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第二十話 大家さんのお見合い 後編

 大家さんのお見合い話が舞い込んでドタバタしてから、何日かした夜。


 やっと大家さんが帰ってきたわ、急いでお部屋に行かなくちゃ。

 お見合い写真を渡してから、何となく気まずくなっちゃって。

 このところ、ろくに話をしていなかったけれど。

 渡されたスーツをハンガーに掛けながら、それとなく聞いてみる。

 もちろん、大家さんには背中を向けたままで。

「お見合い、お断りしたんですって?」




 そうなんです。

 今日の午後、山下部長に呼ばれて言われたの。

 さっき、大家さんからお見合いを受けないとの電話があったって。

「大家さ……、石田さんは何か気に入らないって言っていましたか?」

「気に入るも気に入らないも、まったく話にならんじゃないか」

「あの人、何が失礼なことでも?」

「失礼なのは君だろ」

「あたしが、失礼を?」

「石田さんには、再婚したいと思っている人がいるそうじゃないか」

「ええっ!」

「それならそうと、君が最初から言ってくれるべきじゃないか」

 いきなりそんなことを言われたって。

 大家さんにそんな人がいるなんて、あたしはこれっぽっちも知らないもの。

 部長には、平身低頭に謝って出てきたけれど。

 今の話って、何なの?

 大家さんに、再婚したいと思っている人がいるなんて。

 廊下を歩いていても、頭の中のぐるぐるが止まらないわ。

 ふらふらして、このままじゃ倒れちゃいそうだもの。

 とりあえず、医務室に行かなくちゃ。


 医務室のベッドに横になってから、じっくりと考えてみる。

 大家さんが結婚したい人って、誰だろう。

 ここはいったん冷静になって、すべての可能性をチェックすべきよね。

 まずは、その相手が大家さんの会社にいるって可能性。

 大家さんのことを好きな子がいたとしても、当然だと思うけれど。

 昔は、会社の子には手を出さないって言っていたし。

 それに大家さんの会社の子だったら、猪鹿蝶が大騒ぎをしているはずよね。

 うちの会社からの派遣社員を使い、大家さんへの情報網を張っているもの。

 ってことは、会社の人じゃなさそうね。

 次は、あたしが引っ越しをしてくる前に知り合った人って可能性。

 それも違うわよね。

 誰かと会っている様子なんか、皆無だもの。

 大家さんって、会社にいるかあたしたや良太と一緒にいるかだし。

 他には、猪鹿蝶や先生ぐらいしか思い浮かばないけれど。

 あれだけお見合いに文句を並べていたんじゃ、猪鹿蝶は違うだろうし。

 先生とは先週会ったけれど、そんなそぶりはまったく。

 じゃあ、誰なのかしら。


 あれ?

 ちょっと待って。

 あたし?

 ひょっとして、あたしなの?

 あたしが大家さんを好きなだけじゃなくて、大家さんもあたしのことを?

 でも、ねえ……。

 猪鹿蝶や先生はピカピカの独身なのに、あたしはバツイチで子持ちだもの。

 でも、大家さんだってバツイチだし。

 なにより、良太を気に入っているから。

 むしろ、あたしって有利なのでは?

