第十八話 お祭りの夜、誰そ来たる 後編
「ここで何をしているの、あなたは誰よっ!」
あたしが思わずそう叫んだのも、当然なんです。
大家さんと良太を残し、お祭りからひと足先に帰ってきて。
掃除を終えて、リビングでひと息ついていると。
突然、見知らぬおばさんが入ってきたんだもの。
思わず、何か身を守るものがないか周りを探しながら。
「だっ、誰なの!」
もう一回叫びながら右手を見ると、慌てて手にしていたのは良太の定規。
戦闘能力が極めて低そうなあたしの姿を見て、おばさんは鼻で笑うように。
「あたしゃこの家の持ち主の母親だけれど、あんたこそ誰なのさ」
「おっ、大家さんのお母さま?」
こんな無慈悲な仕打ちを、どうしてあたしが受けなきゃならないのよっ!
右手の定規を、急いでソファーの陰に投げ捨てて。
まずは、この家を借りていることを必死に説明したの。
「この家を借りているって、だったら強はどこで寝泊まりしているんだい?」
「大家さんは一階で暮らしています」
「この家で、あんたと一緒に住んでいるってことかい?」
今のあたしって、まるで見定められているような気がするんだけれど。
頭のてっぺんから足の爪先までじろじろと、それはもう入念に。
「で、あんたは強とどんな関係なんだい?」
そう聞かれたから、大家さんとの関係を説明したけれど。
お母さまは、半信半疑って顔をしたまま。
「あんたはもともと、会社で強の先輩で」
「はい」
「今年の春に十年ぶりにばったりと出会って、今は一緒に住んでいる」
ひとつひとつは正解ですけれど、何か誤解を招きそうな言い方です。
「それで、強はどこにいるんだい?」
「大家さんでしたら、お祭りに行っていますけれど」
「あの強が祭りに、浴衣を着ているってことはあんたも一緒だったのかい?」
「はい」
まだおそろいでいたいからって、着替えていなかったのは失敗だったかな。
「もうすぐ帰ってくると思いますけれど、電話をしてみましょうか?」
「電話をしてくるなんて、何かあったの?」
「何かどころじゃないわ、今はどこにいるの?」
「どこって、神社だよ」
そりゃそうよね、お祭りに行っているんですもの。
「もうすぐ帰るつもりだよ」
「のんきなことを言っている場合じゃないわ、お母さまが見えているのよ」
電話の向こうから、舌打ちをする音が聞こえる。
「勝手に来るなって言っておいたのに、何をしに来たんだ」
「あたしに聞かれても、知らないわよ」
「よっぽど暇なんだな」
「そんなことよりも、あたしのことを何も話していないでしょ」
「だって、おふくろに話すようなことじゃないだろ」
「いいから早く帰ってきてよ、お母さまと二人きりなんて気まずいじゃない」
「もうすぐ帰るそうですから、お座りになってお待ち……」
あたしの言葉を、途中で遮ったお母さまは。
「結構よ、少し家の中を見させてもらうから」
そう言うと、リビングをぐるっと見渡した後でキッチンに移動して。
冷蔵庫の中や、流しをチェック。
まるで、お嫁さんのあら探しをしている母親って感じね。
続いて、三階に上がって寝室や良太の部屋を見て回る。
「あんた、子供がいるのかい」
「はい、小学校五年の男の子が」
「ふうん、どうりで」
どうりでって、何がですかお母さま?
「まあまあ奇麗にしているようだね、これなら合格だ」
これまた何が合格なのかしら、パニックになりそう。
そんなタイミングで、やっと大家さんと良太が帰ってきたけれど。
顔も見せずに、そのまま自分の部屋に行っちゃうってどうなの。
「どうして、強はここに来ないんだい?」
「大家さんは二階より上には来ない約束なんです、呼んできますから」
こんなときぐらい、まっすぐ二階に来るべきでしょ。
そう心の中で叫びながら、慌てて大家さんの部屋に。
「ただいま、くまさん」
「のんきにただいまじゃないわよ」
「何だよ、お帰りなさいもなし?」
「あいさつなんて、どうでもいいでしょ」
「これが母親のせりふだなんて、良太には聞かせられないな」
「その母親が問題なの、あたしが困っていることぐらいは想像できるでしょ」
「くまさんの表情を見れば、おおよそね」
今さら?
