第十四話 プールサイドは1×(3+1) 後編
「五階の大浴場の脇にコイン洗濯機と乾燥機があるの、洗濯するものを……」
洗濯物を集めるんで大家さんの部屋に入った母さんが、ふすまを開けると。
布団の上には、パンツ一丁の大家さんが。
「どうしてお布団が敷いてあるの、あたしたちのお部屋はまだよ」
「プールに行く前にフロントに電話して、敷いておいてもらったんだ」
「こんな時間に?」
「良太たちが遊び疲れているなら、食事の前に少しは寝かせようと思って」
「だからって、大家さんは裸で何をしているのよ」
「アフターローションを塗っているんだ」
「いい気になって焼き過ぎるからよ」
「悪いけれど、自分じゃ手が届かないから背中に塗ってくれないかな」
「裸を見せるだけじゃなく、触らせるつもり?」
「お互いさまだろ、俺だってくまさんの裸を見たんだから」
つい先日、母さんが夏風邪をひいたときにね。
「人聞きが悪い言い方をしないで、あれはアクシデントでしょ」
「何にしても、触らなきゃ塗れないだろ」
「女性にお布団の上でローションを塗らせるって、どんなプレイよ」
そう言いながらも、受け取ったゼリー状のローションを塗り始めた。
「赤いぶつぶつができているわ、これじゃ日焼けっていうよりやけどね」
「焼き始めたばかりだから、初日はこんなものだよ」
「少しは加減して焼かないと」
そう言いつつも雰囲気はMAX、なのにノックに続いて三人娘の声が。
「大家さん、夕ご飯に行きましょ」
「良太と隼人は、先生に連れられてもう行ったで」
「入りますわよ」
いきなり現実に引き戻された、母さんと大家さん。
「どっ、どうしましょ」
「誤解されるだろうな、こんな姿で布団の上に一緒にいたら」
これ以上ないほどの大ピンチ、だものね。
「とりあえず、くまさんは布団に入って隠れて」
慌てて布団に飛び込んだ母さんに続いて、大家さんも布団に入った結果。
布団から頭だけ出した大家さんと、頭も体も隠している母さんって構図に。
「どうして、大家さんまで入ってくるのよ」
「俺だって、こんな格好であいつらと対面するわけには」
「浴衣を着ればいいじゃない」
「ごめん、成り行きでつい」
「そもそも、どうしてあたしが隠れなきゃいけないのよ」
「しっ、入ってくるから静かにして」
「布団に入るのは、大家さん一人で良かったんじゃない?」
母さんにしてはもっともな発言ですが、今となっては後の祭りです。
ノックをしても返事がないんで、ドカドカと入ってきた三人娘。
「大家さん、どうして布団の中にいるの?」
「具合でも悪いんか?」
「そういえば、顔色がお悪いようですわね」
大家さんの顔色が悪いのは、布団の中にいる母さんとあなたたちのせいさ。
「日焼けし過ぎたからクールダウンしていて、浴衣を着ていないから布団に」
「浴衣を着ていない?」
「すぐに浴衣を着ていくから、先に行っていてくれないか」
「それって裸ってことやんか、布団をむしってまえ」
「だめだぞ、こらっ」
「そう言われると、余計に見たくなりますわ」
大家さんにちる必死の抵抗もむなしく、三人がかりで布団をむしられると。
パンツ一丁の大家さんが、母さんを同伴中。
「どうしてパンツ姿の大家さんが、課長と一緒に布団の中にいるんですっ!」
「俺がローションを塗っていたら、たまたまくまさんが入ってきて」
「子連れで旅行中やっちゅうに、なんちゅうことしとんねや」
「急におまえたちが入ってきたから、反射的にかくまっただけだよ」
「ちょっと目を離しただけなのに、こんなことまでなさるなんて」
「あたしたち、やましいことは何もしていなのよ」
「二人ともあたふたして、やましいことをしていたようにしか見えませんよ」
「言っているだろ、くまさんにローションを塗ってもらっていただけだって」
「パンツ姿の大家さんと一緒に布団の中におるだけで、罪やろ」
「おまえたちが入ってきたから、つい慌てて布団の中に」
「布団の中に連れ込んで、何をするおつもりでしたの?」