 みんな二十代半ばか、あたしは三十代半ばだし。

 でも、あたしが大家さんよりひとつ年下だし。

 あの子たちや先生よりは、釣り合いがとれているわよね。

 スタイルか、男の人って胸の大きい子が好きなんでしょ。

 先生や蝶野なんか、まるでメロンみたいに胸が大きいのに。

 あたしなんか、どんなに頑張ってもぎりぎりCだもの。

 でも、水着姿がかわいくて好きだって言っていたわ。

 そうよ、きっとコンパクトなのが好みなのよ。

 とにかく、猪鹿蝶や先生ではない気がするわ。

 そうなると。

 お母さまが言っていたように、大家さんが再婚したい相手はあたしで。

 あたしとだったら再婚するつもり、ってことなのかしら。




「課長、変よね」

「おお、応接室から真っ青な顔をして出てきたときからやろ」

「わたくしたちが何もしないうちに、大家さんがお見合いをなさったのでは」

「それはないわ、医務室から戻ったら顔色が良くなって仕事も上の空だもの」

「ほんま、地獄から天国っちゅう感じやったで」

「でしたら、大家さんのお見合いが中止になったのでは?」

「それだと、最初の真っ青な顔の説明がつかないでしょ」

「真っ青な顔は別の理由があんねん、ウチらが気ぃもんでもしゃあないやろ」

「課長に直接お聞きするのが、よろしいのでは?」

 そのときのあたしは、考えごとの続きをしていたのよ。

 あたしをちら見しながら、そんな話をしている三人娘にも気づかないほど。

 帰ったら、どうやって大家さんに聞いたらいいんだろうって。




 そんなことがあった上で大家さんにぶつけたのが、さっきの質問だったの。

「ああ、断ったというより受けなかったよ」

 随分と素っ気ない返事だし、あたしを見ようともしないのね。

「お相手の人はみんなが褒めていたのに、どこか気に入らなかったの?」

「別に、見合いで再婚する気がないだけだよ」

 大家さん、この話はあまりしたくないみたいね。

 それでも受け答えはしてくれているから、怒っていないみたいで良かった。

 お見合いでは再婚しないってだけで、再婚自体を否定してはいないんだし。

「ふうん、もったいないことをするのね」

 こらっ、いくら背を向けて大家さんから見えていないからって。

 にやにやしたらだめでしょ、あたしっ!


 大家さんは荷物を置いただけで、上着を脱がないしネクタイも外さない。

 部屋着に着替えないってことは、近くのお店へご飯を食べに行くつもりね。

「これから、ご飯を食べに行くの?」

「ああ、ちょっと寒いから山河で鍋と日本酒でも」

「付き合ってあげましょうか?」

「もう、食事は済ませたんだろ」

「お酒のお供ぐらいなら」

「良太は?」

「リビングでゲームをしているわ」

「良太がいるとちょっとまずいと思っていたから、ちょうどいいや」

「ちょうどいい?」

「くまさんと、二人だけで話したいことがあるんだ」

 あたしに話したいこと、しかも二人だけで。

 それって、もしかするともしかしてっ!




 山河では、二人だからとカウンターに座ったけれど。

 場合が場合だけに、無言でいると猛烈に緊張するわね。

 普段でも口数が多いとはいえない大家さんが、しゃべり出さないんだもの。

 やっと口を開いたと思ったら。

「さっきからどうしたの、店に入ってからずっとそわそわしているね」

 大家さんが何かを取ろうと手を伸ばすたびに、ビクって反応しちゃだめよ。

 緊張しているって、ばれちゃうでしょ。

 どうしよう、まずはお見合いを受けなかった理由を聞いてみる?

 だめよっ!

 ストレートに、あたしと結婚するつもりだって言われたらどうするの。

 大切なことなんだもの。

 もっと、ちゃんとした状況で言ってもらいたいじゃない。

「くまさん、顔が赤いけれど大丈夫?」

 ちょっと、顔に出しているんじゃないわよっ!

 とりあえず、今は何も知らないふりをして話を聞くのよ。

 大家さんは再婚したい人がいるからって、お見合いを受けなかったんだし。

 あたしは、お母さま公認の奥さん候補なんだし。

 そうよ。

 今のあたしは、大家さんからのプロポーズを待っている女なんだから。

 えへへ……。

「どうしたの、今度は思い出し笑い?」

 何をやっているのよ、本当にばれちゃうでしょ!


「あの、話って何かしら」

「そうそう、話だったね」

「はっ、はいっ!」

 きたっ、ついにこのときがきたわよっ!