さっきの電話での声を聞けば、でしょ。
「とにかく、お母さまが待っているんだから早くリビングに行ってあげて」
「俺は二階に行かない約束だろ、おふくろがここに来るように伝えてよ」
お母さまを大家さんの部屋にお連れして、ようやく親子が対面することに。
「じゃあ大家さん、あたしと良太は上にいるから」
それを聞いた良太は。
「でも、これから大家さんと来週の釣りのことを相談するのに」
「いいからいらっしゃい、良太」
「でも」
「失礼します、お母さま」
「子供は二階へ行かせて、あんたはここに残っていなさい」
ちょっと、どうしてあたしが同席しなきゃいけないの。
「で、あんたたちはいつの間に同棲をしているんだい?」
「どこが同棲だよ、二階から上を貸しているだけなんだから」
この言い訳って何回目かしらねえ、三人娘にうちの両親に……。
「いい年をした男と女が同じ家に住む、世間じゃそれを同棲って言うんだろ」
確かに。
「それに、自分の家なのに二階に来られないってどういうことだね」
「家の中の秩序を保つための約束なんだ、それより合鍵で勝手に入るなんて」
「合鍵ってのはね、家に入るために渡されるものだろ」
「連絡もしないで、何をしに来たんだよ」
「歯医者のついでに、母親が息子の顔を見に来ちゃいけないのかい?」
「この人は、家事が得意なんだね」
急に話題が変わったけれど、あたしって褒められているの?
「掃除も行き届いているし、キッチンも整頓してあるじゃないか」
「くまさんがねえ、家事が得意ねえ」
にやにやしながらこっちを見ないでちょうだい、大家さんっ!
「この人、くまさんっていうのかい」
「そんなことはどうでもいいだろ、それより家の中を見て回ったのかよ」
「他人に貸しているなら、家の中がどうなっているのか確認しなきゃ」
「悪趣味だな、くまさんが気を悪くするだろ」
そんな心配はご無用。
あたしでしたら、あまりの緊張に気を悪くするどころじゃなかったわよ。
「母親が心配しているってのに悪趣味だと、しかもくまさんの心配かい」
「くまさんはおふくろとは初対面なんだから、心配して当然だろ」
「それよりくまさんとやら、あんたはお勤めをしているのかい?」
「はい」
「仕事をしているのにあれだけ奇麗にする、なかなかできることじゃないよ」
大家さんのお母さまは感心しているけれど。
あたしが掃除をするのは土日だけで、普通の日は良太にやらせているし。
しかも、お母さまが見たのはあたしが掃除して回った直後なのよね。
「で、さっきの子は?」
「良太、くまさんの子供だよ」
「あんたと釣りに行く、そう言っていたようだが」
「来週、連れていく約束をしているんだ」
「くまさんに家を貸しているのは、ひょっとしたらあの子がいるからかい?」
「そんな深い意味なんてないよ」
この家を借りられたのは良太がいるからって、どうして?
それに、深い意味って何かしら?
「だって、あんたが釣りに連れていくだなんて」
「考え過ぎなんだよ、顔を見て心配はなくなったんだから帰ればいいだろ」
「いろいろと知りたいことだらけだし、今日は泊まっていくからね」
「泊まる?」
「久しぶりに会ったんでしょ、ゆっくりしてもらえばいいじゃない」
大家さんったら、余計なことを言うなって顔をしてあたしを見ちゃって。
「とにかく食事に行こう、山河でいいよねくまさん?」
「どうしてあたしに聞くの、せっかくだから二人で行けばいいじゃない」
「構わないよ、あたしはくまさんや良太と一緒にいたいからね」
あたしたちと、なぜかしら?
「だったらうちで食べてもらえばいいじゃない、あたしが作るから」
「それじゃおふくろの思うつぼなんだよ、山河にしよう」
息子と同居している女の料理の腕前を、しっかりチェックしたいお母さま。
お母さまの思惑を事前に察知して、未然に防ごうとしている大家さん。
あたしには思いもよらない攻防をしていたなんて、おそるべき親子ね。
家に戻ってからもめ始めたのは、お母さまがどこで寝るかについて。
「俺の部屋で寝ればいいじゃないか」
「おまえはどうするのさ」
「床に布団を敷いて寝るよ」
「あたしは良太の部屋で寝ますから、お母さまは寝室でお休みください」
「くまさんは寝室で寝ていいよ、おふくろはここに寝かせるから」
「あたしゃ、寝室でくまさんと一緒に寝るからね」
何ですか、それっ!
