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第十九話 大家さんのお見合い 前編

「お洗濯をするけれど、洗濯物はこれだけ?」

 クローゼットの中にある洗濯物が入ったかごを手に、大家さんに聞くと。

「じゃあ、ベッドの上のパジャマも頼むよ」

 いつからかしらね、良太の面倒を見てもらう代わりに。

 お洗濯やお部屋のお掃除を、あたしがしてあげるようになったのは。

「クリーニングに出すのはワイシャツだけで、スーツはないの?」

「それだけだよ」

 クリーニング屋さんへ出したり受け取りに行ったりするのも、あたし。

「明日はお泊まりよね、あさっての夕方には帰ってくるんでしょ」

 スケジュールの把握だって、ばっちり。

 大家さんは、明日の朝から一泊二日の予定で仙台へ出張するの。

「うん」

「だったら夕ご飯は一緒に食べられるわね、東京駅に着いたら電話をしてね」

 夕ご飯か、週に三回か四回は一緒に食べているわよね。

 っていうか、一緒じゃないのは大家さんが出張や徹夜でいない日だけか。


 おとといだって、大家さんのお部屋で飲んでいたときに。

「ねえ大家さん、大家さんてば」

 大家さんったら、少し揺さぶったぐらいじゃ起きないわね。

 さっきまで、いつもの癖でちよっと頭を傾けながらお酒を飲んでいたのに。

 まだ九時前なのに、うとうとし出したと思ったら寝ちゃうんだもの。

「こんなところで寝たら風邪をひくわよ、大家さんってば」

 でも、眠いのもしょうがないか。

 システムトラブルが発生したから帰れないと、昨日の夕方に電話があって。

 徹夜明けで、そのまま今日の夕方まで仕事だったんだもの。

「お疲れさま」

 寝顔にそう言ってあげたあたしって、まるで奥さんみたいでしょ。


 やっとの思いでベッドに運んだけれど、寝ているからか意外と重いのね。

 ちょっとした運動になったかしら、うっすらと汗をかいちゃった。

 ふうん、わりとかわいい寝顔じゃない。

 男の人の匂い、あたしは大家さんの匂いって嫌いじゃないな。


 お部屋に戻ってベッドに入ってからも、そんなことを考えていたんだもの。

 このときはまだ極めて平穏、だったのよね。




 それから数日後、山下部長に呼ばれて応接室に行くと。

「石田さんと親しい君を見込んで、頼みがあってね」

 腰を下ろすと同時にそう言った部長が、テーブルの上に何かを置いたの。

「何ですか、これ?」

「見合い写真だよ、君から石田さんに渡してくれないか」

 ええっ、大家さんにお見合いですって?

「相手は社長のめいなんだ、年は二十七で医者をしていて」

「はあ」

「美人だろ」

 確かに、美人な娘さんねえ。

「気立てが良くて明るいし、性格もおとなしくて家事が得意だそうだ」

「はあ……」

「医者といっても、歯科医だから夜勤や突然の呼び出しもないし」

「そうですか」

「どうだね、石田さんに話をしてみてくれないか」

 よりによって、どうしてこのあたしがそんなことを頼まれなきゃ。

「一応、話はしてみますが」

 上司からの頼みを、特段の理由もなしに断るわけにもいかず。

 しぶしぶながらも、お見合い写真を預かってはきたけれど。

 このところ、あたし自身が大家さんとのことでさんざん悩んでいるのに。

 どうしてこのあたしがしなきゃならないのよ、お見合いの橋渡しなんて。


 ぐったりとしながら、自分の席に戻ると。

 待ち構えていた三人娘に取り囲まれて、嵐のような質問攻めに合い。

 事情を話してからは。

「どうして引き受けたんですか、大家さんのお見合い話なんて」

 あのねえ、あたしが喜んでこんなことを引き受けたとでも思っているの?