「くまさんに、大切なことを聞きたいんだけれど」

「なっ、何かしらっ!」

「俺が一人で決めることじゃないと思うから、くまさんに聞いておきたくて」

「なっ、何をっ?」

 この際ですもの、ちゃんとした状況なんて待っていられないわ。

 どうぞ、盛大に言っちゃってください。

 この森野美波、誠心誠意お答えさせていただきます。

 過度な期待と緊張により、多少の酸欠気味ではありますが。


「良太のクリスマスプレゼントだけれど、何がいいかなあ?」

「えっ、何ですって?」

「だから、良太のクリスマスプレゼント」

「はあ?」

「俺が一人で決めるのも、どうかと思って」

 違うでしょ、そんな話じゃなくて。

「パソコンはどうかな、そろそろ持っていてもいいんじゃない?」

 ちょっと、プロポーズはどうなっているのよ……。




 そんなこんなで。

 巻き起こったと思ったらすぐに消滅した、大家さんのお見合い騒動。

 これからあたしは、大家さんに対してどんなスタンスでいればいいんだろ。


「ねえ、課長ったらどうしちゃったの?」

「昨日もえげつない顔やったけど、今日の方がさらにな」

「夜に何かがあったんですわ、きっと」

「当然、大家さんのお見合いがらみよね」

「ほかに何があるっちゅうねん、見合いを受けなかった理由を聞いたんやろ」

「夕方になったら良太君に電話して、何があったのか聞いてみます?」

 うるさいわねこの子たちは、寝不足なだけよ。

 余計な心配なんかしていないで、さっさと仕事しなさいよねっ!


 昨日の夜、か。

 あの後も、大家さんはいろいろと話をしていたけれど。

 期待と緊張を大きく裏切られた、あたしの耳には入るはずもなく。

「ふう……」

 家に帰ってきてベッドに入ったけれど、これじゃあ眠れないわ。

 何が話したいことがあるよ、大家さんったら思わせぶりな態度でさ。

「ふんだ、失礼しちゃうわ」

 でも、大家さんには再婚したい相手がいるってのは事実なのよね。

 やっぱり思い当たる人はいないから、あたしかもって思ってはみたけれど。

 あたしだとなら、いつも一緒にいるんだからとっくに言っているはずだし。

 やっぱり、あたしから聞けば良かったかな。

 でも、何て聞くのよ。

「大家さん、あたしと結婚したいんですって?」

 そんな聞き方、話にならないでしょ。

「大家さんが結婚したい人って、誰?」

 だめよっ、面と向かってそんなこと。

 知らん顔をしているのが一番なのかな。

 そんなことをひと晩中考えていて、朝方にようやくうとうとしたけれど。

 目覚めてからは、たっぷりと自己嫌悪に浸っちゃったし。


 とにかく、あたしのことは放っておいてよ。

 ようやく、大家さんからのアクションを待とうって決心したんだから。




「何をしに来たんだよ、くまさんならいないぞ」

 突然とはいえ、訪ねてきたお母さまに対してそんな言い方って。

「平日の昼間だからいなくて当然だろ、今日はあんたに話をしに来たんだよ」

「俺だって、普通なら会社にいるだろ」

「あんたが振替休日だって、良太に聞いていたからね」

「で、話って何だよ」

「あんた、見合い話があるんだって?」

「くまさんから聞いたんだろうけれど、放っておいてくれないか」

「あたしだって、こんなことにまで首を突っ込みたかないよ」

「だったら」

「でもね、くまさんがかなり参っているようだから」

「自分がまいた種で参っているだけだよ、それにもう終わった話なんだから」

「終わったって、お断りしたのかい?」

「断ったんじゃないよ、見合いを受けなかったんだ」

「受けなかったって、理由はくまさんかい?」

「うるさいな、余計なお世話だよ」

「くまさんはあんたの条件にぴったりだろ、この先そんな子に会えるとでも」

「それが余計だ、と言っているんだ」

「だって、良太がいるってのもあんたにとっては」

「くまさんにしろ良太にしろ、誰かの代わりにしたいんじゃないよ」

「とにかくあの二人を幸せにしておやり、あんたを頼りにしているんだから」

「そのつもりだよ、わざわざくぎを刺されなくてもね」

「じゃあ、決心したんだね」

「ああ」

「だったら何も言うことはないか、あたしは帰るよ」

「くまさんには俺が自分で言うから、余計なことは言うなよ」


 こんなやり取りが、大家さんとお母さまとの間でされていただなんて。

 知るはずもないあたしのもやもやは、日に日に巨大化するばかり。

 もう、本当に知らないからっ!




Copyright 2024 後落 超


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