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第十七話 お祭りの夜、誰そ来たる 前編

 九月も半ば、敬老の日を月曜日に控えた三連休の初日です。

 何とかしてほしかったあの暑さも、ようやく峠を越えたみたいで。

 爽やかな青空に、自然と気分も盛り上がっていくわね。

 えっ、どんな気分かって?

 今日と明日は、町内にある二つの神社で同時に秋のお祭りがあるの。

 昼間からおみこしが町内を練り歩いて、遠くでおはやしも聞こえているし。

 つまり、そこかしこでお祭り気分が盛り上がっているのです。


 朝からそわそわしている良太と隼人に、ようやく浴衣を着せてから。

 浴衣を着てうちに来た蝶野を除く、猪口と鹿山を着付けているんだけれど。

「さあ猪口は終わりっ、次は鹿山がこっちに来て」

「課長、大家さんの着付けは終わりました?」

 猪口ったら、自分が着付けを終わったらお気楽なものね。

「自分で着るって言っていたわよ、ふらふら動かないで鹿山っ!」

「せやかて課長が持っとるの、課長の帯やで」

「じゃあ、あなたの帯はどこなのよ」

「課長の後ろ、そちらにありますわ」

「蝶野が手を放してどうするのよ、鹿山の合わせがずれちゃうでしょ」

 たかが着付けなのに、どうしてこんな大騒ぎになるのかしら。

 ひとつ、ため息をついてから。

「早く鹿山の帯を早くよこしなさいよ、猪口っ!」

「さっきから渡そうとしているのに、課長が受け取ってくれないから」

 お祭りに行く前から、大騒動になっているじゃない。

「動くなって言っているのが聞こえないの、鹿山っ!」

「せやけど、課長が強う引っ張るさかい」

 あたしの着付けだって、控えているのに。

「手を放すなって言っているでしょ、蝶野っ!」

「鼻の頭がかゆくって」




 うちの近所に、神社は二つあって。

 初日の今日は、家から近い方。

 良太の学校へ行く途中、坂の上にある神社へ行くことにしたの。

 夕方になり薄暗くなるのを待ってから、家を出たんだけれど。

 待ちきれないぞとばかりに、いきり立っている良太と隼人を先頭にして。

 後ろをのんびりと歩いている、あたしと大家さん。

 ここまではいいとして。

 あたしの背中には、さっきから三人娘の声が突き刺さってくるのよ。

「ちょっと、気づいている?」

「課長の浴衣やろ、大家さんとおそろいやんけ」

「ここぞとばかりに、おそろいの浴衣を用意されたのですわ」

「いつの間にそろえたのかしら」

「肝心なんは、ウチらに内緒にしとったちゅうこっちゃ」

「これは、悪意すら感じますわね」

 浴衣については覚悟をしていたとはいえ、ここまで言われるとは。




 そう、あたしの浴衣は大家さんとおそろいなんです。

 七月に風邪を引いたとき、肩や肘の関節が痛くて一人で着替えられなくて。

 やむなく、大家さんに手伝ってもらったでしょ。

 目をつぶりながらの大家さんは、うまくあたしに服を着せられなくて。

「病院で入院患者に浴衣を着させるのは、こんな苦労をさせられるからだね」

 四苦八苦しながら大家さんが言ったこのひと言が、そもそもの始まり。

「そういえば、九月に近所の神社でお祭りがあるよ」

「ふうん」

「浴衣を着ていこうよ、良太と三人でさ」

「良太の浴衣は持ってきたけれど、あたしの浴衣は実家に置いてきちゃった」

「じゃあ、くまさんの浴衣は俺が買ってあげるよ」


 風邪が全快してから、仕事の帰りに銀座で待ち合わせをして。

 中央通りに面している、見るからに老舗って感じの呉服屋さんへ。

 お店の奥にあるエレベーターで、四階に上がると。

 落ち着いた雰囲気のフロアには。

 さもお値段が張りますって感じの着物や浴衣が、ずらりと並んでいて。

 これまた落ち着いた雰囲気の店員さんが、寄ってくると。

 事前に、大家さんが問い合わせをしていたみたいで。

「お尋ねの商品は、こちらでよろしいでしょうか」

 店員さんが持っているのは、えんじ色のストライプで落ち着いた柄の浴衣。

「もっと、キャピキャピとした浴衣をイメージしていたのに」

「俺の浴衣は、これの藍色なんだ」

 自分とおそろいの浴衣をあたしに着させたい、ってことかしら?