「ほんまにしゃあない部長やな、ウチらに断りもなく大家さんにお見合いて」

 あなたたちに断る必要は、どこにもないと思うわよ。

「このお方なら存じています、以前に母が褒めていましたから強敵ですわ」

 蝶野が知っているってことは、そっちの社会では有名な娘さんなのね。

「頼まれたから渡すけれど、そこから先は大家さんの問題でしょ」

「渡すって、課長はそれでいいんですか?」

「いいも何も、あたしは」

「そないにええ相手やったら、下手をしたら再婚してまうんとちゃう?」

「知らないわよ、決めるのは大家さんだもの」

「今からでもお断りできませんの?」

「だから、断るなら大家さんが断るでしょ」

 うるさいわね、この子たちは。

 この状況で、あたしが一番こたえているのに。

「いいから、自分の席に戻って仕事をしなさいっ!」


「課長、大丈夫かしら」

「あないな顔をしとって、大丈夫なわけあらへんやろ」

「やっぱり、課長は大家さんをお好きなのですわよね?」

「一緒に住んで身の回りの世話をしているのよ、実質的に夫婦の気分でしょ」

「ウチらの前で腕を組むぐらいなら、ましな方やし」

「とにかく、このお見合いはわたくしたちが何とかしなくてはいけませんわ」

「何とかって、名案でもあるの?」

「ウチらが騒いでも、部長からにらまれるだけやんけ」

「大家さんには心に決めた方がいらっしゃる、っていうのはどうでしょうか」

「どうするのよ、その相手は誰だって部長に聞かれたら」

「ウチらや言うても、真実味があらへんやろ」

「この際ですし、一時的に課長ってことにしてはいかがでしょう」

「不本意だし何より力不足の感は否めないけれど、背に腹は代えられないか」

「やむを得んやろ、ぜいたくは敵や言うし」

「でも、あのお見合い相手と課長とでは条件面では圧倒的に見劣りしますわ」

「バツイチで子持ちの切り上げたらアラフォー、だものねえ」

「せやけど、課長には半年も一緒に暮らしとるっちゅうアドバンテージが」

「というか、それが唯一のアドバンテージですわね」

「そうよねえ、それに敵に塩を送るってことになるんじゃない?」

「せやかて、強敵の見合い相手よか弱点だらけの課長の方がまだましやろ」

「敵の敵は味方です、お見合いをさせずに大家さんをお守りするためですわ」

 人の真横に座って大声で密談をしていたんじゃ、丸聞こえなんですけれど。

 だいたい、あなたたちの計画はいつもろくなものじゃないでしょ。

 まったく役に立たないか、事態をこじらせるかのどっちかじゃない。




 家に帰ってからもずっと、どうしようかなって一人で悩んでいたの。

 そうこうしているうちに大家さんが帰ってきたんで、部屋に行き。

 しぶしぶながら、お見合い写真を差し出すと。

「何、これ」

「山下部長から預かったのよ」

「部長から俺に、何だろう?」

「お見合い写真ですって」

「見合いって、くまさんの?」

「あたしのお見合いの相手を、どうして大家さんに見せるのよ」

「そりゃ、そうだね」

「あなたのお見合いに決まっているでしょ」

「俺の見合い話を、どうしてくまさんが持ってくるのさ」

 当然の疑問よね、当のあたしだってそう思っているんだから。

「あたしが大家さんの元先輩だって、パーティーで知られたからでしょ」

「それにしても、どうしてこんなものを受け取ってくるかなあ」

 あのねえ、あたしが喜んでこんなことをやっているとでも?

「お相手は、うちの社長のめいなんですって」

「だから?」

「プロフィールは中に書いてあるし、会うかどうかは大家さんの自由だって」

 まったく興味がない、って表情をしているわね。

「くまさんは、どうして俺にこれを渡すの?」

 大家さんったら、そんなにじっとあたしの目を見ないで。

「じょっ、上司から頼まれたからよ」

「くまさんは俺に見合い、してほしいの?」

 聞かないでよっ、そんなこと。

「返事はあなたが山下部長に直接してね、連絡先は知っているんでしょ」

 あたしは大家さんの質問に答えられず、そう言うのが精いっぱい。


 お見合いをしてほしいのかって、このあたしに聞いてくるなんて。

 大家さんって、鈍いのかしら。

 それにしても、これからどうしたらいいんだろ。

 あたしを大家さんの奥さんにしたいと、お母さまが言っているのよ。

 なんて話を、するわけにもいかないし。

 もう、知らないからっ!

