれど、大家さんが退屈しているんじゃない?」
「大家さんなら大丈夫、いくらでも待っていてくれるから」
「どうしてさ」
「知っているもの、あたしがあゆみちゃんみたいな娘を欲しがっているのを」
夕飯は、大家さんが行き付けのステーキ屋さんに行くことに。
心斎橋の近くにある、細い路地にあるんだって。
「地元でもないのに、こんな細い路地のお店を良く知っているわね」
それって、いつものことじゃない。
「誰かに紹介してもらったの?」
「通りががりに自分で見つけたんだよ、うまそうな店だなって」
「こんな路地を通りかがるかしらねえ、普通」
お店に入ると、席はカウンターだけみたいで。
目の前の鉄板で、コックさんが魚介や野菜やステーキを焼いてくれて。
焼き上がった料理を、各自の前の鉄板からそのまま食べるスタイル。
隣に座っているあゆみは、自分に出された料理のうち半分を僕の前に。
自分には多いのか、それとも僕にいっぱい食べろってことなのかな?
ともかく、おいしいステーキに全員が大満足。
お店を出ると、母さんは鹿山さんに。
「これから、大家さんと二人で飲みに行っていいから」
そう言われた鹿山さんは、大喜びで。
「ほんまでっか!」
思わず、僕は母さんに聞いちゃった。
「鹿山さんと大家さんを飲みに行かせるなんて、どうしちゃったの?」
「あたしは、あゆみちゃんと梅田のデパートに買い物をしに行くから」
「二人で買い物って、あゆみの服ならさっき買ったばかりじゃない」
「さっき買ったのは明日の分でしょ」
「他に何が?」
「あゆみちゃんが東京に遊びに来たときのために、何着か用意しておくのよ」
「じゃあ、僕はどうするの?」
「あなたは邪魔だから、大家さんや鹿山と行きなさい」
ちえっ、厄介払いを兼ねて鹿山さんの監視役ってことか。
しかも、息子に対して邪魔だなんて言う?
「十時にはホテルに戻るように、後で大家さんに言っておいてね」
監視をつけるだけじゃなく門限まで設定とは、念の入ったことで。
十時前にホテルに戻り、そのまま母さんの部屋に行くと。
母さんは大家さんに。
「飲み足りないから付き合ってよ、すぐ片付けちゃうから座って待っていて」
退屈した僕が部屋を見渡すと、ベッドの上には服の山が。
買うのは服を何着かだって言っていたのに、靴まで何足かあるな。
真っ赤な顔をしたあゆみが、慌てて袋にしまったのは下着みたいだったし。
翌朝に、ホテルをチェックアウトして大家さんが連れていってくれたのは。
ホテルから歩いて十分ほどの、たこ焼き屋さん。
おばちゃんたちが、たこ焼きを食べながらビールを飲んでいる。
大阪ってすごい街なんだね、まだ昼前なのに。
まあ、うちの三人も負けじと飲んでいるから人のことは言えないけれど。
「大家さんはよぉ知ってましたな、この店」
「随分前だけれど、うちの営業課長に昼飯に連れてこられて」
「お昼ご飯がたこ焼きなの?」
びっくりして、つい大声で聞いちゃった。
「俺もそう思ったけれどふた皿も食べちゃったよ、うまいだろこの店」
確かに、ここのたこ焼きは大阪で食べた中でも一番おいしかったけれど。
大の大人が、お昼ご飯にたこ焼きって。
「これ……、食べて」
新幹線のホームで、あゆみから渡された包み。
「何、これ?」
「あゆみちゃんは、お部屋でサンドイッチを作ってくれたのよ」
「作ったって、ホテルの部屋で?」
「朝早くから、コンビニエンスストアでお買い物をしてね」
「材料が……、そろわなかったから気に入らないかも」
「そんなことはないわ、とってもおいしそうだったもの」
「良太も気に入るで、あゆみのサンドイッチはいけとるさかい」
「ちゃんとお礼を言いなさい、頑張ってくれたんだから」
「ありがとう」
僕のお礼は、そんな間の抜けたひと言だったけれど。
うっすら頬を染めたあゆみは、うれしそうだった。
走り出した新幹線の窓から見たのは、いつまでも手を振っているあゆみ。
あゆみと別れた後、僕はいつも同じことを思うみたい。
きっとまた会えるよね、って。
「それは何、ラブレター?」
新幹線が発車してから包みを開けると、あゆみからの手紙が。
揚げものが好きでも、体のことを考えてサンドイッチにしたこと。
嫌いなものがあったら、次に会ったときに教えてほしい。
などなどが書いてあった。
「何て書いてあるのよ?」
興味津々って顔をして、のぞき込もうとする母さん。
「別に、嫌いなものが入っていたら次に会ったときに教えてって」
「ふうん、次にねえ」
時間も材料もない中で、早起きをして作ってくれたサンドイッチ。
僕にとっての、初めての出張の思い出は。
あゆみを思い出しながら食べた、このサンドイッチの味になりそうだな。
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