「あなたたちが来なければ、ローションを塗っておしまいでしょ」
納得できない三人娘は、母さんへの集中砲火を開始。
「大家さんと二人で、いかがわしいことをしていたのでは?」
「つまらないことを言うんじゃないわよ」
「やったら、これからしよ思うとったんか?」
「どこをどうしたら、そんな話になるのよ」
「それでは、大家さんとはお布団の中で何をなさっていたのですか?」
「な、何もしていないわよ」
目をそらしながらそう答える母さんを見て、顔を見合わせている三人娘。
夕食の後には母さんと大家さん抜きで、ホテルのカラオケルームへ行き。
先生に事情を説明した三人娘は、密約を結んだのでした。
「四人のうち、三人が大家さんを徹底的にガードしましょ」
「ほんで、残った一人が課長に密着して監視するんや」
「四人が協力して、大家さんと課長を完全に分断するのですね」
三人娘はともかく、先生までこんなことを。
「目を離すと何をしでかすか、旅行の間はどんなときでもこれを厳守するの」
僕と隼人が一緒にいるのに、いい大人が何てこったって感じの謀略を。
そして、翌日の朝食バイキングの会場では。
僕が、隼人と母さんと大家さんの四人で来てみると。
昨日話していた謀略は、既に始動しているみたい。
まだ寝ている猪口さんと二日酔いの鹿山さんこそ、布団の中にいるけれど。
眠そうな先生と、いつもなら朝食は食べないはずの蝶野さんが来ていて。
先生は大家さんのガード役で、蝶野さんは母さんの監視役をしているもの。
十時を過ぎてからホテルを出て、呼んでおいたタクシーに分乗すると。
昨日のお昼を食べたお店で、窓越しに眺めていたビーチへ。
四人組の謀略は、ついに本格化したみたいで。
「あたしたちは日焼けが怖いもの、ここでゆっくりしているわ」
そう言って母さんの手を握り、海の家に残ったってことは。
先生が、母さんの監視役か。
日焼けに夢中な大家さんの横、ビーチパラソルの下にいるってことは。
鹿山さんが、最重要ポジションのガード役だね。
日焼けを防ぐためのTシャツを着た、猪口さんと蝶野さんは。
波打ち際で遊びながら、双方の動きをチェック。
海を満喫しているのは、沖の堤防まで競争している僕と隼人だけだなんて。
子供心にも、なんて不純な海水浴だろうって思うな。
先生はともかくとして、普段からかなり飽きっぽい三人娘ですが。
どうやら、この問題については本気みたい。
退屈した母さんが、海の家を出て大家さんの側に行こうとしたら。
先生が、監視チームに合図を送り。
監視チームは、即座に鹿山さんに合図を送り。
合図を受けた鹿山さんは、ビールを飲もうと大家さんを海の家に誘う。
しかも、母さんがいたのとは別の海の家に。
母さんが着いたころには、ビーチパラソルの下はもぬけの殻。
三人娘とは思えないほどの、見事な連係プレーです。
お昼を食べようと、全員が集合した海の家では。
ラーメンとカレーに焼きそばやおでんなどの、海の家での定番に加え。
鹿山さんリクエストの、焼き鳥やたこ焼きなども頼み。
さらに大家さんが、メニューにはないおつまみチャーシューを注文して。
一見すると、いつもの宴会が始まったかのように見えるけれど。
四人組は、手を抜く気はないみたい。
奥に座らされた母さんは、猪口さんと鹿山さんに監視されていて。
テーブルの対角に座らせた大家さんを、蝶野さんと先生ががっちりガード。
二時過ぎにホテルに戻り、プールに行ったんだけれど。
母さんと大家さんにひと言も話させないどころか、近くにも寄らせない。
三人娘と先生ったら、本当にしつこいな。
「そもそも、どうしてあたしがこんな目に会わなきゃいけなの?」
僕に愚痴るんだから、母さんもよっぽど腹に据えかねているみたい。
「ちょっとしたアクシデントじゃない、大家さんとお布団の中にいただけよ」
「裸の大家さんと二人で布団の中にいるのが、ちょっとしたアクシデント?」
僕がそう言ったとき。
ガタン!