 でも、若くて美人のお医者さんか……。




 ややこしい現実ともやもやとした気持ちが、派手にからまったままの週末。

 突然、大家さんのお母さまがいらっしゃったの。

 またもや、歯医者さんの帰りだそうだけれど。

 このタイミングでいらっしゃったのは、何かの啓示なのかしら。

「大家さんでしたら、今週末はお仕事でいませんけれど」

「構やしないよ、あたしはくまさんに会いに来ているんだから」

 あたしに会いに、ですか。

「強の顔なんて、一年に一度見れば十分だよ」

 そんなもの、なんですね。

「どうだねくまさん、あれから強と進展は?」

「進展どころか大家さんはですね、その……」

 もやもやの原因となっているお見合いのこと、話しちゃおうかな。

「言ってごらんよ、強がどうしたんだい?」

 ええい、言っちゃおう。


「ふうん、あの強が見合いを」

「はあ……」

「それで浮かない顔をしていたのかい、強が見合いするのが心配なんだね」

 まあ、それもだけれど。

「お相手は社長のめいなんです、若くて美人のお医者さんだそうで」

「やけに詳しいね」

 もやもやの第二の、そして最大の原因。

 あたしがお見合いの仲介役を任されたってことも、話しちゃお。


「ですから、どうしてあたしがお見合いの仲介をしているのかってことも」

「そりゃ大変だろうけれど、気に病むならどうして引き受けたんだい?」

 さすがは親子ね、お母さまったら大家さんと同じリアクションだもの。

「上司から、直接お願いされたので」

「そりゃ、難儀だねえ」

 あたしにとっては、難儀どころじゃないんですけれど。

「心配しなくても強は見合いで再婚はしないし、そもそも見合いはしないよ」


 それから、お母さまが話してくれたのは。

 大家さんが独り身になってから、三年か四年したころのこと。

 親戚の人がこぞって、お見合いの話を持ち出すようになったんだけれど。

 そんなとき、いつも大家さんは言っていたんだって。

 いつかそのときがくるなら、再婚するかもしれないけれど。

 相手は自分で見つけるって。

 それからは、誰も大家さんにお見合いや再婚の話をしなくなったんだって。


「あたしはね、強が言っていたそのときってのは今のような気がするんだよ」

「どうして、そう思われるんですか?」

「母親の勘、だよ」

 何だあ、ちょっぴり期待したのに。

 お母さまにも、確たる根拠はないのね。

「それに、強が言っていた相手ってのはくまさんなんじゃないかってね」

 そう言ってくださるのは、お母さまだけですし。

「何にしろもう少しの辛抱だよ、じきに強が結婚してくれって言ってくるさ」

 そんなに楽観的に言われても、現実にはお見合いの話が。

「でも、あたしはあからさまに条件が悪いですから」

「何を言っているんだい、あんたは強の求めている条件にぴったりなのに」

 大家さんの条件に、あたしが?

「明るくさっぱりした性格ですこぶる健康な上、まずまずの美人さんで」

 あたしを高く評価してくれているお母さまからでも、まずまずなのね。

「仕事をしながら家事もこなして、年だって釣り合うし」

 そんなに褒められても、何も出ませんけれど。

「しかも、良太がいるんだから無敵だろ」

 あの、良太は対大家さん用の最終兵器なのですか?




「次に来るときには、いい報告を聞かせてもらいたいね」

 お母さまはそう言って帰ったけれど、あたしを買いかぶり過ぎなのよね。

 大家さんは、部長からのお見合いなんて受けない。

 身内からのお見合いだって、相手にもしなかった。

 大家さんが言っていたそのときは今で、自分で見つける相手はあたしだ。

 そんなことを言われても、ねえ。

 こればかりは、大家さんがどう思っているかだもの。

 せめてもう少し具体的な話をしてくれたなら、すっきりとするのにな。


 悩むのはやめましょ。

 あたしが悩んだからって、どうこうなるものじゃないんだから。




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