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第十五話 春風のようなあの子 前編

 それは、夏休みの残りも十日ほどになった水曜日のお昼過ぎのこと。

 会社の創立記念日で家にいて、キッチンの掃除をしている母さんが。

「誰かが来たみたい、手が離せないからあなたが出てちょうだい」

 えっ、創立記念のパーティーは六月にあっただろうって?

 夜でも暑いこの時期を避けて、パーティーは六月に先行して行うんです。


 インターホンのモニターをのぞくと、そこに映っているのは鹿山さん。

「鹿山さんがいるよ」

「あの子たちったら、せっかくの休みなのに行くところがないのかしらねえ」

「三人で来たんじゃないみたいだよ、鹿山さんだけだもの」

「鹿山だけって、一人で何をしに来たのかしたら?」

 いぶかしがりながら母さんが玄関に行くと、鹿山さんが。

「どうも」

「一人で来るなんてどうしたの、それに後ろにいるその子は?」

「ウチの妹で、あゆみいいます」

「妹さんを連れて、どうしてうちに来たの?」

「実は、今日から四泊五日の予定で両親が北海道へ旅行に」

「それが?」

「昨日の朝の新幹線で東京に来て、今朝早うに羽田から出発したんやけど」

「どうして大阪からじゃなくて、わざわざ羽田から?」

「この子を一人で実家に残されへんさかい、ウチに預けるちゅうて東京に」

「預かるったって、あなただって明日から仕事じゃない」

「そやから、課長の家で預かってもらおうと」

 いつもと違って、まともなことを言っている母さん。

 そして、いつもと同じくまともではないことを言っている鹿山さん。

「こんな小さな妹さんを、一人でうちに預けるつもりなの?」

「そこは心配おまへん、ウチも一緒に泊まりますさかい」

「妹を理由にしてうちに泊まろうとするつもりでしょ、あきれた魂胆ね」

「そない言わんと」

「あたしだって、昼間は仕事でいないのに」

「良太がいてますやん、一人で留守番させるよか二人の方が安全やろ」

 ドアを開けっ放しだから、階段下でのやり取りはすべて筒抜けなんだよね。


 母さんと一緒に、リビングに入ってきた鹿山さん。

 その上着を握りしめて、隠れるように入ってきたのが妹のあゆみちゃんか。

 緊張しているのか、口をぎゅっと閉じたまま下を向いている。

 僕が笑いかけると、さらに鹿山さんの後ろに隠れて見えなくなっちゃった。


 趣味は料理で、勉強ができて。

 年は、僕よりひとつ下の小学四年生。

 そう紹介されている間も、テーブルに目を落としていたあゆみちゃん。

 小柄で色白で、肩までの髪に物静かな印象で。

 姉妹なのに、真逆なんだね。

 健康的に日焼けして、ショートカットでにぎやかな鹿山さんとは。

「しょうがないわね、あゆみちゃんは引き受けてあげるわ」

「よろしゅうお願いします、自分も礼を言わんか」

「ご迷惑を……、おかけします」

 鹿山さんに促されて、初めて口を開いたけれど。

 目を合わせようとしないし、自分からしゃべろうともしない。

 ってことは、人見知りでもするのかな?