「浴衣を合わせるから、後ろを向いていてね」


「もういいわよ」

「へえ、思っていたよりも似合っているね」

「そうかしら、あたしにはちょっと渋好みじゃない?」

「年相応ってことで、大人っぽくていいと思うな」

「あたしの年なら、落ち着いた浴衣が似合うってこと?」

「そうは言っていないだろ、これにしようよ」

 浴衣に合う帯を見立ててもらい、一階に移動してから巾着や扇子も買って。

 お店を出て少し先の履物店に行って、げたを選び終わると。

「結局、全部払ってもらっちゃったわね」

「自分でお金を出して買うにはちょっと残念なものだろ、浴衣って」

「でも、結構な金額でしょ」

「いいじゃないか、浴衣姿が奇麗なお母さんなら良太だって喜ぶよ」

 もう、喜んでほしいのは良太じゃないわよ。

 大家さんの鈍感。




 そんなわけで、あたしと大家さんはおそろいの浴衣でお祭りへ来ているの。

 参道の左右には、少し薄暗い明りに照らされた露店がずらりと並んでいて。

 まだ早いのに、思っていたよりもたくさん人がいるのね。

「これが今日の小遣い」

 大家さんは、参道の手前で良太と隼人に二千円ずつ渡してから。

「飲み食いしたいものは全部買ってやるから、それ以外のことに使うように」

「うん」

「まずは露店をチェックしながら境内まで行き、使うのは帰りにするんだぞ」

 喜び勇んで歩き出した良太と隼人の後ろを歩きながら、大家さんに。

「どうして、先に奥まで行けって言ったの?」

「男の子なんて、露店で食べ物以外に金を使うところは決まっているんだよ」

「へえ」

「無計画に使っていたら、二千円だと足りないだろ」

「そうねえ」

 良太の性格だと、片道で使い切っちゃうでしょうね。

「行きに下見をしておけば、多少足りない小遣いでも計画的に使えるんだ」

 水着を買いに行かせたときに続いて、お金の使い方を覚えさせるつもりね。

「でも、失敗しちゃったら?」

「失敗した方がいいんだよ、明日はもっと考えて使うようになるから」

 それを聞いていた三人娘が。

「たかがお祭りも、男の子には大人になるための道場みたいなものなのね」

「父親の代わりに教えとるんやろ、父親がおらん良太と海外赴任中の隼人に」

「男の子って、こうやって大きくなるんですわね」

 この子たちにしては珍しく、感心しているわ。


 良太と隼人にひと通り付き合ってから、大人は参道の入り口へ戻り。

 待ち合わせ場所にした、テーブルやイスもある大きな屋台に。

 焼き鳥を数種類と、アサリのバター焼きを注文した後で。

 大家さんが三人娘へ。

「この後で飯を食うんだから、腹をいっぱいにしたり飲み過ぎたりするなよ」

 そう言われたのに、三人娘はジョッキを片手に。

「お土産で買って家で食べても、ここで食べるほどおいしくないのよね」

「海の家と同じこっちゃ、祭りの屋台の食べもんかて雰囲気でうまなるんや」

「屋台って始めてですけれど、おいしいんですね」

 この子たちったら、大家さんが言ったことを聞いちゃいないわね。

「あなたたち、明日も着るんだから浴衣にこぼさないようにねっ!」




 良太と隼人が戻ってきたんで屋台を出て、坂道を下っていると。

 お祭りだし、おそろいの浴衣のせいかしら。

 大家さんと並んで歩いていると、ちょっぴりロマンティックな気分。

 再び背中に刺さってくる、例の声がなければだけれど。

「ちょっと、課長ったら大家さんの袖をちょこんとつまんで歩いちゃって」

「ごっつリアルやわ、なまじ腕を組んだり肩を抱かれたりしとるより」

「っていうか、このところすっかりご夫婦みたいですわね」

「旅行のときからでしょ、二人で布団の中にいたのは事実なんだもの」

「実際のところ、どこまでの関係なんやろ」

「放っておいたら、急に親密というかラブラブになられましたもの」

 せっかくのロマンティックな気分が、一気に吹っ飛んでいくわ。


「あんなに大きな神社があったのね、いつものシチュー屋さんのすぐ先に」