大家さんがいるテーブルの方から、大きな音がしたと思ったら。
椅子が倒れたのを気にもせず、大家さんは部屋の鍵を持っていっちゃった。
ぼうぜんとしていた謀略四人組ですが、われに返ると。
「大家さん、いい加減にしろって言いたそうな顔をしていたわ」
「どんだけ課長が我慢しとる思とんねん、ちゅう顔やったな」
「技術課の子が言っていましたわ、本気で怒った大家さんはすごく怖いって」
「良太君、大家さんって本気で怒っていたかしら?」
三人娘だけじゃなく、先生まで聞いてくるってことは。
さっきの大家さんの態度に、相当びびっているんだね。
「僕には分からないよ、怒った大家さんなんて初めて見たもの」
「絶対に、怒っていたわよね」
「誰や、大家さんは優しいさかい怒らへんちゅうたんは」
「そんなことより、大家さんと課長に謝るのが先なのでは?」
「大家さんはお部屋でしょ、まずは良太君のお母さんに謝りましょう」
そう言う先生に促され、神妙な顔で母さんのもとに行くと。
四人が切り出す前から、あきれたって顔をしていた母さんが。
「あのねえ、相手に聞こえるように内緒話をしているんじゃないわよ」
「課長っ、聞いていたなら話が早い」
「やりすぎたのは謝るさかいに」
「大家さんに謝りたいので、一緒に行っていただけませんでしょうか」
「助けてください、良太君のお母さん」
深いため息をついた母さんは。
「怒る気もうせたし、一緒に行ってあげるからちゃんと謝るのよ」
母さんを先頭に、ゾロゾロと部屋に入っていくと。
背中を向けて、窓の外を見ている大家さんに声をかける。
「大家さん、この子たちも反省しているから許してあげてよ」
母さんの声に、振り向きもしない大家さん。
「あたしにはちゃんと謝ってくれたし、おきゅうも効いたみたいだから」
母さんもお人よしだね、四人のために大家さんをなだめてあげるだなんて。
そんな必要、ないのにね。
席を立ったときに大家さんは、僕にだけ分かるようにウインクをしたんだ。
今だって笑うのを我慢しているみたいで、肩がかすかに震えているし。
僕がにやにやしているから、母さんにもばれちゃったみたい。
もう許してあげたら、大家さん。
夕食に行くからって僕を迎えにきた母さんは、大家さんに。
「それにしても、怒るふりまでしなくても」
「あのまま続いていたら、せっかくの旅行が台無しだろ」
「四人ともしゅんとしちゃって、少しかわいそうじゃない?」
「俺は我慢すればいいけれど、くまさんは嫌がっていたから」
「へえ、あたしのため?」
「まあね」
「あたしのためか、うふふ」
大家さんのおきゅうは、予想していた以上に効いたみたいで。
あれから母さんと大家さんは、四人組からの距離を保てています。
夕食後に地下の居酒屋コーナーへ移動しての宴会や、翌日のプールでも。
ホテルをチェックアウトしてからだって。
お昼を食べたとんかつ屋さんや、お土産屋さんでもずっと一緒にいられて。
帰りの特急の車内でも、意気消沈している三人娘と先生。
「何だか課長と大家さんって、前より仲良くなっていない?」
「あんだけ大家さんに怒られてもうたら、ちょっかいを出しにくいしな」
「やっぱり、ガードと監視をやり過ぎたのでは」
「逆効果の極みじゃないの」
四人そろって、大きなため息をつくと。
「今朝も早くから二人で大浴場に行って、ロビーで一緒に朝日を見たって」
「結果的に、ウチらがお膳立てしてもうたみたいやんけ」
「今までは仲がおよろしくても、大家と借家人って感じでしたのに」
「あなたたちの雑な計画のせいじゃない、二人が急に親密になったのは」
さすがに年上だけあって、冷静な先生。
でも、自分だって片棒を担いでいたのを忘れないでよね。
さんざん遊んだしプールでの日焼けも手伝って、家に着いたらくたくた。
歯磨きの途中で眠くなっちゃうんだから、今夜はぐっすり眠れそうだな。
いろいろあった旅行だけれど。
母さんと大家さんの関係が、少し変わったのは確かみたい。
今も、大家さんの部屋からは母さんの笑い声が聞こえてくるし。
きっと楽しい旅行、だったんだよね。
Copyright 2024 後落 超