会ったばかりの、大家さんのお母さまと寝ているんだもの。
何とも決まり悪くて眠れないあたしが、寝返りを繰り返していると。
「眠れないのかい、くまさん」
「はあ」
「強が良太を釣りに連れていくって言っていたが、何か聞いているかい?」
「特に、何も」
「今月の三日はね、嫁と孫の命日だったんだよ」
奥さんと息子さんの命日か、交通事故で亡くなったって聞いたけれど。
「あの日は。孫の三歳の誕生日を祝うんで待ち合わせをしていたんだ」
三歳になったばかり……。
「強が着く前に交差点に車が突っ込んできてね、二人とも亡くなったんだ」
そうだったんだ、いきなり一人だけ残されてつらかっただろうな。
「強は毎年この時期になると落ち込むから、様子を見に来たのさ」
落ち込むだなんて、そんなそぶりなんて全然なかったわよね。
「強は、子供が大きくなったら一緒に釣りに行くのを楽しみにしていたんだ」
息子さんを釣りに、か。
「今は良太を釣りに連れていくのが、楽しくてたまらないんだろうよ」
だから、大家さんは良太を連れて釣りに行きたがるのね。
「あんた、強と一緒になる気はあるかい?」
えっ、ええっ!
「強と結婚する気はあるのかって、聞いているんだよ」
「いっ、いきなりそんなことを言われても」
そりゃ、大家さんといると楽しいし。
三人娘や先生が大家さんにちょっかいを出すと、かちんとくるけれど。
だからといって、結婚となると話は別です。
そもそも、大家さんがあたしのことをどう思っているかも分からないし。
「あの子は家族を亡くしてからしばらく、随分と荒れた生活していたんだよ」
言っていたわ、家に帰りたくないから毎日のように飲み歩いていたって。
「なのに今年は穏やかだ、あんたと良太が一緒にいてくれるおかげだろ」
「そんな、あたしたちは何も……」
「あんたぐらいぴったりの相手には、そうそう出会えないだろうし」
大家さんにぴったりって、あたしが?
「三十前にしか見えないし良太がいるし、何より立派な腰をしているし」
さらっと言われたけれど、立派な腰って。
とにかく、そんなことを言われてもあたしがどうこうできることでは。
「あんたさえ嫌じゃなかったら、強と一緒になってくれないかい?」
どうしたらいいの、大家さん。
お母さまがあたしに、あなたの奥さんになれって言っていますよっ!
翌日は、駅までお母さまをお見送りに。
先を行くお母さまと大家さんは、何やら話をしながら歩いているけれど。
「あたしは気に入ったよ」
「突然、何だよ」
「何って、くまさんに決まっているだろ」
お母さま、がっつり聞こえていますけれどっ!
「おふくろがくまさんを気に入ったって、どうして?」
大家さんも鈍いわね、そこはスルーしてちょうだいよっ!
「感心だよ、仕事をしながら子育てや家のことをちゃんとやっているのは」
「普通だろ、働くお母さんなら」
「あの良太って子がいるのも、あんたにとってはいいだろうしね」
「俺にいいって、何だよ」
良くできました大家さん、そんな感じでスルーしてちょうだい。
「まあ、何にしろ頑張るんだね」
駅から帰る途中、大家さんったら無邪気に。
「昨日からお疲れさま」
「いいえ」
「さっきおふくろが言っていたけれど、昨日の夜に何かあったの?」
「べっ、別に何も」
じっと見つめながらそんな質問をしちゃだめじゃない、大家さん。
そして真っ赤になっているなんてもっとだめじゃない、あたしっ!
「やっぱり言われたんだね、何て言われたの?」
「ひっ、秘密にしろって言われているから」
そんなわけで。
大家さんのお母さま公認の、奥さん候補にされちゃったあたし。
どうなるあたし、そして大家さん!
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