 いつものシチュー屋さんとは、神社から帰る坂道の途中にあるお店。

「くまさんがビーフシチューばかり頼むだけで、ごく普通の洋食屋だろ」

 大家さんの袖を、ちょんちょんと引っ張って。

「話していたら食べたくなっちゃった、シチュー」

「だったら、あそこで飯にする?」

「うん!」

 ふうん、ずいぶんあっさりとOKをするのね。

 ってことは、大家さんったらこんなおねだりの仕方が好みなのかしら。


 お祭りなのに、大きなテーブルが空いていたのはラッキー。

 当然ながら、あたしはいつものビーフシチューを頼んで。

 良太はエビフライで、隼人はチキンガーリックを。

 大家さんはジャンボハンバーグと、みんなで取り分けるハムサラダとピザ。

 三人娘も、それぞれ好きなものを頼むと。

 いつもの宴会と変わらない、といえば変わらないれど。

 外は夜でも暑かったせいかしら、冷えたビールがおいしい。

「良太と隼人に何も聞かないのね、どうだったのか気にならないの?」

「言っただろ、どの店に寄ったのかや小遣いが足りたのかは問題じゃないと」

「うん」

「あいつらが自分で考えて行動できるようになれば、それでいいんだよ」

「でも、答えがないんじゃ」

「答えのない問題に対して答えを出す、社会に出ればそんなことばかりだろ」

 そうか、答えのある問題を解くなんて学校に通っている間ぐらいだものね。

「これって、大家さんも子供のころに誰かに教わったの?」

「いいや、自分で考えたよ」

 どんな子供のだったんだろうな、大家さんって。

 いたずら好きのガキ大将、だったような気がするけれど。




 次の日はお昼から、もうひとつの神社へ繰り出したの。

 露店や人の数は、昨日の神社と同じぐらいだけれど。

 少しだけ、騒々しい感じがするわ。

 すぐ脇が、交通量の多い幹線道路だからかしら。

 良太たちには、昨日のレクチャーに続いて好きにさせていたけれど。

 見ていると、昨日よりは上手に露店を回っているみたい。

「あの子たち、二日続けてのお祭りなのに飽きないのかしら」

「男の子にとっては、文字どおり年に一度のお祭りだからね」

 確かに、飽きるどころか経験値上げに夢中って感じだもの。

「堂々とお店を吟味しているって感じね」

「良太も隼人も健全に育っているってことだよ、良かったじゃない」


「これをあたしに?」

 しばらくして息を切らせた良太が持ってきたのは、くまのぬいぐるみ。

 世界的に有名な黄色いくま、のつもりなんでしょうけれど。

 どうにも、ちょっと残念って感じがするフォルムね。

「射的で景品をもらったんだ」

「どうせ取るなら、もう少しかわいいのを取ってくれればいいのに」

「僕らには選べないんだよ、落としたものじゃなくて景品をくれるんだから」

 それを聞いていた大家さんは、笑いながら

「文句を言わないで、ありがたくもらっておきなよ」

「でも」

「良太だって、くまさんと一緒に祭りに来るなんてあと何年かだよ」

「えっ」

「二年もすれば子供だけで行くし、縫いぐるみは彼女に渡すようになるだろ」

「まさかあ」

「そんなものだよ、男の子なんて」

 昔の自分もそうだった、ってことかしら。

 大家さんが縫いぐるみをあげたのは、どんな子だったんだろ?

「まあ、そうなったら縫いぐるみは俺が取ってあげるから」

 さり気なく言われたけれど。

 それって、何年か先もあたしと一緒にお祭りに来てくれるってこと?




 良太と隼人を大家さんに任せて、ひと足先に三人娘を連れて家に戻り。

 着替えを終えても帰ろうとしない三人娘を、どうにか帰らせることに成功。

 それもこれも、今夜は三人だけで夕ご飯に行くための布石。

 大家さんと良太が帰ってくるまでに、お掃除をしちゃおうっと。


 と、まあ。

 あたしはかなり幸せなときを過ごしていたのです、ここまでは。




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