「ちまいころから家事、特に料理が得意やから何でも使うたってください」

「へえ、鹿山とはえらい違いね」

「返す言葉もおまへん」

「言っておくけれど、鹿山が泊まっていいのは今日だけだからね」

「そないなことを言わんと、課長」

「あゆみちゃんは寝室で寝てもらうとして、ねえ良太」

「えっ」

 いきなり声をかけられ、びっくりしている僕に。

「あゆみちゃんの荷物を、寝室に運んであげなさい」


 荷物を持った僕は、あゆみちゃんを連れて寝室へ。

「ここが母さんの寝室、君が寝る部屋だよ」

「はい……」

 ベッドの脇に、あゆみちゃんの荷物を置きながら。

「今日は母さんが僕の部屋で寝るだろうから、鹿山さんと一緒にね」

「すみません……、わたしだけでなくお姉ちゃんまで」

「鹿山さんはいつも奥のベッドで寝るから、手前のベッドを使うといいよ」

「ありがとう……、ございます」

 そう言ったあゆみちゃんが、不思議そうに。

「あの……、お姉ちゃんがいつも奥のベッドを使うって?」

「それを話すと、長くなるんだ」

「でも……」

「下で何かもらってくるから、僕の部屋でちょっと早いおやつにしようか」

「えっ……、あなたのお部屋に?」

「だって、この部屋じゃゆっくりできないだろ」

 ゆっくりどころか、女の子と二人きりでベッドに座っているなんて。

 僕が落ち着かないんだよ。


 あゆみちゃんを僕の部屋に連れていき、座って待っているように言うと。

 二階に下りて、リビングにいる母さんに。

「僕の部屋でおやつにするから、何か用意してよ」

「なんや良太、小五やいうのに早くも女を連れ込むつもりか?」

「その連れ込まれる子は、あなたの妹さんですけれど」

「やったら、ウチの妹に手ぇ出そうとしとるっちゅうことやないか」

 からかってくる鹿山さんなんて無視をするんだ、無視。

「それに、寝室でおやつを食べたらベッドの上で二人っきりってことだよ」

「一丁前に、ませたことを言うやん」

「ねえ母さん、何かちょうだい」

「冷蔵庫に、ウチの土産のシュークリームが入っとるで」

「偉そうに言わないの、どうせあゆみちゃんに言われて買ってきたんでしょ」

「ほんまに、ウチの妹ながら余計な気ぃ使うやつで」

「余計じゃないでしょ、世間ではそれを常識というのよ」


 シュークリームと紅茶を乗せたトレーを持って、部屋に戻ると。

 緊張感に満ちあふれた顔をして、入ったままで固まっているあゆみちゃん。

「どうしたの、立っていないで座ればいいのに」

「男の子の……、お部屋に入るなんて初めてだもの」

 あのねえ、中高校生ならともかく初めて会った小学生同士なんだから。

 そんなに心配しなくても、何も起きないよ。


「何……、この写真?」

 ようやく部屋に入り、テーブルの前に座ったあゆみちゃんが指差したのは。

 アルバムに整理しておくように言われたのを、出しっ放しにしていた写真。

 その一番上には、プールサイドで撮った一枚が。

「この間ね、旅行をしたときの写真だよ」

「お姉ちゃん……、どうして変な水着を着ているの?」

 変な水着って言うなら、鹿山さんだけじゃないだろ。

 猪口さんと先生の水着だって、負けずに変だと思うけれど。

「いろいろあってね、鹿山さんたちは水着を現地調達したんだよ」

「現地で買った……、プールへ行くのに水着を持っていかなかったの?」

「ちょっと違うんだ、四人とも母さんと同じ水着だったから」

 かいつまんで、事情を説明したんだけれど。

 最初はあきれたって顔をしていたあゆみちゃんだけれど、話が進むにつれ。

「お姉ちゃんは、この家でそんなことをしているんですかっ!」

 後になってから知ったんだけれど。

 普段は無口で大人しいあゆみちゃんも、身内に対しては怒るし。

 そんなときは、ごく普通に話すんだ。

「まあ、そんな感じかな」

「じゃあ、さっき言っていたお姉ちゃんが寝室のベッドを使うっていうのも」

「隔週で、うちに泊まりに来ているんだよ」

「すみません……、後で怒っておきますから」

 ちょっと冷静になったのかな、あゆみちゃんの口調が元に戻っている。

 何にしても、気にならなくなったみたいだね。

 今の自分が初めて男の子の部屋にいる、ってことについては。




「あゆみちゃんて、本当に良くできた娘さんなのよ」

「ふうん」

「お勉強が得意でお料理も上手で、鹿山の妹だなんてうそみたい」

 帰ってきた大家さんに夕飯を持っていき、事情を説明している母さん。

「うれしそうだね、よっぽど気に入ったの?」

「あゆみちゃんみたいな女の子、ずっと欲しかったんだもん」

「へえ、女の子がねえ」

「あのね、女の子って一緒にいるだけで楽しいのよ」

「良かったじゃないか良太、おまえに妹ができたみたいで」

 母さんは、大家さんの意味深な笑顔を気にも留めていない。




「本当に、二人だけにするの?」

 鹿山さんを連れ、出社しようとしている母さんに玄関で。

 僕は半分諦めながらもう一度、最後の訴えを。

「昼はどうするのさ、コンビニエンスストアで?」

「お昼なら、あゆみちゃんに作ってもらうようにお願いしてあるから」

「小学四年生に、料理をさせるの?」

「あなたも聞いたでしょ、あゆみちゃんはお料理が得意だって」

「それは聞いたけれど、でも」

「頼むわねあゆみちゃん、うちにあるものは何でも使っていいから」

「はい……」

「足りないものを買うときは、昨日の夜に渡したお財布から出してね」

 財布を渡したって、昨夜は何があったのさ。


 母さんたちが出社すると、家の中には僕とあゆみの二人っきり。

 まいったなあ、女の子と二人でいたことなんてないのに。

 大家さんが休みで、うちにいてくれればいいのに。

「わたし……、あなたを何て呼べば?」

「良太でいいよ」

「呼び捨ては……、年上ですから良太さんって呼んでも?」

「いいんじゃない、じゃあ僕はあゆみちゃんって呼ぶよ」

「ちゃんは……、付けないであゆみって呼んでください」


 あゆみを残して自分の部屋に、ってわけにもいかないので。

 二人でリビングにいると。

「あの……、お昼は何がいいかしら?」

 気が早いな、まだ十時過ぎなのにもうお昼の心配をしているんだ。

「僕は、何でもいいよ」

「じゃあ……、良太さんが好きなものは?」

「揚げ物が好きだよ、中でもエビフライが一番好きだな」

「冷蔵庫にはなかったけれど……、エビ」

「じゃあ、買い物に行こうか」

 母さんから、足りないものは買うように言われているんだし。

 何より、外に出て時間がつぶせるのは好都合だからね。


 スーパーマーケットで、買い物をしていたら。

「お菓子なら……、おうちにいっぱいありましたよ」

 あゆみはそう言うと、僕がカートに入れたポテトチップスを棚に戻した。

「それに……、ポテトチップスはだめです」

「どうしてさ?」

「お母さまが……、揚げ物が好きな良太さんはその手のお菓子はだめだって」

 ちぇっ。

 せっかく母さんがいなくて、お金もあるんだから。

 好きなものを好きなだけ買える、絶好のチャンスだと思ったのに。

 それにしてもあゆみって、話すときの口調は優しいけれど。

 言っていることは、母さんにそっくりだな。


 家に帰ると、あゆみはキッチンで料理を始めたんで。

 僕がリビングでのんびりと釣りの仕掛けを作っていると、しばらくして。

「お料理……、できましたから来てください」

 行ってみると、テーブルにずらりと並んでいたのは。

 オニオングラタンスープやポテトサラダ、それにエビフライ。

「これ、全部自分で作ったの?」

 洗いものをしているあゆみから返事はなく、小さくこくりとうなずくだけ。

「タルタルソースも作ったの?」

 また、こくり。

 料理を見ただけでも驚いたのに、食べ始めるとおいしいのにもっと驚いた。

「このエビフライって、衣はパリパリで身はプリプリだ」

 あゆみが、小さくこくり。

「そう……、ですか」

「うん、お店のよりおいしいね」

 少し大きく、こくり。

「こんなに料理が上手なら、きっと良いお嫁さんになれるよ」

 僕がそう言うと、顔を上げたあゆみは初めてうれしそうに笑った。


 夕飯に行った焼き肉屋さんで、あゆみが作ってくれた昼食のことを話題に。

「エビフライだけじゃなくて、サラダやスープも作ってくれたんだよ」

「本当に料理が上手なのね、あゆみちゃんは」

「どれも、お店のよりおいしかった」

「明日からもあゆみに作ってもらう食事が楽しみやろ、良太」

 鹿山さんは、今日もしぶとく同席しています。

「良太はどないな子が好みやねん、彼女はおらんようやけど」

「母さんや鹿山さんみたいに明る過ぎたり、元気過ぎたりするのはちょっと」

「何か気に障るわね、母親のタイプはNGってこと?」

「うん、大人しくて控えめな子がいいな」

「息子の恋愛話に、母親が首を突っ込んだらあきまへんで」

 そもそも、鹿山さんがこんな話を始めたからでしょ。

「ほかに、条件は?」

「あと、料理が上手だとうれしいな」

「だったら、あゆみちゃんがピッタリじゃないの」

「ほんまやな、せやったらあゆみで手を打ったらええんちゃう」

「鹿山さんっ!」

「おっ……、お姉ちゃんっ!」

「そんなに大きな声を出さなくても」

「二人とも真面目な顔をしてもぉて、ただの冗談とちゃうん」

 悪い母親だし、悪い姉だな。

 僕はともかく、あゆみが真っ赤になっているじゃないか。




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